貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第107話:ダメ押しグランドスラム 10-0

 

『9番 ピッチャー (しゃく) サン』

 

「あれ?この人って……」

 

 アナウンスの読み上げに俺は首を傾げる。

 ピッチャー登録でスタメンに選ばれているが、9番の"(しゃく) 銀子(ぎんこ)"さんは外野手だったはずだ。

 まあ高校野球じゃ野手と投手の兼任なんて珍しくないけど……彼女に限っては調べた限り外野専なんだよなぁ。

 投手で出場した試合の記録はこれまで一切ない。

 

「成城先輩、これって……」

「……完全打撃優先のスタメンね。アリアと廣目さんから打つ算段をつけて、全員野手に固めてきたのよ。1点でも多く立ち上がりに取るために」

「え!?でも、そんな……捨て身すぎません?裏で打者1人は野手ピッチャーで対戦しなきゃいけないですよね?もし初回三者凡退だったら……」

「そうならない自信があったのでしょう。もしくは陥っても問題ないと考えたのよ。どうせ点はいつでも取れる、そういう自負があるのだと思うわ」

「……っ!」

 

 なんだそりゃ、どんだけ頭の中"打てばいい"なんだよ!

 

「……それもあるけど、相手バッテリー両方が常識にあてはまらない規格外だから、向こうも思い切った作戦を取る覚悟を決めたと考えるべきね。あのスタメンは自分たちを敢えて追い込むことでモチベーションをコントロールしてるのよ」

 

 俺の思ってることを読み取って、冷静に解説する成城先輩。

 彼女のおかげで王皇の思考回路が理解出来た。

 自らケツに火をつけることで"打つしかない"状況を作り、野手を必死にさせる。

 その結果、全員があの大胆でリスキーなフルスイングを迷わず全力で実行できる。

 この味方にも冷や汗かかせる作戦……まさしく"性悪"。

 そんな性格分析を世論にされている選手が、1人いる。

 そして、彼女は司令塔!

 

「十中八九、王皇キャプテン江山(えやま) 栗深(くみ)の考案ね」

「やっぱり……!じゃああのフルスイングも江山さんの作戦ですか?」

「さぁ、それはわからないわ。でも……」

 

 廣目だけでなく成城先輩も向こうの思惑全ては判明していないと言った。

 だが、成城先輩は俯いてから王皇ベンチを一瞥して、何か歯切れの悪さもあったから全く予想がついてない訳でもないだろう。

 ただスタメンを組んだのが江山さん、というほどの確信はまだ得られていない。

 そんなところか。

 

「とにかく今は向こうの作戦を止めることが先決ね。でないと―――このままじゃ6失点じゃ済まないわよ」

「……っ」

 

 ベンチの最前で腕を組み、戦況(グランド)を前に険しい表情になる成城先輩。

 俺も彼女の指摘に息を詰まらせて試合に意識を戻した。

 彼女の言う通り、これからスコアはもっと酷いことになる。

 

『さぁ!試合開始からもう30分近く経っていますが未だ初回!しかも表!先行の王皇は攻撃が止まりません!!9番(しゃく)サンは151km/hアウトコースをフルスイングで拾ってセンター前ヒット!さらに一巡して続く1番打者盛秋(もりあき)サン、2番原田(はらだ)サンも出塁!獅ノ宮(しのみや)は満塁のピンチに、王皇(おうきみ)はまだチャンスだ!!』

 

「~~~~~~~~~~っ!」

 

 マウンドでアリアが顔を顰める。

 ツーアウトまでは取ったのに、最後のワンアウトが中々取れない。

 しかもまたピンチ。

 それも満塁。

 最悪の展開だ。

 

「成城先輩!何か打開策ないんですか!?」

「……」

 

 俺が思わず横にいる実質的な監督の彼女に勢いよく尋ねると、成城先輩は渋い顔をしたあと目を逸らした。

 クソ……!ないのか!

 

「アリアがこんなに打たれるなんて……!向こうがアリアに合ってるなら、ていうかこれだけ打たれてるピッチャー即交代……いや、でも……!」

 

 俺は自分でも考えを巡らせた。

 とにかくこの大炎上はどこかで流れを切らないと取り返しのつかないことになる。

 1番誰でも思いつく魅力的な案はやはりピッチャー交代。

 流れを変える上で最も物理的だからこそ、魔性さがある。

 だが、諸刃の剣でもあるから俺は思い浮かんですぐ一旦考え直した。

 なぜなら、投手を交代しても意味がなく、相手の勢いが収まらなかったら、事実はどうであれ手詰まり感は出てしまうからだ。

 それはチームも球場全体も思い浮かべてしまうし、そうなったらもう選手達の気持ちが死んでしまう。

 だから、簡単にこの手札は切れない。

 成城先輩が俺でも思いつくようなこの考えを実行しないのも同じ理由だろう。

 あと、理由はそれだけじゃない。

 もっと重要な問題は今打たれてるのがアリアだという点だ。

 アリアは普通のピッチャーじゃない。

 明らかに特別な存在。

 世界にとっても、チームにとってもだ。

 そんなアリアを打たれたからといって簡単に下げては、選手達と他のピッチャーはどう思うか。

 アリアを下げるというのは終戦の合図……とまでは言わなくとも少しはその雰囲気が出る。

 そして、他の投手達は経験や実力が浅い者ばかり。

 1番頼りになって、規格外で、絶大な信頼と安心感を有する上に世界の誰もが敵わない彼女を"憧憬"として捉えている者もいる。

 彼女はそれだけ投手陣の精神的支柱なんだ。

 そんなアリアの敗北を認めるのは、かなり扱いが難しい。

 指揮官として、成城先輩が最適案を選びあぐねるのもわかる。

 だが、このままでは点差は広がる一方。

 本当に手詰まりなのか?

 どうする……!

 

『ツーアウト満塁!そして、回ってきたのはこのチャンスに4番だ!!バッターボックス、穂石(ほぜき)サン!試合は現在驚きの展開!世界記録を有する規格外。野球界をざわつかせる最速の女!アリア・オイゲンサンがまさかの大炎上だ!さらに迎えたこのピンチ、さぁこの勝負どうなるんだぁ~!?』

 

 実況が熱く舌を回す。

 アリア vs 4番ファースト"穂石(ほぜき) 海秀(みほ)"さん。

 右打席に入る彼女は重量級の体格。

 顔は正面に、膝を少し折り、バットは高い位置で斜めくらいに寝かしている。

 満塁のピンチの中、アリアはまだまだ気を張りつめた表情ができていた。

 しかし。

 

 

「クソ……!……っ!?」

「……っぁ。いけません!!」

 

「あっ……!」

 

 ベンチで見ていた素人の俺ですらわかる。

 明らかなすっぽ抜け。

 アリアの放った球は緩く、拍子抜けな弧を描いてまるで打ってくださいとばかりに絶好球として内閣高めに飛び込んだ。

 最悪だ……!

 

「しまっ―――」

「マジか!ひゃっほー!!」

 

 アリアが自分でもやらかしたと確信して動揺したと同時に、穂石さんは舌なめずりして緩急に泳がされることなくスイングを溜めて絶好球が手元に車で待った。

 そして、最適なタイミングで全力で振り抜く。

 

「どっせーーーーーーい!!!いったろ、これ!!」

 

『すっぽ抜けた!そして……!穂石溜めて……打ったーーーーーーー!!!!打球はレフトへ!!甘い球に合わせたフルスイング!レフトバローナ追いかけるが……!これは厳しい!いや、でも諦めずフェンスに手をかける!しかし、これは……!!もう間違いなく!!入るでしょう入ったぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっっ!!!!穂石、満塁ホームランで追加点!!オイゲン項垂れる!!バローナはフェンスにぶら下がったまま!これでなんと10-0!!』

 

 

 王皇(おうきみ)百十(ももと) 10 - 0 獅ノ宮(しのみや)

 

 

「…………ぁ!」

 

 

 膝をついて崩れ落ちるアリア。

 もはや悪夢だ。

 まさかの初回2桁失点。

 まだ攻撃が1回も回ってきていない時点で、勝負を決めるトドメの一打。

 "男子級豪速球ピッチャー最速161km/hを誇るアリア・オイゲン"。

 初の完璧な粉砕。

 さすがにこのグランドスラムは絶望に叩き落とすには充分すぎる。

 あのアリアが、下を向いている。

 おそらく心が折れている。

 アリアが……あのアリアが……!!

 

「……っぁ」

「アリア先輩!」

 

 マウンドのアリアが今まで見たことないくらい愕然としていた。

 穂石(ほぜき)さんがホームインしたのを確認してから廣目は急いでマウンドに駆け寄る。

 内野陣も集まるが、あの自信家のアリアが失意のどん底にいる様を目の当たりにして息を詰まらせる。

 俺もマウンドにタオルと水分を届けに行ったが、空気は地獄だった。

 皆の戦意もかなり失せてる。

 終戦ムードも多少漂ってた。

 これじゃ打たれる前に投手交代した時の懸念と結末は程ど変わらない。

 やはり代えるべきだったか……!

 成城先輩に無理やりでも進言すべきだった。

 判断を誤った!

 

「アリア先輩。左投げに替えましょう。それと長門先輩に投げた時とは逆にリリースポイントをわかりくくしてください。それだけでもかなり変わると思います」

「……わかった」

 

 廣目の提案にアリアは目の色が少し戻って頷いた。

 小さい頷きだった。

 元気はなさそうだが、廣目への信頼は揺らいでないんだろう。

 こんなに打たれてるのに他責に一切ならない。

 アリアのいいところだが……。

 

「……っ」

「……かなり厳しくなりましたね」

「あ、あぁ……うん……」

 

 俺がスコアボードを見上げて渋い顔をしたのを廣目はちゃんと見ていた。

 彼女に言われて俺はビクッとしながらもなんとか頷く。

 廣目の様子を見ると、小さく息を吐いて苦い表情をしていた。

 ……そりゃそうだ。

 1番つらいのは実際にプレイしてる選手、それも廣目は自分のリードで打たれてる。

 悔しいに決まってる。

 でも、俺にフォローを入れるくらい大人だ。

 俺は気を遣わせて申し訳なくなった。

 ベンチに戻る前に俺に出来ること……なんて大してないけど鼓舞くらいはしていこう。

 

「廣目。まだ初回だ。まだまだ諦めるには早いぜ!な?」

「……っ。……そうですね。確かに」

 

 俺が廣目に声をかけると、彼女は少し表情の深刻さが緩和して若干トーンが明るくなった。

 よかった、少しでも役に立てたなら嬉しい。

 

「津川先輩の言う通り、まだ終戦ではありません。こちらの得点チャンスはなんとあと9回もあります。とりあえず今は目の前の打者を抑えて最後のアウトを取る事に専念しましょう」

「お、おう。いや、そうは言うけどよ……」

「向こうだって攻撃はあと8回残ってるわよ。毎回10点取られたんじゃ、こっちの打力じゃ逆転なんて無理じゃない」

「5回までに点差詰めないとコールドにもなるもんね……」

「わかってます。ですが、それはこの乱打を放置すればの話です。無論対策は練ります。次の回からはこうはいきません」

「……どうだか。ホントでしょうね」

「今は信じてください、としか」

 

 廣目の言葉にソユン先輩は納得はしなかったが、今は堂々巡りなので肩を竦めて自分の守備位置に戻った。

 他のみんなも散っていく。

 最後に残った廣目と俺だけがアリアに声をかける。

 

「では、まずはこの回を終わらせましょう」

「……っ!……あぁ」

「アリア!下向くなって!皆ついてるんだから、顔上げてプレーしてこうぜ!」

「カズヤ……そうだな」

 

 アリアは俺の言葉を受けて深呼吸した。

 そして、再び気迫を少し取り戻す。

 それを確認して頷きあった俺と廣目。

 廣目はアリアに直接ボールを手渡して返球し、俺と一緒にマウンドを去った。

 

 試合はさらに続く。

 次の打者は5番キャッチャー"進川(しんかわ) (むらさき)"さん。

 最初にホームランを打たれた相手だ!

 

「もう1発、貰うで!」

「……っ!」

 

『バッターボックスは進川サン!先程の打席でホームランを打ってます……!この打席も期待できるぞ~!!』

 

 ノリに乗っている進川さんが左打席に入り、バッティングフォームをとる。

 アリアはさっきの嫌な記憶が過ぎり、顔を顰めた。

 実況もアリアを攻略した最新の実績を口にし、盛り上がる。

 そんな中、そう簡単に何度も同じ相手にやられないと息巻くのは……バッテリーとして相棒の炎上と侮辱を許さない、つまりは捕手!

 

「舐めないでください!もう打たせません……っ!!」

『ストライク!』

「うおっ!?」

 

 審判のコールが響き、誰が見ても明らかな大胆な空振りを進川さんは披露する。

 アリアのスタイルが左に変わったことと、リリポを変更したことによるタイミングの取りにくさで進川さんを翻弄できた。

 球速は141km/h。

 内角低めに決まったストレート。

 よし、リリポ調整は通用してるぞ……!

 

「こいつで終わりだ……っ!!」

「くっ……!」

 

 ツーツーまで追い込まれたあと、さすがに進川さんも表情を渋らせスイングも気持ちが反映されて思い切りが弱くなる。

 そんなスイングで捉えた高めの打球は大きく上がってインフィールドフライ。

 落下店にソヨン先輩が行って、難なく捕球できた!

 やっとこれで……!

 

『アウト!チェンジ!』

「……っ!」

 

 ソヨン先輩が捕球するまで一切気が抜けなかったアリアが、ソヨン先輩と廣目のおかげで終わる気配のなかった回の幕切れを目にして肩で深く息を吐いて安堵する。

 しかし、すぐに我に返って暗い表情を継続した。

 皆と目を合わせることができず、目を逸らして俯き、歯を食いしばる。

 身も震えていた。

 永遠すら覚えさせた悲惨な状況を途切らせることには成功したが、事実としてスコアに残酷な数字は残った。

 切羽詰まった戦況は変わらない。

 アリアも悔しさと絶望感で苦い顔をし続け、重い足取りでベンチに向かってきてくれる。

 

「ア、アリア……」

「……どう声掛けていいかわかんねえな。援護するから安心しろって言いてぇけど打撃貧弱なあたしじゃ説得力ねえしなぁ……」

「そんなの関係ないわよ。私は打てるほうだけどそれでもこの状況で楽観的な言葉はかけられないわ。特にウチの打線は貧弱だし、10点差なんてほぼ終戦……それくらいマジで試合展開最悪」

 

 アリアがとぼとぼと歩く中、小走りの内野陣が彼女を心配はするものの駆け寄るに駆け寄れず、微妙な距離間であぐねてる。

 どうにかしようとアタフタする原田先輩と霧島先輩はまだマシで、ソユン先輩はもはや諦めてる。

 廣目はベンチ前でアリアを待つが、ただの大炎上ではなく世界記録を持つ異次元の球速が打たれたアリアにかける言葉を有する者は誰もいない。

 彼女を待つことが出来ている廣目も、それはキャッチャーとしての義務感からだ。

 アリアと目を合わせることもできなければなんて言葉をかけようか彼女が来るまで目を泳がせながら必死に頭の中を回転させている。

 

「廣目さん。貴女は座って休みなさい。中腰仕事が長くて疲れたでしょう。アリアには私から声をかけるわ」

「うえっ……えぁ……っ……!………………わかりました。お願いします……」

 

 成城先輩の一声に廣目は珍しく甘えた。

 こういう幇助は受けずに自身で責務を果たそうと、責任を自ら担おうとするのが普段の廣目。

 だが、今回は相当参ってるようだ。

 年相応の狼狽えた子供の顔で、酷く暗い表情のままベンチへと下がっていく。

 成城先輩はそんな彼女を心配して目で背中を追ったが、彼女が席に着いたのと同時にベンチから出て皆を迎えに行く。

 俺は廣目にタオルと水を渡して労った。

 

「アリア、お疲れ様。皆もよくめげずに戦ったわ」

「……っ!……フユカ」

 

 下を向いていたアリアがやっと顔を上げてベンチ前で止まる。

 彼女と目が合った成城先輩は「んっ?」と小首を傾げて穏やかな微笑みを向けた。

 まずはアリアを責めるつもりはないという意思表示を見せたんだ。

 証拠にアリアは成城先輩の顔を見て目を見開く。

 監督兼任として、最適解を知ってるんだ成城先輩は。

 

「皆、座ってからでいいから聞いてちょうだい」

『……!』

「冬華……」

 

 内野陣も外野陣も戻ってきて迎える成城先輩に注目する。

 彼女たちは成城先輩の指示通りベンチで休んでから、ベンチ前に立つ成城先輩に耳を傾け、意識を向ける。

 それを確認して成城先輩は真剣な目に戻って真面目な話を始める。

 

「打たれてしまったものは仕方ない。取られてしまったものは仕方ない。とにかく仕方ないわ。事実だもの。結果として残ってるもの。それを今から変えるのは無理よ」

『……!』

 

 ハッキリ言い切る彼女に全員が目を見開いた。

 だが、成城先輩は当然切り捨てる為に言った訳ではない。

 彼女は全員に目線を配ってから続ける。

 

「大事なのはその結果を引きずらないことよ。試合後に反省するのはいい。でも、試合中は気持ちを切り替えられないチームから負けていくわ。取られたのなら、取り返すしかない。打線が弱いとか関係ない。こうなってしまった以上、打つしかないの」

『……』

 

 皆が無言で成城先輩を見つめる中、彼女は声のボリュームを上げて張り上げる!

 

「1回表と1回裏は別のゲームだと思いなさい!他の回も同じ!全ての回に全集中力を個別に注ぎ込まないと雑念が生まれるわ!」

『……』

「そして、それをするくらいじゃないと打線の弱いウチが10点を覆すなんてできない。普段以上のパフォーマンスは出せないわ」

『……!』

「とにかく目の前の勝負に勝ちなさい!目の前の球を打ちなさい!目の前の打者を抑えなさい!対策はするし、采配もするけれど結局は個人の意識が重要よ!気持ちが死んでいたらいくら私が考えを巡らせても意味はないでしょう!!死ぬな!!吹き返しなさい、【獅ノ宮(しのみや)】!!」

『……!!』

 

 まずは意気消沈としていた雰囲気を再度叩き起す。

 成城先輩の号令に獅ノ宮のベンチは皆、目を見開いて顔を上げた。

 ただ1人……タオルをかぶり頭を垂れるアリアを除いて。

 そんな彼女を見つめる者が1人。

 

「……」

「クレア?どうした?」

「……いや」

 

 成城先輩の言葉を受けて目を見開いていたクレアが、瞬きを挟んだ後たまたま隣にいたアリアに目を向けていたので気になって声をかけた。

 しかし、彼女は1拍何か答えようと考えた後、やはり呑み込むことにして立ち上がる。

 クレアはメットをかぶり、バットを抜き取ってベンチを出た。

 

「あ、そっか。クレアは1番だからこの回の先頭……まだ初回って違和感凄いな……」

「……っ」

 

 俺が呟くと隣のアリアがピクっと動いた。

 だが、項垂れてて顔も見えないから俺は完全に意識外だった。

 そんな中でも試合は容赦なく動いていく。

 

「冬華。貴様の言葉、響いたぞ」

「……?クレア?」

 

 バッターボックスへと向かう途中、ベンチ前で士気を上げ終えて戻ってこようとした成城先輩に、入れ違い様にボソッと言い残していくクレア。

 そして、彼女はグランドへと歩んでいく。

 その時の顔が凄まじく気合いの入った鋭い剣幕だったことは、彼女の背中しか見えない俺たちベンチの人間には見えておらず、王皇ナインと審判だけが彼女の纏う異様な雰囲気に慄いていた。

 

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