貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
ピッチャー交代で吉田さんがマウンドに上がり、野手もマウンドに集まる。
その中で、廣目は宣言する。
「これより!!王皇百十の作戦を打ち砕きます!!その策を告げます!そして、王皇を攻略します……!」
『……!』
全員が廣目の気合いに息を飲む。
廣目は一度コホンと息をついたあと、説明を始める。
「まずは、吉田先輩」
「は、はい……!」
名指しされて吉田さんが背筋を伸ばす。
廣目は彼女の目をしっかり見た。
そして、衝撃的なことを告げる。
「吉田先輩は、カーブだけ投げてください」
「はい!……え?カーブ?カーブって言った?」
困惑する吉田さん。
それは当然だ。
野手も首を傾げた。
「あ?
「封印するとか言ってなかったっけ?中途半端な変化量だし、他の球の構成とも合わないからって」
「はい。その通りです。でも、ウチの投手で一番変化量があるのは成城先輩を除いて吉田先輩のカーブです。それが今は必要です」
「……!わ、私のカーブが……」
吉田さんが手に持つボールで握りだけ作る。
これが必要とされる時が来るなんて……という目でボールを見つめた。
「正直言って、吉田先輩のカーブでは変化量が少なく多少は打たれる危険性はあります。でも、今ある獅ノ宮の投手の全ての球の中で一番"マシ"です。向こうの作戦は変化球に弱い。完全攻略は無理でも、必ず刺さります……!絶対にヒットは減ります!」
『……!』
廣目の強い声に皆が真剣になる。
そんな彼女達を前に、廣目は拳を突き上げ闘志を見せる。
「もうこれ以上好き勝手はさせません!我々のエースを打ち砕いた敵を、絶対に許すな!!獅子か百獣の王か、2年に渡るこの決着に終止符を打ちましょう!!どっちが自然を制するか、それは獅子だ!いくぞ、獅子よ!雄叫びを上げろッッッ!!!」
『うおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!』
マウンドを囲って全員が拳を突き上げ、士気を上げる獅ノ宮。
再び散った彼女達は、凄まじい気合いを纏ったナインとして、王皇打線と対峙する。
『3番 セカンド
「……さっきの何?怖っ」
獅ノ宮の気合いにビビりながら右打席に入った
3回表にして3打席目の彼女はバットを構える。
"
「……っ」
「……?」
強打者との対峙に息を飲む吉田さん。
それでも、廣目とアイコンタクトを交わして投球フォームに入る。
「いくぞ!」
「……っ」
注目の初球!
102km/hのカーブ!
「おっ……!」
『ストライク!』
「……っ!」
入った!捕った!
これ……!
「か、空振り……だ……」
吉田さんがマウンドの上で固まる。
遂に。
ずっと欲しかった空振り。
やっと。
やっと……!
「よっしゃあぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
「……っ!」
廣目が何度も地面を拳で叩いて身を震わせながら、ガッツポーズを作って叫び散らかした。
浅呉さんはそんな廣目に驚いていた。
こうなるって理屈ではわかってたのに。
策を立案したのは廣目なのに。
それでも、実際に実現できるかはやってみないとわからない。
ここまで味合わされた屈辱をたった1回の空振りでも、廣目にとってはたまらなく嬉しかったんだろう。
そして、俺も嬉しい!
この策は通じる!通用する……!
アリアの仇を取れる……!
やったな、廣目!!
「いくぞぉ!獅ノ宮ぁ!!」
『オー!』
廣目が叫んで、全員が声を出す。
王皇の攻撃はここまでいい様にされてきたけど、ここにきてやっと打開の兆しが見えた……!
この回からはいけるぞ!
『ストライク!』
「ぐっ……!」
浅呉さんが表情を歪ませる。
捕手が廣目である限り、闇雲なフルスイングはやめられない。
闇雲なフルスイングを続けたら吉田さんのカーブに泳がされる。
堂々巡りだ。
いいぞ、いいぞ……!この作戦!
『ストライク!バッターアウト!』
「あぁ~……うわ、最後……うわぁ……」
浅呉さんは最後の空振りを悔いた。
膝を折って反省する彼女が最後に振ったのは、ストライクゾーンからアウトコースに外れるカーブ。
こういう泳がしが通用すると、【カンニングリード】の打てないゾーンは増える。
フルスイングでゾーンをカバーされることに対する対策として、投げられる場所の選択肢が増えたという形で解決できる!
『4番 ファースト
「……!」
続く打者は穂石さん。
廣目が今回の作戦を実行する上で唯一危険視すべきと事前に注意掛けした打者だ。
彼女は緩い球を得意としている。
つまりカーブは得意。
もしかしたら彼女だけはアリアから吉田さんに代わってラッキーだと思ってるかもしれない。
「……ですが、もう打たせません!」
「うおっ!?」
穂石さんは外側のアウトコースに逃げる低めのカーブに泳がされた。
彼女は高めのカーブをスタンドに持っていくことが多いので、仮に見られて歩かれてもホームランを打たれるよりマシ、と判断した廣目は低めを徹底した。
なので。
『フォアボール!』
「……」
まあこれは仕方ない。
2球目くらいまでは振ってくれたけど、3球目からは狙いが同じだと気づかれて見られたからもう歩かせるしかなかった。
でも、難関は彼女だけだし、彼女1人歩かせるだけなら問題無し。
『5番 キャッチャー
"
「いくぞ!」
「いくで!」
ぶつかり合う標準語と関西弁。
吉田さんが全力で投じるカーブに、やはり王皇一のフルスイングを披露する進川さん。
彼女はフルスイングが本当に凄い。
だが、吉田さん相手にはそれは寧ろデメリットだ。
大振りすぎて、全然カーブを捉えられない。
たまに掠ってボールがファールゾーンに転がるけど、問題なくストライクは取れてる。
なので。
『アウト!』
「ちくしょ~!やってもうたー!」
進川さんはキャッチャーゴロ。
廣目は即座にファーストに送球して、ゲッツーチャンスだったが、廣目の肩が弱いので一塁のアウト1つ取るのが限界だった。
だが、これでツーアウト二塁。
アウトカウントはこれまでが嘘のように着実に取れてる!
『6番 ライト
「ぐっ……!」
関内さんは打った。
打球はサードゴロ。
「よっしゃ!いけるぜ!」
サードの霧島先輩が捕りにいく。
でも、ちょっと強い当たりで結構跳ねてる。
これは……。
「うおっ!?マジか!?」
やっぱり!
霧島先輩の前でイレギュラーした。
彼女は後逸してしまい、原田先輩がカバーに入る。
けど。
「……っ。間に合わない!」
原田先輩が投げた時にはもうベース直前だった。
よって、関内さんは。
『セーフ!』
「クソ!悪ぃ!」
「しゃーないしゃーない!切り替えていこ!」
声掛けを忘れずにまた全員守備につく。
続く打者は。
―――『7番 レフト
「……!」
「……っ!!」
バッテリー2人が鋭くネクストバッターを見る。
その視線に気付いた江山さんは涼しい顔で口角を上げた。
「……おやおや。嫌われてしまったかな?」
「……
廣目に睨まれる江山さん。
だが、彼女は余裕を見せている。
アリアのリリポ調整を打ち砕いたのは紛れもなく彼女、江山 栗深!
「……もう絶対に打たせません」
「だったら打ち捕るか、抑えるか。どの道君達の問題で、私には関係ない。まあ、やってみるといいさ」
「……っ!」
不敵な笑みを浮かべる江山さん。
凄い自信と余裕だ。
廣目の敵意をものともしない。
そんな彼女はバットを構え、廣目は座る。
そして、吉田さんと対峙する。
"
「いくぞ!」
「遠慮なく。レディ?」
「……っ!」
投じるのはやはりカーブ。
ど真ん中低めから入った。
「……っ!」
『ストライク!』
まずは初球。
振らせた。
アウトコースに落ちていくカーブ。
さぁ、次の手だ。
「いけっ!」
「おっと」
『ボール!』
惜しい!
外角高めからアウトコースに外れるカーブ。
それは振らなかった。
廣目がムッ……!とする。
「だったらこれだ!」
「……!」
3球目。
今度はど真ん中からストライクゾーン外角低めギリギリに決まるカーブ。
これはフルスイングの範囲外だ!
「……っ!」
『ファールボール!』
「えっ!?」
カットされた!
フルスイングだったのに……なんでだ!?
「悪いね。さっきも言っただろう?私は他の皆と違って対応力が高いんだ。……そろそろそのカーブも、見飽きたよ」
「~~~っ!」
江山さんに鋭い目で捉えられて、吉田さんが目を見開く。
ていうか嘘だろ!?
カーブ作戦にも順応するのかよ!
これじゃアリアのリリポの時と同じだ……!
「……っ!今度はアリア先輩のようにはいきません!私にはわかります!リリポの時と違ってカーブの対応は貴女しかできない!コピーを警戒する必要はない!寧ろ、ないものを警戒して空回りを狙っているんでしょう!」
「……っ!さすがだね……!」
江山さんの考えを見抜いた廣目。
次の1球は外して、これでツーツー。
「タイムよ」
「……!成城先輩……!」
突然成城先輩がグランドに入ってきてタイムをかけた。
審判は承諾し、成城先輩はマウンドへ向かう。
彼女は自身の名前を呼ぶ廣目には待ったをかけて横切り、その足でマウンドに向かう。
近づいてくるキャプテンに吉田さんは目をぱちくりさせた。
「えっ、成城さん……?ど、どうしたの?私なんかしちゃった?もしかして……交代?」
「違うわ。ほんとは付け焼き刃ってあまり良くないのだけれど……教えるわ」
「……?教え……る?」
吉田さんは何の話だか全く見えなくて、困惑する。
そんな彼女が持つボールを、成城先輩は奪い取って、持ち方を見せた。
「この握りでカーブを投げてみなさい」
「えっ……」
吉田さんは成城先輩の顔と彼女の手元を何度も交互に見る。
不思議そうにする彼女に、成城先輩はボールを手渡して微笑んだ。
「貴女なら投げれるわ。頼んだわよ」
「えっ、ちょ……!どういう……!?」
成城先輩は一方的に話して、審判が近づいてきたのを一瞥してからマウンドを離れた。
取り残された吉田さんは謎を抱きながら、成城先輩に教わった握りでボールを掴み、その握りを暫く見つめていた。
やがて、成城先輩の意図はわかないが、彼女に対する信頼を頼りに、吉田さんは決心する。
「よし……!」
廣目と頷きあってセットポジションにつく吉田さん。
一方、自身の前を通過してベンチに戻っていく成城先輩を江山さんは目で追う。
「……成城冬華。一体どんな入れ知恵を吹き込んだのやら」
成城先輩がベンチに下がったのを見て、江山さんも下ろしていたバットを再び肩にのせる。
そして、目の前の投手に意識を戻した。
「……!」
吉田さんも真剣勝負に移行した。
審判の『プレイ!』というコールを合図に、2人は鋭い視線を交錯させる。
「……獅ノ宮はもう負けないんだ」
「何?」
マウンドで呟いた吉田さんに江山さんは顔を顰める。
吉田さんは握りを確認した後、セットポジションに入った。
それを見て江山さんもバットを構える。
「いくぞ!もうお前には……打たせない!!」
「……っ!」
そう言って投球フォームに入る吉田さん。
腕を振るい、全力で投じる。
もちろん球種はカーブ。
低めに投げ込まれたが、ストライクゾーンを外れる位置ではない。
江山さんは貰ったと言わんばかりに足を上げた。
「フッ、何を言い出すかと思えば―――ッ!?」
彼女は見え見えの軌道を、もう散々見切ったカーブを、捉えようとした。
だが、フルスイングをしてすぐに空を斬ることを確信して目を見開く。
カーブが
「バカな……!この土壇場で急に……!変化量が1段階増した!?有り得な……っ!」
『ストライク!!バッターアウト!!チェンジ!』
「っしゃぁぁぁーーーーっ!!」
江山さんは空振り。
予想外のカーブのキレに、彼女はここで初めて狼狽えた様子を見せた。
いつも飄々としていた余裕ありげだった彼女とは思えない動揺。
ミットに収まった球を瞠目して見つめ、愕然とした表情でワナワナと震えていた。
彼女は、俺達のエースが立ち直るという時に、そこを打ち砕いてトドメを刺した打者。
そんな彼女がいつものように取り繕うこともできず、悔しそうにする様を前に、吉田さんは投げきったあとの中腰でガッツポーズを作り身を震わせた。
王皇ベンチは項垂れ、俺達獅ノ宮ベンチは盛り上がる。
『うおおおぉぉぉーーー!
獅ノ宮ベンチ全員が身を乗り出す。
『獅ノ宮、ここにきてようやく!無失点でイニングを終えました!!』
実況も盛り立てる。
そんな中、打席を後にした江山さんは歯を食いしばってマウンドを睨む。
「くっ……!ありえない。火事場で練習以上のモノがそんな都合よく馬鹿力で発揮できるわけが―――っ!」
自分で言っていて気づいた。
彼女は獅ノ宮のベンチに視線を移す。
すると、成城先輩と目が合った。
彼女は江山さんが自分を見るであろうと予測して待っていた。
江山さん自身も待ち受けられていたのはわかって、目を見開く。
そして、彼女が吉田さんに何やらアドバイスしていたことを想起した。
つまり……。
「貴様……
「……」
成城先輩を睨みつける江山さん。
珍しく取り乱していて、感情を露わにしている。
成城先輩はそんな江山さんとは逆に、表情を変えずに目を細めるだけ。
江山さんは唇を噛み締めて、成城冬華に背を向けた。
ベンチに戻った彼女は、仲間に告げる。
「やはり成城は危険だ。彼女が離脱しているからといって……例年の獅ノ宮より下だと思わない方がいい。成城は離脱なんかしてない……っ!獅ノ宮は完全体だ。全力で潰す必要がある……!!」
『……!』
苦虫を噛み潰したような表情でそう口にする江山さんに、王皇ベンチが息を呑む。
1人を除いて。
「……くだらない。最初から全力だし。野球で手を抜くくらいなら、死んだ方がマシ」
「
「……いや、成城を警戒してなかったのは私も同じ。そこを意識するのは
「あぁ。―――王皇に告ぐ。点差はあるが、まだ勝ったと思うな。攻撃の手を緩めず、敵を討つ!」
『……っ!』
王皇ベンチが無言で力強く頷き、再度引き締める。
試合は、まだまだ激化しそうだ。