貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
『さぁ、ようやく獅ノ宮の攻撃が回ってきました!獅ノ宮の1番は"クレア・バローナ"サン!今大会ファーストでの出場が多いですが、今日はレフト起用!高い打率と出塁率を誇るバッターです!バローナサンを筆頭に獅ノ宮、初回から開いた凄まじい点差を覆せるか!注目です!!』
「……」
実況は敗戦ムードを漂わせる訳にもいかない仕事だから盛り立てるが、正直厳しい。
相手の守備がつくのを待ちながら、ネクストバッターズサークルで準備するクレアも、得点差を実感したのか険しい表情だ。
そして、彼女と対する
『
「……まったく。ウチのキャプテンはめちゃくちゃだな。上手くいったからよかったけど」
「せやなぁ。初回大量得点がなかったらハラハラするやんな!三者凡退やったらどないしたんやろ」
「げっ。やめてよ。想像するだけで嫌だわ。クソ。ほんと損な役回り押し付けられた」
プレイがかかる前。
王皇正捕手、
マウンドでやり取りをする王皇バッテリー(仮)。
灼さんもどうやら渋々引き受けた役目のようで、最大限に顔を顰めていた。
彼女も凄まじい打者だがスタメンの中では9番目の実力。
足と盗塁技術はピカイチだが、打撃は他の8人に譲ってしまうというデータがある。
故に、貧乏くじを引いてしまった……マジで先発投手に対する意識がしぬほど低い選出方法だ。
高校野球なんだから投手経験のある野手だっていただろうに……。
あくまで打順と主力のメイン守備位置優先ってか。
どこまでも野手中心チームだ。
投手の肩身は狭そう……。
「ちょっと。最初の打者しか相手にしないからって投球練習サボらないでよ。時間限られてるの知ってる?手抜くとかマジないから」
「あっ!そっか。そうだった。あぁ……ごめんごめん。慣れてなくて忘れてたわ」
「銀子はともかく紫は気付かなかったの?」
「えっ!?あぁ、えっと……いやぁ分かってたに決まってるやん!今からやるとこやってん今から!」
「うっそっけ~!絶対忘れてたでしょ~!」
「わ、忘れてへんわ!」
内野陣もグランド入りしてマウンドの灼さんに声をかけていく。
苦言を呈した原田
二塁手の
進川さんと穂石さんは仲がいいらしい。
というか全体的にも和気あいあいとした雰囲気だ。
これはちょっと意外。
強豪校だし、最初に会ったのがクールで厳しい
どうやら風通しは良いチームらしい。
よく考えたら彼女たち今の主力スタメンは1年生の時に全員レギュラーを奪い、上級生からの風当たりも強いであろう中プレイしていたから、団結力と絆は深くなるのも頷ける。
……そんなことを考えていると、マウンドの輪の中に外野へ向かう通りすがりのキャプテン
「銀子。向こうの先頭打者に長打は無い。点差もあるから肩の力を抜いて投げて構わないよ」
「あー、そっかそっか。確かに」
「てかクレ
「せやなぁ。最悪歩かせてもええかもな。単打打たれて出塁と対して変わらんやろ」
「そうだね。打ち捕るのも空振りも無理な相手ならわざわざ勝負する必要もない」
江山さんが加わったことで灼さんへの鼓舞も議論も加速する。
ていうか対獅ノ宮の守りに関しては事前に何も決めてないのか?
「一般的には先頭四球は最もしてはいけないことだけど、
『……』
「これを利用しない手はない。正直結果はどうでもいい。打たれてもいい。初回10得点の時点でこっちの計画は9割型達成済みだ」
江山さんの言葉に一同は黙って聞き入る。
王皇はあまり役職に権限はない。
それでも1年生で強豪のレギュラー全てを奪えるナインが、江山さんが話す時、必ず耳を傾ける。
それは彼女がキャプテンだからではない。
単純明快。
彼女の発言は聞く価値があるからだ。
つまり、思考傾向が有能でそこは尊重されている。
見習えるもの、リスペクトできるもの、有能なもの。
そういう類いに関する抵抗は全くない。
それが王皇野球部の特徴。
ある意味能力主義、実力主義だ。
「紫、好きにリードしていい。適当でもいい。頼むよ」
「相変わらず守りは意識低いなぁ。まあええけど。その分打ったし、打つし。ほな、楽にしていこか」
「簡単に言うなよ~!ま、腹くくるしかないか」
徹底的に気楽に行こうと背中を押された
それに対しては文句を垂れていたが、即効で切り替えたところを見るに芯の強い人なんだろう。
外見が少しヤンチャだが、内面もさほど差異はなさそう。
そんな彼女が野手投げで力強く投げる中、それを待っていたクレアは素振りをして、灼さんを始めに王皇ナインを1人ずつ視線を移す。
そして。
『プレイ!』
「……!」
「……!」
クレアが左打席に入ると同時に審判が声を張る。
1回裏。
獅ノ宮の攻撃。
"
先発投手と1番打者が対峙。
両者の鋭い視線が交錯する。
(よっしゃ。とりあえず内角低め攻めや!ボールなってもええ、打たれてもええ。さっさと終わらせてピッチャー交代するで!)
(……了解)
進川さんのサインに灼さんが頷く。
彼女は野手投げで腕を振るった。
「……っ!!」
灼さんの放った球!
球速は120km/h近くは出ていそうだ。
それが低めではあるが、少し真ん中に寄る。
―――それを。
「貴様達は散々聞かせたな。今度は貴様達に聞かせてやる」
「はぁ?」
「―――"貰った"、とな……っ!!」
「……っ!!」
スイングする直前、クレアが零した一言に進川さんは疑問符を浮かべて顔を顰めた。
そして、彼女がスイングした瞬間に目を見開く。
それは、王皇打線がアリアに何度も浴びせたセリフ。
―――クレアは、珍しくバットを振り抜いた。つまり、"
しかも、当たり前のように完璧にミートした。
バットの芯でこれ以上ないほどに捉え、カキィン!と美しいほどに甲高さの最大値を轟かせ、速い打球をライト方向へすくい上げる。
クレアのバットが打球を放った瞬間、実況は即座に反応した。
『初球、引っ張った……っ!!打球はライトへ!!ライトへ……!ライトに飛んで、速いライナー性の打球……!!』
「いけるいける!大丈夫!」
クレアの打球は一直線にライトへ飛んでいった。
自身の正面に見える打球を、ライトフィールダーの
……だが。
「あ、あれ……?」
『……っ!!』
全員の注目がライトに集まる中、関内さんは落下予測地点を目指して駆け、その過程で違和感を抱いた。
予測がどんどんと
実況も気付く。
『バローナサンの当たりが伸びて……!伸びて……!まさか!?バローナの当たりが……!!ギリギリスタンドへーーーーーっっっ!!!!』
「なっ……。は!?」
『……!?』
目の前で打球がライトスタンドに吸い込まれた関内さんは思わず動揺して瞠目する。
他の王皇ナインも目を疑って打球が消えた箇所を驚愕した様子で見ていた。
中でも、
―――"『向こうの先頭打者に長打はない』"
「……っ!!」
江山さんはギリッ……!と音が出るくらい歯を食いしばって、眉間に皺を寄せて表情を歪めた。
獅ノ宮のベンチもあまりに唐突な展開に全員が言葉を失い、呆然とする中。
ただ1人、フォロースルーからバットを地面と垂直に自身の頭上へ右手で掲げる者あり。
彼女は、すぅっと息を吸うと、普段のクールな雰囲気とは裏腹に凄まじい声量の鼓舞を口にする。
「立ち上がれ……!
『~~~~~~~~っ!?』
ホームランでどよめきと興奮に包まれていた観客も、クレアが叫び始めると、球場全体が静まり返る。
それほどに、クレアの声は通った。
彼女の魂の叫びは、反響し木霊する。
クレアは言いたいことを出し切って満足すると、バットフリップを魅せて一塁ベースへ走り出した。
観客の動揺と、配信を観ている言葉を失った多くの高校野球ファンの衝撃と、俺達試合をしている野球部員全員の感情を置き去りにして。
クレアは淡々と走り続ける。
さっきの叫びは幻想か?
もう既に普段のクールで落ち着いた様子に戻ったクレア。
だが、決してあの声明は夢ではない。
だって、クレアが冷めても俺達の中に、特に獅ノ宮の野手達に……いや、投手も含めて選手全員にクレアに宿された【熱】がある。
そして、クレア・バローナという女は態度とは逆に、胸の奥に誰よりも熱い気持ちを持っている。
―――それが、クレア。
―――俺達の赤い切込隊長……っっ!!!!
成城先輩の決起があっても尚、お通夜ムードだった獅ノ宮ベンチ。
それが今は、クレアが打った瞬間に全員が顔を上げ、打球の行方とクレアの魂の叫びを目の当たりにした。
全員の耳にクレアの言葉が何度も繰り返される。
『立ち上がれ!』
「クレア……!」
クレアの言葉を想起するネクストバッターズサークルの原田先輩が、唇を噛み締めている。
彼女はクレアに勇気を貰った。
『立ち上がれ!!』
(クレア……っ!!)
獅ノ宮ベンチにいる野手は皆、クレアに闘志を授けられた。
野手が皆、息を吹き返した!
全員の目の色が変わる。
下を向いている野手はもう1人もいない。
全員が戦う意志を取り戻した……!!
―――そして。
『立ち上がれ……っ!!』
「…………………………クレア」
項垂れたまま、微動打にしなかったエースが……ダイヤモンドを回る仲間の姿をその瞳に映す。
目の前が真っ暗だった彼女の暗い顔が見えるようになって、そこに色が加わった。
"赤い"。
ヒーローの色が。