貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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2024年8月18日のホークスVSマリーンズ、甲斐捕手の【打つ前にバット投げ…!?】(パ○レのタイトル)からヒントを得て書きました。
ルール的にも怪しい上に非現実的なプレーが行われるので、リアリティのない表現が苦手な方は読まないことをオススメします。


第121話:敬遠ヒット&ランニングホームラン―――そして、彼女は野球の神

 

「……っ!追いつかれてきたで!5点差ってヤバいやろ」

「……そうだね。やはり追加点が欲しいところだ」

 

 マウンドに集まる王皇ナインの話が声の大きいところだけ盗み見できたけど、5点差ってヤバいって意味がわからない。

 価値観が違いすぎる。

 こっちとしてはまだまだ点差ある印象なんだが……。

 

「それだけ向こうの投手力が低いのよ。ウチの打線でも充分打てる見込みがあるわ」

「彼女達にとって5点差なんて2点差くらいのモンです。それはこっちから見ても同じ。ガンガン点とって逆転しましょう」

「お、おう……!」

 

 俺が気合い入れてどうするんだって感じだが、指揮官2人の強気な発言に闘魂注入されてしまった。

 俺にできるのは雑用くらいだけど、頑張ってる皆を沢山サポートしたい!

 

『4番 ライト 美山(みやま) サン』

 

 ネクストバッターの美山先輩がコールされる。

 しかし。

 

『敬遠!王皇百十(おうきみももと)美山(みやま)との勝負を避けます……!』

 

「あは~!優希逃げられてる~!おもしろ~!」

 

「……何がおもろいねん。こっちは好きでやっとんちゃうわ」

 

 ニコニコ笑う美山先輩を不気味に思って、立ち上がった進川(しんかわ)さんが顔を顰める。

 ボールを1球、また1球とストライクゾーンどころか打席すら大きく外して進川(しんかわ)さんに緩く投げ込む多田徐(おもむろ)さん。

 そんな茶番を美山先輩は両手で握ったバットを肩に預けて、ニコニコと見ていた。

 

「ま、そりゃ勝負を避けるよね~。あと5点差。優希だったら確実に1点減らせるもんね~!」

 

「……やかましいな、ほんま」

 

 黙って見てられないのか、と睨む進川さん。

 美山先輩は彼女の視線を受けて、口角を下げた。

 目が細くなり、一気に冷たい印象を抱かせる。

 そした、彼女は、底冷えする言葉を口にする。

 

「でもぉ。"()()"にしなかったのは、ミスだよね~」

 

「………………は?」

 

 進川さんは目を疑った。

 多田徐(おもむろ)さんが放った4球目が迫ってるのに、思わずバッターボックスの美山先輩に目を奪われた。

 よそ見をする進川さんを責める人は誰もいない。

 多田徐(おもむろ)さんも、それどころか球場にいた全員、配信を観てる人達も含めて全員が驚愕した。

 

 だって。

 だって……っ!

 

『は!?』

 

 美山(みやま) 優希(ゆうき)以外の気持ちと言葉が1人余すことなく一緒になった。

 誰もが二度見する。

 

 ―――美山(みやま) 優希(ゆうき)が、()()()()()()()()

 

『は!?えっ!?なんで……!?』

 

 美山先輩の奇行に実況も思わず素で困惑した。

 だが、驚くのはまだ早い。

 衝撃的な瞬間はまだ控えていた。

 

 スイングの勢いで美山先輩の手から、バットが()()()()()()

 

 そして。

 

「―――あはっ」

 

 美山先輩の悪魔の笑み。

 すっぽ抜けたバットは一直線にボールの起動上に飛んで行った。

 進川さんの視界を遮り、目の前を横切る金属バットはトラウマ級の景色。

 進川さんは「ひっ……!」と顔が真っ青になる。

 そして、耳を疑う"あの音"が少しだけ球場に響く。

 金属バットでボールを打った時の音だ。

 でも、小さい。

 

 コンっと、それくらいの音。

 

 ボールの起動に対して、バットは垂直ではなく、入射角は斜めだった。

 それも計算したのか。

 いや、彼女ならやりかねない。

 ボールに対するバットの角度。

 バットが軌道上に侵入した速度。

 バットの芯にボールが食い込むように考えられたすっぽ抜けのタイミング。

 スイングスピード。

 その全てが噛み合い、【()()()()奇跡】は起きた。

 いや、起こされた。

 

 カキィン!と音はなり、打球は()()()の一ニ塁間に飛んでいく。

 

『はぁ~~~!?えっ、ちょ……!何が……っ!?』

 

 実況は完全にパニック状態。

 だが、ヒットのランプはついた。

 美山先輩はバットがすっぽ抜けた時から確信していたように走り出している。

 しかも速い!!

 

「……っ!はぁ!?こんなん予想できるか!!」

「これヒットになんの!?嘘ぉ……!!」

 

 セカンドの浅呉(あさくれ)さんとファーストの穂石(ほぜき)さんが泣き言を口にしながら、グラブを伸ばして打球を捕りに行く。

 だが、当然間に合わない。

 だって守備機会があるなんて思わない。

 完全に歩かせるつもりで野手は皆完全ではないけど脱力していた。

 だから、打球は簡単に一ニ塁間を抜ける。

 ライト前で落ちてライトの関内さんが転がってくるボールを拾いに行くが、その途中、目の前の景色に驚愕した。

 

「は!?」

 

『あっ!あっ……!あーーーー!!美山がもう既に一塁ベースを蹴って二塁に向かっている。しかも速い!もう到達するぞ……!!』

 

 美山先輩はバットがすっぽ抜けた段階でスタートを切っていたから、打球が飛ぶ前からもう一塁ベースに接近していたんだ!

 だから、守備機会が発生してからの実質的なスタートは一塁直前から。

 つまり、確定ツーベースだ!

 

(さき)ッッ!!ちゃんとボール見て!!!」

「えっ……!?あっ……!!」

 

『あーーーー!!ライトが後逸!!王皇(おうきみ)ライト、関内(せきうち)がボールを通過してしまったぁぁーーー!!』

 

「しまった……!!」

 

 常識外れのことが起きた後にさらに走ってるはずのないところを走ってる。

 衝撃的な事象が重なったせいで、そっちに気を逸らしてしまった。

 結果、ライトの関内さんは行き過ぎた。

 そうなると直前にわかった原田林さんが叫んで気づいたが、時既に遅し。

 気づいた時には超過して前に出過ぎていた。

 その間に、美山先輩は"()()"へ向かう。

 

「クソ……!あいつ……!」

「めちゃくちゃだ……!」

 

 後ろに逸れたボールを追いかける関内(せきうち)さんとカバーに入るセンターの盛秋(もりあき)さん。

 二塁ベースを蹴ったのを横目で確認して、関内さんが先にボールを拾い、送球した。

 

「調子に乗るな……っ!!―――っ!?」

 

『あーーーー!!美山がさらに三塁ベースを蹴る!!ホームを目指す!!』

 

 関内さんが送球したタイミングで美山先輩はさらにスピードを上げ、三塁に到達。

 しかし、その三塁ベースも蹴った。

 関内さんのボールは三塁へと向かうが、既にそこに美山優希の姿はない。

 美山先輩が三塁ベースからスタートしたところで、サードへの送球を遮る者がいた。

 

「私が刺す……っ!!」

(りん)……!』

 

 これは好判断!!

 ショートの原田林さんが中継を奪い取ったことで、美山先輩がホームにたどり着くまでまだ8割ある段階でスローイングに入れた。

 原田 (りん)はホームにいるキャッチャー進川(しんかわ)さんが捕球体勢を取っていることをコンマで確認して、腕を振るう。

 その時。

 

「……っ!」

「―――あはっ」

 

 美山優希と目が合った。

 誰が見ても一目瞭然な程に明らか。

 完全に刺されるタイミング。

 なのに、彼女はよそ見をしていた。

 走りながらショートに目を向けて、ゾッとする笑みを浮かべている。

 でも、目は笑っていない。

 今なら美山先輩の足があれば、急ブレーキをかけて三塁へ戻れる。

 原田林は切羽詰まっている状況で即座に投げる判断をしなければならなかったから、既に送球の体勢に入っていて、もう今ボールを放つ段階。

 今からはその動作をキャンセルできない。

 なのに、美山先輩は足を緩める気配がまるでない。

 寧ろ、原田林が好判断したのを見て、さらに加速した。

 加速して……加速して……どこまで速くなる!?

 

『なっ……!?』

 

 王皇ナインだけじゃなくて、味方も、観客も全員驚きっばなしだ。

 でも、美山優希はさらに驚かせる。

 もうこれ以上ない程に驚いてるのに、さらに重ねて、上を見せてくる。

 

『美山が更に加速する!加速する!かそ……は!?速……っ!!』

 

 ずっと実況が素だ。

 何度もプロ意識を保とうと持ち直すけど、何度も崩される。

 ハチャメチャで規格外。

 他の規格外をも凌駕する規格外。

 もう獅ノ宮ベストナインの誰もが認めるだろう。

 彼女は体言で証明する。

 男子級が、男子が、女子の中に入るとこれだけ好き放題できるということを。

 そして。

 

 ―――美山(みやま) 優希(ゆうき)がNO.1【規格外(男子級)】だ。

 

「くっっっそ!ふざけんなぁぁぁーーー!!」

 

「ふざけてないよ。優希、これが普通だもーん……っ!!」

 

 進川さんの元にボールが渡って、タッチアウトを狙う。

 そもそもホームで彼女達が争ってること自体おかしい。

 ヘッドスライディングを仕掛ける美山先輩。

 コリジョンを守りながら原田林によってストライク送球された球をミットに収め、ホームベースと美山先輩の頭の間に腕を伸ばして割り込む進川さん。

 

 ―――結果は。

 

『セ、セーフ……!セーフ!!』

 

「……っ!~~~~~~っ!クソォォォォーーーッ!!」

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!』

『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!!』

 

 球場が震撼した。

 大地震でも起きたのかってくらい揺れた。

 観客は悲鳴なのか歓声なのかもう訳分からない声を上げていた。

 もはや阿鼻叫喚。

 もはや狂乱。

 終始理解不能なことが起こり続けたドーム。

 球史に残る"規格外のプレー"が今日、ここで行われた。

 

 このプレイは後に、珍事件(プレー)として記録される。

 

 美山先輩のすっぽ抜けは、偶然だと、世界が修正しているとも感じさせる都合のいい処理のされ方をする。

 だが、それは人間の処理能力の限界さが原因だ。

 あまりに理解不能すぎてそう思い込むしかなかった。

 全ての人類が。

 故に、美山先輩のこのプレーは偶然と奇跡として語り継がれていく。

 彼女が自ら起こした伝説は神速の走塁だけ。

 相手のミスが絡んだので三塁まで到達したのは誰もが納得できる。

 そもそも一塁へ向かう時のスタートの切りが早いという点と、明らかな敬遠球にスイングした点は、誰もが疑問視していて、美山は狙ってやったのではないかと長きに渡って議論され続ける。

 最後のホームに向かうまでの加速は、美山先輩の能力として説明された。

 彼女は普段あの速さを隠していたと。

 

 そして、今に戻り、伝説のシーンが生まれる。

 

「……あはっ」

 

 完璧にホームを奪った美山先輩はゆっくりと立ち上がり、ユニフォームについた土汚れを払う。

 それによって汚れが移ったバッテはその辺に投げ捨てた。

 立ち上がった時にメットは脱げていた。

 そして、カメラが彼女にズームで寄り、美山先輩は珍しくすぐには目線を与えず、焦らす。

 

「……」

 

 数秒間、髪をかきあげ。

 足元には進川さんが悔しすぎて膝をついて四つん這いのまま。

 "画"として完成したその構図の中、美山優希はカメラに片方の口角だけ上げた……目は笑ってない顔を向ける。

 そして、首を少し傾げ、そんな怖い顔で彼女は彼女にしか許されない自称を口にする。

 それが。

 

「ほら。優希、野球の神でしょ?」

 

 野球の神。

 美山(みやま) 優希(ゆうき)

 ここに極まれり。

 

 

 王皇(おうきみ)百十(ももと) 12 - 8 獅ノ宮(しのみや)

 

 

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