仮居住区域で発生した銃撃事件はニケの死者が発生したと言う点において初の事件、サイド3と言う小さなコミュニティーにおいて注目されるのは必定であり、関心を集めた。
唯一の生存者の回復を待って軍警の取調べが行われ明かされた真実は想像通りであったが波紋を呼ぶには充分であった。
サイド3の内部事情把握と分断工作を命じられたと素直に話したニケは心の平穏を手にしたがそれを聞いた軍警関係者は心中穏やかとはいかない。
軍警と括られているが元々ソーンに対し熱狂的な忠誠を誓う親衛隊所属、ソーンを滅茶苦茶にしたアークへの反感感情を根底に抱えており、ソーンの意識不明状態の不安感も相まって負の感情がアークへ向かうのは当然の帰結である。
「ソーン様、最近見ないよね」
「不調だって話だけど」
「1ヶ月も見かけないもんね」
ソーンの不調は一部の者たちにしか知らないことであるがサイド3にいるならば定期的に街に出て交流を行っていた彼女が1ヶ月も姿を表さず、音沙汰もない事態に不安を抱えていた。
「あまり大声で言えないんだけどさ」
流言が飛び交い、サイド3全体が不穏な空気を帯びていく。
だがその兆候に幹部たちは気付くことが出来なかった。
その原因の一つに、幹部全員がソーン不在による不安と焦燥感を持っていた事が挙げられる。
ソーンの復活こそがサイド3安定の最短ルートであったがそればかりに目が行って他の策を講じれなかったことによる初動の遅れが最大の課題であっただろう。
軍警内に不穏な動きありとの報告をカスペンが受けたのは暴発間際の事であった。
「素行不良?」
「はい、軍警と親衛隊所属の者たちが集まって毎晩酒会を開いているようで」
「勤務外ならば問題ないだろ?」
「ですが、今回の一連の騒動の不満を垂れ流しています。クーデターとまではいかないでしょうが下手すれば暴動になるのではと」
「最悪国軍を頼ることになるか…キリーには伝えておく。君は監視を続けてくれ。今晩は幹部全員留守だからくれぐれも軽挙妄動は慎むように」
「了解!」
その晩、ソーンが眠って2ヶ月後事態は大きく発展することになる。
「ふざけるな、お前ら親衛隊が情報を独占してるからだろうが!」
「前線張ってるのは国軍だぞ!」
「ソーン様の身辺警護の何が悪いか!」
「内部治安の管轄はうちだ。外出てりゃ偉いのかポンコツ!」
たまたま酒場で同じになった親衛隊と敗残兵軍のケンカが勃発。
「おいやめろ、飲み過ぎだぞっ!」
「いてっ!」
拳が出る一歩手前の状態で仲裁に入る冷静なメンバーだったがケンカで溢れたアヒージョの油で滑り、持っていたジョッキで顔面パンチをかましてしまった。
「……」
「……」
一瞬の沈黙、全員がそこに視線を移すと殴られた親衛隊員が目をつぶりながら反撃、関係ない敗残兵軍のメンバーを殴り飛ばす。
「「やっちまえ!」」
振りかぶろうとした肘が勢いで飛んでいった皿が頭に血が上った当人たちへ襲いかかり、殴り合いのケンカに発展し、その人数を増大させる。
「このヘタレ親衛隊が!」
「イキリ国軍が!」
飲み屋街のど真ん中で発生したケンカはその規模を店の外へと膨らませる。
「きゃぁぁ!」
「レミ!この馬鹿が!」
店の窓を突き破りたまたま店の前を通っていたニケのカップルに激突し、相方がブチキレ蹴り飛ばす。
それを見た親衛隊の友人が相方を殴る。
店を破壊された店主、騒ぎを聞き付けて駆けつける親衛隊と敗残兵軍の仲間たち、興味本位で混ざるもの。
10対10のケンカの人数が3桁にいくまで時間はかからなかった。
「暴動発生!暴動発生!現場にいた軍警隊員からも緊急信号出てます!」
「実弾の携行は許可しないゴム弾を使え、間違っても死なせるな!」
その結果、勤務中の軍警たちが出動し事態を収集させる結果となったがここでさらに混乱が増加する結果になる。
「飲み屋街で暴動だって」
「3番街で?」
「1番街らしいよ」
「庁舎から1番近いとこじゃないか」
「大規模暴動なら戦力が必要だろう。我々も出動し合流するぞ」
本国に帰還していた黒の槍先たちは現場から1番近い場所の庁舎に駐屯していたため副隊長のナギの判断によりゴム弾装備で出動することとなった。
ーー
「なに、黒の槍先が出動したのか?」
「はい、どうしますか?」
その動きを鎮圧に向かっていた指揮官は好意的にとらえることはなかった。
「カスペン総監とはまだ繋がらないのか」
「現在幹部たちは第3層におり、通信不可能領域にいます。伝令が走っていますがいつになるか」
「黒の槍先はサイド3最強の部隊です。もし暴動に参加されたら」
「抑えようがなくなるな。封鎖部隊に伝えろ、誰だろうな通すなとな。当該エリアに2個小隊を派遣しろ、黒の槍先部隊を抑えるんだ」
軍警の懐疑によって部隊は二つに分けられ鎮圧が遅れたのは言うまでもなかった。
視認こそ出なかったもののこの事態は各部門の連携など様々な問題を露呈させサイド3は大規模な組織改革を余儀なくされ、それが完遂されるまで7年と言う時を費やす羽目になった。
ーー
「ごきげんよう。貴方がアークから亡命してきた科学者ですね」
「これは驚きました。ですが納得です、女神が建国した国に他の女神がいることは必然とも言うべきでしょう」
アークから情報局の保護の元、亡命しサイド3に保護されていたセシルは手持ち無沙汰を感じていた。
亡命時にアークを騒がせていたのは第二次地上奪還の責任問題、アーク政府はそれを新星として名を挙げていたヨハンに押し付け責任回避を行おうとしていた。
そんな混乱もありなんの障害もなく亡命したセシルは敗残兵第二軍がたまたま見つけた彼の治療を設備を借りて行い、一段落着いた頃に彼女の元にドロシーが現れたのだった。
「彼の容態は?」
「頭部以外は駄目でした。発見してくれていた部隊も応急処置を施してくれていましたが。良くここまで持ったと言うべきでしょう。頭以外は機械です」
「なるほど、つまりニケと同じと言うことですか」
「厳密には違いますが。解釈として間違っていないかと」
眠っているヨハンを静かに見つめるドロシーの背中を見つめながらセシルは言葉を発する。
「意外でした。死にかけた人間を保護するなどと」
「サイド3はアーク、ひいては人間に対する憎悪が原動力だと?」
「アークからすればそのように考えるのは必然でしょう。そのような彼女たちが当初素性も分からない人間を助けると聞いたときは驚きました」
「貴方の推測は間違っていません。サイド3は揺れ動いている、地上奪還への闘志とアークへの憎悪で。もちろん私もアークを嫌悪しています」
「当然でしょう。私もアークに対する嫌悪感は持ち合わせています」
「ですがソーンの魂たるこの国を憎悪で穢したくない」
ドロシーの目が怪しく光る。なにかを企んでいる人間がよくする顔だ。
「ご協力願いませんか?」
ーー
第3層研究施設で急遽造られた部屋で厳重な警戒の元、ソーンが眠っている。
頭部に付けられた装置以外は普段と変わらぬ姿であるが目を覚まさない。
ソーンの治療を始めてからナユタは文字通り不眠で彼女の枕元で座禅を組み滞空していた。
背後の円形の装置から後光のような光が消えた瞬間、ナユタはドサリと倒れ、床に体を打ち付ける。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「ナユタ、少し休め」
「いえ」
ナユタが意識の明暗を繰り返し往復しているがやめようとしない。
先進技術局のお陰でソーンの思考を加速させることには成功したが問題が発生した。
ソーンのニンフが疲労し始めたのだ。かろうじて損傷などの事態には陥っていないがいつなるか分からない。
その補助するためにナユタが着くしかなく、代理もいない。
「お茶を」
「ほら」
警備責任者であるヘクトールの心配をよそにナユタは活動に必要な栄養を取れる飲み物を飲み干すと再び神経を集中させる。
「この世の終わりみたいな味してますけどよく飲めますね」
「味を感じてるかどうかだけどな」
「ソーン…」
思考の暴風雨の中で必死にナユタは酷く汗をかきながら耐える。少しでも気を緩めれば自身の意識との境界線を見失ってしまう。
「ソーン、どこにいるのですか」
苦しむナユタは意識の中で必死に前へ歩みを進み突然、圧が消え去る。
「ここは…」