貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
『審判団により、協議が行われます。暫くお待ちください』
球場がどよめきにどよめき、王皇野球部も「あれがヒットはおかしいでしょ……!」と審判に掴みかかりそうな程の暴動が起きそうだった為、審判団が集まって美山先輩の打球はヒットだったのか協議が始まった。
結果、
『責任審判です!協議の結果……獅ノ宮学院高校野球部、美山優希さんの打球はヒットと判定します。繰り返します。ヒットと判定します……!よって―――』
『えっーーーーーーーーーーーー!?』
『キャーーーーー!!!』
それはおかしいだろと叫ぶ層と、こんな伝説を受け入れず揉み消すのは有り得ないという層が混在している。
観客席で言い合いすら始まっていた。
そんな中、遮られた内容を責任審判はもう一度マイクで声を張って告げる。
『よって!!美山サンのホームインは有効ッッ!ランニングホームランとします……!!また!!敬遠に対して、スイングをしたということでそれが偶然にも当たったとしても、空振りスイングとして判決する意見もありましたが。ホームインを争うまでに激闘のプレイがありましたので、高校球児のその熱意ある競争を無為にしない為に、ヒット、そしてランニングホームランと判定致す結論になりました』
『はぁ~~~~~!?』
『ふざけんなーーー!!』
『何よその理由……!!』
『理屈通ってないじゃないの……!』
『ちゃんと説明しろぉぉーー!!』
『ブーーーーーーー!!ブーーーーーーー!!』
「す、凄い!凄いブーイングだ……!」
「音圧ヤバ!」
「えっ!?」
「音圧ヤバ……!!って言ったの……!!」
ソユン先輩と一緒に耳を塞ぐが、もう何を言ってるのか周りがうるさ過ぎてわからない。
グランドで放置を食らってる守備側の王皇ナインは、もうなんか半分くらいどうでもよさそうに待ちぼうけにイラついていた。
江山さんや原田林は審判を睨んでいる。
観客によるブーイングは本当に凄まじく、全く収まる気配がない。
試合続行は不可能な状況になり、もはや暴動そのものと化したその時間は、30分にまで至った。
そこまで放置してやっと半分くらい落ち着いたが、まだ微かにブーイングが起きている。
30分の間に、江山さんと王皇の監督が抗議し、数分後に成城先輩が加わったが、特に進展はなし。
王皇側が途中で諦めて引っ込み、成城先輩は頭が痛そうに帰ってきた。
成城先輩がまた苦労人している……。
美山先輩が暴れるといつもこうだ。
しかも今回は今までで1番酷い。
ここまで混乱を起こす程のことをしでかしたのは俺が入部してから初めてだ。
公式大会っていうのも相まって、さらにそこに敬遠ヒット&ホームランという意味不明で異次元の大問題が重なって、さすがの成城先輩でも対処が難しい。
当の本人は自分の行いでこれほどの騒動になってるのが嬉しいのか、ルンルンで鼻歌混じりにベンチで化粧直ししてるから尚更。
帰ってきた成城先輩がその姿を見てゴミを見るような目をしていたのがめちゃくちゃ印象に残った……。
やがて、何やら裏方が裏でバタバタした後、試合がなあなあで再開されそうな雰囲気が出てきた。
試合続行の準備をし始めたのは一目瞭然で、しれっと何事もなかったかのように進行しようとした運営に、当然また大ブーイングが起きた。
せっかくちょっと落ち着いてきていた球場もまたブーイングの荒らし。
音圧に支配される中、一度ベンチに帰って休んでいた王皇ナインがぞろぞろと出てきて守備についた。
そして。
『
ピッチャー交代のアナウンスが響いて、一瞬静かになったが『何試合再開しようとしてんの!?ふざけんなー!説明責任果たせー!』とまたブーイングが起こる。
そんな緊迫感の中、登板するのは
"
第2先発の
肩に関してはウチの吉田さんも不安だ。
一応キャッチボールはしてるけど……。
「野田さんか……」
王皇の選手は主力だけだけど勿論事前に全部調べてある。
まあでも手元のパッドに資料は入ってるし、再度確認した。
野田さんは1年生左腕。
最速129km/hと左投手にしてはめちゃくちゃ球が速い。
完全な速球派。
持ち球の構成もツーシームとカットボールと速い変化球のみ。
1年生だけど、速球タイプは中学で実績を築いて入部してくる鳴り物入りが多いから、場数も踏んでる良いピッチャーだ。
でも、それでも今登板するのはキツイんじゃないかと俺は思う……。
『ブーーーーーーーー!!!』
「……っ。エグ……!」
マウンドに上がった野田さんが凄まじい音圧に顔を顰める。
ピッチャーからしたらめちゃくちゃ投げにくい状況だろう。
そんな彼女をサポートするために野手陣が周囲に集まった。
「ミショ!火消しだけだから、落ち着いていこう!」
「火消しって言うてもランナーはなしや。ブーイングはえぐいけど、普段通りの投球意識していくで」
「この回だけだから。あと1人、ワンアウト取ればミショの仕事は終わり」
「簡単に言わないでくださいよ……。まあ頑張りますけど」
ポジティブな
さらにバッテリーの
そこに江山さんが合流して説得を試みる。
「すまないね。ここまでの試合で先発は
「……まあキャプテンが言うなら」
江山さんに言われたら仕方ないと野田さんはのみ込む。
野手陣も離れた。
そして、バッターボックスに入るのは。
『5番 センター
「……」
右打者、
ここまで第2先発の
王皇側からすれば、
だが、時間も空いたし仕方ないという判断をした。
そして、投手力が弱い王皇は今大会ブルペンもかなり使ってる。
打たれるから継投は毎試合必要になってくるんだ。
結果、この回あと1人を終わらせるくらいならまだあまり投げてないルーキーに短い間ワンアウト分だけ食ってもらいたい。
要するに野田さんからすればお役が回ってきた状態。
不運だが、任されたからには彼女は切り替えて気合いを入れてる。
とはいえ……次は右打者の中宮先輩。
そこに左投手をぶつける、というのは本当に他にいないんだろうなという事情を感じる。
特に野田さんは対左投手の成績が良いし、本来なら左打者に当てたかっただろう。
ただ、贅沢は言えないからこの起用になった。
「よし……!」
「……よし」
同じことを口にしてても対する野田さんと中宮先輩は気合いの入れ方が対称的だ。
野田さんは力強く、中宮先輩は冷静な中で静かな闘志を燃やす。
ここまで不甲斐ない結果を残し続け、それを気にしていた中宮先輩にとって、苦手ピッチャーが代わったこのタイミングは本人も意識している。
"
『プレイ!』
審判がコールし、試合が再開されると少しブーイングが大きくなったが一瞬で収まった。
皆、野球ファンだから試合が現在進行形で動くならそっちに優先で意識を向けるんだ。
もう習性と言っていい。
なので、結果的に運営の思う壷となった。
そんな中、野田さんと中宮先輩の対決が行われる。
「……!」
「……!」
まずは初球。
低めの外に投げ込まれたカットボール。
中宮先輩はピクっと反応したけど見逃した。
多分見たんだと思う。
続く2球目。
またカット。
アウトコースに外れてワンボール。
続く3球目。
「……!!」
「……っ!」
インコースに差し込まれたストレート。
122km/h。
速い!
そして、速球は中宮先輩の得意だ。
彼女は来た……!と目を開いて強くスイングする。
だが、力みすぎた。
『ファールボール!』
「……っ。クソ……」
三塁側内野席に吸い飲まれたボール。
中宮先輩はタイミングの取り方を間違えて急いでしまった自分に苛立ち、顔を顰める。
でも、すぐに切り替えてまた打席に入り、バットを構える。
野田さんもセットポジションに入る。
次は4球目。
「……っ!!」
「……!」
次もストレート。
121km/h。
今度はアウトコース高め。
ボール球だが、中宮先輩は振った!
『ファールボール!』
「……っ!」
カットする形になって一塁側のファールゾーンに転がった。
中宮先輩は一度深く息を吸って、吐く。
バットを肩に寝かせて落ち着いてから、また集中状態に入ってバットを立てる。
それを見て野田さんも返球を受け取った後、またプレートに足をかけた。
そして。
―――5球目。
「これで終わりだ……っ!!」
「……!」
インコース。
内角低めに差し込まれたツーシーム。
117km/h。
中宮先輩はカッ……!と目を見開いた。
「―――いけっ」
中宮先輩のすくい上げるフルスイング!!
カキィン!!といい音を立てて金属バットの芯でボールを捉えた。
これは……!
ジャストミートだ!!
「……っ!?嘘でしょ!?」
レフトへ強烈な打球。
自身の視界から高速で横切って消えた球を、野田さんは思わず振り返って目で追う。
獅ノ宮のベンチもまさか……!と全員立ち上がった。
特に霧島先輩が声を上げる。
「マジか!?いったろ、これ!!」
彼女の言う通り、打球は……。
『引っ張ったぁぁーーーーーッッ!!中宮の打球はライトへ!伸びて、伸びて、打球速い!ライナー性!スタンドへ入るか!?ポール際!どっちだ!?入るか!?入ったぁぁぁーーーー!!』
「うおおおぉぉぉぉぉーーーー!!」
『秋奈ーーーーー!!』
実況が叫んだと同時にレフトスタンドのポール際ギリギリにホームランがぶち込まれた!!
ベンチで全員がガッツポーズを掲げて、中宮先輩の名前を叫ぶ。
当の本人である中宮先輩は打席で呆けていた。
「は?……えっ」
困惑する中宮先輩。
バットをまだ手に持ったまま無気力にぶら下げている。
打球が飛んだ時にまさかと考えが過ぎって中宮先輩は走らなかった。
でも、それは確信があった訳じゃない。
いや、感触はあった。
そしてそれは確かだった。
だから、待って。これ、入るかも……とは思った。
それでも彼女が不安と驚愕が入り交じった目で打球の行方を最後まで打席で見届けたのは、これが彼女の"キャリア
というか練習試合も含めて初めてだ。
そりゃ練習でたまに柵越はあったけど片手で数えられるほどだし、対戦じゃないから打たせたやつだった。
でも、そのおかげでホームランの感触はわかる。
ただ実戦では打てるものだと思わず打席に立っているところが正直あった。
それなのに、確かな感触を味わった。
唖然とするのも無理はない。
スタンドに入った後も中宮先輩は打球の行方を凝視したまま固まってしまった。
「秋奈!ベーラン!」
「えっ。あっ……」
ベンチから告げられて、ようやく我に返った中宮先輩。
そうか、とやっと気づいて走り始めた。
ちょっとペース早いな。
もっとゆっくり走っていいんだけど、慣れてないのとそれどころじゃない感じだ。
走ってる途中もまだ信じられない様子でスタンドを見つめていた。
「……ほんとに、ホームラン。私の……私が……?これが……ホームラン……」
中宮先輩は三塁ベースを蹴った辺りで自身の手を見下ろす。
まだ感触が残っている。
その手を、グッ……!と握りしめた。
「ホームラン……!これが……!私が、打った……!」
ようやくこの体験を確かなものにできて、しっかり自覚した中宮先輩は、強い目つきでホームベースを目前にする。
そして。
『ホームイン!』
「よっしゃぁぁぁぁーーーー!!」
時間差の歓喜。
ホームベースを踏んだと同時に中宮先輩は跳躍と同時に前方に拳を突き出した。
ベンチに向けてアピールした彼女に、俺達も歓声で応えた。
中宮先輩は、想起する。
『立ち上がれ……っ!!』
「……!」
クレアの言葉。
先頭で号令をかけた彼女に、宿された熱。
なのに、ここまでついてこれなかった。
不甲斐ない。
悔しかった。
でも、これでようやく皆と肩を並べられた。
反撃に加われた。
ベンチに戻ってきた彼女は、メットを脱ぎながら普段のクールな態度でクレアを見る。
クレアも「む……?」と視線に気づいて目を合わせた。
そんな彼女に中宮先輩はメットを両手で持ったまま、真顔で、でも吹き返した目つきで告げる。
「お待たせ」
「……あぁ。待ちわびたぞ」
2人は拳を作って、手首を突き合わせた。