後に第一次地上奪還作戦と呼ばれる戦いは当初、考えられていた展開とは違い、静かに始まった。
橋頭堡を確保すべく港町を制圧するための第一陣が集結地点には赤い装備に身を包んだヘクトールの姿があった。
素顔をざっくり言えばゼクスをイメージしたがどちらかと言えばノインっぽい感じだ。
それに様々な機能をもった仮面を着けている。
制服もOZの貴族装飾のある赤い軍服を着用していた。
「ヘクトールさん。第一陣の集結を確認しました」
ソルジャーO.Wが報告するとヘクトールは周囲のニケたちを見回す。
「緊張しているな」
「小規模な戦闘はありますがほとんどこれほど大規模なものは経験がないでしょうからね」
「君は大丈夫そうだが」
「私は軌道エレベーターの作戦に参加してたので。経験豊富なニケはアークガーディアン作戦でほとんど死にましたから」
第一次地上奪還作戦の特徴として配備されたニケの全体的な練度不足とそれを上層部が把握していなかったことが挙げれる。
「名前は?」
「カスペンと申します」
「ではカスペン、各隊に通達しろ。30分後に作戦を開始すると」
そして作戦の第一段階《アンバット港湾基地奪還作戦》が開始された。
アンバット港湾基地は大規模な基地であり、周囲を山に囲まれていると言う天然の要害として占領後の拠点としては最適とされていたが《占領後に護りやすい》と言うことは攻めにくいと言うことであることは上層部の頭から抜けていたのである。
「そりゃ!」
ロード級ラプチャーを一刀両断にしたヘクトールのエピオン装備は瞬く間にラプチャーを細切れにしていくがいざ戦闘が始まれば周囲のラプチャーたちは音を聞きつけやってくる。
「後方よりラプチャーの増援。数は約200!」
「殿の損耗率は?」
「22%」
第一陣はヘクトールを先頭にしてラプチャーの群れを突き破り、港湾基地にいたラプチャーたちを包囲しようと突き進むがその包囲網には音を聞きつけたラプチャーたちが殺到し損耗が激しくなっていた。
「どうしますかヘクトール?」
「…予備隊を出して包囲網後方のラプチャーどもを挟み撃ちにする。殲滅後、予備隊と合流したまま港を奪還する」
第一陣にはニケのみの編成であり、指揮権はヘクトールに委任されていた。たまたま副官として働いてくれていたカスペンの助けもあってアンバット攻略作戦は敢行されたが制圧しては奪還されの繰り返しで完全に制圧できたのはなんと1ヶ月後の事であった。
「アンバットの機能はほとんど死んでいるので復旧に時間がかかるでしょう。防衛ラインの構築は終わりましたので物資と増援を待ってから直近のアイリス工場地帯に部隊を派遣する予定です」
「思ったより時間がかかってしまった」
「なに言ってんですか。不眠不休で戦ってた貴方を誰が責めましょうか。誰もいませんよそんなヤツ」
ヘクトールはコーリングシグナルを発するロード級以上のラプチャーたちを中心に戦い、全ての戦闘に参加していた。
その一騎当千の戦いに側にいたカスペンも(まるでゴッデスを見ているようだと)言うほどであった。
まぁ、その戦闘にヘクトールの後ろではあるが全て参加しているカスペンも化物である。
その後は散発的な戦闘は発生したもののなんとか体制を建て直し、第二陣到着後にアイリス工場地帯への侵攻作戦が開始された。
だがこの第二陣の不安要素により、戦況は苦しめられる結果となる。
ーー
「ナカモト君、あのエピオンとか言う奴は素晴らしい性能だな。前線に置いても比類ない活躍と聞く」
「ありがとうございます」
「しかし当初は二週間で港を奪還できると踏んでいたが1ヶ月もかかるとはな」
港の奪還はヘクトールの活躍が大きい。彼女がコーリングシグナルを発する前にラプチャーを処理しているお陰で敵の増援はほぼなく戦闘で発生する音で引き寄せられたラプチャーしか相手にしなかったからだ。
それに近接特化のエピオン装備なら戦闘で発する音など移動音とラプチャーの爆発音ぐらいなのでそれも幸いしたと言えるだろう。
「それに損耗も予定より激しい。予定の3倍の物資を消費しているぞ」
「なに、アイリス工場地帯はほぼ手付かずのエリアだ。あそこを確保すればそれ以上の物資が見込める」
「アイリス工場地帯はアンバット港湾基地に比べ広大であり、なおかつ平野に存在します。完全制圧はかなり難しいでしょう」
「君は...アンダーソン副参謀だったか?」
楽観的な上層部に釘を刺すような彼の言葉は全員を不機嫌にさせるが1人だけ総司令官だけは興味深そうにしていた。
「ラプチャー侵攻時に多少の防衛設備を取り入れていましたが従業員の避難完了すら持ちこたえられない程でした。制圧を目的にするのではなく中の設備、物資の回収を目的にした方がよろしいかと」
「副参謀、このような場で私の作戦に口を出すと言うのか?」
「あくまでひとつの見解に過ぎません」
明らかに不機嫌そうな参謀長を横目に資料に目を通すアンダーソンはヘクトールの資料を見る。
(ソーン…)
ーー
そしてアイリス工場地帯制圧作戦だが作戦を開始してからすぐに部隊に異変が発生する。
ミシリスの量産型ニケたちが続々と体調不良を起こしたのだ。
「侵食か?」
「いえ、侵食とは違ってただ本当に体調が優れないと言う程度で」
ニケは鋼の肉体を持つ戦士、人間と同じように病気にはならない筈だが第二陣として参戦したミシリスのニケたちのみが発病に似た症状を発症し部隊は一時期混乱に陥った。
当然ながらミシリスの社長が責任を追求されるも分からず。港湾基地に技術者を派遣するも例がない事態であり、困難を極めていた。
ーー
「…特に問題なさそうに見えますが」
その話は当然ミシリス経由でM.M.R.にも届き、ナユタが検査報告書と運ばれてきた患者を診るも判断がつかない。
「ソーンなら分かるでしょうか…」
地上奪還作戦が始まってからソーンとは会えずに過ごしていたナユタはため息を着く。
一応、連絡先は交換していたが全て未読、他にソーンと会うためには端末であるウルを介してとなるが彼女がどこにいるのか分からない。
ウルは治安部隊なので作戦には参加していないようなのでアーク内にはいる筈なのだが。
技術者として1人の人間として交流を深めていたナユタであったがなんの前触れもなく彼女は姿を消した。
試しに茨の園に足を運んでみればそこには変わらず眠るソーンの姿があったから動いたわけではないだろうが。
(私がスパイだと分かって渡してくれたこのコアの資料も…どう扱われているか)
D.E.E.Pからほぼ排斥されていた身に言い渡されたのはシンギュラリティとなりうるソーンから情報を引き出すこと。
最初はその為に動いていたのだが自分も技術者の端くれ、ソーンの開発品を見て自分の立場より、個人的な興味が勝ってしまったのは仕方ない事だ。
「コア…コア?」
ナユタはそのまま自分が所属する施設へと足を運ぶのだった。
ーー
「ここまで落ちぶれるとは…」
「いえ、次の段階に移行したのです」
「D.E.E.P…」
ナユタは研究室に広がるミシリスのニケたちを見て独り言を呟くと奥から黒いマントを着込んだD.E.E.Pがゆったりとした足取りで歩いてきた。
「新定義のコア理論とクイーンの血を使った実験です。これほどの大規模戦なら取れるデータも膨大。これで我々の研究も飛躍するでしょう」
「そのせいで前線のニケたちがどれ程の苦しみを味わっているか知っての事ですか?」
「我々の行いはアークの人類のために存在するものです」
「なぜ実戦で研究を行うのですか」
「残念ながら実戦と実験では違います。これほどの副作用が出るとは思いませんでしたが…。これも実戦で分かった結果です」
「ですが…」
「ナユタ。我々も貴方も知の極致に向かうために自らの身を棄て、鋼鉄の体を手にした。ですが地下に潜ってからと言うもの貴方は離れていくばかり。茨の姫に触れれば昔を思い出すと思いましたが、酷くなっているようですね」
話は平行線だ。おそらく交わることはないだろう。
「もはや限界です。私は抜けさせてもらう」
「何故…」
踵を返しその場を立ち去ろうとするナユタを見て呟く。
「知の極致に至る。ラプチャーと第三の道。その理念に賛同して今日までおりました。だがこの井戸の底では未来は見えない。他者を欺き、利用し、顧みない。だがソーンは違う」
「彼女が有力なのは認めよう。だが彼女は我々には届かない」
「未来がある。狂気とも言える人類への愛と溢れるロマンが!」
「ロマン?」
流石に鼻で笑う。それが何になるというのかそれで人類が救えると言うのか。
彼女がソーンに何を感じたか分からないが離反するには彼女は知りすぎている。
D.E.E.Pはマントの中でスイッチを押すと奥の廊下から黒色の装備を身につけた部隊が現れる。
「…リブラ部隊」
「残念だ...ナユタ。だが我々は見捨てない、我々の中で貴方は生き続けるだろう」
「くっ!」
アークガーディアン作戦の時に主力が抜けたとはいえ裏の精鋭部隊であることは変わらないリブラによる攻撃に苦戦しながらもナユタも指先からエネルギー弾を放ちながら応戦する。
だが追い詰められ広い空間に出る。そこはアークのエネルギーの中枢、超巨大なラプチャーコアの管理エリアだった。
「ここでは銃は使えまい」
「くっ…やれ」
リブラ部隊はそれぞれ近接武器を取り出し彼女に襲いかかるが錫杖を使って捌き、反撃すら与える。
(使ってみるか)
ナユタがそう決意すると錫杖の先、輪形から炎が噴出させ錫杖を高速で回転させる。
「炎獄烈風!」
「ぐっ!」
炎を纏った錫杖が襲いかかってきたリブラ部隊のニケを2人、火達磨にする。火達磨にされた仲間を見向きもせずナイフを持って迫ってくるニケ2人は錫杖の一撃を躱し、懐に入ってくる。この距離にまで詰めれば錫杖では攻撃できないが…。
「っ!」
「仕込み杖!?」
錫杖から現れたのは刀の刀身、刀と化した錫杖により切り裂かれるリブラ部隊は力なく倒れる。
「いつの間にそのような武装が...ですが」
いつの間にか複数人のD.E.E.Pが現れ、その1人が右手を振ると顔を布で覆われたもう1人のナユタが現れる。彼女の手には錫杖ではなく刀身が蒼く光る刀が握られていた。
そしてその周りには近接特化型に改造された量産型ニケの姿も。
「趣味の悪い…」
「貴方の身体は戦闘にも向いているのでね」
「早い!」
予想を上回るスピードで振るまれた刀を受け止めるナユタだがパワーの差で吹き飛ばされる。
すぐさま体勢を整えて反撃しようとするが右腕を切り飛ばされてしまう。
「予備ボディを戦闘用に改造しました。さらに」
偽ナユタの目が紅く光ったと認識した瞬間、敵はナユタの背後に一瞬で周り、蹴り飛ばす。
たった数撃で身動きが取れなくなったナユタは必死に身体を動かそうとするが動かない。
「貴方の大好きなソーンのEXAMシステム。戦闘システムはゴッデスの紅蓮のデータをベースに改造したものです。さぁ、貴方の新しい身体は用意してありますよ。我々と一つになるのです」
まだ脳が装着されていないD.E.E.Pの身体が運ばれる。
「ぐっ…」
髪の毛を捕まれ、刃がナユタの首に添えられる。
このままではD.E.E.Pとして物言わぬ頭脳の一つとして一生を過ごすことになる。
「私は…絶望の現在より、理想を描いて未来に進みたい」
「甘くなりましたね。残念です」
首を落とさんと刀が振るわれた瞬間、偽ナユタは一瞬で吹き飛ばされ壁に激突する。
「な?」
「…?」
「…ソーン」
ナユタを護ろうと突然現れたソーンは仮の姿のウルではなく茨の園にいる筈のソーン本人の姿で現れていた。
「馬鹿な…ボディは茨の園にあるはず…なぜ?」
「なぜだと、仲間を助けるのに理由がいるのか?」
ナユタをお姫様抱っこするソーンだが背後から声が響く。
「おい、ソーン。カッコつけてる場合か!」
近接特化の量産型ニケのコアを槍で貫いたLは跳躍しソーンの背後に立つ。
「俺の仲間に手を出したんだ。覚悟しろ」
EXAMシステムが作動している偽ナユタ横目にD.E.E.Pを睨み付けるのだった。