貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
原田 林の守備は、派手ではない。
誰もがそういう印象を抱く。
地味だ、と。
しかしそれは、原田 林が上手すぎるのが原因だ。
難しい打球も簡単に捕ったように見せる。
上手いプレーを彼女自身が"普通"と捉えている。
彼女のモットーは、"当たり前にすること"。
派手なプレーで賞賛を得ることだってできる。
難しい打球をギリギリで捕ってアウトにし、ファインプレーとすればいいのだ。
だが、彼女はやらない。
できるなら、やる。
それが衆目に止まらなくともいい。
注目が欲しいから守備を鍛えた訳じゃない。
守備が上手くなりたいから、点を防ぎたいから、チームに貢献したいから、勝ちたいから。
だから、細かい技術を鍛え、どんな難しい打球も当然のように余裕を持って捕れることを目指している。
結果、それがファインプレーを"普通のプレー"にしている。
彼女にとってそれは副産物に過ぎない。
つまり意識している訳ではない。
だが、その副産物が彼女の特殊能力を生んだ。
それが―――【UZRを体感させる能力】。
ファインプレーを普通にするからこそ、上手いプレーが大衆の中でも"平均"になる。
対戦相手のショートストップは皆、心が折れる。
それは原田 林の直接的な攻撃で起こる訳ではない。
観客だ。
彼らは原田 林のプレーを見たあと、目が肥える。
原田 林なら捕っていた。
原田 林は普通に処理できた。
原田 林がやった時は難しくなさそうだった。
難しい打球が、簡単な打球に誤認される。
そんなものも捕れないのか。
相手のショートに対してお前はなんだ。
怠慢じゃないのか。
なぜできない。
そうイラつくのは王皇と対戦するチームのファンだ。
彼女たちには、自軍のショートストップが凡ミスばかりするポンコツに映る。
だが、実際は捕れなくても仕方ない難しい打球ばかりだ。
原田 林が上手すぎるだけで、普通なら捕れない。
最初は皆、ファンの暴論にそう反論する。
だけど、誹謗中傷されすぎて、次第に本当に私は下手くそなのかも……?という思考に至るようになる。
それはショートストップ当人が1番思い込むようになってしまい、仲間も原田 林のプレーが良すぎて仲間のショートストップを比較してしまう。
その結果、誰もそのショートストップを擁護せず、孤独になった当人はどんどん追い込まれて自責して破滅する。
故に、原田 林には特殊能力があると言われている。
敵のショートストップを大衆の相対評価に晒し、精神崩壊に追い込む。
そして、それをまさに表現した指標が存在する。
すなわち、それが【UZR】。
守備の相対総合評価。
例えば比較される10人がいたとして、その10人全員が上手い守備能力を有していれば数字は平均となり、平均レベルの守備群と見なされる。
だが、その10人の中に異次元に上手い突出した選手が1人いれば。
いるだけで。
ただそれだけで他の9人の数値は下がる。
本人たちの能力に関わらず、比較的に悪いとされる。
決してUZRが低いからといって守備能力が低いというわけではない。
だってただ1人常識を覆す人間が入るだけで数値は下がるのだから。
低い数値の選手がどれだけ上手くとも、トップを走るその1人と比べて劣っていれば悪い数字の選手となる。
それがUZR。
そして、そのトップを走る1人、他の比較選手の数値を下げる存在が―――"
『うわぁ。今の回り込み、さらっとやったけど普通なら抜けてるし、判断いいなぁ』
『そうなの?ファインプレーって感じしなかったけど』
『相変わらず持ち替え早いなぁ、原田!』
『いや、今のマジで上手いわ』
『獅ノ宮のショートも上手いけど、やっぱショートは原田かも!あ、どっちも原田か。ん?この2人って……』
『今のマジで上手い。原田は基本が完璧だわ。獅ノ宮のショートは守備範囲広いけどそれ以外微妙だし、総合的には原田の方が上かな。マジ上手い。全部上手い』
ギャラリーがざわついてる。
高校野球を見に来る人は、よっぽどの野球好きか経験者か他の野球部が多い。
この球場の中では所謂"わかる人"が多いから既に原田 林のプレーの上手さに気づいてる人も多い。
でも、ネットじゃ大して騒がれてない。
原田 林があまりに普通にアウトにしたからだ。
平然として、当然のように振舞ってるし、実際のプレーも難なくやったように見せた。
彼女の特殊能力に即効性はない。
こうした上手いプレーを当たり前にこなしていくのを何度も重ねて、時間をかけてジワジワと人々の感覚を狂わせていく。
それが彼女のやり方だ。
「……ふん」
「始まったね」
当の本人はくだらなさそうに鼻を鳴らして腕を組み、またショートポジションにつく。
あくまで本人は真剣にプレーしているだけ。
試合に集中している。
レフトで悪い笑みを浮かべる江山さんとは対照的だ。
「……っ」
「どんまいどんまい!しゃーねえって」
「い、今のは抜けると思ったんだけどな……」
ベンチに帰ってきた原田先輩を霧島先輩と長門先輩が励まして迎える。
それを一瞥したクレアが、原田 林にも目を向けて口を開く。
「……確かに抜ける打球だった。それを捕ったのは凄まじいが、わからんな。涼香がトラウマを植え付けられた程の守備にはとても見えん。本当に奴に苦しめられたのか?」
「……!」
クレアの問いにメットを脱ぐ原田先輩が目を見開く。
そこにソヨン先輩が入る。
「訂正。そう感じるのはハラリンの技。ファインプレーを平然と普通のプレーのようにやってみせるが故。再確認。1年ぶりに見たがやはり奴の守備はヤバい」
「……それほどか」
ソヨン先輩の言葉にクレアが瞠目する。
他の皆もうんうんと頷く。
クレアは今年の夏から高校野球に参加したから、原田林を始めとした強敵のことを知らない。
でも、器用貧乏とはいえ獅ノ宮の守備職人の1人であるソヨン先輩にそこまで言われるプレーだとわかって、クレアも認識を改めた。
そこに成城先輩もつけ加える。
「原田林の特殊能力は遅効性よ。今すぐ実感するのは難しいわ。でも、次第に彼女に感覚を狂わされる……気をつけましょう」
『……!』
全員が目を見開いてから顔を見合わせ、肝に命じるように顔を顰めて俯いた。