ポケットモンスター デイドリーム   作:師走F

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7月31日:旅立ちの日

 ◆

 

 芽衣を家に泊めて一晩。

 幸いその日は両親共に不在で、女の子一人(とポケモン一匹)を隠し通すのにそれほど苦労はしなかった。

 

 そして夜が明け、時刻は午前10時過ぎ。

 目を覚ました俺はなにやら玄関口が騒がしいことに気付いた。

 

「なんなんですかあなた達は!」

 

 早朝に帰ってきたであろう母さんは、玄関で二人の男を相手に怒鳴り声をあげていた。

 

「いや、我々も仕事ですから」

 

 以前の黒服かと警戒したが、そこにいたのは若い警官と、年配の警官の二人組。

 階段の陰に身を隠して聞き耳を立てていると、そこでは信じられない会話が繰り広げられていた。

 

「息子さんに誘拐容疑がかかっていましてね」

「息子はまだ高校生です!誘拐なんて……」

 

 誘拐容疑。

 なんのことだと思い、身を乗り出したところで、若い方の警官がこちらに気付いた。

 

「白木さん、いましたよ」

 

 指差されて、俺は慌てて部屋に戻る。

 

「待てちなさい君!」

 

 二人の警官が俺を追って階段を上ってくる。

 

「芽衣!」

「聞こえてたよ」

 

 芽衣は窓際に立ち、ため息を吐いていた。

 そこへ警官が部屋に押し入ってきた。

 

「白木さんあの子です」

「ああ。半信半疑だったが、子供が誘拐犯だったとはな」

「誘拐って、一体なんのことですか!?」

「とぼけるな!そこの蒼井芽衣ちゃんを拐ったのは君だろう?」

 

 年配の警官は、先程までの穏やかな表情とは打って変わって厳しい口調で俺を責め立てる。

 

「俺は……」

「冬也さん。私が話す」

 

 芽衣は俺の代わりに前に出る。

 

「おじさん。私は誘拐なんかされてない。自分の意思でここにいる」

 

 芽衣は訴えかけるが、年配の警官は子供をあやすような穏やかな表情となり、

 

「そうか。まだ混乱しているんだね」

 

 と聞き入れる様子もない。

 

「よほど怖い思いをしたんだろう。もう怖くないから、こっちにくるんだ」

 

 警官のその態度に、芽衣は苛立ちを見せる。

 

「……だから大人は嫌い」

 

 直後、彼女の背後からデデンネが飛び出した。

 

「10まんボルト!」

「デデ!」

 

 デテンネの体から雷撃が解き放たれる。

 

「うぉっ!」

 

 それは警官の足元に降り注ぎ、警官二人はたまらず交代する。

 

「って、ポケモン!?」

 

 若い警官がデデンネの姿に反応する。

 

「なんだありゃ、ピカチュウか?」

「違いますよ。デデンネです。いや、そんなことより、なんでポケモンが現実に……」

「動かないで」

 

 芽衣は警官を指差す。

 

「おじさん達のピストルより、私のデデンネの方が早い。怪我したくなかったら出ていって」

 

 芽衣はこれまでにない冷たい目で二人を見据えている。

 その表情はデデンネを愛おしそうに撫でていた年相応の少女ではなく、ポケモンをただ自らの力として振るう冷酷なものだった。

 

「怯むな。あんなネズミ一匹……」

「駄目ですって!さっきの見たでしょう!?あんなの食らったら俺達丸焦げですよ!」

 

 二人の警官が言い合っている隙に、芽衣はどこからか赤い球体を取り出した。

 

「それ、モンスターボールか」

「本当はまだ温存したかったんだけど」

 

 芽衣はモンスターボールを軽く上に放り投げる。

 

「お願い。マーイーカ!」

 

 ボールから飛び出したのはイカのようなポケモンだった。

 青い短い足の束に大きな二つ目、半透明なゲル状の頭からは二本の触手を腕のように伸ばしている。

 

「マーイーカ!ヤバ!」

 

 若い方の警官は何かに気付いたのか、目を閉じて顔を背ける。

 

「さいみんじゅつ!」

「マーイィィィッ」

 

 声を振るわせて、頭から無数の光のパターンを放つ。

 年配の警官はその攻撃をまともにくらい、目から光を失う。

 

「おじさんはここで見たことは忘れる。私達の顔も名前も思い出せない。まっすぐお家へ帰る」

 

 年配の警官は虚ろな表情でゆっくり頷き、ふらふらとその場から立ち去っていった。

 

「くっ……」

 

 若い方の警官も叶わないと悟ったのか、年配の警官を追って部屋から出ていった。

 

「助かった、のか?」

 

 俺は自分の身に起きた出来事を処理しきれず、その場で呆けていた。

 

「冬也!大丈夫!?」

 

 そこへ母さんが部屋に飛び込んできた。

 そこで母さんと芽衣の目があった。

 

「っ!その子は────」

「マーイーカ」

 

 芽衣が指示すると、再びさいみんじゅつをかけて母さんを眠らせてしまった。

 

「おい芽衣!」

「安心して。私に関する記憶を消去しただけだから。冬也さんにとっても都合悪いでしょ?」

 

 そう言って芽衣はマーイーカをボールに戻した。

 

「モンスターボールなんて持ってたんだな」

「マーイーカを出す時に一緒に作ったの。おいで、デデンネ」

「デデンネ!」

 

 デデンネが勢いよく跳び、芽衣の肩に乗る。

 

「今度こそ行くよ。それと……」

 

 芽衣はベッドで眠ったままのミジュマルを見る。

 ……こいつ、あの大騒ぎで一度も起きなかったのか。

 

「その子、どうする?」

 

 芽衣はいつの間にかモンスターボールを手にしていた。

 

「ミジュマルがいなくなれば、あなたが追われる理由もなくなる」

「俺は……」

「今すぐ決められないならそれでもいい」

 

 芽衣はモンスターボールを俺に手渡すと、デデンネを連れて部屋を出る。

 

「もしも、ミジュマルとお別れするなら、このボールに入れて、今日の正午に私達が出会った場所に来て」

「……お前は、これからどうするんだ?逃げ続けて、行く宛はあるのか?」

 

 芽衣は少し考えるような素振りを見せて、なぜか寂しそうな顔で笑った。

 

「……お母さんのところ」

「親族のところって、追手は大丈夫なのか?」

「平気。すごく田舎だから、そこで匿ってもらうよ」

「そっか」

 

 芽衣も家族と一緒にいられるなら、その方がずっといいだろう。

 

「じゃあね。冬也さん」

 

 ◆

 

 その後、母さんは芽衣のことはもちろん、家に警察がきたことも覚えていなかった。

 

 それから母さんと久しぶりの、少し遅めの朝食を取りつつ、芽衣に言われたことを考えていた。

 

 ────もしも、ミジュマルとお別れするなら、このボールに入れて、今日の正午に私達が出会った場所に来て

 

 

 ミジュマルを連れていれば、俺の身が危ないのは事実だ。

 多少愛着が湧いたのは認めるが、それは命の危険を冒してまでミジュマルと一緒にいる理由にはならない。

 

 ────ミジュ?

 

「どうしたの?冬也?」

 

 気付くと、母さんは心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

「え、ああ、いや、何でもない」

「そう? あ、もしかして夜中に何か食べたんじゃないの?最近魚肉ソーセージがなくなってんだけどもしかして……」

「あぁ……」

 

 そりゃバレるよな。

 食べているのは俺ではなくミジュマルだが。

 

「やっぱりあんただったのね。変な時間に食べると太るわよ?」

「ははは、うん」

 

 適当にやり過ごして朝食を終える。

 

「ミジュ!」

 

 部屋に戻ると、机に置かれたペンタブを指差さして俺に訴えかける。

 

「ああ。わかった」

 

 俺はパソコンの電源を入れて、専用のペンをミジュマルに渡す。

 

「ミジュ!」

 

 ミジュマルが下手な絵を描く様子を俺はしばらく眺める。

 すると、机に置きっぱなしだったモンスターボールがこちらに転がってきた。

 

「……なぁ、ミジュマル」

「ミジュ?」

「俺と一緒に来るか?」

 

 俺はそうモンスターボールを差し出した。

 

「ミジュ!」

 

 元気よく返事をしたそいつに俺はそっとモンスターボールを投げた。

 

 ◆

 

 三度あの廃墟に忍び込み、俺は芽衣と出会った教室を訪れた。

 芽衣はあの時と同じように、教卓の側に座り込んで俺を待っていた。

 

「……時間ピッタリだね」

 

 芽衣は中庭の日時計を横目にそう答える。

 

「さあ、ボールをこっちに」

 

 芽衣は手を差し出す。

 しかし、俺は首を振って否定する。

 

「ミジュマルを預けにきたんじゃない。俺も一緒に行く」

「え?」

 

 芽衣にとっては予想外だったであろう俺の発言に、彼女は目を丸くした。

 

「もう研究所から目をつけられてる。今さらミジュマルを手放したって俺も危ないからな」

「でもわざわざついてくる必要なんて……」

「お前と一緒にいた方が安全だろ?思えば、追手が来た時はだいたいお前に助けられてたんだし」

「……いいの? もう帰れないかもしれないよ?」

 

 芽衣は真剣な眼差しを向ける。

 そんな彼女に、俺は思わず笑いを溢した。

 

「……言いわけないだろ。だからこれは逃げるための旅じゃない。お前を送り届けるまでに、お前が追われなくて済むようにする。今は方法なんて分からないけど、なんかこいつとならできる気がする」

 

 俺はモンスターボールを手に言う。

 

「……わかった」

 

 すると、芽衣は手を、今度は俺に向けて差し出した。

 

「一緒に行こう、冬也」

「ああ」

 

 俺はその手を取り、強く握った。

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