貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「お疲れ!皆!」
ベンチに戻ってきたみんなを俺は労った。
特にアリアはよく踏ん張ったし、原田先輩は2回表のMVPだ!
「アリア、まじでお疲れ!」
「……あぁ」
相変わらずアリアは生返事でタオルを受け取り、ベンチの奥に座り込む。
その次に戻ってきた原田先輩にも俺は声をかける。
「原田先輩!めっちゃ良かったです、さっきのプレー!カッコよかっです!」
「……!あ、ありがと」
ん?
褒めたら原田先輩がなんだか困惑した感じだ。
成城先輩も俺を見てる。
なんだ?俺なんか変なこと言ったか?
「廣目さ……」
「……」
成城先輩は何やら同意を求めるように廣目を見たが、廣目は俺たちのやり取りを見ていなかったのか、端から意識外において本人にバレないようにアリアの様子を注意深く観察していた。
打たれたアリアを気にしてるんだ。
だから、普段なら成城先輩と同じ発想に至って、言わなくても共有できるくらい賢さで匹敵できるのに、今日の廣目はそれどころじゃない。
成城先輩もアリアに目を向ける。
俺もアリアを見た。
「……何だ?」
「あっ。いや……」
さすがに注目が3人に増えるとアリアも気づいて顔を上げたが、その時には成城先輩も廣目もそっぽを向いていた。
なぜか俺だけアリアにバレた。
何だ?って言われてもなんとも言えなくて困るんだが……2人だけ視線動かすの上手くてずるいぞ!
「だ、大丈夫か?気にするなよ……?」
「……あぁ。わかってる」
こ、これバットコミュニケーションか!?
咄嗟にその場しのぎの言葉を絞り出したけど、アリアが余計俯いてしまった。
……っ。
助けてくれ、成城先輩・廣目。
2人の賢さを使う時。
ここで上手い言葉をかけてフォローを……!
「……」
「……」
「ず、ずりぃ……」
2人とも気まづそうに見ないようにしてた。
逃げたぞ!卑怯だ。
「……」
俺が内心で2人にムキーッとしてるとは露知らず、2人を見た俺の視線を追うようにアリアも廣目の背中を見た。
そして、何か思うことを抱いてるように意味深に視線を落としてからまた元の俯きに戻る。
俺がアリアと向き直った時には俯いていたので、声をかけるか悩んでからそっとしておくことにした。
アリアの前から去って自分の席に戻る。
そうこうしてる間にも、試合は進行してる。
今は2回裏。
獅ノ宮の攻撃が始まる。
相手野手はぞろぞろと出てきて守備につき始めた。
この回の先頭打者は廣目。
廣目はアリアに見られていたことも知らずに立ち上がってメットとバットを持って打席に向かう。
『9番 キャッチャー
アナウンスが響き、バッターボックスに立つ廣目。
"
「……っ!」
廣目が打った!
珍しい。
まだ2回だし、金属バットなのに。
フォークを拾った。
打球は三遊間へ。
『高いバウンド!ショートが捕る!すぐに送った!―――アウト!また原田 林!』
「~~~~~~っぁ!」
廣目の走り抜けも虚しく、ショートの原田 林のプレーでアウトになった。
三遊間への高いバウンドだから、よっぽど肩が強いか対応が良くないと間に合わない。
原田林は後者。
回り込み、捕球、持ち替えの早さ、スローイングまでのスムーズさ。
その4点で動作のショートカットを図り、"投げるまで"を徹底的に最短にしている。
だから、廣目を刺すことができた。
上手い……!
『1番 レフト バローナ サン』
"
「ふっ……!」
「……っ!」
4球目、カットしまくって投げさせたアウトコースギリギリのストレート122km/hをクレアはバットの先で上手く拾う。
打球は逆方向に放物線を描き、三遊間を抜けた―――と思われた。
「……っ!」
「何!?」
三遊間を山なりに超えるであろう打球は、その軌道を辿る途中で伸ばされたグローブによって遮られた。
ショートの原田 林だ!
打球の正面まで駆け抜け、斜めに跳躍した。
そして、グラブの中にボールを収めた。
空中キャッチ。
逆方向のヒット性の当たりがショートライナー……!
「ぐっ……!なんというショートだ!高校のレベルではない!」
「はい、ツーアウト」
走塁を途中でやめたクレアが一塁線上で立ち止まって、狼狽えながらショートポジションを見つめる。
原田 林は飄々とした態度で、これもまた普通のプレーだと言わんばかりにボール回しをしていた。
厄介な相手だ!
『2番 ショート 原田 サン』
「……っ」
自分の前の打者2人が原田林に阻まれたのを目の当たりにして、原田先輩は息をつまらせながら打席に入る。
彼女は3球目の低めフォークを拾い上げて、
『原田はヒット!獅ノ宮、三者凡退は免れたー!』
「……っ」
「……」
原田先輩の打球は一二塁間を超えてヒット。
これでツーアウト一塁。
出塁できたが、どうもチャンスが増えた感じはない。
塁上で何やら目を泳がせてる原田先輩と、そんな彼女を冷めた目で見る原田 林。
……これは。
「逃げたわね」
「えっ?」
俺が何となく気づいたことを隣の成城先輩がハッキリと口にした。
そして、それは観客も同じことを抱いてたらしい。
『なんだよー。逃げるなよー!同じショートストップでしょ?勝負しろー!』
『守備で負けて打撃では逃げんのかよ。獅ノ宮のショートは腰抜けか~!?』
『ショートに飛ばせよ!』
『腰巾着!』
『やっぱショートは原田林が最強だわ。あれに比べたら獅ノ宮のショートはカスじゃね!?』
『逃げ腰ふざけんなー!同じショートとして負けられない気持ちとかないわけ?』
『それでもショートかよ……!』
「……っ」
内野席からヤジが飛ぶ。
そんなに数は多くないが、原田先輩の打撃内容を見て一部分の反感を買ったらしい。
中には原田林に心酔してる者もいれば、獅ノ宮のファンだから負け腰を許せない人もいる。
皆が皆一概に原田林に魅了されてる訳ではないようだ。
でも、風当たりの強さは変わらないし、プレイしてる選手からはヤジってる層の詳細なんて分からない。
ヤジに晒された原田先輩は深刻な顔で俯いた。
そんな中、打席に立つのはこの状況を面白そうにニヤニヤしながら観客席を見上げる美山先輩だ。
「あは~!原田ちゃんなじられててウケる~!」
『4番 ライト
"
ヘラヘラしながら打席に入った美山先輩と多田徐さんが対峙する。
彼女は、口角を上げた。
「たとえヤジでもぉ~?ズルいよ、原田ちゃん。それに優希より目立っちゃダ~メ。うひっ」
そう口にして、多田徐さんと対戦すること、初球。
「ちょ、これ……!まさか!?」
「いったろ!!おい!?」
俺と霧島先輩が同時に打球を見上げた中、実況も打球を見て声を出す。
『強い打球だ!これは大きいぞ!?打球はセンターへ!センターへ……!センター……下がって、下がって、いやこれは入るぞ!入るか?確信の伸びだが!?どうだ!?入る……入ったーーーーーっ!!センタースタンド最奥!
「う、うおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!」
「マジで!?」
「ヤバ!」
「よっしゃ!」
「マジか!優希……!」
『優希ーーーーーーーーーーっ!!』
「は~~~~~いっ!」
俺たち獅ノ宮ベンチが全員立ち上がり、盛り上がる。
ベンチの仲間から名前を呼ばれた美山先輩は走り出す前に、ベンチに向けて"てへぺろウインク"をかまし、そこに目にピースまで当ててファンサしてからゆっくりとベーランを始めた。
美山優希のツーランホームラン!!
また7点差に戻った!
「クソ……!」
「どんまいどんまい。あいつに打たれるのはしゃーないやろ。あれ以外抑えるんが正攻法や」
「わかってる!」
ダイヤモンドを一周する悪魔を見せつけられ、苦虫を噛み潰したような表情をする
美山先輩は端から抑えようとするのが愚か、という認識らしい。
思えば
それくらい理不尽でどうしようもない……それが"
もはや自然災害の扱いだ。
「いえ~い!優希のおかげで点差戻ったね~!」
「それ自分で言う……?」
「ははっ。まあ事実っちゃ事実だしな。今回に関しては言う通りだろ」
「で、でも何で打ったの?今日やる気ある?」
ベンチで皆に迎えられて声をかけられた中で、長門先輩に問われた質問に美山先輩はニヤッと口角を上げながら、メットを脱いで答える。
「え~?だって、甲子園行きたいもーん。地区大会じゃ全然注目度低いしぃ、去年の全国は楽しかったしぃ、やっぱ目立つなら全国に限るよね~!」
『……なるほど』
凄い。
全員が納得した。
ある意味一貫してるというかわかりやすいよな、美山先輩は。
去年の地区大会では美山先輩はやる気がなかったが、それは劣勢になったことがないというのが原因、と今発覚した。
去年のメンバーは気づかなかったんだ。
成城先輩達はてっきり地区大会には興味がないと思っていたようで。
いや美山先輩が地区大会自体に興味ないのは事実だが、地区大会で劣勢=甲子園に行けないというところは気にするらしい。
要するに甲子園に対するモチベーションが地区大会でも有効だということだ。
これはデカイ。
美山先輩がやる気ならこの大量点差も覆せるかもしれない!