貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第105話:規格外の遊撃手

 

『あっえっ161!?嘘でしょ?計測ミス……ですか?え?』

 

 実況が思わず困惑してスタッフに確認を取っている。

 おそらく高野連や球場運営スタッフにまで今急いで真偽を確かめに駆け回ってることだろう。

 この世界の最速記録はメジャーで159km/h。

 なので、160km/hを超えるなんてこと、高校生でしかも日本で起きるなんて誰も信じられないし目を疑って当然だ。

 まあ高校生が160km/h出したことに目を疑われるのは前の世界でも同様だが、この騒がれ方の感じだと大人の事情で誤計測として処理されそうだから、さすがに前の世界なら有耶無耶にはされないだろうし衝撃の度合いの違いはある。

 それくらい理解できない常識外れのことだから、理解できないものは誰しもが脳が拒絶してしまうんだ。

 まさか、さすがに有り得ないって。

 

「……っ!!……っ!!」

 

 そんな世の中の事情など知ったこっちゃないアリアが、肩で息をして、胸を強く抑えてる。

 動悸が凄いんだ。

 限界を超越し、160km/hを超えたのは、これで二度目。

 紅白戦以来だ。

 あの時は投げた直後にスタミナをごっそり持ってかれて急にガス欠になった。

 今回は体力はまだ残ってるように見える。

 スタミナトレーニングの効果はあったみたいだ。

 しかし、相変わらず胸は苦しそうにしている。

 それでもアリアの気迫は死んでない……!

 

「……まだまだいくぜ」

 

 根性で挑戦的な姿勢を崩さず保つアリア。

 完全に本人の忍耐力だけで目の前の打者を鋭い目つきで捉える。

 そんな彼女の元に廣目は駆け寄る。

 

「アリア先輩……!次の打者はホームランバッターですが、緩い変化球を得意としています。なので、直球は他より弱めだと思います。ここは150km/h前後で、少し抜いて投げましょう!」

「……わかった。お前が言うなら信じて従う」

 

 廣目の助言に二つ返事のアリア。

 両者は信頼から即座に背を向けて各々のポジションに戻った。

 そして、迎えるは―――5番ファースト "穂石(ほぜき) 海秀(みほ)"さん。

 166cm90kg超えの大型スラッガーだ。

 右打席に入る。

 

「ぐっ……!」

「うおっ!?マジで速……っ!」

 

 穂石さんは明るい性格。

 驚きつつもフルスイングは微かに球を捉えた。

 3球目の151km/hだった。

 

『打球はレフトへ!これは落ちそうだ……!』

 

 打球は打ち上がったが、解説の言う通り平均的な高校野球部の守備力ならレフト前のポテンヒットになりそうだ。

 ただし―――"平均的な"らば、だ。

 

「……っ。くっ……!間に合わん!」

「悪ぃ!あたしも無理だ!」

 

 今日初めてレフトを守ったクレアと追いかけるサードの霧島先輩が諦める中、打球を見上げる彼女達の意識外。

 フィールドを切り裂き、駆け抜ける超絶スプリント。

 左翼と三塁の間を一直線に迷いなく、最高の動き出しで突き進む―――"規格外の遊撃手"、ここにあり。

 

 ────【才能開花(ギフトパージ)】────

 

「私、いける!」

『……!?』

 

 原田先輩が声を上げて、クレアと霧島先輩が瞠目し、思わず同じタイミングで彼女を見る。

 誰が捕球するか宣言することは交錯を防ぐために大事だ。

 だが、クレアと霧島先輩はどう考えても、打球がもう落ちるという段階でさえひと目でわかるほど距離が離れている。

 絶対に間に合わない。

 だから、原田先輩に譲るも何も彼女以外その場所に到達していない。

 そのポテンヒットの当たりはそれほど打球が上がった訳でもなく、それでいて速い打球。

 しかもフェアラインギリギリでそこに素早く落ちてくる。

 そこに閃光のように飛び込む存在。

 観客から見ても、その遊撃手の動きはざわめくほど速く感じただろう。

 だが、彼女は足の速さがダントツ飛び抜けてる訳ではない。

 確かに足は速いが盗塁走塁でNo.1を取るタイプではないのがその証拠。

 彼女の特徴は動き出しの速さと打球判断の良さ。

 それがただ良いだけでなく異次元に優れている。

 だから、速い。

 いや、速く見える。

 実際は……早い!!

 

「余裕!」

 

 原田先輩は落下地点に完壁に間に合って捕球した。

 飛び込んだ勢いでそのままファールゾーンに滑り込んでいく。

 彼女のそのファインプレーに実況は興奮した。

 

『原田涼香ダイビングキャーーーチ!凄い!ファイプレー!異次元の守備範囲だ!去年は【名手の原田】の異名で名高かったが、この決勝戦で初めて守ったショートポジション!我々はまだ彼女の真骨頂を知らなかった!去年見たのは本当の彼女ではない!これもまた、もはや新星!またしても獅ノ宮に"規格外"が生まれた……!【名手の原田】改め、【絶対の原田】だ……っ!!』

 

 実況が叫ぶ中、グランドでは原田先輩の元にクレアと霧島先輩が集まる。

 彼女たちがやっとこさ追いついた時には、原田先輩はもう起き上がって土を払っていた。

 

「バカな。定位置からフェアラインまで守備範囲とは……!」

「すげぇ!マジかよ!涼香のショート、実際見たのは初めてだがこんなヤベぇのかよ……!?」

「……」

 

 2人が興奮して声をかけるが、原田先輩はなぜか俯いている。

 その様子に気づいてクレアが心配した。

 

「どうした?怪我でもしたのか」

「えっ。あぁ……いや、大丈夫。ごめん。ちょっと……自分でもビックリして」

 

 原田先輩は片足のつま先で地面を何度かつつく。

 ふくらはぎの張りを実感しながら目を細めた。

 

「……久々だね。8年も経っちゃった。まだ才能(きみ)は死んでなかったんだね。またこんなに動ける日が来るなんて……思わなかった」

「……」

「涼香……」

 

 原田先輩が自身の足を見下ろして穏やかに語りかける。

 目を細めたのは懐かしい気持ちになっていたんだ。

 彼女は今、8年前に自ら手放した才能との再会を噛み締めている。

 原田先輩が自分が捕りに行くと声を上げた時の「私いける!」は「私(昔みたいに今もまた)いける!」だったのかもしれない。

 

「……うん。動ける。私、またショートストップできる。今のが私の守備範囲だから難しいところに落ちそうだったり、イレギュラーな打球は任せて!」

 

 原田先輩は自信を取り戻して宣言する。

 クレアと霧島先輩は顔を見合せた後、不敵に笑った。

 

「頼もしい限りだ。その大船、乗らせてもらうぞ」

「ハハッ!最高じゃねえか!いいぞ、あたし達の遊撃!これであたしは正面の打球に集中できる……!」

 

 盛り上がる三遊間トリオ。

 霧島先輩の言う通り、彼女の弱点は守備範囲だからそこを原田先輩がカバーしてくれるならデカイ。

 捕球など基礎的な能力も未熟だが、正面の打球なら捕れるし、霧島先輩の才能である"強肩"を活かせる!

 

「よっしゃ!頼むぜ、涼香!」

「うん!任せ―――ッ!!」

 

 突如、悪寒。

 原田先輩は自身の背後に刺さる視線……いや、存在感に背中を向けたまま目を見開く。

 もうその正体は見る前からわかった。

 彼女が恐る恐る振り返ると……二塁ベースの上に立つ原田林が横目で彼女を見ていた。

 別に大して注視していたわけではない。

 盛り上がっていた敵の守備陣に少し目を向けていただけだ。

 ただ、たったそれだけでも―――原田先輩は冷たい汗を滝のように流す。

 

「……っぁ」

「……」

 

 本当に原田林に特別な意図はない。

 ただ目に映っただけ。

 証拠に彼女は原田先輩と目が合うとすぐに視線をホームに移した。

 だが、獅ノ宮(こちら)からすればそのなんてことない仕草もなんてことをしてくれたんだという案件になる。

 "原田林に見られていた"。

 ただそれだけで原田先輩は動悸が乱れた。

 何も言ってなくても、彼女に意図がなくとも。

 過去のトラウマ、過去にかけられた冷徹な言葉が原田先輩の中での原田林のイメージとして凝り固まっている。

 だから、想像してしまう。

 言ってないのに。

 おそらく本人は思ってもいないのに。

 それでも、少しファインプレーをしていただけで盛りあがっていた自分に対して厳しい指摘を、なんてことない視線に感じてしまった。

 

「り、林ちゃん……」

「……?」

 

 原田先輩は彼女の名を呟いた。

 原田林が訝しんで振り返る。

 彼女と目が合って、原田先輩は狼狽えた。

 別に何か用があって呼んだ訳じゃない。

 ただ威圧感に圧倒されて原田林の意思でもない、恐怖心という原田先輩の内面から発生した重圧に、背中を押されてしまっただけ。

 だから、話すことはないのに声をかけてしまった。

 そして、それは当然墓穴だ。

 だって原田林からすればハッキリしない謎の態度だから。

 

「あっ……えっと……」

「何?言いたいことあるならハッキリ言えば?……ていうか、何か言いたいことあるの?1回ファインプレーしただけでマウント取れると思ってるんなら大間違いなんだけど」

「いや、違っ……!」

「……いつ見ても、ワンパターンな守備。動き回るだけの能無し。大体、何が対決だ。私はあんたと戦いに来たんじゃない。勝手に仕掛けるな。私達は獅ノ宮を倒しに来たんだ。そして、勝って、甲子園に行く。これはそういうただの通過点なの。あんたと個人で戦ってるんじゃない」

「……っ」

 

 原田林の言葉に原田先輩が詰まる。

 表情もどんどん暗くなって俯いた。

 そんな彼女の顔を一瞥して、原田林は畳み掛ける。

 

「これは地区大会決勝、それ以上でも以下でもない。私はあんた達に勝って、全国のヤツらにも勝って栄冠を掴む。その先のキャリアを歩む。だから、あんたの個人的な因縁に付き合ってる暇はない。邪魔するな」

「違っ……!そんなつもりじゃ!」

「ハッ。ないってか?自分たちで言ってたでしょさっき。何が違うの?試合よりも個人的な問題に夢中。そんな相手と向き合ってないチームに、私達が負けるはずがない」

 

 原田林は険しい顔で切り捨てた。

 言い伏せられた原田先輩はしどもろもどろになる。

 彼女の目が泳いでるうちに、原田林はショートストップとしても告げておきたいことを口にする。

 

「……それに、仮に対決してたとしても、"先行"の守備で調子に乗るな。まだ私の守備見てないでしょ。対決するにしても、この裏からが真骨頂だから」

「……っ。……わか……ってる」

「……あっそ」

 

 最後は端的に言い捨てて前を向き直した。

 弾圧して、言葉が出ないようにして。

 自分は満足するまで思ってることを浴びせる。

 気が済んだらまるで勝利宣言のように切り上げる。

 完全に口論では上下関係が完成していた。

 原田先輩はさらに暗い表情になる。

 だが、気持ちを落としている場合ではない。

 こうしてる間にもインプレー。

 試合は続いている。

 

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