貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第10話:悪魔の片鱗

 

『いいぞ!いいぞ!中龍(ちゅ・う・りゅう)!いいぞ!いいぞ!中龍(ちゅ・う・りゅう)!』

 

 ベンチに入れない中龍野球部員達がバックネット裏の客席で必死に声を出す。

 総勢100人以上は余裕でいるだろう。さすがは強豪校といったところだ。

 

 彼女達は自軍の谷さんが打ったホームランに盛り上がっている。

 だが、試合に出ている本人達はそんな自軍のイケイケムードに惑わされないようだ。

 

「お前。レギュラーでもないピッチャーから打ってイキるんじゃないよ」

「……っ。は、はい!すみません!」

 

 ホームベースに帰ってきた谷さんが先に戻っていた弘端さんに迎えられ、そのままベンチに向かう途中、彼女は叱責を受けた。

 俺達のベンチにも聞こえるような謝罪をする谷さん。彼女に頭を下げさせたのは、ネクストバッターズサークルで凄まじい威圧感を放っていた3年生。

 

 羽釜(はかま) (ひろ)

 中龍最強……いや、高校最強バッターの一人。2強の一対。

 どうやらかなり厳しい人のようで、谷さんは彼女に声を掛けられるとホームランを打った後とは思えないほど萎縮してしまった。

 なるほど、橋本さんの教育係が優しくてズルいと嘆いていたのも納得がいく。

 

「……」

 

 怒られたあとの谷さんはベンチに戻って、黙々と無駄なことは喋らずバットやメットを片付ける。

 そんな谷さんを前に橋本さんも礼儀正しく座り直して身体を強ばらせた。

 

 中龍のベンチは宝物のように扱われている橋本さんを除いて、2年生は3年生の邪魔にならないように、スタメンじゃない選手はスタメンの2年生にも気を使って過ごしている。

 まさしく上下関係の縮図。いかにもな強豪校のスタイルといった感じだ。

 

「それに比べて……」

『優希ちゃ~~~~~~~~~んっ!!』

「はぁ~い!」

 

 ライトスタンドに向けて手を振る美山先輩。

 いつまでやっとんねん、お前。試合動いてますけど?しかも負けてるんですけど。

 美山先輩はまるでやる気がない。元はといえば俺に対して獅ノ宮の力を誇示すると言ったのも、この試合で証明すると言ったのも彼女だ。

 

 なのになんなんだ、あの態度は。

 もはや試合の提案をした人間と別の人物に見える。

 ライトがあれではもう勝負はついたようなもんだろう。

 

 強いチームは狙ったところに打球を飛ばせるという。きっと中龍もそれができる。

 ならばやることは1つ。ライトへの集中砲火だ。

 あの守る気が更々ない穴に飛ばせば、笑えるくらい点数が入るだろう。

 

 なにせ美山先輩は試合を観てすらいない。完全に背を向けてる状態でずっとライトスタンドとコミュニケーションを取っている。

 美山ファンも試合そのものはどうでもいいのか、美山先輩のファンサを求めるばかりだ。

 

「……こりゃ終わったな。ははっ」

 

 正直今日は他人事なので先輩達に同情はするが、俺は笑った。

 この勝負、少なくとも先手を取らせたのはデカかった。

 

 今日ダメダメでも俺も人の事は言えない。なにせ相手が強すぎるから。俺も負ける可能性は大いにある。

 だが、先に向こうが負けるのは俺有利と言わざるをえないだろう。

 

羽釜(はかま)!」

「……!」

 

 打席に入る羽釜さんがベンチの監督に呼ばれ、顔だけそちらに向ける。何かサインでもあるのかと思ったがどうやら違う。

 

「羽釜、ライトには飛ばすなよ。……いつ気が変わるかわからん」

「……っ!……分かってます」

「は?」

 

 羽釜さんが頷いたその指示を俺は全く理解できなかった。

 いや、だって寧ろ穴だろ。何言ってんだ。しぬほどやる気ねえぞ、あの人。

 

 あの感じだと平凡なフライも無視するに決まってる。俺にはわかる。ああいう不真面目なタイプはそういう奴だ。

 だが、監督に命じられた羽釜さんは真剣な面持ちでそれを承諾した。

 

「プレイ!」

 

 審判が試合再開を告げる。

 

「タイム!」

 

 が、成城先輩がまた止めた。

 その足でマウンドへ向かい、ピッチャーの助っ人Dさんに何か耳打ちしている。

 

「……」

 

 まあ、おおかた初回から失点を許し、しかもホームランを打たれたので最低限の声掛けをしただけだろう。

 俺はそう思い込んでちんたらしてんじゃねーよと思いながら肘をついて手のひらに顎をのせた。

 

 もう負け試合観戦スタイルだ。試合内容に対する興味が失せたあの感覚、なんか久々に取り戻したな。

 この世界の野球の面白くなさに観るのをやめたあの時から結構経ったしな。

 

「……」

「……っ!」

 

 ただバッターボックスに立ち、向かい合ってるというだけでマウンドの助っ人Dさんは羽釜さんの威圧感に負けていた。

 相手の羽釜さんは多分あれがデフォルトだ。別に特別相手を威圧しているつもりはないだろう。

 あぁ、もうダメだな。この打席もきっと打たれる。投げる前からそれがわかった。

 

「……っ!ふん」

 

 カッキィン!と金属バットが音を響かせる。

 ほらな。高々と軌道を描く自身の打球を見て、羽釜さんはもはや走りもしない。

 彼女は内角の落ちる変化球を易々とすくい上げた。それは外野フライになるにはあまりに放物線の高度が低すぎる。

 

 まさに、確信の1発。

 羽釜さんも歩きから始まり、ダイヤモンドを軽く走るように回る。全力で走る必要は無い。走塁は意味をなさないからだ。

 それが確信ホームラン。彼女の打球はレフトスタンドに向かって落ちていく。

 

「……っ。こ、これ……」

 

 長門先輩も途中までは打球を追っていたが、すぐに諦めて足を止めてしまった。

 外野手がこの動きをすればもう終わりだ。

 中龍の追加点。3点目が入る。これはもう防ぎようのない、どうしようもない一撃―――。

 

 

 

 

 

「あはっ。ダメだよ、これ以上は」

 

 

 

 

 

 ―――の、ハズだった。

 

「は!?」

「……っ!?」

「なっ……!」

 

 驚きのあまりベンチから乗り出す俺も、責任を感じてスタンドを眺めながら手を膝について俯こうとしていた助っ人Dさんも、ランニングをしていた羽釜さんも。

 いや、獅ノ宮野球部員以外の全員が目を見開いた。

 

 俺達の注目を集める存在。

 誰もが信じられないようなものを見るような視線を送っていたのは、()()()()走っていく、()()()の美山優希。

 彼女は舌なめずりをすると、レフトのフェンスに飛び乗った。

 

「無理だ!!」

「何やってる、あいつ……っ!?」

「なっ……。ば、バカな。そんな、まさか……!有り得ない!やめろ!やめろ……っ!!」

 

 羽釜さんの放った打球がちょうど美山先輩の頭上、つまりフェンスの上を切る。

 中龍の監督は何が起きるのか確信したようにベンチから出て叫んだ。

 だが、相手の要求を背に、美山先輩は無慈悲にも気持ちよさそうな遊悦な笑みを浮かべる。

 

「やーだ、よぉ~~~~~っ!!」

 

 フェンスの細い鉄棒を蹴って、美山先輩が飛んだ。

 何を言ってるか分からないと思うが、目の前の光景を説明するにはそう表現するしかない。

 嘘じゃない。彼女は、美山優希は、空中に存在したのだ。

 その上、左手にはめたグラブを天高く掲げる。

 

「あはっ!」

 

 美山先輩が目を見開いた時、ボールはグラブへと収まり、彼女はそれを落とす気配を全く感じさせないホールドでしっかりと掴んだ。

 だが、問題は着地だ。あれはスーパーキャッチ。現実とは思えないえげつないプレイ。

 

 認めよう、美山優希は今、異次元のファインプレーをした。

 それでも、これがアウトの判定になることは無い。

 

 なぜなら彼女の身体は捕球することに手一杯で、もう完全にスタンドに降りるしかない位置にあるからだ。

 美山先輩もそれを理解しているのか、視線を下にやる。

 

「―――優希に不可能はないよ?」

「……っ!?」

 

 俺の、いや、この場にいた凡人全てを嘲笑うように美山先輩は、フェンスの細い鉄棒に片足のかかとだけを乗せて、そこから異常な体重と重心の移動。まずは上体を「おっとっと」とわざとらしく言いながらグラウンドへ戻して、最後はフェンスを蹴ってグラウンドへ着地………………ってことはつまり、そう。

 

 彼女は、フェンスから数mは離れた位置に落ちるであろうホームラン打球を、放物線の途中経路で捕球してスタンドの芝生を踏むことなく、グラウンドへと帰ってきた。

 判定は当然―――。

 

 

「あ、アウト!アウトーーっ!!」

「うそ……でしょ……っ」

 

 

 全員に認識させるには念を押して言う必要がある。そう的確に判断した塁審は声を張って、喉がはち切れんほどに叫ぶ。

 その判定が告げられ、あのプレーに、誰もが愕然とした。

 ただ、一人を除いて。

 

「あはっ。た・だ・い・ま?」

 

 グラウンドへ再び降り立った彼女が、内野へ向けた表情。

 それはまさに悪魔の微笑みだった。

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