貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第127話:デバフ・コンディション

 

『1番 センター 盛秋(もりあき) サン』

 

「……っ!」

 

『打球は三遊間!ボテボテの当たり!あーー!これも抜ける!抜ける!!どうしたんだ、原田(はらだ) 涼香(すずか)!?試合序盤と守備範囲がまるで違うぞぉーーー!!』

 

 ヤバい。

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!

 原田先輩が急にポンコツになった……!

 ヤバい!!

 

「ちくしょう!涼香(すずか)……!」

「~~~~~っ!」

 

 吉田さんがカーブで完全に打ち取ったゴロ。

 なのに打球は転々とレフトの長門先輩の前まで飛んでいく。

 原田先輩はさっきと違って捕りに行く姿勢はあったが、まるで範囲が狭い。

 霧島先輩がショートを守ってる時より狭い。

 めちゃくちゃ小さい動きでグラブを伸ばしたが、当然打球には追いつかないし、掠りもしない。

 微動だにしないなんてことはなくなったが、かろうじて動いてる……くらいのレベルまでコンディションを落としている。

 

 これが……!これが、原田林によって能力を下げられた状態。

 間違いなくデバフをかけられている。

 だって、原田先輩は実際凄まじい守備範囲を初回に披露している。

 あれが本来の彼女なのは誰が見ても明らか。

 それが今はこの有様。

 俺は、決勝戦の前に言われた廣目の言葉を思い出す。

 

『原田先輩は、原田林さんとプレーすると著しくコンディションを低下させるんです。具体的に言うと範囲は3.0を下回ります』

 

「廣目が言ってたのは、これか……!」

 

 ベンチで俺は確信した。

 廣目が言及したRngRが3.0まで低下した状態、それが今の原田先輩だ。

 間違いない!

 いや、もしかしたらもっと酷いかもしれない。

 あの動き……3.0もあるようには見えない。

 下手したら、いや余裕でマイナスいってるぞ……っ!

 しかもちょっとやそっとじゃない。

 今このイニングだけ見たらマイナス2桁は絶対に到達する。

 

『判定はショートのエラー!盛秋の打球がレフト前まで転がって、三塁ランナー包剛(ほうごう)が帰ってきた!一塁ランナーのマイテは二塁へ、バッターランナー盛秋は一塁!14-9!王皇追加点で尚もノーアウト一塁二塁のチャンスだぁぁーー!!』

 

 

 王皇百十(おうきみももと) 14 - 9 獅ノ宮(しのみや)

 

 

 マズイマズイマズイ!

 また5点差!!

 縮めても縮めても開かれる!

 しかもまだ1つもアウトが取れてない上に未だにピンチ継続。

 まだまだ失点のリスクがある。

 加えて、ここから相手は2番3番4番5番の強打者ラッシュ!!

 ヤバい!!

 

「……っ。ク、クソ……!」

「吉田先輩落ち着いてください!まずはワンアウトから!着実に取りに行きます!」

「~~~~~っ。わかってる……!」

「……!」

 

 ダメだ、吉田さんもさすがに情緒が乱れてきた。

 ここまで暗い展開もよく乗り越えてきた。

 だが今回は三遊間のヤバさがマジでどうしようもないので、自分の気持ちではどうこうできない問題に、焦りを感じているようだ。

 でも、落ち着かないとこのままじゃ余裕のなさを突かれて芋ずる式で大量に点を持っていかれる。

 間違いなく王皇は敵の隙を見逃さないタイプの強豪だ。

 流れも今なら断ち切れるが、その機会も冷静さを失ったら逃してしまうぞ!

 

『2番 ショート 原田(はらだ) サン』

 

『―――っ!!』

 

 この混沌を生んだ張本人。

 俺達の安定をぶち壊した原田林が、バッターボックスに立つ。

 全員が彼女を見た。

 視線が自分に集まる中、原田林はそれに気づく。

 

「……ふん」

 

 だが、俺達を一瞥して小馬鹿にしたように口角を上げて鼻で笑う。

 完全に響いてない。

 そりゃそうだ。

 こっちは彼女の思惑通りにやられてる。

 実行した本人が多少圧をかけられたからって堪えるワケがない。

 そんな小心者なら最初からこんなやり方取ってない。

 勝つ為に、平気で人を壊す原田林。

 しかもそれが従姉妹でもお構い無しだ。

 この人の心の無さを有する曲者に、俺達は踊らされる。

 

 "原田(はらだ) (りん) VS 吉田(よしだ) 輝子(しょうこ)"

 

 それは、初球だった。

 

「……っ!まずはワンアウト!三遊間を崩して、いい気になるな!そこを狙わせたりなんかしない!三振取っちまえばいいだけの話……っ!そうでしょ!!」

「……さっきの打席の時も言おうと思ってたけど。私、別にそのカーブ打てないこともないんだけど?」

『……!?』

 

 吉田さんと廣目が原田林の発言に二度見する。

 2人がその反応を取ったのと同時に、金属バットの音がカキィン!と響いた。

 吉田さんは慌てて振り返る。

 打球が三遊間へ飛んだからだ。

 

「……っ。(りん)ちゃ―――」

 

『三遊間!抜けたぁーーーーーー!!これはヒット!原田林、レフト前ヒット!これで満塁!王皇(おうきみ)、勢いが止まらなーーい!!』

 

 原田林は前だけ見て走った。

 原田先輩に視線を向けたりしない。

 序盤は原田先輩が超反応で動く度によそ見していたのに。

 もう眼中に無いんだ。

 落ちぶれた原田先輩に興味はない。

 当然だ。

 彼女自身が倒したのだから。

 自分が戦闘不能にした相手と臨戦態勢をとる者などいない。

 原田先輩は幼少期に慕っていたお姉ちゃんの名前を口にしながら、その当の本人が放った打球を追いかけはするものの、見送った。

 完全に相手にされていないことは、目の前を横切った打球が、告げていた。

 原田先輩は言葉を失い、息を詰まらせて驚くほど暗い顔で下を向く。

 

「……っ」

「……」

 

 対極の精神性になった2人。

 もう戦意を失った原田先輩と、一塁場で集中力を切らさない冷静な原田林。

 この試合の前、原田先輩が立ち直る為に掲げたショートストップ対決は、完璧な敗北で幕を閉じた。

 まだ試合は終わってない。

 でも、既に完敗している。

 これは決定事項。

 火を見るより明らか、誰が見ても一目瞭然だ。

 

「……涼香(すずか)

成城(なりしろ)先輩……」

 

 見てられない惨状が目の前にある。

 原田先輩の立っているのがやっとな顔色の悪さを目にして、成城先輩は心配そうに目元に手を当て目を伏せる。

 眉間も抑えていて、おそらく自分の判断を責めてるんだ。

 原田先輩の勇気を後押ししてしまったことを。

 彼女がショートでこの試合に出て、原田林に打ち勝つとそう決意したのを止めなかった。

 そのことを後悔している。

 でも、こんなの結果論だ。

 あそこで背中を押したのが間違いだなんて、俺には今でも思えない。

 だって、彼女の勇気を蔑ろにするのが正しかったなんて、認めなたくないじゃないか……!

 

『3番浅呉(あさくれ)!ショートゴロ!だが、これはサードの霧島(きりしま)が捕る……!』

 

「馬鹿の一つ覚えみてぇに狙いやがって……!舐めんじゃねえ!!」

 

紗永(さえ)……!』

 

 吉田さんのカーブを当てにいっただけの浅呉(あさくれ)さん。

 霧島先輩の言う通り、完全に三遊間に対する集中砲火。

 しかも頃でもいいという舐め腐りぶり。

 だが、その霧島先輩がショートゴロを原田先輩(ショート)に到達する前に、横から掻っ攫った!

 皆が彼女の名を叫ぶ。

 ナイスすぎる、霧島先輩……!

 原田先輩には悪いけど、今の状態の彼女では正面に来た簡単なゴロでさえも捕球できるか怪しい。

 エラーされるのは目に見えてる。

 だったら奪いに行くと判断した霧島先輩は好判断だ。

 原田先輩は目を見開いて少し傷ついてそうな顔をしてるが……仕方ない。

 

「ソユン!」

「了解!」

 

 5!

 

 霧島先輩が二塁カバーに入ったソユン先輩の名を呼び、ソユン先輩は二塁ベースに足をかけて応える。

 霧島先輩からソユン先輩へ、最大限強く鋭く、それでいて強すぎの完璧な送球が渡される。

 ミットにボールは収まり、一塁ランナーはコースアウト。

 

 4!

 

「クレア……!」

「心得た」

 

 クレアが一塁ベースに足をかけ、身体は二塁へ伸ばす。

 二塁ベースを蹴って、ランナーを避けながら身体を捻り、送球するソユン先輩。

 

 3!

 

「……っ!」

『アウト!アウトー!』

 

「よっしゃ!」

 

 クレアがソユン先輩の完璧なワンバウンド送球を捕球して、バッターランナーもアウト!

 ダブルプレー!!

 

「やった!」

 

 俺もベンチで喜ぶ。

 霧島先輩-ソユン先輩-クレアの完璧なプレーだ!

 しかし。

 

『ホームイン!』

 

「……っ」

 

 

 王皇(おうきみ)百十(ももと) 15 - 9 獅ノ宮(しのみや)

 

 

 ホームベースの隣で立ち尽くす廣目が顔を顰める。

 三塁ランナーのマイテさんは当然ダブルプレーの間に帰ってきた。

 だが、二塁を優先した霧島先輩の判断は間違ってないし、廣目も不満はないだろう。

 廣目の捕球能力と壁能力ならホームをアウトにすることはできたが、彼女の肩では一塁は刺せなかった。

 つまり、失点よりもアウトを2つ取る事を優先した。

 5点差が6点差になることより、この回を終わらせる為に、それに1歩でも近づけようとしたんだ。

 この判断は間違ってはないけど、正解かは結果的にどうなるかが発覚するまでわからない。

 正解にする為に……彼女達はマウンドに集まって作戦会議する。

 

「悪ぃ。勝手に判断した」

「いえ。仕方ないです。それに私は正しかったと思います。……ここで1点を防いでも、三遊間の穴を考えるとまだまだ失点を重ねる可能性はあったので」

「……っ!」

 

 廣目の言葉に輪の1番外側でポツンと1人だけ距離をとっていた原田先輩が俯きながら息を詰まらせて目を見開く。

 皆が彼女を見るが、顔を上げず、目を合わせない彼女に今は声をかけないことにした。

 というかこの時間は有限だからこれからどうするかの話し合いを優先したんだ。

 

「さて、どうしましょうか。残りワンアウトですが……」

「ふん。どうせまた三遊間狙ってくるんでしょ。だったら、こっちもさっきと同じことすればいいだけよ」

「おいおい。相手は王皇だぜ?今のこっちの対応見てまたやるか?」

「どっちとも言えませんね……」

 

 ソユン先輩と霧島先輩の意見に廣目も答えを見つけじまいで渋い顔をする。

 確かに難しい話だ。

 

「どちらにせよ、三遊間の警戒体勢を取ればいい。紗永(さえ)とソユンをショート寄りに守らせて―――」

「ダメよ。それじゃ一二塁間と三塁付近がガラ空きになるじゃない。特に紗永(さえ)は守備範囲狭いんだから、ショート寄りに守ってたら三塁線の方まで対応できないわよ」

「むっ。そうか」

「一二塁間の問題も無視できません。クレア先輩とソユン先輩の守備範囲の兼ね合いを見ても、今のポジションなら一二塁間は充分守れていますが、それを少しでもズラすと一気にマイナスになります。端的に言うと打球が抜けます」

「じゃあ内野代えるか?あー……いや、ソヨンはもう使えねえのか。あと内野出来んのは優希(ゆうき)か?」

「そりゃ優希が本気で守るなら解決するわよ。でも、本気でやらないから困るんでしょーが」

「まあ……そりゃそうだよな。わり、言ってみただけだ。あー、クソ。冬華(ふゆか)がいりゃあなぁ」

 

 かなり話し合ったが、4人とも結論は出ず、んー……ん~~!と頭を悩ませ続けるしかなかった。

 そこに息を整えて話に加わってなかった吉田さんが参加する。

 

「……要するに打つ手はないってことだよね?」

「まあ……はい。そうです、とは言いたくないですが……そうですね」

「そっか。わかった」

 

 廣目の返答を聞いて吉田さんは納得の意味で何度か頷いた。

 ただちょっと無理やり感はある。

 

「よし。答えがないのに話してても仕方ない。守備位置はそのままで。とにかく()が抑える。これで行こう」

『……っ!』

 

 吉田さんが強引にまとめた内容に一同が同意しかねたが、否定材料もないため誰も何も言えなかった。

 結局、全員が意見を詰まらせたところで審判が近づいてくる。

 廣目は吉田さんの発言に少し引っかかりを覚えているようだが、時間がないので最後にシメを担当する。

 

「では、無策ですが……とにかく抑えましょう。気合いで」

「ははっ……気合いかよ」

「無能で嫌になるわ、ほんと。自分も含めてね」

「仕方あるまい。とはいえ気持ちならば、得意分野だ。任せろ」

「はい。お願いします。じゃあ、解散で」

 

 廣目の合図で全員が頷いて、守備位置に散る。

 結局無策のままプレイ再開を迎えた。

 次の打者は……4番だ。

 

『4番 ファースト 穂石(ほぜき) サン』

 

「よっしゃ!いっくよ~!」

 

 打席でやる気満々な穂石(ほぜき)さん。

 対する吉田さんは。

 

「死んでも抑えるっ!!」

 

 気合い十分の投球。

 ギアを上げて最大でカーブを投じる。

 しかし。

 

「……っ!?」

 

『すっぽ抜けたーーーっ!!』

 

「……っ、マズイ……!」

 

 吉田さんのカーブが、力みすぎたのか実況の言う通りすっぽ抜けた。

 緩い変化球がストライクゾーンド真ん中に吸い込まれていく。

 ここで思い出してみよう。

 穂石(ほぜき)さんの得意球は……?

 

『緩い変化球を得意としています』

 

「……終わった」

 

 穂石さんの初打席前に言っていた廣目の言葉を思い出して、俺はベンチで絶望した。

 ド真ん中にカーブの失投。

 まさに絶好球。

 穂石さんはペロリと舌なめずりして、獲物が自身のバットの餌食になるのを今か今かと心待ちに、足を上げてスイングを溜め込んだ。

 

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