貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第103話:2番ショート原田涼香

 

『さぁ、両校スターティングラインナップの紹介です!』

 

 ○王皇(おうきみ)百十(ももと)学院高校

 ・前々回埼玉代表

 ・前々回夏の甲子園優勝

 ・今季春の甲子園優勝

 

 1. CF 盛秋(もりあき) (つばさ)

 2. SS 原田(はらだ) (りん)

 3. 2B 浅呉(あさくれ) (ほまれ)

 4. 1B 穂石(ほせぎ) 海秀(みほ)

 5. C 進川(しんかわ) (むらさき)

 6. RF 関内(せきうち) (さき)

 7. LF 江山(えやま) 栗深(くみ)

 8. 3B 包剛(ほうごう) (あさひ)

 9. P (しゃく) 銀呼(ぎんこ)

 

 

 ○獅ノ宮(ししのみや)学院高校

 対王皇十王(おうきみももと)学院高校埼玉県地区大会決勝シフト

 

 1.LF クレア・バローナ

 2.SS 原田 涼香

 3.1B ユ・ソユン

 4.RF 美山 優希

 5.CF 中宮 秋奈

 6.2B ユ・ソヨン

 7.3B 霧島 紗永

 8. P アリア・オイゲン

 9. C 廣目 惟

 

 

 試合開始前、王皇のベンチではキャプテンの江山さんによる決起があった。

 

「客席ではなく、ここにいる者。特にスタメンは私の言いつけを守らず大会中も過度な練習をしていたね。でも、練習したからといって君たちが今からこの短期間で急速に成長することはない。君たちは既に完熟している」

 

 ここまでハッキリ言う司令塔は珍しい。

 それも高校生で、監督ではなく主将。

 選手達の努力に成長はないと言い切った。

 だが、意味がないわけではない。

 

「君達にとって練習は気持ちの問題でしかない。だが、それでいい。モチベーションコントロールは大事だ。君達がこの全てを理解した上であの練習をしているのならば上々。今日に合わせてコンディションを維持できたなら、今日やることはただ1つ」

『……』

 

 選手達は黙って彼女の話に聞き入る。

 この前会った時、江山さんにあまりいい態度じゃなかった原田林さんもちゃんと彼女を見ている。

 それだけプレイヤーとしての江山(えやま) 栗深(くみ)さんは、普段と違って神聖な時間(そんざい)なんだ。

 そんな彼女が次第に声を荒らげる。

 

「当日に考えることは何もない!今日ここでできることはここまで準備してきたことだけだ!作戦は練った通りに。あとはそれを実行し、実現するのみ!能力を、惜しみなく発揮して欲しい。ハッキリ言おう。君達は……いや、我々は強い!優れている!我々ならば、計画通りに実行できるはずだ。それだけの力が必ずあるだろう……!」

 

 普段高尚で淡麗、上品。

 そんな印象のある王子様系女子の江山さん。

 日頃は落ち着いた声音で話す彼女からは想像できない力強い発声。

 彼女はまた印象とは逆の、握り拳を作って熱い気持ちを露わにし、それを掲げた。

 

「サインは"打て!"。そして、"打て!"。とにかく"打て!"。それのみだ。打て!打て!!打ち勝て!!敵を打ち崩せ、王皇(おうきみ)百十(ももと)ッッッ!!ファイ!!」

『オーーーー!!!』

 

 王皇のベンチが盛り上がる。

 そして、すぐに沈静化して集中モードに入った。

 驚いた。

 普段エレガントな江山さんがあんなに発破をかけるタイプだなんて。

 意外とオーソドックスな運動部の主将だ。

 ていうか内容は打てしか言ってない。

 そういう豪胆な感じも意外だ。

 

 そんな王皇ベンチに対して。

 一方、獅ノ宮。

 

「今日は守備重視のスタメンです。まあまずアリア先輩と私のバッテリーが打たれることはありませんが、念の為。前にも言いましたが、王皇は極端な打撃特化チーム。逆に言えばそこさえ潰せば勝てます」

「要するに私達はいつも通りの野球をやるだけよ。打線さえ封じれば投手戦で私達が王皇に劣ることはまずないわ」

 

 廣目と成城先輩がスタメンを前にベンチ前で告げる。

 向こうと違ってこっちは落ち着いている。

 廣目が淡々とした知性タイプだから尚更そうなるんだろう。

 成城先輩は、全体への通告を終えたあとに原田先輩だけに目を向ける。

 

「それと涼香。貴女はショートスタメンだけでなく2番も任せるわ」

「……っ。私が上位打線……いいの?」

「えぇ。貴女がトラウマに打ち勝つ為にはそれくらい気合いを入れた方がいいでしょう」

 

 まさかの2番抜擢。

 守備重視スタメンの時に3番を打ったことはあったが、2番は出塁率の高い1番クレアを高確率で活かせる人しか座らせなかった特別な打順だから任せるということはそれだけ期待されてることと同義だ。

 とはいえ、去年よりマシだが。

 

「幸い、4番軽視で1番2番9番を重視していた去年の獅ノ宮と違って、今年はクリーンナップを中心とした1番の出塁率と7番8番どちらかで打開という古来からのオーソドックスなスタイルです。なので、それほど気負わなくてもいいかと」

「そうね。だから、チームのことは考えず自分の勝負に集中しなさい。2番の打席は全て貴女の個人的な挑戦に捧げるわ」

「……わかった。2人とも……ありがとう」

 

 原田先輩は唇を強く結んで、2人の思い遣りに涙しそうなのをグッと堪えた。

 ここで彼女達の気遣いに対する応えは決して感涙することではない。

 それを分かってるんだ。

 与えてもらった機会を必ず活かす、それだけが試合で求められること。

 原田先輩は「よし……!」と自分の頬を叩き、気合いを入れた。

 その仕草を見てから、廣目が俺達に混じって、成城先輩が主将(キャプテン)として1人で皆の前に立つ。

 

「細かいことはもうないわ。あとは勝つのみ。ここを乗り越えなければ過去の払拭も、個々の夢も、それ以前の話になるわ。それは嫌でしょう。だから、全員で……取りに行くのよ」

 

 成城先輩の言葉に全員が真剣に頷く。

 俺達は円陣を組んだ。

 

「行くわよ、獅ノ宮!」

『オー!』

 

 気合い充分。

 必ず勝つ、それが全員の共通意識となった。

 獅ノ宮は後攻。

 スタメンの野手は皆グローブを装着してグランドに出る。

 その道すがら、皆がベンチを出てすぐ振り返った。

 ……1人だけ、足踏みしてる人がいたからだ。

 

「……っ!!」

「……原田先輩」

 

 原田先輩の足が向いてる先は、"ショートポジション"。

 そこに行こうとしているだけでも動悸が凄いんだ。

 だから、立ち止まっている。

 ベンチを出られない。

 いつも気軽に入ってる芝に。

 大好きな野球ができるグランドに。

 安心出来るフィールドに。

 足が震えて向かえない。

 グランドはいつもと何ら変わらないのに。

 ただつくポジションが違うというだけで、フェアゾーンを超えることもできない。

 

「ご、ごめん。冬華。やっぱり私……!」

「涼香」

「……っ」

 

 ベンチに戻ろうとした原田先輩に、成城先輩は微笑んだ。

 そして、彼女の視線が原田先輩の背後に向いてることを原田先輩自身が気づいた。

 彼女は、まさかと思い目を見開いて振り返る。

 そこにはグランドに出たはずの皆が戻ってきていた。

 

「……っ。皆……」

「ふん。バカバカしい。何が原田林よ。こんな化け物の巣窟にいてちょっと上手いだけの奴にビビってんじゃないわよ」

「お前なぁ……もっと言い方あるだろ。ま、なんだ。お前1人で守るわけじゃねえからさ。あたし達と一緒だってこと忘れんなよ」

紗永(さえ)に同意だ。我々も共に戦うぞ」

「原田ちゃんが不安ならぁ~優希が代わりに従姉妹ちゃんボコボコにしてあげてもいいよぉ~?絶対優希の方が上手いもーん」

「いえ。それでは意味がありません。原田先輩自身が彼女に勝たないとトラウマは乗り越えられません」

「把握。しかして仲間がいるのも事実。そして、信用。ハラスズ勝利確信。……勝てるヨ、絶対。一緒に勝とう」

 

 スタメン全員が鼓舞する。

 原田先輩は、息を飲んだ。

 そこに……中宮先輩が近寄る。

 

「……涼香」

「秋奈……ごめん。言わなくて」

「……っ。そら言わないでしょ。簡単に赤裸々にできないって家族の問題とか、そういうの……」

「そっか。秋奈もそうだもんね」

「……」

 

 原田先輩に指摘されて中宮先輩が自身の腕を触って俯く。

 中宮先輩も親に陸上競技を反対されていた。

 野球を親に取り上げられた原田先輩と同じだ。

 

「……涼香。私に何ができるかわからないけど、涼香が私に寄り添ってくれたみたいに私も涼香に寄り添うから。負けないでよ。私も負けないから。一緒に……戦うから」

「……うん。ありがとう、秋奈」

 

 2人は抱き合った。

 そして、離れてグラブ同士を当て、頷いた後、中宮先輩は背を向ける。

 もうグランドの方を見た彼女が胸の前で小さく拳を作るのが見えた。

 原田先輩の為に気合いを入れてるんだろう。

 気持ちが入ってる。

 原田先輩も中宮先輩の温かい気持ちを受け取っていた。

 胸にギュッとしまったのか、瞼を閉じて胸に手を当て深呼吸をしている。

 彼女が目を開いた時、その直線上にいたのはスタメン最後の一人……アリアだ。

 彼女は最初から背中を向けて既にマウンドと向き合っている。

 

「スズカ。……私はお前の為には戦わない。自分とチームのことしか考えない」

「……うん。わかってる。それでいい。私も、そうだから」

「そうか。だが……確か、ショート対決だったか?どっちが上手いか、その比較で絶望させる……それが向こうのショートのやり方だったな」

 

 アリアは横顔だけ振り返って見せた。

 それもすぐに前を向き直して、相手ベンチを一瞬睨む。

 

「悪いがそんな対決は起きない。お前に守備機会はない。私が全部三振で抑えるからだ。突っ立てるだけで終わることになる。……そうすりゃそもそも比較なんてできないだろ」

「アリア……ありがとう」

 

 アリアなりの優しさは不器用だが、もう皆読み取れる。

 原田先輩がその背中に感謝を告げ、アリアは「ふん」と鼻をならしてマウンドへ向かった。

 他の皆も守備位置を目ざして歩き出す。

 立ち去る前に各々の仕草で原田先輩を鼓舞してから、だ。

 ソユン先輩がツンケンして鼻を鳴らしていったが、ちゃんと「早く来なさいよ。待ってるから」と言い残してくれた。

 皆が、原田先輩を気にかけている。

 誰もが彼女の問題をチームのモノとして捉えて、サポートしようとしている。

 そして、チーム全体の目的も見失わない。

 ここで原田林を乗り越えることも、王皇を倒すことも通過点でしかない。

 アリアやクレアの目標。

 そういった個人的なことも、去年の挽回をするという全体的なことも決して忘れてない。

 全て、この試合で全て払拭するんだ……!

 原田先輩が原田林を乗り越えることだって、本来の彼女を取り戻して甲子園で勝ち抜く為の戦力を取り戻すためだ。

 仲間に対する思いやりはある。

 でも、本人もチームのために乗り越えたいと言ってくれた。

 それを蔑ろにしてはいけない。

 言ってくれたからには、それが報われるように戦うんだ……!

 

「津川」

「……!」

 

 原田先輩は皆を追いかけようとした足を止めて、ベンチを振り返った。

 俺の名を呼ぶために。

 俺は彼女と目をしっかり合わせて向き合う。

 

「……約束、覚えてる?」

「もちろんです。規格外のショートストップ、魅せてくれるんですよね。俺、楽しみにしてますから……!」

 

 俺は彼女に精一杯の笑顔と鼓舞するための両握り拳でエールを送った。

 すると、彼女は目を見開いて……1拍置いてからちょっと固い笑顔で深く頷いた。

 

「うん。楽しみにしてて!今日ここで踏ん切りつけてみせるから」

「はい!……信じてます」

 

 俺はベンチから乗り出して拳を突き出した。

 原田先輩は頷いて俺の拳に自分の拳を合わせる。

 そして、彼女は走り出した。

 フェアゾーンを乗り超える。

 それが彼女の明るい未来への1歩であることを、俺は願った。

 

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