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謎の少女、芽衣と出会った次の日、俺はミジュマルを連れて再び廃墟を訪れていた。
「ま、もう移動したよな」
芽衣と出会った教室はもぬけの殻で、床にわずかに残る血痕だけが、彼女がそこにいたことを示していた。
「ミジュマル、お前はどこから来たんだ?」
「ミジュ?」
ミジュマルは首を傾げる。
「まあ、わかるわけないよな」
俺はミジュマルをリュックに入れて廃墟を後にした。
ミジュマルもリュックの中には慣れたのか、はたまた自分が人に見られてはいけない存在であると学習したのか、大人しくしてくれていた。
そうして大通りに出たところで、目の前から三つの陰が覆いかぶさった。
「はぁ~い。あなた、ちょっといい?」
それは背の高い大人のお姉さんだった。
やけにボディラインを強調するようなスーツで、胸元のワイシャツはざっくり開き、タイトな短いスカートというまるでNPOをわきまえていない服装。
脇には黒服サングラスといういかにもな格好の男二人を従え、赤い眼鏡のレンズ越しに、妖艶な瞳で俺達を見下ろしていた。
「な、なんですか?」
思春期に毒なので、あまり目線を合わせないようにする。
「うふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。別に怪しい勧誘とかじゃないから。ちょっとこの辺りで人を探してるんだけどね」
「人探し、ですか」
「そうそう。こう、君達より一回りくらい小さい、ツインテールの女の子を見なかったかしら」
「女の子……ああ、もしかして迷子ですか? 娘さんと────」
「私にそんな歳の娘がいるように見えるのかしら?」
どうやら地雷を踏んでしまったらしく、俺は反射的に「すみません」と頭を下げた。
十分美人だし、まだそんなに年齢を気にするほどでもないと思うが、女の人はそんなに気にするのだろうか。
「……親戚の子でね。入院してたんだけど、病院を抜け出しちゃったみたいで。多分病衣を着てるから目立つと思うんだけど」
「病衣……いえ、見てないですね」
もちろん心当たりは大ありだ。
なんなら昨日直接会って話をしている。
だが、昨日の様子から、彼女は誰かに追われていて、それが手段を選ばず彼女を捕まえようとするような連中であることは明らかだった。
「そう」
どうにかやり過ごせたと安堵した直後、
「ところで」
お姉さんは俺のリュックサックを指さした。
「実はもう一つ探しているものがあって。ラッコみたいな見た目の不思議な生き物、あなたが連れているのを見たって証言があってね」
「っ!」
気づくと、黒服の男が俺の両脇に立っていた。
迂闊だった。
おそらく昨日の帰りに誰かに撮られていたのだろう。
ポケモンを連れた少女が追われているのなら、同じようにポケモンを連れている俺も狙われるものと気付くべきだった。
「少し、中を改めさせてもらうわよ」
逃げ場はない。
ここは一か八か。
俺は大きく息を吸い込み、そして、
「助けてください!このおばさんに痴漢されそうになってます!」
大声で叫んだ。
「そこの痴女みたいな恰好のおばさんです!助けてください!襲われます!」
「はっ!このガキ、何を言って────」
「痴女だって」
「ヤバ」
「でも結構美人じゃね?」
当然こんな大声を出せばギャラリーが集まってくる。
俺はその隙に一目散に逃げだした。
「クソっ、おいお前ら!絶対逃がすな!」
「は!」
黒服の男たちはすぐに態勢を立て直し、俺を追いかける。
大人と子供というのもあるが、向こうはおそらく訓練を積んでいるのだろう。多少のリードはすぐに埋められてしまう。
「ミジュ!」
すると、リュックからミジュマルが声を上げる。
「ミジュマル……よし」
俺は人の波を抜けて、人通りの少ない路地裏に入る。
「待て!」
黒服の男もそれに追いすがる。
「今だミジュマル!」
「ミジュ!」
そこでミジュマルがリュックから飛び出す。
「水タイプならこれくらい使えるだろ!みずでっぽう!」
「ミーーーージュゥマ!」
ミジュマルの口から勢いよく水が噴射される。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
高圧水流をぶつけられ、男たちは悲鳴を上げる。
「よくやったミジュマル!」
「ミッジュ!」
ミジュマルをリュックに戻して、急いでその場から立ち去ろうとする。
パァンッ!
突如、空気が割れるような音がして、俺は反射的に足を止めてしまう。
「よくもやってくれたわね」
女が俺に追い付き、銃を構えていた。
「ミジュ……」
ミジュマルが女を威嚇する。
「ふふふっ、やっぱり持っていたのね。さあ、早くこっちに渡しなさい」
「なあ、こいつは一体何なんだ?」
「あなたが知る必要はないわ」
「くっ……」
俺はミジュマルの方を見る。
ミジュマルは戦う気満々だが、いくらなんでも拳銃に正面から勝てるとは思えない。
「どうしたの? これが見えないわけじゃないでしょ?」
女は拳銃を構えたまま、一歩前に進む。
その時、
「10まんボルト」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、女に閃光が飛来する。
「きゃぁぁぁっ!」
閃光はほんの一瞬だったが、女は悲鳴をあげて銃を落とした。
「お兄さんこっち!」
路地の奥から、芽衣とデデンネがこちらに手招きしていた。
「助かった!」
俺とミジュマルは急いで芽衣の方へ向かい、彼女と共にその場から立ち去った。
◆
一度身を隠すために、俺は芽衣を自分の部屋にあげた。
「助かったよ。ありがとう」
「別に……借りを返しただけだから」
芽衣はそっぽを向き、そっけなく返す。
出会った時から思っていたが、芽衣は歳のわりに大人びているというか、少しませているような気がする。
「なぁ、お前はなんであいつらに追われてたんだ?」
「……」
芽衣は答えようとしない。
そこで、昨日彼女が言っていたことを思い出す。
「もしかして、あいつらが研究所ってとこのやつなのか?」
「……察しがいいね」
芽衣は諦めたようにため息を吐いた。
「デイドリーム」
「ん?」
「私には夢を現実に変える
「力って、超能力みたいなってことか?」
芽衣は頷く。
にわかには信じがたいが、ここ数日、俺の身には信じがたい現象が起きている。
「じゃあデデンネやミジュマルも、お前の力で実体化したってことか?」
「デデンネはそうだけど、その子は知らない。多分研究所から抜け出したんじゃないかな?私の他にも同じような力を持った子はいたし」
ミジュマルはよく分かっていない様子だった。
俺も全部が全部呑み込めたわけではないが、ひとまず自分が置かれている状況は把握できた。
研究所とやらは、デイドリームとかいう超能力者を飼っており、おそらくそれは世間には秘匿している。その秘密の一端であるミジュマルや、秘密そのものである芽衣を捕まえるために、連中は躍起になって俺達を追っている。
「そうだ潤一は!?」
ミジュマルのことを知られたなら潤一も危ないかもしれない。
俺は急いで電話をかける。
『おうどうした?』
「お前今家か?無事か?』
『いきなりどうした?今家だけど』
『本当か!?変な黒服の奴らに追われたり、エロいお姉さんがそっちに来たりしてないか?」
『おいおい落ち着け!何があったんだよ?』
「いや、無事ならいいんだ……」
『いや詳しく教えろ。特にエロいお姉さんのところを重点的に』
「後で話す」
ひとまず無事を安堵し、俺は電話を切った。
「じゃあ私はもう行くよ」
「待てよ。まだ近くにあいつらがいるかもしれないだろ?」
「大丈夫。私はこれまでもなんとかやり過ごしてきたから。この子もいるし」
そう言ってパートナーのデデンネの頭を撫でる。
「いや、でもさ……警察に掛け合ってみるとか」
「無駄だよ。研究所の人はなんか偉い人?と繋がってるから。それに大人は嫌い」
「ならせめて、今日一日くらいはここで休んでいけよ。まだ傷だって治ってないだろ?」
包帯の巻かれた腕を見て指摘する。
「でも────」
そこで芽衣の腹の虫が派手に鳴った。
「……なんか買ってきてやろうか?」
「ん……」
芽衣は恥ずかしそうに頷いた。