貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

123 / 148
第123話:不穏な5回

 

「3点差……!3点差まで迫った!いけるぞ!もうすぐですね!」

「えぇ。そうね」

 

 喜ぶ俺に成城先輩も微笑んだ。

 まだ4回。

 ここであの絶望的な点差をここまで縮めることができたのなら、逆転も夢じゃない!

 希望が見えてきた。

 

王皇(おうきみ)ピッチャー 野田(のだ) サン に 代わり まして ――― ピッチャー 横井(よこい) サン』

 

 王皇はまたピッチャーが代わった。

 今度は右腕の中継ぎ。

 

 "横井(よこい) 雷克(らいか)"。

 

 2年生でセットアッパーを任されている中継ぎエースだ。

 最速は129km/h。

 スライダーが決め球の変化球投手。

 他にシュートとチェンジアップを持っているが、投球の内訳は殆どストレートとスライダーとなっている。

 強力な投手だが、第3戦以外は登板してるし、回跨ぎもしてる。

 連投ではないが、疲労は蓄積しているはずだ。

 まあ決勝戦は散々延期になって回復できる時間もあったが、100%疲労が抜け切れる程ではないと思う。

 曲者だが、勝ち目がなさそうって程じゃない……!

 

『6番 レフト 長門(ながと) サン』

 

 そして、次の打者は長門先輩。

 現在覚醒中。

 ますます期待が高まる!!

 

「貰った……!!」

 

「……っ!?」

 

 4球目。

 決め球のスライダー104km/hを長門先輩はしばいた。

 速くないストレートどころか、速くない変化球も打てるようになってる!!

 覚醒した長門先輩えぐい!!

 弱点が消えた!!

 それでいて得意のパワーも健在だから、打ったら凄い飛ぶ。

 打球は左中間を抜ける強くて鋭い打球……!

 

『長門打ったーーーー!!左中間を抜けるツーベース!!』

 

「やったやった!人生で初めてヒット打った!」

 

 二塁ベースにスライディングで到達した長門先輩は、スライディングの勢いのままベースをつっかりに利用して立ち上がり、塁上で拳を突き上げる。

 喜んでて何より……って微笑んでる場合ではない。

 なんかサラッと衝撃的なこと言ってなかったか!?

 

「えっ!?人生初ヒット!?マ、マジですか!?」

「……言われてみれば、あの()のヒットは見たことがないわね」

「あは~!基本ホームランか三振……って思ってたけどホントにホームランか三振しかなかったんだね~!」

「ははっ……これまで打てばマジで余さず全部ホームランだったって訳か……。すげぇな」

「ホント化け物ね……」

「つ、津川くん以外皆リアクションが薄い……規格外に慣れてるなぁ。わ、私には無理……。腰抜かしそう……」

 

 各々の反応。

 俺が思わず慌てて成城先輩に尋ねると彼女は言われてみればくらいの態度だった。

 霧島先輩とソユン先輩はドン引きはしてたけど、俺みたいに驚きを露わにした訳じゃない。

 最後の田島さんは皆の様子に困惑していた。

 彼女が1番常人の反応だろう。

 ここにいる人たち皆長門先輩と同じくらいぶっ飛んでるか、もう慣れきってるから、どうも価値観のギャップが凄い。

 

 まあ、そんなことは置いといて。

 ツーアウトから長門先輩が出塁。

 王皇は中々最後のワンアウトが取れないといった状態。

 とはいえ、今すぐ登板できるほど肩ができてる人もいないし、今回はヒット打たれただけだから横井さんは続投。

 続く打者は。

 

『7番 サード 霧島(きりしま) サン』

 

「よっしゃ。あたしの出番か。行ってくるぜ」

 

 ネクストバッターズサークルじゃなくてベンチ前で待っていた霧島先輩が打席へ向かう。

 

「うおっ!?マジか!」

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

 結果は三振。

 決め球のスライダーを振らされた。

 これでようやく4回裏が終わり。

 次は5回表。

 やっと王皇(おうきみ)の攻撃。

 試合はもう3時間近く経過している。

 乱打戦だし、途中時間が空いたから、その影響だ。

 さらにそこからグランド整備の待ち時間も発生して、ようやく5回表が始まる。

 

『4番 ファースト 穂石(ほぜき) サン』

 

 この回の先頭打者は4番の穂石さん。

 こっちの投手はもちろん吉田さん。

 時間が空いて肩を維持する必要はあったが、それでも続投させた。

 仕方ない。

 現状王皇打線に刺さるのは彼女のカーブだけ。

 だから、俺たちは彼女に頼るしかない。

 最低でも逆転するまでは……。

 

「吉田さん。ちょっといいかしら?」

「えっ。あ、うん……!何?」

 

 マウンドへ向かう前、成城先輩が声をかけて足を止めさせる。

 何を伝えるつもりなんだろう。

 

「吉田さん。私が教えたカーブは、追い込まれない限り投げるのは控えてちょうだい」

「えっ!?なんで……?」

 

 吉田さんが目を丸くする。

 隣で聞いてた俺も吉田さんと同じ反応だ。

 成城先輩が仕込んだカーブは魔球級。

 あれをどんどん投げればあの強力な王皇打線も簡単に抑えられると思うが……。

 

「確かにあの球は強力でどんな打線にも通用する。でも、それだけ威力のある球だからこそ、負担も大きいわ」

「な、なるほど。確かに……」

 

 成城先輩の説明に吉田さんは納得する。

 その上でさらに諭される。

 

「長い練習で身体に馴染ませた私ならともかく、貴女は慣れてない上に付け焼き刃。あれを投げるのはそれだけで危険よ。なんならもう使わないならそれに越したことはないわ。でも、それは厳しいのもわかる。だから、ここぞって時だけ投げなさい」

「……っ。わかった……!」

 

 吉田さんは強く頷いた。

 素直に受け入れたのは、成城先輩の右肘にある手術痕が目に映ったからだ。

 説得力が違うし、彼女がどんな気持ちで言ってるのかも、理解できる。

 だから、唇をキュッとしめて何度も頷いた。

 そのままマウンドへ向かう。

 

「いくぞ!!」

 

 回跨ぎで負担がかかると思うが、吉田さんの気迫はまだまだ死んでないどころか、凄い。

 彼女はガンガンカーブを投げ込んで打者を抑える。

 

「私が行く!」

「おう!任せた!」

 

『アウト!』

 

「……っ!」

 

 先頭の穂石さんはショートゴロ。

 原田先輩が一塁へ送球してアウトにした。

 次は強打者、進川(しんかわ)さん。

 

『5番 キャッチャー 進川(しんかわ) サン』

 

「~~~っぁ!?エグ!アカンわ、カーブ……!」

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

 進川さんは空振り三振。

 カーブがかなり刺さってる。

 次はライトの関内さん。

 

『6番 ライト 関内(せきうち) サン』

 

(さき)

「んっ……?」

 

 関内さんが打席に入る前に、何やらベンチから出てきた原田林が入れ知恵をした。

 原田林の耳打ちに頷いて返す関内さん。

 何を吹き込んだのかは全くわからないが、関内さんはそのまま打席に入って、吉田さんと対峙した。

 そして。

 

「……っ!!」

 

「……っ!」

 

 内角低めのインコースに差し込むカーブ。

 かなり良い球でいいコースだが、関内さんは上手くフルスイングで打球を前に飛ばす。

 打球は三遊間へバウンド。

 

「うおっ!?危な……!」

 

 ショートの原田先輩の正面に来て、身体を逆方向に逸らしながら、グラブは逆に伸ばし、バウンドを計算して打球が収まる箇所に待ち構えて捕球。

 捕ったには捕ったけど、ちょっとギリギリというか不器用感は出た。

 でも、捕った。

 身体を捻って一塁へ送球してワンバウンドでクレアが捕球。

 結果は余裕でアウト。

 関内さんはアウトコールが告げられてから一塁を駆け抜けた。

 これでスリーアウト、チェンジ。

 5回表が終わった。

 

 次は5回裏。

 獅ノ宮の攻撃。

 先頭は吉田さん。

 ピッチャーは横井さんが回跨ぎで続投。

 

『8番 ピッチャー 吉田(よしだ) サン』

 

「……っ!」

 

『打球はショートへ!』

 

『アウト!』

 

 吉田さんはショートゴロ。

 次は廣目。

 

『9番 キャッチャー 廣目(ひろめ) サン』

 

「くっ……!」

 

『打球はまたショートへ~~!』

 

『アウト!』

 

 廣目もショートゴロ。

 スライダーを引っ掛けてしまった。

 これでツーアウト。

 二死無塁で回ってきたのは、クレア。

 

『1番 ファースト バローナ サン』

 

「ふん」

 

『ライト前ヒット!』

 

 クレアは出塁。

 もう完全に三遊間は捨てて、引っ張り方向に味をしめている。

 まあ投手が代わっても意図的に同じところに飛ばせるのは、平然とやってるけど凄いことだ……。

 さすが単打専だけど打球の行方は操れる能力持ちのクレア。

 ミートとバットコントロールの天才だ。

 まさしくその分野では男子級。

 女子では相手にならない。

 

『2番 ショート 原田(はらだ) サン』

 

「……っ」

 

 コールされて打席に入るのは原田先輩。

 ちょっと緊張気味だ。

 彼女は低めのスライダーを引っかける。

 

『三遊間!強い打球!あーーー!だが、原田が阻む!!ショートライナー……!!』

 

「~~~っ!」

 

 あー!惜しい!

 原田林のファインプレーにヒット性の当たりを防がれた。

 ジャンピングキャッチで三遊間を超えそうなところをショートライナーで終わらされる。

 クソ、やっぱ上手いな……!

 

『ナイスプレー!ナイスプレー!ハラダ!』

 

『ナイスプレー!ナイスプレー!ハラダ!』

 

「……っ」

 

 王皇野球部のベンチに入れない数十人の部員が大部隊となって応援席で原田林コールを繰り返す。

 鳴り止まない賞賛を浴びる原田林。

 彼女こそが最強のショートストップと言わんばかりに場の空気を支配していた。

 

 こうして5回表は速攻で終了。

 この時、俺たちは気づいていなかった。

 この回の内容が原田林の思惑通りということに。

 彼女の計画は着実に進んでいた……。

 ベンチへ戻る途中、原田林はひっそり口角を上げる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。