貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「うおおぉぉーーー!!クレアやべぇーーー!!」
「クレア!クレア!」
「クレア……!ははっ、最高だお前!!」
「やるじゃないマジで……!あんた、ホームラン打てたの!?」
「……今回は特別だ。相手は野手ピッチャー。球の質と球速以外は大したことがない。何より野手投げでタイミングが取りやすい。あの程度の投手なら持っていくことは可能だ」
戻ってきたクレアを大歓喜と大興奮で迎えるベンチ。
霧島先輩がお祭りかってくらいはしゃいで、ソヨン先輩が謎の舞でクレアの周りを周回し、俺が飛び跳ねて喜ぶ。
俺達の反応を受けて、クレアは真顔でメットのつばを摘んで軽くペコッと頭を下げた。
そして、ソユン先輩の疑問には、不得意だった長打を実現できた理由を説明してくれた。
それで納得した。
なるほど、いくらクレアにパワーがないといっても相手の実力が低すぎるとミート力だけでスタンドに持っていけるんだ。
証拠にギリギリだったし、頷ける。
特にタイミングが取りやすい、というのはバットコントロールが売りのクレアにとって大好物な訳だ。
これは、完全に相手の采配ミスだろ……!
打てばいいとか言って舐めた野手ピッチャー起用をしたのが裏目に出たんだ!!
「よくやったわ、クレア。それに貴女の叫び、凄く響いたわね」
「……それは私のセリフだ。全ての回表裏も分けて別のゲームだと思い、目の前の勝負に勝つことだけを考える。打つしかない。全て糧となった。あれほどの気合いをもって打席に入ることが出来たのは全て冬華のおかげだ」
「……!」
クレアに感謝されて成城先輩が目を見開く。
成城先輩が喝を入れた時は、皆無理やり奮い立たせている感じがあった。
でも、皆やはりまだ気持ちが沈んでて、吹き返すのは無理だった。
そんな中、ただ1人、クレアだけは成城先輩の言葉で戦意を取り戻していたんだ……!
いや、取り戻すどころか普段以上に燃え上がっていた。
成城先輩の鼓舞にも意味はあった……!
クレアが意味を与えた。
そして、そのバトンを最高の形で繋いだ。
2人で獅ノ宮を吹き返したんだ……!!
「……そう。正直、私の言葉だけで覆すには限界のある展開だったわ。貴女1人でもモチベーションを上げていてくれたこと、凄く嬉しいの。ありがとう、クレア」
「礼を言うのはまだ早い。1点では足りん。逆転するぞ」
「……!そうね!」
クレアに言われて成城先輩は強く頷いた。
それにクレアも頷き返す。
成城先輩はどうしても言葉以外では獅ノ宮の士気をコントロールできない。
……今はプレイができない身体だから。
本来なら、成城先輩が自分自身で打ち返したり、アリアに代わって投げて抑えたり、
実際、去年の獅ノ宮がそうだった。
だが、そうやって物理的に引っ張ることは現状不可能。
だから、クレアが代わりに行動を担ってくれたのは成城先輩からしたら凄く有難い話。
彼女が口にしたように、鼓舞した時も限界を感じて内心ハラハラしていたんだろう。
それがクレアのおかげでホッと胸を撫で下ろすことが出来た。
めちゃくちゃいい仕事をしたぞ、クレア!
『ピッチャー、
「よし……!」
次の打者の原田先輩もクレアに気合いを貰った。
右打席で腕を伸ばし、両手で強く握ったバットと見つめ合い、ルーティンに入ってから腕を畳んでバッティングフォームをとる。
彼女が打席に入る前に、王皇は投手交代。
野手ピッチャーからちゃんとしたピッチャーが出てきた。
"
彼女は、
豪速球と決め球のフォークが売りのピッチャー。
最速は130km/h。
右投げ。
3年生。
この試合、2人目だが実質的な先発投手は彼女となった。
『2番 ショート
「……いくぞ!」
アナウンスが響いて、構える原田先輩は気合十分。
対するマウンドの
"
ファイ!
『プレイ!』
「……っ!」
注目の初球、さっそく決め球のフォークを投げてきた!
外角低め。
ストライクゾーンギリギリ。
原田先輩はそれを見逃す。
『ストライク……!』
「……っ」
審判がコールし、ストライクカウントが1つ点灯する。
原田先輩はバックスクリーンを一瞥して、ふぅっと息を吐いて一度打撃を外す。
うん、今のは打てなかった訳じゃなくて初球を見ただけだ。
証拠に原田先輩は一旦落ち着いてから相手投手に目を向ける。
「……んっ」
原田先輩は再度打席に入った。
2球目。
「……っ!」
「ふっ……!」
今回は振った!
また外角を攻めた、今度は118km/hのストレート。
原田先輩はカットした。
ファールでストライクカウントはツーに。
「……」
『タイム!』
原田先輩がまた打席を外す。
バットの握りを確認して、1拍。
とりあえず2球、相手投手の
ここまで見て、俺も原田先輩も
ストレートとフォークの2球種の構成だけどキレもいいし問題なく三振戻れるだろう。
エースを張れるだけあって良い投手だ。
だが。
「良い投手……だけど、打てないこともないね」
「……!」
認識を口にして、再び打席に入る原田先輩。
原田先輩も俺と同じことを感じてた……!
そう、
つまり、打撃が売りじゃないメンバーでも、原田先輩くらいそこそこの打力があれば打てない相手じゃない!!
「……
「そうね。去年彼女は故障で離脱してたからいなかったわ。だから、私達は初対戦ね」
隣の成城先輩に尋ねるとそう答えてくれた。
やっぱり。
対
去年の王皇はエースと主力野手の9割が離脱し、戦力は2割しか残ってなかった。
そこに獅ノ宮の台頭が重なったわけだ。
そりゃ負ける。
とはいえ、それでも地区大会決勝まで勝ち進んできて、獅ノ宮と争ったことを考えると、2割ですら甲子園で戦えるくらいの力があるとも言える。
凄まじいチームだ。
去年の王皇は、唯一故障しなかった二塁手主力の
それはそれで甲子園でもありがちな高校野球特有の個人軍だし、それだけで勝ち進められるのも不思議ではない。
寧ろ今年の王皇みたいに野手8人全員が個人軍できるレベルっていうのが異常なんだ。
そんな
その中で強豪とやり合える実力を持つ数少ないピッチャーが彼女、
しかし、その
他の強豪校にいたら彼女はエースにはなれなかったと思う。
つまり、貧弱な投手力の中でテッペンなだけ。
獅ノ宮の打線でも彼女以下の投手陣なら攻略できる兆しはある。
しかも今はクレアによって野手全員の気合いが充分。
まだまだ!諦める必要はないぞこれ……!!
『ボールツー!』
「……っ」
カウントはツーツー。
原田先輩が粘ってる。
でも、だいぶ合ってきたし、次は……!
「いける!!」
「……っ!?」
7球目。
フォークを投げる時は低めで落としてストライクゾーンから外すというリードを、ワンパターンで繰り返していたから高めにきた段階で直球と見破れた。
原田先輩はもう向こうのリードを完全に理解して、フォークボールは途中から振らなかった。
だから、ボールカウントが増えた。
そうして高めのストレートに狙いを絞って振り切った原田先輩。
カキン!と金属バットの音が響き、打球は―――三遊間へ。
「よっしゃ!抜けたろこれは!」
「はい……!」
ベンチで打球を目で追う俺たち獅ノ宮ベンチ。
霧島先輩が確信し、俺もそれに呼応して早とちりなガッツポーズを作った。
―――しかし。
「―――抜ける?抜ける訳ないでしょ。節穴」
「……っ!
一塁ベースへの駆け抜けを目ざして全力疾走する原田先輩が、その途中で三遊間に目を向けて、瞠目する。
三遊間に鋭く刺し込む打球。
それに対する原田 林のアプローチが始まる。
こうなったら最後、試合は彼女の個人ショーとなる。
「……っ!」
「なっ……回り込み上手い!」
俺はベンチで原田 林のプレイに釘付けになった。
彼女は、まず打球が三遊間を抜ける速さと強さがあると即座に判断して、サードを前に行かせて自身はカバーに回った。
打球がサードの
守備範囲は、原田先輩の3分の2にも及ばないけど充分広い。
寧ろ規格外と比較するのが悪い。
彼女はこの世界の常識じゃ普通に上澄みの守備範囲を有している。
そして、何より判断がいい。
これは凄まじい経験値と知識、そして反復練習による身体に染み込んだ動きがないとできない。
彼女は、打球を向かい入れる準備ができるとグラブを動かす。
左腕を反対側に伸ばした。
しかし、そこでイレギュラー。
「……っ!?」
レフト前まで回り込んだ原田 林の前で、打球が落ち、ライナーではなくなった。
打球は原田 林の前でバウンドし、反対方向へ跳ねる。
つまり、原田 林が腕を伸ばした先とは逆。
完全なイレギュラー!
あんなのとれっこない!
「……こんなの、イレギュラーのうちに入らない」
『……っ!?』
俺だけじゃなく、獅ノ宮のメンバー全員が目を見開いた。
彼女は凄まじい目を持って打球の変速性を捉え、対応する。
最速の判断で腕を戻して肘を引き、自身の腰より後ろで、頭を下に向けたグラブを地面から浮かしたところで待ち構える。
打球は既にハーフバウンドの段階。
だが、原田 林が構えたグローブの中に、まるでボールが意思を持っているように自ら綺麗に収まった。
捕球のセンスが抜群にいい、いや良すぎる……!!
弾道の予測ラインが凄まじく正確。
そして、頭の回転が早い。
だから打球を迎え入れられる箇所に的確にグローブを構えられる。
凄い。
上手い!
守備範囲も打球判断も捕球も1級品だ。
だけど、レフト前で取った打球には変わりない。
ショートが間に合ったこと自体が凄いけど、あの位置から今のタイミングではもう一塁は間に合わない。
原田先輩ももう8割は通過してる!
―――捕球したその段階では、そう感じた。
「は……!?」
俺は目を疑って、ベンチで前のめりになった。
なぜなら、瞬きの間に原田 林がスローイング体制に入っていたからだ。
ありえない。
いつボール持ち替えた!?
ヤバい!なんだアイツ!
捕球から送球までが早すぎる!!
グローブからボールを右手に移した動きがまるで見えなかった。
そして、スローイング体勢に入るのも早い。
マズイ!
ついさっきまで余裕だったタイミングが。
これで一気に……!
「―――ショットストップの守備ってのは、これくらい全部できるのが絶対正義なんだよ」
原田 林の送球。
それそのものはそんなに強くも速くもない。
肩もめちゃくちゃ凄いというわけではない。
だが、平均は明らかに超えてる。
1つ1つの能力はそこそこ高い、という評価。
しかし、その全てが噛み合った時―――最高の総合値が叩き出される。
『アウト!アウトーーー!』
「……っ!?」
送球はワンバウンドして、ファーストの
一塁ベースを駆け抜けた原田先輩が思わず耳に入った判定に驚愕した顔で振り返る。
そして、ハッとしてから三遊間に目を向けた。
そこには……【最強の遊撃手】、あり。
「ショートストップから逃げてきた奴が……ショートストップとずっと向き合ってきた私に、勝てるかよ」
「……っぁ!
ショートポジションにて。
腰に手を当て、口角を上げる"ショートストップ"
まるでこのポジションは私のモノだ、ショートの王は私だとでも言うように存在感を放っていた。
赤く点灯したアウトカウントが1つ、増え。
そのランプはいつもよりギラギラと目を眩ませてきた。