貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第125話:才能が死ぬ時

 

 隣に来た吉田さんに気づいて廣目が顔を上げる。

 

「……っ。……すみません、吉田先輩。私の判断ミスです。吉田先輩の言う通り、"あのカーブ"を投げていれば……私が拒否ったから……すみません。すみません……」

 

 謝る廣目はまた項垂れる。

 そんな廣目の背中に吉田さんは屈んでそっと手を添える。

 

「……廣目は悪くないよ。最終的に受け入れたのは私だし、私の責任でもある。打たれたのは仕方ない」

「吉田先輩……」

 

 顔を上げた廣目は驚いた目で吉田さんを見た。

 酷い顔だ。

 涙ぐんでいた瞳を指で拭ってあげて、吉田さんは微笑む。

 

「次、抑えよ?」

「……っ。はい……!」

 

 涙を腕で拭って廣目は立ち上がる。

 吉田さんは満足そうに強い眼差しで頷いた。

 彼女も立ち上がって、2人は頷き合う。

 

『8番 サード 包剛(ほうごう) サン』

 

「もう打たせるか……!」

 

 吉田さんの気迫のこもったピッチング。

 ホームランを打たれた後に迎えたホームランバッターに、吉田さんはキレのいいカーブを投げ込んでいる。

 彼女のカーブは試合の中で成長している。

 最初は中途半端な球、捨てた方がいいと言われていたカーブが。

 この試合、多投しているからか少しずつ精度が上がってる。

 

『ストライク……!』

 

「……っ」

 

 4球でツーツーまで追い込んだ。

 打席の包剛(ほうごう)さんが顔を顰める。

 そして、5球目。

 

『三遊間への当たり!ボテボテのゴロ!ショート正面!』

 

「……!」

 

 右打者の包剛さんのフルスイングは、ストライクゾーンの外からインコースの内角に入ってきたカーブに詰まった。

 打球はショート正面へのボテボテのゴロ。

 しかし。

 

『あーーー!!エラー!ショートのエラー!』

 

「あっ……!ごめ……っ!」

 

『……っ!?』

 

 原田先輩は簡単なゴロを低くグラブを構えて迎えようとして、グラブで弾いてしまった。

 ボールは前に転がり、慌てて拾って投げようとするが。

 

「……っ!……っ!」

 

 2回スローイングしようとして両方ともキャンセルした。

 もう間に合わないと判断したからだ。

 ランナーは一塁を駆け抜けセーフ。

 最悪だ。

 

「……ごめん」

「ドンマイドンマイ!」

「仕方ないです」

「うん。大丈夫。1つずつ取っていこう」

 

 マウンドに内野陣が集まって霧島先輩、廣目、吉田さんが慰める。

 原田先輩は皆のフォローを受けて、息を詰まらせたあと、決意を入れ直して頷いた。

 

「うん!ありがとう、皆―――」

 

『下手くそーーーー!!!』

 

「……っ!!」

 

 原田先輩が気を取り直そうとしたその時。

 獅ノ宮応援側の応援席から暴言が飛んできた。

 原田先輩だけじゃなくて、マウンドに集まっていた内野陣全員が目を見開く。

 そして、そのヤジはそれだけで終わらなかった。

 

『クソショート……!』

『下手くそーーー!!』

『簡単なゴロでしょ!?なんで捕れないのよ!』

『ふざけんな!!』

『今日どんだけミスしてると思ってんだーー!!』

『もうショート代えろよ!』

 

「……っ」

 

 凄いヤジだ。

 今日は序盤からこういうことがあったけど、ここまでで1番酷い。

 どんどん激化してる。

 徹底的なショートへの口撃。

 

 "ショート"。

 

 恐らくこれが、原田(はらだ) (りん)の特殊能力。

【UZRを体感させる能力】の効果。

 

 ―――そして、1番恐れていた事態が起きる。

 

『向こうのショート見習え~~!!』

 

「―――――――――っ!」

 

 原田先輩の目が大きく開かれる。

 彼女は思わずといった感じでそれまで無視していた観客席を見た。

 鮮明に映るヤジを送る人々。

 さっきの一声が偶然響き通った。

 多くの人がそれを聞いて、同調し始める。

 

『そうだそうだー!向こうのショート見習え~!』

『確かに!教えてもらえば??』

『同じ原田なのにこの差……マジないわ』

『ホントに従姉妹か~!?』

『あーあ、ウチの原田(ショート)も原田 (りん)がよかったわ』

 

「……っ!!」

 

 原田先輩の顔がみるみるぐちゃぐちゃになる。

 彼女は急に足腰が震えだし、動悸が激しくなり、そして―――視線を感じる。

 

「……!」

 

「……」

 

 王皇のベンチで、原田林が見ている。

 その"眼"で捉えられて、さらに鼓動が早くなる。

 そして、想起する。

 

涼香(すずか)。私以外のショートストップは……要らない』

 

「~~~~~~~~っ!!」

 

 原田先輩の中で、何かが壊れた。

 

 

「あぁぁ……あぁ……ああああぁぁぁぁーーーーーっ!!」

『……!?』

 

 突如、頭を抱えて後退りし、発狂する原田先輩に獅ノ宮ナインだけじゃなく、ベンチも驚愕して彼女に注目する。

 原田先輩はかち割れそうなのか、というほどに頭を強く抑えて目の焦点は合っていなかった。

 彼女は、記憶がどんどん掘り返されていく。

 

「……っ!ぁぁぁ……あぁぁ……!……めて、……めてっ!!」

「す、涼香……?」

 

 様子がおかしくなった原田先輩に、フィールド上で1番彼女と仲がいい霧島先輩が心配そうに困惑していながら手を伸ばす。

 でも、原田先輩には聞こえていない。

 彼女の頭の中は今、トラウマの想起でいっぱいだ。

 

「あ、あぁ……!ああぁぁ……!」

 

 思い返す。

 小学生の頃。

 当時、たった10歳の少女は酷い精神的な苦痛を受けた。

 誰もが彼女を非難し、誰もが彼女を認めない。

 少女野球の監督は原田先輩を個人的な感情で強く当たったり、不遇な扱いを強いた。

 彼女に酷い扱いをした人々は、決まって同じことを言う。

 

 ―――『(りん)と比べて、お前は下手だ』

 

 ―――『(りん)の足を引っ張るな』

 

 ―――『お前は、要らない』

 

 ―――『お前は、()()()

 

 

「やめて……っ!!」

 

『……!?』

 

 原田先輩が大声で喉が切れそうなほど叫び、皆がビクッとする。

 彼女は強く頭を抑えて過呼吸になった。

 

「やめて……やめて……。やめて……っ。はぁ……!はぁ……!」

「お、おい……涼香!涼香!?」

「……っ!」

 

 肩で息をして狼狽する原田先輩に、肩を揺らして呼びかけた霧島先輩。

 原田先輩はハッとして我に返り、ようやく目の前の霧島先輩を見た。

 彼女と目が合ったのを確認して霧島先輩は心配そうに声をかける。

 

「大丈夫かよ、どうしたんだよ……涼香……」

「……っ。さ、紗永(さえ)……」

 

 ようやく平静に戻った原田先輩。

 霧島先輩を前に、徐々に呼吸も落ち着いてきた。

 そこに廣目が近づく。

 

「……原田先輩。もしや……」

「……っ!」

 

 廣目に指摘されそうになって、原田先輩が目を見開く。

 

「ご、ごめん……。もう大丈夫。大丈夫だから……」

「えっ!?で、でも……!」

「大丈夫!大丈夫だから……!」

『……っ』

 

 吉田さんも心配そうに原田先輩の肩をつかむが、原田先輩は払い除けて「大丈夫」と言い続けた。

 彼女はその後も「大丈夫。大丈夫」と自分に言い聞かせるように、けれど顔は凄く切迫した様子でショートポジションに戻っていく。

 どう考えてもヤバそうな雰囲気の彼女を放っておく訳にはいかない。

 そう思って廣目が彼女の後を追いかけようとするが、そのタイミングで審判が近づいてきた。

 時間が来てしまった。

 もう守備について試合を再開するしかない。

 廣目は原田先輩の背中を見つめて「……っ」と後ろ髪引かれる思いで自分も戻る。

 内野陣も全員散った。

 そんな中、獅ノ宮の内野の異変を目の当たりにして。

 王皇のベンチで1人、原田林は冷めた目つきで敵のショートストップを横目で捉えて、呟く。

 

「まずは1人。規格外の才能は……死んだ」

 

 その呟きを、聞いていた者は誰もいない。

 

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