ポケットモンスター デイドリーム   作:師走F

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7月31日:旅支度

 ◆

 

 俺と芽衣の逃避行が始まった最初の日。

 俺達が最初に立ち寄ったのはアパレルショップだった。

 

「……」

 

 芽衣は無言だったが、その目をキラキラと輝かせていた。

 

「あんまり高いのは選ぶなよ」

「はーい」

 

 芽衣は嬉しさがこらえきれないのか、スキップしながら服を選び始める。

 

 なぜ服屋に寄ったかと言えば、芽衣の服装だ。

 病衣でいつまでも町中にいれば目立つのなんのって話じゃない。

 

 俺も暇なので、目立たない程度に服を物色する。

 しばらく待っていると、芽衣がこっちに走ってくる。

 

「ねぇねぇ冬也。着替えるから見て見て!」

「あーはいはい」

 

 いつもの様子からは想像もつかないほどのハイテンションで俺を試着室の方まで連れていく。

 

「冬也!私これにする!」

 

 着替えた芽衣が着ていたのは、なんか赤い地に英語のよく分からない言葉が筆記体でプリントされたTシャツ、黒とピンクのフレアのミニスカートだった。

 

 Tシャツの方はなんかキラキラした銀の粒みたいなのがついており、ネックレスとかのアクセサリーと相まってむしろ目立つんじゃないのかという気がしてくる。

 

「……なんつーか中学生(男子)みたいなファッションだな」

「中学生……つまり大人ってこと?」

 

 都合のいい解釈だと感じたが、芽衣の年齢(実年齢は知らないが)を考えれば、中学生は大人ということになるだろう。

 

「じゃあもうそれでいいけど、アクセサリーは返してこい」

「えー」

「えーじゃない。何のために服を買うのか忘れたのか?無駄遣いして旅の資金を無駄にするな」

 

 芽衣は渋々といった様子で、じゃらじゃら身に付けたアクセサリーを棚に戻し、そのままレジへと向かう。

 

 店員さんから笑顔で告げられた金額に苦笑いしつつ、俺は財布から金を出した。

 

「あ、そうだ」

 

 すると、思い出したように芽衣はモンスターボールを取り出した。

 

「マーイーカ、さいみんじゅつ」

 

 カウンターの下から飛び出したマーイーカが店員のお姉さん3名から俺達に関する記憶を奪い去る。

 彼女らの意識が混濁している隙に、俺達は店を後にした。

 

 

「足跡はできるだけ残さない」

「まあ、それがいいな」

 

 俺は一緒に購入した黒いキャップ(税込500円)を目深に被る。

 

「それで、お前の実家はどこにあるんだ?」

「青森」

「青森!?」

 

 本州最北端の県名を出されて、俺は思わず叫んだ。

 

「お前、そこまで一人でどうやって行くつもりだったんだよ」

「……徒歩?」

「何日かかるんだよ……」

 

 調べてみたら、おおよそ170時間くらいらしいので、丸7日歩き続ければたどり着く計算となる。

 

「とりあえず、とっとと県外に出よう。追手はまだ近くにいるだろうし」

「うん」

 

 ◆

 

 そうして、俺達は最寄駅の始桜(しざくら)駅にやってきた。

 二人分の切符を購入し、すぐにやってきた普通電車に乗車する。

 

 車内は比較的空いており、俺達はドア付近の席に並んで腰を下ろした。

 

「残金は……」

 

 俺は財布に残された小銭を見てため息を吐いた。

 

「マーイーカのさいみんじゅつを使えばよかったのに」

「アホか。万引きも無賃乗車も立派な犯罪だぞ」

「ふぅん……」

 

 芽衣は詰まらなさそうに窓の外を見る。

 会話に困った俺もなるべくスマホを取り出す。

 

「っ!」

 

『高校生が女児誘拐し逃亡中』

 

 そこで目についたネットニュースの見出し。

 俺はあわてて周囲を確認するが、どうやら誰も俺のことには気付いていないらしい。

 

「思ったより早かったね」

 

 いつの間にか芽衣は俺のスマホを覗き込んでいた。

 

「やっぱりアイツらの仕業なのか?」

「あの研究所ならそれくらいやれるよ。それより冬也、堂々としてないと駄目だよ。そんな顔じゃ余計怪しまれるよ?」

「あ、ああ」

 

 こういう時、こいつは落ち着いている。

 俺は芽衣の言う通り、大人しくスマホを触ってなるべく目立たないようにする。

 

 そうして目的の駅まで残り二駅といったところで、大量の乗客が流れ込んできた。

 

「混んできたな」

「うん」

 

 ふと視線をあげると、目の前に腰の悪そうなおばあさんが手すりに掴まっていた。

 

「あの、よかったらここ、座ってください」

「ああ。ありがとうねぇ」

 

 俺は立ち上がって、おばあさんの体を支えながら俺のいた席に座らせた。

 

「優しいねぇ─────っ!」

 

 その時、先程まで穏やかな表情だったおばあさんが突然目を見開いて、俺を指差してガタガタと震え始めた。

 

「ゆ、ゆ、ゆゆ誘拐犯!」

「っ!?」

 

 見ると、周りの乗客も俺の方を見てヒソヒソと話し始めた。

 

「なぁ、こういう時こそマーイーカは……」

 

 俺が芽衣に助けを求めると、彼女は首を横に振る。

 

「数が多すぎて無理。次の駅で降りよう」

 

 そう言っている間に、電車は到着した。

 俺と芽衣は駆け足で電車を降りる。

 

 幸い俺達を捕まえようとするものはいなかったが、あの様子では誰かが通報しているだろう。

 

 俺達は少しでもその場を離れるべく駅を出て、闇雲に走った。

 

「はぁはぁ」

 

 そして人気のない路地に着いたところで、俺達は地べたに座り込んだ。

 

「くそっ、もう公共交通機関を使うのは難しいな」

「指名手配犯になったみたいだね」

「俺は事実そうなってんだよ」

 

 一息吐いたら腹が減った。

 だが、現状所持金は830円。これからのことを考えたら、なるべく節約したい。

 

「デイドリームでお金を出せるのかとか聞かないんだね」

「通貨偽造は万引きや無賃乗車の比じゃないぞ。無実の罪で追われてるのに、ちょっとでも後ろ暗いところがあったら、もし捕まっても言い分けできなくなるだろ」

「それで捕まったら意味ない気がするけど。まあ冬也がその気でも、どのみちお金は作れないよ。デイドリームは私の好きなものしか作れないから」

 

 奇妙な制約だ。

 今さらだが、こいつの超能力は一体どういう性質のものなのだろう。

 

「お金は好きなものに含まれないのか」

「お金は必要なものであって好きなものじゃない」

「……なら、食べ物はどうだ?」

「出せるよ」

 

 あっさりそう言うと、芽衣は試しにシュークリームを出してくれた。

 俺は差し出されたそれを恐る恐る口に運ぶ。

 

「……うまい!」

 

 ふわふわの食感、口で溶けるクリームの舌触り、優しいな甘味。自分の知るシュークリームそのものだった。あっという間に食べ終わったが、その瞬間にあることに気付く。

 

「なんだ、この……全然腹に溜まった感じがしない。まるで喉を通った直後に胃袋から消滅したような」

「うん。だって夢だから」

 

 それを聞いて俺は落胆した。

 

「私がちゃんと実体化できるのはポケモンだけ」

「なら、ボーマンダとか人を乗せて運んでくれるようなポケモンを出してくれよ」

「それならフライゴンの方がいいな。それかラティオスとかラティアス。メガシンカもできるし」

「メガシンカ……ああ、なんかXYとかでそんなシステムが追加されたんだったな。まあ何でもいいけど、頼むよ」

「うーん、やってもいいけど、ここで使いたくないな」

「ん? どういう意味だよ?」

 

 芽衣は少し頭を捻ってから答える。

 

「えっと、私の力って無制限に何でも出せるわけじゃなくてね、私が好きなものしか出せないってのもそうだけど、ポケモンの召喚にも細かいルールがあって、まず私の捕まえたことあるポケモンじゃないと駄目。幻とか伝説だと持ってない子もいるから。それから、ポケモンを出せるのは後4回」

 

 突然、具体的な数字を出されて俺は首を傾げた。

 

「えーっと……ほら、手持ちのポケモンは6体まででしょ?」

「……要するに、お前の認識が、能力の発動に関わってくるとかいうやつか?」

 

 ラノベとかではよく見る設定なので、割とすんなり受け入れられた。

 

「まあ無駄遣いできないのは分かった。でも空を飛べるポケモンはいた方がいいだろ」

「それは分かるけど、大きい子だとお世話も大変だから」

「……確かに」

 

 仮にボーマンダを出したとして、ここから青森までは車でも9時間以上かかる。ボーマンダの飛行速度が車と同じだと仮定して、生き物である以上、途中で休憩を挟む必要があることを考えると、一日で辿り着くのは難しいだろう。

 とすれば、その間のボーマンダの食費という問題が発生する。

 

 それにこいつの実家についた後、巨大なドラゴンの世話を一体誰がするのかという問題もある。

 

 それこそ先を気にして捕まったら元も子もないが。

 

「ならどうする? ここから歩くか?」

「……お金は、私に任せて」

「言っとくけど、法に触れる手段はなしだからな」

「分かってるよ」

 

 芽衣はそう言って大通りに出る。

 人の行き交う通りの端で、芽衣はおもむろにおもちゃのカンカンを足元に設置。そしてモンスターボールを手に、マーイーカを自分の背中に隠れるように出す。

 

「ねんりき」

「マーイー」

 

 芽衣の指示に従い、モンスターボールを宙に浮かせる。

 

「ん?なんだあれ?」

 

 その様子に徐々に人が集まってくる。

 芽衣はさらにもう1つモンスターボールを取り出して、お手玉のように空中で回転させた。

 

「スゲー!」

「リアルサイキッカーじゃん!」

 

 観客の拍手を浴びて、芽衣はペコリとお辞儀をした。

 そして、足元のカンカンを指差してニコッと笑う。

 

 当然、観客はそれに答えてカンカンに小銭を投げ入れた。

 

「すごいな……」

 

 調子に乗った芽衣は、今度は自分自身を宙に浮かせる。

 

 観客は盛り上がり、さらに小銭を投げ入れる。

 

「ん?」

 

 ふと彼女の背中を見ると、マーイーカは顔を赤くして苦しそうにしている。

 

「もしかして重いんじゃ……」

 

 俺が芽衣に背中を見るように指差してジェスチャーを送る。

 だが、芽衣はこっちに手を振るだけで気付かない。そして、

 

「きゃっ!」

 

 耐えきれなくたったマーイーカがねんりきを解除。

 芽衣は地面に尻餅をついてしまった。

 

「イタタ……」

「おい、あれ……」

 

 観客が芽衣の後ろでひっくり返っているマーイーカを指差した。

 

「マーイー?」

「動いた!本物だ!」

「え? 何? ポケモン?」

 

 マーイーカがカメラのフラッシュを浴びて、涙目となる。

 

「マーイーカ!」

 

 芽衣はマーイーカを抱き抱えて、カンカンに蓋をしてしっかり回収。

 

「デデンネ!でんきショック!」

 

 さらにデデンネを出して、弱い電気を撒き散らし、囲んでいる人達を押し退ける。

 

「待ってくれ!」

 

 追い縋る観客に対して、芽衣は俺の後ろに隠れる。

 

「えーっと……今日はこの辺でお開きってことで……」

 

 俺は隠し持っていたモンスターボールを出して、ミジュマルを解き放った。

 

「ミジュマル、みずでっぽう」

「ミジュ!ミジュマァ!」

 

 水しぶきを撒き散らし、仰け反っているうちに、俺達はその場から立ち去った。

 

 

 

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