貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第126話:人が壊れていく瞬間

 

『9番 ピッチャー 横井(よこい) サン に 代わり まして ――― PH(ピンチヒッター) マイテ サン』

 

 王皇は代打を送る。

 ピッチャーの横井さんを下げて、出てきたのは外国人留学生。

 南米の出身だ。

 

 "エルセキユ・マイテ"さん。

 

 3年生。

 正式名はもっと長いらしいけど登録名は省略されてる。

 彼女は内野手。

 代打要員として出てきたが、王皇スタメンの強打者9人と引けを取らないくらいの強打者だ。

 

「エル~~!かましたれぇーーーっ!!」

「がんばれ~エル~」

 

 王皇ベンチから身を乗り出して檄を飛ばす進川(しんかわ)さん。

 塁上から気の抜けた激励を送る包剛(ほうごう)さん。

 特に包剛さんとマイテさんは仲が良いらしい。

 マイテさんはチーム内でエルの愛称で呼ばれている。

 そんなマイテさんが打席に入る。

 

「任サレテ!ミンナ!」

 

 カタコトの日本語でエールに応えるマイテさん。

 バットを掲げて返礼し、バッティングフォームに移行した。

 彼女を見て、俺が最初に抱いた感想は。

 

「で、でけぇ……」

「そうね。彼女は190cm近くあると言われてるわ」

「190!?」

 

 思わず成城先輩を見た。

 でも、確かに言われてみればそれくらいありそうだ。

 ただ筋肉のつきもよくてガタイがいいから"背が高い"より、"デカイ"の印象の方が受ける。

 俺は固唾を飲んだ。

 

「い、一体どんなバッティングをするんだ」

「……凄まじいわよ」

 

 成城先輩は俺を横目で一瞥してそれだけ言う。

 淡々と冷静に口にした彼女だが、表情は神妙な面持ちだった。

 そうか、投手として対峙したことがあるのか。

 確かマイテさんとの対戦記録は去年の地区大会に残っている。

 スタメン野手8人が浅呉(あさくれ)さんを除いて故障離脱した去年の地区大会では、代わりに(しゃく)さんとマイテさんがスタメン出場していた。

 成城先輩はきっとその時のことを思い出してるんだ。

 

 "エルセキユ・マイテ VS 吉田(よしだ) 輝子(しょうこ)"

 

「いくぞ!!」

 

「……っ!コイ……!」

 

 気迫のこもった視線を交錯し合う吉田さんとマイテさん。

 吉田さんが投じるのはもちろんカーブ。

 マイテさんのアプローチはもちろんフルスイング。

 低めのアウトコースに逃げるカーブに、空を切る音が聞こえるほどのフルスイングがぶつかった。

 

『ストライク……!』

 

「ぬぅ……!」

 

 結果は空振り。

 だけど。

 

「すげぇスイングだ……!進川(しんかわ)さんみたい!」

「そうね。フルスイングの豪快さならそれこそ進川さんに次ぐと思うわ」

 

 俺の驚きに成城先輩が同意した。

 なるほど、成城先輩が凄まじいと評価したのも頷ける。

 確かに進川さんを追随する豪胆なスインガーだ。

 故に。

 

『マイテ打った!打球は三遊間へ!!』

 

「……っ!」

 

 吉田さんが打球の行方を追って慌てて振り返る。

 でも、大丈夫。

 三遊間へ飛んだ打球はちょっと強いけど、ショートゴロだ!

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

 打球は、原田先輩の隣を通過した。

 

 原田先輩は"()()()()()()"。

 

「は!?」

「……っ!」

 

 ベンチで二度見する俺。

 リアクションはデカくないが、静かに目を見開く成城先輩。

 

「えっ!?」

「はぁ……!?」

「……っ!?」

「ちょ、嘘でしょ……!?」

「……えっ」

 

 吉田さんが目を疑い。

 霧島先輩が愕然とし。

 廣目が思わずマスクを捨てて立ち上がり。

 ソユン先輩が信じられないようものを見る目で、ボールの行方と原田先輩を交互に見て。

 自分の前に転がってきた球に長門先輩は困惑しつつも反射的に捕りに向かう。

 

『あーーーーーー!!なんとショートの原田がフリーズ!!三遊間への簡単なゴロがレフト前へ……っ!!どうしたんだ、原田(はらだ) 涼香(すずか)……!微動だにしないぞーーー!!』

 

「……っっっ!!あっ……!」

 

 原田先輩がようやく動いた。

 でも、振り返ることは出来ない。

 中腰で打球警戒体勢のまま、動いたのは表情筋だけ。

 顔だけがしまった……!とでも言うように狼狽していた。

 

「お、おい!涼香(すずか)……!?どうした……!」

「……っ!紗永(さえ)!三塁カバー……!」

「あっ……!」

 

 もうめちゃくちゃ。

 動揺した霧島先輩が原田先輩に駆け寄って顔を覗き込み、呼びかけた。

 いや、呼びかけて、彼女に構ってしまった。

 インプレー中に、だ。

 原田先輩が心配で、親友の彼女にとって野球より重大な事態なのも理解できるが、一塁走者の包剛(ほうごう)さんが進塁している今すべきことではない。

 無論、この隙を逃す王皇(おうきみ)ではない。

 霧島先輩の動きを見て、包剛(ほうごう)さんは二塁ベースを蹴り、三塁へ向かい。

 長門先輩の指示されてようやく状況と失態に気づいた霧島先輩が慌てて三塁へ向かう。

 でも、もう間に合わない。

 守備苦手な長門先輩でもできる判断が三遊間どちらもできていない。

 これは……"崩壊"だ!!

 

未来(みく)!そっちはもう無理よ、こっちに寄越しなさい……!」

「……っ!」

 

 ソユン先輩に呼びかけられて長門先輩の意識は二塁ベースに移る。

 包剛(ほうごう)さんの三塁への進塁阻止はもう捨てた。

 ソユン先輩は二塁カバーに入ってる。

 彼女がその動きをしただけあって、バッターのマイテさんは、長門先輩が最初に三塁にアプローチしようとしていたのを見て、一塁ベースを蹴った。

 が、ソユン先輩のおかげで長門先輩は即座に切り替えられた。

 おかげでそれを見たマイテさんは急いでブレーキをかけて一塁へ戻る。

 ソユン先輩の好判断だ……!

 全員に余分に進塁されるのは防いだ!

 

「……っ。でも……!」

「わ、悪ぃ……!」

 

 バッターに二塁まで行かれるのは防いだが、長門先輩は顔を顰めて三塁上の包剛(ほうごう)さんを見た。

 その時になってようやく三塁カバーに入った霧島先輩が手遅れを理解してめちゃくちゃ申し訳なさそうな顔をする。

 不甲斐ないと自責しているのか、みんなの顔を見れず俯く。

 彼女も彼女だが、誰も責める者はいない。

 それは彼女が悪くないからじゃない。

 皆が彼女を悪くないと思ってるからじゃない。

 ―――もっと問題のある人がいるからだ。

 

涼香(すずか)!ちょっとあんた―――っ!」

 

 インプレーが解けたのを確認してから原田先輩に説教しようと、彼女に近づいた二塁手のソユン先輩。

 しかし、そんな彼女が近くで原田先輩の様子を見るやいなやギョッとして注意するのをやめてしまった。

 ソユン先輩が中断したのを見て、不思議に思った他の皆も原田先輩に目を向けて同じ反応をする。

 

 ―――原田先輩は、顔が青かった。

 

「……っ。……っ!」

 

 原田先輩もわかってる。

 自分が今とんでもない失態をしたことも、自分が今どうなっているのかも。

 でも、唇が真っ青で顔色が白くて、口を開こうにも声が出ない。

 足腰も震えて思うように動けない。

 彼女はまるで金縛りの感覚に襲われていた。

 動きたくても身体が言うことを聞かない。

 足先から指先、頭の先まで硬直してしまっている。

 打球警戒体勢のまま静止している。

 それが、今の原田先輩の状態。

 そして、そんな事態に至った原因は……1つしかない。

 

『……っ!』

 

 獅ノ宮の誰もが、即座に察して、ネクストバッターズサークルに目を向けた。

 9番に代打で入ったマイテさんが出塁し、次の打者である1番盛秋(もりあき)さんは既に打席に入っている。

 つまり、今ネクストバッターなのは……

 

 "原田(はらだ) (りん)"。

 

「……今更気付いたか。でも、もう遅いよ」

 

『~~~~~~っ!』

 

 原田林の一言に、獅ノ宮野球部に戦慄が走る。

 獅ノ宮の全員が思った。

 

 やられた、と。

 

 確かに観客の反応は明らかで、ここまでのイニングお互いのショートストップが比較され続けてきた。

 さっきの原田先輩の錯乱も気になってはいた。

 しかし、あれが"トドメ"だったとは。

 誰も知らなかった。

 当然だ。

 原田林の【UZRを体感させる能力】で相手が絶望させられる様を、そこに至るまでの経緯を誰も知らない。

 知ってるのは、幼少期に標的にされた原田先輩だけ。

 やり方は彼女から説明を受けていても、具体的に能力を使われた対象が試合中どうなるかは誰も説明を受けていない。

 誰もが思った、でももう遅い。

 もっと詳しく聞いておくべきだった、今更だ。

 トラウマだから。

 彼女のデリケートな部分だから。

 そうやって原田先輩に気を遣ったことが今、仇となって返ってきた。

 原田林は内心嘲笑っているだろう。

 

 お前達の、準備不足だと。

 お前達の認識は甘い、と。

 

 

「……っ。……ぁ………!……っ……っ!」

 

『―――っ』

 

 獅ノ宮に、激震が走る。

 もう全員がこの問題に対する怠慢を、不甲斐なさを自覚していた。

 俺達はこれから、初めて目の当たりにすることになる。

 

 

 野球プレイヤーが壊れる瞬間を。

 

 

 

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