貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
どうりで打つわけだ。
そりゃ途切れない打線なわけだ。
だって、こいつら……こいつらは……。
―――女版の、"山賊"だ……!!
『
「……っ!」
中宮先輩が、自身の頭を超える打球を見上げながら追って、顔を顰める。
確実に追いつけない。
間違いなく打球はセンターフェンス前に落ちて、それは長打となり、ランナーは最低2人は帰ってくる。
―――中宮先輩の視界に端から急にフレームインして駆け抜け、彼女に目を見開かせる、
「あはっ!これ以上はダメだよ~~~ん!」
「……っ。
中宮先輩が内心半ばで諦めていたセンターオーバーの打球を、横から割り込んできた美山先輩が、中宮先輩の目の前で落下地点に滑り込んで捕球する。
これは……!
『アウト!アウト……!スリーアウト!チェンジ!』
誰がどう見てもセンターオーバーに落ちるはずだった打球が捕球された。
確信的な展開として予想されていたから、獅ノ宮はともかく王皇は打球の行方を確認するのはやめて走塁に集中していた。
だから、彼女達は美山先輩が捕球したことに気付かず、走り続けている。
そんな王皇野球部を見て、審判は全員に認知して貰えるようにしつこいとわかっていながらも、何度も重ねてコールした。
その声を聞いてやっと、王皇はバッターも含めて全員のランナーが耳を疑って外野を見る。
「なっ……」
「は!?」
「……!?」
驚愕する王皇ランナー達。
視線が集まると、美山先輩は外野に座り込んだまま、ペロっと舌を出してグラブの中のボールを見せ、グラブを揺らしてアピールした。
確かに捕っている。
ホームベースを踏んで身体ごと振り返ったランナーも意気揚々だったのに、愕然として困惑しながら周りを見渡し、立ち尽くしてしまった。
他のランナーも速度を弛めて、やがて止まり、目を見開いて信じられないものを見るような目で美山先輩を捉えている。
外野では、目は笑わず、口角だけ上げる美山先輩に中宮先輩が追いついて……驚いた様子で彼女を見下ろす。
「優希、あんた……!」
「いぇーい!ファインプレーだよ、
「……っ」
もっと早く美山先輩がやる気を出しておけば失点なんてひとつもなかったのに。
恩着せがましい上に、自分で立ち上がれるくせに両手を広げてあざとく首を傾げ、中宮先輩の労力を借りようとしている美山先輩。
完全にお姫様気分だ。
中宮先輩は、腰に利き手の右手をついて嘆息をつき、思うところがありそうにそっぽを向きながら手を差し出してくれた。
美山先輩はその手を掴み立ち上がり、「ありがとっ。秋奈ちゃん、大好きっ!」とわざとらしくよろけた反動で抱きつく。
中宮先輩はウザそうに「離れて」とだけ言って引き剥がした。
もうなんか色々思うけど、ツッこむのがめんどくさいって感じだ……中宮先輩。
でも、美山先輩が最初から本気を出してればとかツッコミどころはあれど、結果的にとりあえず恐怖の打線と流れを切る事ができた!
吉田さんが打線を切れないと慄いていて戦意喪失していたくらいだったから、それを終わらせることが出来たのはでかい。
ただ……この回、7失点。
点差は9点。
かなりマズイ。
特にマズイのは……。
「ヤバいわね。この攻撃と次で最低でも3点取らないとコールド負けよ」
『……!』
ナインが守備からベンチに戻ってきて開口一番。
ドカッと深く座り込んだソユン先輩が皆が分かっていても、口にしなかったことを言葉にした。
誰かが言わなきゃいけないことではあったし、ソユン先輩は全部理解した上で嫌な役回りを自分で担ったんだろう。
特に彼女はこの回の先頭打者だし、指示が欲しかったのもある。
証拠に全員を見渡して、さぁどうする?という視線を送っている。
次は6回裏。
7回終了時点で7点差が開いたままだと、
それは絶対に避けなければいけない。
しかし、打開策はあるのか。
それが問題だ。
ソユン先輩と俺は成城先輩を見る。
「……そうね」
成城先輩は指揮官としての役割を求められていると視線から受け取り、目を細めて考える姿勢を見せる。
もちろん俺達が指摘する前から、彼女のことだから頭の中を回転させていたことだろう。
とはいえ状況は簡単じゃない。
時間をかけて頭を悩ませたからといって、準備したなら何かあるだろと促すほど俺もソユン先輩も成城先輩の立場に立ててないわけじゃない。
それは俺たちだけじゃない。
誰も今の状況を楽観視なんてしてないだろう。
『
「……」
成城先輩が考え込み、ソユン先輩がそれを待ちながら打席の準備をする中。
場内アナウンスがコールする。
相手は少し過労気味の中継ぎエースをほぼ1イニングで降ろした。
まあ予定通りだろう。
回跨ぎのロングリリーフにする理由も特別ないだろうし、ブルペンも先発投手ならまだ余ってる。
中継ぎ投手を使ったのは火消しに先発投手を使いたくなかったからだ。
横井さんが1イニングと1/3を投げたのは結果論。
ルーキーの野田さんが打たれなけりゃ前の回から先発投手をロングリリーフとして投げさせてたと思う。
と、まあ向こうの采配はどうでもいい。
このピッチャー交代の準備の間に、せっかく貰った時間を有効活用しないとな。
成城先輩もわかってるから、グランドの様子を一瞥してから皆の前に立つ。
「とりあえず、まずは3点を取りに行くしかないわ。取れなければ負け。私達の夏はここで終わりよ」
『……!』
言い切る成城先輩に一同が目を見開く。
彼女は全員を見渡した後、ソユン先輩と美山先輩に目を向ける。
「ソユン、できれば出塁して欲しいわ」
「はいはい。そりゃそうでしょ。最初からそのつもり。任せなさい」
「そう。助かるわ。それと
『……!』
成城先輩に告げられた美山先輩に、注目が集まる。
ホームランを打て。
そう命令された。
通常なら意図して打てるものではない。
まだ対戦投手も決まってないから尚更。
だから、こんな指示が飛ぶこと自体おかしい。
でも誰も違和感なんて抱かない。
どんな投手が相手でも関係なく、打ちたい時に意図的にホームランを放てる。
そんなありえない事を実際にやる者がこのチームにはいると、誰もが知ってるからだ。
それが……美山先輩。
「あはっ。いいよ?でも、牽制されなかったらの話だよね」
「そうね。多分されるわね。優希でまずは2点を確実に、と言いたいところだったけれど……だから、牽制されなかったら打ちなさい。もしされたらそれでもツーアウト一塁二塁の状況を作りなさい。そして、
「ちょ、ちょっと待ってください!大丈夫ですか……?成城先輩」
俺は思わずツッコミをいれた。
だって知的な彼女らしくない作戦だ。
てか作戦なのか?
ゴリ押しの脳筋指示にしか聞こえない。
とにかく全員打ってホームランで大量得点を手に入れろ、とまるで試合前の江山さんみたいな指示だ。
そりゃ男子級達の戦い方的には才能ゴリ押しは正解だろうけど……この状況を覆す起死回生の作戦を、成城先輩の天才的な頭脳に委ねられてるのに、まるでその意味がない。
とにかく打て、なら俺でも言える。
一体どうしてしまったと言うのだ、成城先輩。
「な、なんで急にそんな適当なことを……」
「それが結論よ。それくらいもう切羽詰まってるのよ。こんな酷い展開を覆す発想なんて世界中探してもないわ。理屈的に不可能なのよ。だから、物理的に打開するしかない。貴女達の規格外の才能を使って……!」
成城先輩の強い眼差しに獅ノ宮のベンチは複雑な顔をする。
ソユン先輩は呆れたようにため息をついた。
「要するに去年と何も変わってないじゃないの。才能ゴリ押しでヤバくなったら優希に泣きついて……まるで成長がないわね」
「そんなことないよ」
「……っ!」
まさかの否定したのはソユン先輩の隣にいた長門先輩。
普段引っ込み思案な彼女に言われると思ってなかったのか、ソユン先輩も驚いた様子で隣を見る。
その視線を一瞥して、長門先輩は目線を落としながら落ち着いて喋り出す。
「……確かに優希にまだ好き勝手許すチームかもしれない。でも、まだ冬華は復活してないから9人揃ってない。冬華の【ベストナイン】計画も実行できてないから結論を出すには早いと思う。それに、私は速球以外も打てるようになったし、クレアや秋奈、アリアと惟も去年はいなかった。去年と一緒なんてことは絶対にないよ。絶対にない……私が今から打席で証明する」
「……っ」
「
長門先輩の珍しく強気な発言に皆が息を呑む。
今も声のトーンは低いけど、それでも熱い。
そんな彼女を俺達は見たことがない。
古参勢も含めてだ。
だから、普段ネガティブな彼女が強い芯を持って前向きな気持ちを表明すると、皆も下を向いてばかりじゃいられない。
ソユン先輩も暫く目を丸くした後、「……そうね。ごめんなさい」と珍しく素直に謝罪を口にして、自身の頬を叩いて気合いを入れ直した。
皆の前で代表している成城先輩は目を細める。
「未来の言う通りよ。去年と同じならここで優希や未来に頼っても、結局は負ける。でも、今年は違うわ。そもそも天才を集めたのは優希を正真正銘の味方にする為よ。だから、優希に頼らないことを目指してるわけじゃない。寧ろその逆。優希も含めて……皆で、皆で勝ちに行きましょう」
『……!』
皆で、を強調する成城先輩。
獅ノ宮野球部は一丸となり、覚悟を決めた顔つきになる。
ただ1人ベンチの端で沈んでいる原田先輩を除いて。
皆、忘れている。
彼女は存在感を消して、息を殺して……というより死んでいるせいで結果的に息を殺していた。
そんな彼女に誰も気付かず、この回の反撃に集中する。
ソユン先輩が立ち上がり、成城先輩の隣に立った。
そして、2人は頷き合う。
「さぁ、まだ終わらせないわよ。
『オー!』
成城先輩の号令に全員が拳を突き上げる。
ソユン先輩は打席に向かい、まだまだ彼女達は諦めていなかった。