◆
7月28日、どこの学校も夏休みに入り、小学生は夏の暑さも気にせず遊ぶ。
東京の最高気温は33℃を超えたというのに元気なものだ。
そんな燦燦と照る陽気の中、一匹のラッコが干からびていた。
「ミジュゥ……」
妙な鳴き声をあげるそいつは、疲れ切った顔でうつ伏せに倒れていた。
うん。とりあえず落ち着こう。
俺、
そしたら、川瀬に誰かが倒れているのを見つけて、自転車を停めて近づくと、それは人ではなくラッコだったと。
「いや、意味が分からないな」
「ミジュゥ……」
そもそもこいつは本当にラッコなのか。
なんか胴体は鮮やかな水色で、耳と短い足と尻尾は群青色。現実の生き物の配色には見えない。
鳴き声は、まあラッコの鳴き声なんて聞いたこともないし、実際こんなもんなのかもしれないか、とにかく妙にキャラクターっぽさがある。
「ミジュ?」
そこでようやく俺に気付いたラッコ(仮)は、上目遣いで何か懇願するような顔で俺を見てきた。
「ミジュ、ミジュマ」
「いや、何言ってるのかわかんねぇし」
とりあえず周囲の様子を確認する。
幸い他に人はいないようだ。まあこんな変な生き物が転がっているのに、騒ぎになっていないのだから当たり前だが。
「ミジュゥ~」
鳴き声と一緒に、そいつの腹からも音が鳴った。
「もしかして、腹が減ったのか?」
「ミジュミジュ」
なぜか言葉が通じたようで、ラッコは首を縦に振る。
「はぁ……とりあえず、うちに来るか?」
「ミジュ!」
先ほどまで干からびていたのが噓のように、ラッコは起き上がり元気に起き上がる。
「そうだ」
俺はスマホを取り出してカメラを向ける。
人間にとっては食べ物でも他の動物にとっては毒だったりする。
こいつがラッコであろうがそうでなかろうが、何を食べるのかどうかは調べておくべきだろう。
俺は画像検索機能で、こいつの姿をネット検索にかけてみた。
「え?」
そうして、表示された検索結果に俺は唖然とした。
ミジュマル。
タイプ:みず
分類:ラッコポケモン
◆
リュックサックにラッコあらためミジュマルを詰めて、誰にも見られないよう急いで自宅まで戻っきた。
「はぁ……お前、危ないから暴れるなよ」
リュックから苦しそうにもがくミジュマルを引っ張り出した。
とりあえず家には誰もいないので、誰かに見られる心配はない。
なぜだかわからないが、こいつの存在は誰かに知られてはならない気がする。
「お前、一体なんなんだよ……」
「ミジュ?」
こっちの気苦労も知らずなんのことかと首を傾げる。
「ポケモンって、ゲームのキャラだよな」
日本人ならおそらく誰もが一度は通ったことのある国民的ゲーム。俺はこいつの姿を見たことがなかったが、どうやら『ポケットモンスター ブラック/ホワイト』で登場した御三家の一匹らしい。ダイパで引退した俺が知らないわけだ。
「ポケモンが現実にいるわけないし、ゲームフリークがPRのために精巧に作ったロボットとか……」
そうこう考えている間に、ミジュマルは俺の机の上によじ登って、置かれていたペンタブに触ろうとする。
「ああこら」
俺はすかさずミジュマルの体を持ち上げて、机から引き離した。
「ミジュ~」
「ああわかってるよ。食い物だろ?」
ロボットの腹が減るわけがない。
ともかくこいつにいい加減なにか食わせてやりたいところだが、ポケモンの食べ物なんてわかるはずない。
「確かゲームではポフィンってやつがあったよな。でもあれ、見た目は菓子だけど、たしか木の実が必要だったような……」
「ミジュ~」
いい加減うるさいので、俺は助っ人を呼ぶことにした。
「あ、もしもし、悪いんだけど、ちょっとうちまで来てくれないか? あ、うん。いいから、後、俺の家で見たことは絶対誰にも言うなよ。じゃあな」
そう言って電話を切った。
◆
「え、え、えぇぇぇぇぇっ!」
数分後、俺の家を訪ねてきたのは、同じ高校の友人、
「ミジュマルじゃねぇか!え、お前、冬也、何で、なに?」
「落ち着け。俺もよくわからないんだ」
取り乱す潤一に、俺はここまでの経緯を説明した。
「いや、何も納得できねぇよ」
「俺も納得してない。とりあえず、ミジュマルは腹が減ったらしい。何を食わせればいい?」
「うーん、別になんでもいいんじゃねぇか?最新作だったら、トレーナーと一緒にサンドイッチ食ってるし、それこそ、アニメなら昔から人間と同じもの食べてたりしただろ?」
「アニメと現実は違うだろ」
「んなこと言ったら、ポケモンは現実にいないだろ」
そう言われては反論もできない。
とりあえず俺はリビングに下りて、台所を物色する。
結果、見つかったのは五枚切りの食パンと、魚肉ソーセージ。あとは調味料が少々といったところだ。
「ラッコなら魚は食うだろ」
魚肉ソーセージを持って部屋に戻り、早速ミジュマルに与えてみた。
「ミッジュ!ミジュミジュマ!」
ミジュマルは嬉しそうにソーセージを頬張る。
「可愛いなこいつ」
潤一はそんなミジュマルの頭を撫でる。
「で、こいつのこと、これからどうするんだ?」
「どうって言われても、警察にでも届けるか……」
ミジュマルがどこから来たのか。そもそも何者なのか、正体もわからないが、いち高校生でしかない俺たちの手に負える存在ではないだろう。
「夢がねぇな。せめて一回くらいこいつと遊ぼうぜ」
「えぇ……」
俺としては、なるべく目立つようなことはさせたくない。
「頼むよ。な?」
潤一は頭を下げて懇願する。
「……分かったよ。誰にも見られないようにするって約束できるなら」
親友の頼みは無下にできず、俺はしぶしぶ了承した。
◆
某所。
警報が鳴り響き、警戒色に照らされた廊下を一人の少女が走る。
「はぁはぁ」
歳は12歳前後に見える。
白い病衣を身にまとい、小さい亀のような生き物を抱きかかえ、ツインテールを揺らしながら必死に走る。
「いたぞ!」
黒ずくめの制服を着た男たちが、ライフル型の麻酔銃を構えて彼女を追いすがる。
「っ……デデンネ、お願い!」
「デデ!」
オレンジ色のまん丸の小さなネズミのような姿をしたポケモンが、彼女の服の袖から飛び出した。
「10まんボルト!」
デデンネが空中で体を丸めると、その体から電気が放出される。
「ぐあぁぁぁっ!」
電流を浴びて、男たちが怯んだすきに、少女はデデンネと共に逃げ出した。