貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第101話:取り戻せ、男子級ショートストップ!

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

 獅ノ宮がある町の隣町。

 川にかかった橋の高架下。

 原田先輩は、小さな河川敷のブロック塀に壁当てをしていた。

 堤防の役割がある塀にボールを何度も当てて、返ってくる球をフライだったりゴロだったりする中で捕球する。

 そんな動作を何度も繰り返して汗を流していた。

 そして、何より表情が穏やかで楽しそうだ。

 

「……楽しそうね。私も混じっていいかしら?」

「……っ!……冬華(ふゆか)

 

 成城先輩がグラブを持って加わる。

 原田先輩は目を見開いたが、成城先輩の柔らかい表情を見て受け入れた。

 成城先輩には、無理やり連れ戻すつもりはない。

 その意図を、無害さを察することが彼女の穏やな態度からわかる。

 原田先輩も逃げようとはしなかった。

 2人は交互に壁に向かって投げて、返ってきた球を投げなかった方が捕球する。

 2人の時間は暫く続いた。

 

「……原田先輩」

「津川、あんたも来てたんだね。キャッチボール……する?」

「そうね。3人でやりましょうか」

 

 俺達は3人でキャッチボールをした。

 夕陽が射し込む時間帯だった。

 

「原田先輩……俺……」

「いいよ。思ってること言って。教えて?津川が抱いてること」

「……っ」

 

 原田先輩は少しぎこちなかったけどいつもの優しい表情だった。

 俺は一度言葉が詰まってから、絞り出す。

 

「……俺、悔しいです。原田先輩のショート、見たかった。なのにあの人のせいで……」

「……!……そっか。そうだね。津川らしいね。野球、好きだもんね。私も好きだよ、野球」

「……」

 

 成城先輩は無言。

 ここにいる3人。

 皆、野球が好きだ。

 成城先輩は野球部を潰す為に非情を振舞ったが、野球が好きだという気持ちで振り切れなかった。

 原田先輩はどんなに環境に恵まれなくても周囲が彼女から野球を奪おうとしても、苦しくても続けるくらい野球が好きだ。

 俺は……もちろん大好きな先輩が原田林に傷つけられたのは許せない。

 でも、それ以上に。

 この野球部に出会うまで、俺はこの世界に来てずっと抱いていた。

 元の世界のように高い次元の野球が見たいって。

 その気持ちで女子を見下してしまったことは今でも凄く反省してる。

 でも、根本の気持ちは変わっていないかもしれない。

 だって、野球を観るのが好きな人なら皆そうだろ。

 

「見たかったなぁ……原田先輩のショート……。凄かったんだろうなぁ。見たなかったなぁ……クソ。あいつ……あいつさえ……クソ、あいつ……!」

「津川……」

 

 俺はいつの間にか泣いていた。

 泣きながら原田先輩にボールを投げ渡した。

 原田先輩は捕球した。

 悔しい。

 悔しいよ、俺。

 素晴らしいプレイヤーの高レベルなプレー。

 野球ファンなら誰しもが見たいもの。

 それを大好きな先輩が見せてくれるはずだったのに。

 たった一人の恐怖心を払拭するためだけに、両親の自尊心を守るためだけに、なんで奪われなきゃいけないんだ。

 悔しい、悔しいよ……。

 俺なんかより原田先輩は小学生の頃もっと悔しくて色んな感情を抱いて泣いていたと思うと、胸が痛すぎるよ。

 

「……昔さ。セカンドに転向した後、全然通用しなくなっちゃって。(りん)ちゃんの経歴に傷がつくから野球やめろって、親にグローブとかバットとか捨てられたんだけど。なんとかグラブとボールだけは回収して……こういう高架下で1人で壁当てしてたんだ。服の下にグラブ隠して行ってきます!って家出てさ」

「……」

 

 キャッチボールの手が止まって、夕日を見上げる原田先輩。

 表情はどこか暗くて、目線は直ぐに落ちた。

 でも、どこか昔を懐かしむように頬を緩めている。

 もう今は思い出でもあるんだろう。

 

「ただ壁にボールを当てて……返ってきたのを捕って……それだけでも凄く楽しくて、幸せだった。毎日泥んこになりながら1人で笑ってた」

「でも、中学では野球部に入ってくれたのね」

「うん。親元離れて寮暮らし。(りん)ちゃんもいない。だから、勇気出したけど……やっぱりまたチームに入るの、凄く怖かったな」

 

 原田先輩は話してくれた。

 中学の頃。

 勇気を出して野球部に入ってみたら、仲間は皆温かくてすぐ友達になってまたチーム野球ができた。

 

 ……でも、ショートポジションに就くと動悸が酷くなり、過呼吸で倒れたという。

 

「ショートにはもう立てない。ショートストップの私は、7年前に死んでる……。津川、私も凄く悔しかったんだよ?昔はあんなに動けたのに……あそこに立つと、ボールが来ても足が震えて動けないの」

「……っ」

 

 唇を噛み締める。

 俯く原田先輩。

 言葉をかけることなんてできない。

 目を逸らしたくなる。

 でも、逸らしたくない。

 この人の苦しみに比べれば、他人がいくら感情移入しても彼女より顔を下げることなどできない。

 原田先輩が、どれだけ息苦しかったか。

 彼女がどんな思いでショートストップを諦めたか。

 ユーティリティを選んだのは間違いなく"逃げ"だ。

 でも、それを責められる人がどれだけいるだろうか。

 原田先輩は言った。

 ショートにつくと、原田 (りん)に言われたことを思い出すと。

 

『涼香。私以外のショートストップはいらない。涼香は……消えて』

 

 そして、原田 (りん)能力(とくぎ)を使った。

 多くの人の前で自分の方が総合的に、そして圧倒的に上手いことを証明して、()()()()魅せた。

 そうして監督に、観客に、家族に、人々に思わせた。

 

 ―――やはりショートストップは、原田 (りん)

 

 と。

 彼女のプレーを見たあとは、誰の守備も下手に見える。

 原田先輩の守備範囲がどれだけ広くても、数字の見栄えも、実際のプレーも原田 林の方が上に映る。

 実際、併殺・失策抑止・失点抑止は彼女の方が圧倒的に優れていた。

 決して守備範囲が異次元に広いわけでも、肩が突出しているわけでもない。

 動き出しと捕球、ポジショニング。

 小手先の技術力が高く、そしてそれ以外の能力値が低い訳では無い。

 故に総合力が高い。

 全体の評価を見た時に圧倒的なんだ、だってプラス項目は凄まじく、マイナス項目がないから。

 その点、まだ当時の時点では涼香さんは未熟だった。

 範囲も成長途中、それ以外の能力は平均より著しく低くて原田 (りん)と比べれば雲泥の差。

 だから、当時、その段階で【格付け】することは1番効果的なタイミングだった。

 それを認識して使った。

 分かってて、【分からせた】。

 原田 (りん)は。

 

 中学になって野球部に復帰した原田先輩は、ショートはできなくて他のポジションで成長しようと考えた。

 そうしてどこかしらのポジションでプロになれれば、原田林の経歴に傷はつかない。

 だったら親も反対しなくなる。

 だってプロになるくらい上手いんだから。

 でも、現実は厳しい。

 ショートストップじゃない原田先輩には、才能がない。

 能力も目立つものはない。

 中学に入ってすぐ行き詰まったらしい。

 そんな時に出会ったのが対戦相手のバッテリー。

 成城冬華と廣目惟。

 

『ねえ……!な、成城さん……だっけ?お願い!私と一緒にトレーニングしてくれない!?成城さんどこでも高レベルで守れて……マジ私の理想なの!野球教えて!』

『……いいけれど。貴女も充分上手いわよ?』

 

 当時、2人が交わした会話。

 成城先輩は、目の前の選手の必死さに目を見開くことになる。

 

『……ダメなの。それじゃダメなの。充分上手いじゃダメ。誰よりも上手くて、プロになって活躍できるくらいじゃないとダメ。成城さんが今、私のその目標そのままなの。だから、お願い』

 

 真剣で深刻。

 成城先輩は、思うところはあったが承諾したらしい。

 成城冬華と出会った原田涼香は、成城冬華を目標に設定した。

 彼女くらい全て高次元でこなせるユーティリティプレイヤーに方向性を決めたんだ。

 そうして2人は親友になって、高校は同じところを選んだ。

 しかし、不運なことに同じ地区の強豪校に原田林が推薦で入学していたことを後から知ったらしい。

 故に、原田先輩にとって地区大会は、甲子園大会よりも苦しい。

 

「涼香。貴女は試合に出なくていいわ。でも、どうか観ていてちょうだい。私達が王皇(おうきみ)に……いえ、彼女に勝つところを」

「……っ。冬華……」

 

 原田先輩の吐露を聞いて、成城先輩が気を遣った。

 もちろん成城先輩は原田先輩の過去は知っていた。

 でも、去年は原田先輩を外して試合ができるほど、チームに余裕はなかった。

 今年は違う。

 天才達は、9人いる。

 だったら1試合くらいは仲間を守ってもいい。

 ただ、試合は観ていて欲しい。

 俺達獅ノ宮野球部が、原田先輩と共にあることを見ていて欲しいから。

 それは、ベンチでなくても、観客席でも中継でもいいんだ。

 

「絶対勝つわ。だから―――」

「ううん。出るよ、私」

『……っ!』

 

 原田先輩がポツリと宣言した。

 でも、声は少し震えていた。

 怖いんだ。

 怖いなら、出なくていい。

 俺達はそんな言葉はかけなかった。

 怖くて当然だ。

 その上で勇気を出してるんだ。

 ここで出なくていいって言うのは優しさじゃない。

 彼女の勇気を蔑ろにしているだけだ。

 

「出る。出るよ……王皇(おうきみ)は強いし、それに……皆、もっと先のこと見据えて栄冠目指して戦ってるのに。私のせいでこんなところでやる試合に特別な意味は持たせたくない。だから……!」

 

 原田先輩は投げる。

 成城先輩の胸元にストライク送球。

 

「……だから、やっぱり逃げるのはもうやめる。(りん)ちゃんと向き合って、乗り越える。上手くいったら……甲子園で津川に良いもの魅せられるし?」

「……っ!原田先輩……」

 

 ぎこちないけど精一杯の笑顔を俺に向けてくれた。

 ニッと笑って小首を傾げる彼女は、夕焼けの背景も相まって綺麗だった。

 そして、原田 涼香はカッコイイもある。

 だってトラウマさえ克服すれば、ショートポジションに立てさえすれば、俺を満足させられるのは確定事項だって今言った。

 彼女にとってそれは当たり前の前提過ぎて含みだった。

 カッコイイ。

 それだけの自信を持てるほどに、"事実"があるんだ……!

 圧倒的なRngRを稼げる程の男子級ショートストップ。

 見たい……!!

 

「絶対!絶対約束ですよ、原田先輩……!」

「うん。約束。昔の私に戻れたら……絶対に津川に魅せるから」

 

 やった!

 原田先輩は約束してくれた。

 この約束、絶対に果たしたい。

 だから、俺も原田先輩が原田林を乗り越えられるように、出来ることならなんでも協力したい!

 

「冬華。私の事、ショートストップで使って。私の才能……取り戻してみせるから」

「……本当にいいのね?」

「うん。ここで頷かない方がきっと後悔するから」

「わかったわ。共に戦いましょう」

 

 2人はグローブを胸に当てて、頷きあった。

 男子級プレイヤー9人による【獅ノ宮ベストナイン】。

 ショートの枠は空席。

 霧島先輩は本来サード適性が高い。

 9人全員を使う時、ショートは穴だ。

 そこに本来いるはずだったのは、原田先輩。

 甲子園で優勝するにはベストナイン全員の稼働が必要と成城先輩は言った。

 廣目の意見は違うが、俺は成城先輩と同意見だ。

 美山先輩を心強い味方にする為にはその周りも同じ領域の者たちで固める必要があると、俺も思う。

 その為の1人。

 ショートストップ。

 もちろん、これだけ男子級の天才が発掘できたのなら世界のどこかに他にもいるかもしれない。

 それもショートだって例外じゃない。

 でも、探すつもりはないし、探したくない。

 俺達のショートストップは今ここにいる。

 

 俺達のショートストップは原田 涼香だ。

 

 取り戻すんだ、俺達のショートを。

 王皇(おうきみ)と原田 林に勝つことで……!

 

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