貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
『5番 キャッチャー
球場のアナウンスがネクストバッターを告げる。
相手の正捕手である
彼女はバッティングフォームも特徴的だ。
腰は低いが、背筋は垂直に伸ばし、バットは立てる。
そんな構えを取る進川さんと、アリアは対峙する。
「……」
「……っ!」
アリアがプレートに立ったと同時に瞠目する。
嘘だろ。
あのアリアが威圧感で圧されてる……!?
「……っ!成城先輩!アリアが……!」
俺は思わず隣にいる成城先輩を見た。
彼女は俺を一瞥したあと、渋い顔をする。
「……ここまでの打者も王皇は天才的なメンツを有しているわ。でも、一際才があるのは、あの
「そ、そうなんですか……!?」
「えぇ。器用で思い切りもある。その上捕手もできる。"あの状態"に入った後のアリアなら、圧倒されてもおかしくはないわ」
それになにより、と成城先輩は続ける。
「彼女は間違いなく王皇で1番オーラがある。マウンドで向かい合う者は、一際感じるはずよ。……もっとも、王皇の恐ろしいところは彼女が1番なだけで他の打者にもオーラはあるというところだけれど」
「……っ」
誰と向き合っても迫力がある。
勝負を避けても、抑えても、その次またその次も同じような格の強打者が出てくる。
全員全力で抑えるしかない。
逃げ道のない打線か、厄介な!
いくらアリアでも、1人1人は勝てても休みどころのない打線が相手じゃ疲弊する。
さぁどうするアリア……!
「ハッ。おもしれぇ。このアリア様が身震いしちまうとはな。だが、ハイレベルな強打者との対決。こういう環境を手に入れる為に、私はこのチームに来た。そして、ユイと組んだんだ」
「……っ。アリア……!」
アリアは口角を上げた。
この対戦を楽しんでるんだ。
彼女にとって不安よりもそっちの方が大きい。
心配してしまった俺が、どれほど愚かだったかこの一瞬で理解した。
俺が見つけたアリア。
でも、まだまだ彼女のことをわかってないみたいだ。
悔しいし、嬉しい。
アリア、お前はどこまでワクワクさせてくれるんだ……!
最高のピッチャーだ!!
"欲しい"と思わせてくれた投手はやはり、伊達じゃない……!
「正直ビビっちまったが、お前だってビビってんだろ。私レベルの豪速球ピッチャーはそういねえ。お前は既に大したモンだが、私だって格負けしてねえだろうが……!だから、怖気ねえ!全力でいくぜッッ!!」
「……っ」
グラブで打者を指して、進川さんも再度気合いを入れ直して上体を深呼吸で上下させる。
そして、両者共に構え直す。
もうあとはぶつかるのみ。
2人は鋭い視線を衝突させた。
「……ぁぁ!!」
「……っ!!」
アリアが今日初めて怒号を飛ばして投げた。
155km/h低めインコース!
進川さんは当然フルスイング!!―――なんだが、他とは、いやここまでのフルスイングとはもはや別物だ!?
『なっ……!?』
全員が驚愕した。
進川さんのフルスイングはここまでの打者とは比較にならないほど凄まじい。
ボールがストライクゾーンに飛び込むタイミングに合わせて前足を上げ、踏み込んだと同時に戦闘艦の固定砲のような、地面スレスレからフォロースルーまで打ち上げるスタイル。
振り幅は常人の2倍はある。
振り切った後、バットは180℃動いており、進川さんは体勢を崩しそうになった。
いや、普通なら崩してる。
だが彼女は膝を折り、中腰で両脚をしっかり踏ん張っていてそれを軸に凄まじい体感で振り切った……いや、振り切りすぎたバットをスイングよりも早く見えた起動で手元まで戻した。
体幹、とにかく体幹。
そして、思い切っていても、そう簡単にはできない技術とパワーが必要な豪快なスイング。
どちらも凄まじい。
これが……"Msフルスイング"と名高い進川さんの真骨頂!
超絶フルスインガー!!
『ストライク!』
「ふぅ……!」
進川さんは深く息をはいて暫く中腰のまま静止した後、軽く屈伸して直立した。
結果は空振りだったが、アリアも廣目も驚愕している。
「動画では見てましたが……!」
「他の奴みてぇにフルスイングしか考えてねえってなるといつもより思い切れる……事前に調べたモンと一緒だとは思わない方がいいヤツか!」
2人は18.44m離れているが、同じ分析だ。
フルスイングは彼女の真骨頂だが、普段は打席の中で他にも選択肢がある。
だが、今日はフルスイングのみの指令が出ている。
そうなるともう俺たちの知ってるデータはアテにならない。
もっと振り切って戦ってくるぞ!
「クソ……!……あれに当たったら」
「―――終わります!」
2人の共通認識。
アリアはロジンを触りに背を向けているが、2人とも唇をかみ締めて進川さんを警戒し始めた。
アリアは自身の背中越しに、廣目はマスクの下から進川さんを鋭い視線を向ける。
一方、ベンチでは……俺は進川さんのフルスイングを見て、違和感を抱いていた。
「……今のフルスイングって、もしかして。……い、いやまさか。いや……まさか……でも、あのフォーム……」
「どうしたの。津川くん」
進川さんのフルスイングに衝撃を受けたのは全員共通している。
だが、皆とは違う動揺の仕方をしていたのは俺だけだ。
俺は、自分の中に浮かんだ考えを「まさか」と否定し狼狽えた。
そんな俺の様子を不思議に思って成城先輩が尋ねてきた。
「あっ、いや……その……なんでもないです」
「……?そう」
俺は答えようとしたが、詰まってやめた。
言えるような事じゃなかったし、上手く濁して説明しようにも良い言葉の言い換えが思い浮かばない。
それになにより確信がない。
だから、考えは呑み込んだ。
再びベンチから乗り出してウチのバッテリーと進川さんの対決に集中する。
(―――コイツはヤバい。"あの状態"に入っちまってそこそこ体力を持ってかれたが、なんとかなけなしのモン引っ張り出して全力で行く。いいな?)
(―――わかりました。最悪打たれてもできるだけ長打を避けられるリードをします)
アリアと廣目。
18.44m越しにアイコンタクトで意思疎通する。
マウンドのアリアが頷いて、2人は覚悟を決めた。
進川さんとの勝負。
そこに真っ向から挑むと。
「いくぞ……っ!!」
「……っ!!」
アリアが腕を振るう!
廣目の要求は胸元!
なるほど、確かに胸元の球ならそう簡単には持っていけな―――。
「よっしゃ!貰ったで……!」
「何!?」
「……っ!?」
球速157km/hのストレート。
完全に差し込んだ球を、進川さんはまたしても上げた前足、その踏み込む足の地点をズラした。
そして即座にポジション移動。
ホームベースから少し離れて、踏み込む方向は外へ逃がした。
立ち位置全てを動かせる範囲は限られるが、そうすることで身体の向きを調整した。
―――そう、ライト方向へ。
「いけオラッ!!」
『……っ!?』
超絶フルスイング。
砲撃のように打ち上げる、いやすくい上げるバット起動。
甲高い金属音が響き、打球は凄まじい速度でアリアの視界から消えた。
だが、行方はわかる。
ライト方向へ一直線を描いたのだから。
「まさか……!」
アリアが慌てて振り返って打球を目で追う。
彼女の口から出た言葉は、似つかわしくない確信した焦燥のそれ。
完全に瞠目して珍しく表情も切迫している。
廣目も即座にマスクを捨てて立ち上がり、アリアと信じられないものを見るような顔で上空を見上げた。
『打球はライトヘッッッッッッ!!!これは!?間違いなく!?確信か!?確信の……!?』
「……っ!大丈夫、捕れる……!」
打球を中宮先輩が追う。
彼女はずっと見上げていて、その打球速度と高さ、鋭さに確信的な飛距離その全てに経験不足から気づいてない。
美山先輩は口角を上げて自分の上を通っていく球筋をただ見送る。
そんな彼女に端から期待するのをやめた中宮先輩だが……。
「よし!間に合……っ!?」
彼女も気づいた。
もう自分はライトスタンド前に、フェンスギリギリにいると。
そして、どう見ても打球は手前には落ちてこないと。
首がもげそうな程真上を通り過ぎていくその様を、目に焼き付けてただただ愕然とした。
『スタンドイーーーーーーーーーーン!!157km/hをホーームラン!!王皇5番進川 紫サン!超絶フルスイングで規格外の豪速球をスタンドにぶち込んだぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!』
「なっ……ぁ……!?」
ホームに背を向け、スタンドを見て瞠目するアリア。
そんな彼女の前を進川さんが「やったで……!」と拳を掲げる。
「嘘だろ!?157km/hだぞ……!?」
「理解不能。アリアが……打たれた」
「どうなってんのよ、ホントに……!」
「……っ」
獅ノ宮ナインが動揺して、スタンドとスコアを見上げる。
衝撃を受けて当然だ。
アリアが、長門先輩以外に初めて被本塁打を浴びた。
これは鴎坂からのキャリアでも同様なのだから。
それくらい前代未聞の話なんだ。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
本当の悪夢はここからだった―――。
『6番
「クソ……!」
相手は当てたらポテンか長打。
だから、中宮先輩も守備位置をかなり下げていた。
原田先輩の守備範囲が広く、手前はカバーしてくれるから尚更だ。
それなのに、そんな中宮先輩の上を超えたヒット。
また出塁を許してしまった。
しかもそれだけではない。
「ふっ……!悪いがまだまだ貰うよ!」
「……っ!欧州人、捕れ!!」
「私はクレアだ……!!」
7番キャプテン
レフトのクレアがアリアに名指しされるが、打球は左中間を抜けてしまった。
一塁ランナーの関内さんは一気に駆け抜けて三塁へ。
江山さんも二塁を目指したが、中宮先輩が拾ったのを見て一塁でストップ。
ツーアウト一塁三塁。
またしてもピンチに陥ってしまう。
「クソ……!クソ!クソッ!!」
「貴様……打たれて悔しいのはわかるが、いつまでも私を人種で呼ぶな」
「……!」
インプレーが解けて近づいてきたクレアに、注意されるアリア。
しかし、アリアはクレアの言葉に目を見開いて、キッ……!と彼女を睨んだ。
「ふざけんな!!出会った時から私を人種でしか呼ばねえのはお前だろ!!」
「……っ!!」
アリアは険悪な表情で至極真っ当な事実を鋭く言い放った。
今、確かに彼女は打たれて激情している。
だが、アリアの指摘にクレアは瞠目した。
そして、俯き、深刻な顔をする。
アリアに言われて初めて気づいたようだ。
今、彼女の表情は申し訳なさや自分の至らなさ、それらを含めた複雑な気持ちをごちゃ混ぜにしているように見える。
多分まとめると……というより結果的には自責に至っているんだろう。
アリアがロジンを触りながらクレアの顔を見れずに、「すまん。当たった。キツく言い過ぎた。……悪い」と先に謝罪したのもクレアには衝撃だった。
アリアはプレー中は意外と大人だ。
クレアの中で彼女への偏見が解けていき、同時に自身の未熟さの自覚は強くなる。
神妙な面持ちでクレアはマウンドを去った。
今はアリアが神経質になっている。
それを察した上での行動だろう。
今じゃない、と。
申し訳なさを抱えながら彼女は左翼に戻った。
「……」
その背中を一瞥しつつロジンを落とすアリア。
ふぅ、と深く息を吐いて自分を落ち着かせ、再び打席と向き合う。
続く打者はホームランバッター、サードの"
8番にホームランバッター。
そこにしか置きどころがない程にアーチスト以上の打者が勢揃いしている。
そんな恐ろしい王皇打線の真髄を、洗礼を、アリアはまだまだ味合わされる―――。
『心で捉えたッッッッ!!!この当たりは……!?
「……っ……ぁ!」
「やったやった。いったでしょ、これは」
ゆっくりとベーランをし始める包剛さんはゆったりとマイペースな喋り方で本人なりに大喜びしていた。
正直、当たった瞬間に確信的で巨大な当たり。
実況が叫んだとおり、その打球は余裕でスタンドインしてしまい、またしてもホームラン。
アリアは被本塁打を重ね、今度は振り返ること気力もなく投げきった体勢のまま、地面を見つめながらただただ愕然としていた。
振るった腕が球を放った時のままピンと伸びて、固まっている。
地面と睨めっこはしているが、きっと視点は定まっていない。
衝撃的な出来事に足が浮いてるような感覚になり、視界もぐらんぐらんだろう。
中継の映像がキャッチャー目線になり、リプレイが流された。
打たれたアリアは、投げきった低い体勢で、その背後には美しい巨大花火の放物線がスタンドへと吸い込まれていく。
まさしく、"被弾"の構図。
芸術的なまでにしっかり撮れていた。
これはあまりに映像的魅力がありすぎて後世に残るかもしれない。
アリアからすれば、凄まじい屈辱だ。
「………………!………………っ!」
まさかのスリーランホームランのおかわり。
ホームベースに3人が帰ってきて、アリアの目の前で先のランナーが包剛さんを待ち、彼女がホームを踏んだところを喜んでを迎える様子を見せつけられる。
アリアは悔しさのあまり叫ぼうとしたが、悔しすぎて言葉が出ず唇を血が出るまで噛み締めて身を震わせた。
これでスコアは。
初回ビッグイニング/大炎上。
この世界の常識を超越した最速161km/hの規格外、俺たちのエース。
誰にも打たれるはずのないアリアが。
こんなに簡単に猛打をくらった。
「………………クソ」
「アリア……」
包剛さん達がベンチに戻ってやっと膝に手をついて声を出せたアリアに、原田先輩が目も当てられないといった様子で目を逸らす。
そして、逸らした先にあった王皇のベンチを、視線を上げて見た。
盛り上がる相手ベンチ。
お通夜状態の獅ノ宮ナイン。
アリア・オイゲンが大炎上したのは、鴎坂の時にもあった。
だが、その時はアリアの球が捕れず、
つまりそれしか経験したことはない。
打たれて大炎上に至るのはアリアの人生の中で、今日が初めてだった。