貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「めちゃくちゃだ……!」
「……今に始まった話じゃない。これが獅ノ宮だ。と、言いたいところだが……正直驚いたね。去年の比じゃない」
マウンドに集まった王皇ナインは皆、長門先輩の理不尽さに頭を抱えていた。
さすがの江山さんも長門先輩のフライをホームランにしてしまう異次元のパワーには、度肝を抜かれたらしい。
困った顔をしている。
そこで原田林が口を開く。
「……マトモに相手をすべきじゃない。
『……!』
原田林が江山さんのセリフを復唱して、江山さんも含めて皆が目を見開き、彼女に注目する。
全員の視線が集まったことに物怖じげもせず、原田林は寧ろそれを待ってから続ける。
「個々の能力で勝負したってあの規格外共には勝てない。あいつらは個人プレーの究極だ。でも、王皇は"強いチーム"でしょ。あいつら1人1人に勝つ必要なんてない。王皇が勝つために……必要なことをすればいい」
「ほな、その必要なことってなんやねん」
原田林に再び視線が集まる。
すると、彼女はこの試合初めて口角を上げた。
「……簡単だ。1人1人に勝てないなら、
「……なるほど。それしかないね。頼んだよ」
「あぁ」
全員が頷いた。
やるべき事はひとつ、それが共通認識になったんだ。
彼女たちは再び散る。
そして、迎えるネクストバッターは。
『7番 サード
「よっしゃ!今日は打てるぜ!」
そう言って、バットを振る霧島先輩。
またしてもフォークを拾ってピッチャーゴロだが強烈。
ピッチャーの股下を高速で転がって抜け、マウンドのプレートで跳ねたあと、二遊間まで速い速度で転がった。
二塁ベースも超えて、速さ的に、完全にセンター前まで転がるコース。
しかし。
「"打てる"っていうのはね、抜けられる確信があってからやっと言えるもんなんだよ」
「なっ……!?」
平均的な高校野球レベルの二遊間なら捕りにいくも、間を抜けて入れ違いながらセンター方面に転がる打球を見送ることになる。
原田林は平均的じゃない。
簡単に間に合って、華麗なランニングスローで一塁をアウトにした。
マジで動き全てに無駄がない。
100点の守備だ。
「くっそぉぉーー!」
霧島先輩が悔しがる。
彼女は頭を掻きむしりながらベンチに戻ってきた。
続く打者は。
『8番 ピッチャー
「……っ」
『ストライク!バッターアウト!』
当然三振。
続く打者は。
『9番 キャッチャー
「……!」
『アウト!』
これもまたショートゴロで、原田林に刺された。
スリーアウトチェンジ。
3回裏が終了。
しかし、1点は取り返した。
次は4回表。
王皇の攻撃。
『獅ノ宮の守備が代わります。 代打で入りました、
獅ノ宮の守備位置が変わった。
LF:クレア・バローナ → 長門 未来
1B:ユ・ソユン → クレア・バローナ
2B:ユ・ソヨン → ユ・ソユン
打順も含めるとナインはこれだけ変わった。
1.1B クレア・バローナ
2.SS
3.2B ユ・ソユン
4.RF
5.CF
6.LF
7.3B
8. P
9. C
『9番 ピッチャー
「……っ!」
『ストライク!バッターアウト!』
回跨ぎの吉田さんはカーブで多田徐さんを三振にとる。
さらに。
『1番 センター
「うわぁ……っ!」
『ストライク!バッターアウト!』
外に逃げる内に入ってきた低めのボール球のカーブを振ってしまい、顔に気持ちを露わにする盛秋さん。
吉田さんが凄い!
廣目のリードありきではあるけど、この回既に2奪三振。
そんな中、迎える打者は。
『2番 ショート
一体どっちなんだとツッコミたくなるけど、アナウンスは差別化する気はなさそう。
今日はどちらも名前も打順もポジションも一緒。
左打席に立った原田林は吉田さんを一瞥する。
「……カーブ、ね」
「……っ!」
マウンドの吉田さんはバックのショートにつく原田先輩を一瞥した。
そして、再び原田林と向き合う。
その目つきは鋭くなっていた。
(原田さんを散々苦しめた……原田さんの従姉妹!絶対に抑える!!)
そう意気込んで投じる初球。
「しまっ……!」
「……っ!」
カーブがすっぽ抜けた!
張り切りすぎたんだ。
原田林は抜け球を見逃さない。
「貰った……!」
バットの先で捉えて鋭い打球が逆方向に。
二遊間を抜けるであろうヒット性の当たり……!
三塁よりだし、霧島先輩が担当。
だが、彼女は守備範囲が狭い。
ホームからの距離もショートより短くてより速い打球に反応しないといけない。
捕れるか!?
「……っ!こいつは……無理だ!」
霧島先輩が腕を伸ばしてグローブを突き出すが、打球は掠りもせず後ろに抜ける。
打球は、バウンドしてイレギュラー。
レフト線へ速いスピードで転がっていき、おそらくフェアゾーンを超える。
しかし。
「まだ……!」
「……っ!」
一塁を目指す原田林が思わずよそ見をする。
レフト線へ向けて逃げる打球を、原田先輩は俊足で追いついて拾った。
そして、身体を捻り、送球する。
コントロールがいい!捻って反転してから投げるの上手い!
でも、肩が……!
『セーフ!セーフ!』
「……っ」
「クソ……!」
送球はワンバウンドして間に合わなかった。
でも、抜けてたらレフトは長門先輩だし、二塁まで行かれてた。
充分ファインプレーだ!
『あー、やっと三者凡退だと思ったのぃー』
『向こうのショートならアウトだったでしょ!』
「……っ」
ヤジが飛ぶ。
二塁に行かれなかっただけ、優秀なのに。
原田林の守備で目が肥えた観客は、厳しくなっている。
原田先輩は顔を顰めた。
「ワリ!あたしが捕るべきだった!」
「さ、
「そっか。サンキューな。でも、それを言うなら涼香も仕方ねえよ。あんな声、気にすんなよ?」
「……っ。……うん。ありがと」
2人はグータッチしてまた守備位置に戻る。
試合に戻って、ツーアウト一塁。
打者は。
『3番 セカンド
去年の地区大会首位打者!
"
「……よし」
昂って打たれてしまった反省を活かして、今度は深呼吸してからセットポジションに入る。
強打者を相手に、真剣な表情を作った。
"
「いくぞ!!」
「……っ!」
まずは初球。
高めのカーブ。
『ストライク!』
「よし……!」
「……っ」
空振り。
次は、外角高めのカーブ。
『ボール!』
「……っ」
外れるカーブを見られた。
次は、低めで落とすカーブ。
『ファール!』
「……っ」
「……っ!」
今度はカットされた!
浅呉さんも捉えきれなかったのが嫌だったのか、苦い顔をしてスイングからバットを手元に戻す。
吉田さんも中々手強い相手に顔を顰めながら廣目の返球を受ける。
「……」
ボールを受け取った吉田さんは、ボールを持った自身の手を見下ろした。
そして、何やら決心した顔で廣目に目で合図を送る。
「……」
「……!」
廣目は意図を察したのか、頷いてミットを構えた。
吉田さんは構えを取る。
そして。
「いけっ!」
「……!」
投じる。
無論カーブ。
それは、少し抜けたのかド真ん中に入る。
「……っ!貰った……!」
ド真ん中にきたカーブに、確信して浅呉さんが力む。
溜めを作って……全力のフルスイング!!
しかし、彼女は振った瞬間に目を見開いた。
「これは……っ!!」
去年の地区大会。
埼玉県でその投手とマトモに戦えたのは彼女1人だけだった。
昨年、高校野球ファンを湧かせた埼玉の名勝負。
"
その時のデジャヴが、想起が、目の前の景色と重なる。
今、その名勝負の再現が行われている。
なのに、マウンドにいるのは成城ではない。
そこにいるのは……知らない投手。
でも、
全くの別人だが、浅呉さんには重なって見えた。
『ファール』
「……っ!!」
なんとか捌いたが、かなりギリギリだった。
彼女は目を見開く。
間違いない。
見間違えるはずがない。
埼玉でなら、誰よりも味わってる。
このカーブは……!
「
浅呉さんは驚愕して、転がったボールを見た後、慌てて吉田さんに視線を移す。
迎え入れる吉田さんは返球を受けて、宣戦布告する。
「私は……成城冬華の代理!吉田 輝子」
「……っ!」
代理!
代理……!
浅呉さんは力が入る。
そして、普段は人見知りで自己主張の少ない彼女が、楽しそうに口元を緩めた。
「ははっ……!ははは……!待ってた。待ってたよ、"
嬉しそうに再び構える浅呉さん。
そこに吉田さんは腕を振るう。
「そうだ、私は"成城"だ……!!」
「……っ!?」
浅呉さんは目を見開く。
続く球はカーブじゃない……!
あれは……!
「チェ、チェンジアップ……」
浅呉さんはフルスイングした。
でも、ボールは直前で急減速して、バットは先で引っ掛けることが出来ただけ。
ピッチャーの足元にボールは転がり、吉田さんはそれを拾った。
その間、浅呉さんは走ることが出来なかった。
目を見開いて目の前の投手に目を奪われる。
「……っ」
"本物"ほどではない。
彼女本人のチェンジアップならもっとブレーキのように減速じゃなくて停止して落ちる。
だから、成城のそれとは違う。
多くのものが同一視はしないだろう。
でも、彼女は違う。
成城冬華と激闘を繰り広げた彼女だからこそ、見抜ける"目"を持っていた。
―――間違いない。形は違えど、あれは成城のチェンジアップだと。
「……対戦、ありがとうございました。次は打つ」
「……っ!」
吉田さんが一塁に送球してアウトコールが告げられる。
浅呉さんは打席を後にした。
互いにメットとキャップの先をつまんで少し頭を下げた。
"勝負"。
まさしく勝負だった。
これでスリーアウトチェンジ。
3回裏と4回表。
両チームのショートストップのファインプレー合戦と、名勝負の再現。
多くのファンを熱くした。