貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第130話:ショートは嫌だ

 

王皇(おうきみ)ピッチャー 張菊(はりぎく) サン』

 

 6回裏。

 王皇のマウンドに上がったのは3年生の先発投手2番手。

 第2エース。

 

 "張菊(はりぎく) 清星(きょうか)"さん。

 

 最速131km/hを誇る左腕で、変化球もフォーク・チェンジアップ・カーブと多彩。

 まさにエース級ピッチャーで将来プロ入りも噂されてる逸材だが、この地区大会では初戦に8回まで投げてるから疲労も多分抜けきってはいない。

 2週間以上は空いた訳だけど、高校生だし若さで乗り越えられても調整の仕方は未熟だから、そこに付け入る隙はあるはず。

 投げる球の良さならエースの多田徐(おもむろ)さんより上だが、まだまだポテンシャルと伸び代があって、それは逆に言えば発展途上の今自分の体を上手くは扱いきれない部分もある。

 なので、まだ素材型の彼女を今のうちに打ち崩しておきたい……!

 

『3番 セカンド ユ サン』

 

「……っ」

 

 ソユン先輩がバッターボックスに入り、バットを構える。

 審判が手を挙げた。

 

『プレイ!』

 

「さぁ、いくわよ……!」

 

「……っ!」

 

 注目の初球!

 

 "張菊(はりぎく) 清星(きょうか) VS ユ・ソユン"

 

『ストライク!』

 

「ぐっ……!」

 

 4球でソユン先輩は追い込まれた。

 カウントはツーツー。

 ストレートとチェンジアップでツーストライクを取られてから、ボール球のストレートを見極めて、外角低めにきたストレートをカットして整えたカウントだ。

 おそらく次は、落とすか曲げてくる。

 

「ほらね!甘いのよ!」

 

『ソユン打った!セカンドの頭上を超える、センター前ヒット!』

 

 よっしゃ!

 ソユン先輩が外角に曲がるカーブを拾ってヒットにした。

 これでまずは彼女がミッション達成。

 出塁した!

 

『4番 ライト 美山(みやま) サン』

 

 次は美山先輩。

 しかし。

 

『あ、申告敬遠です!王皇(おうきみ)が申告敬遠を選びました。大量リードの中ですが、美山(みやま)を警戒です……!』

 

 実況は美山先輩の前の打席を振り返って、大量リードの中での敬遠を、視聴者に説明していた。

 その通りだと思う。

 だってさっきは美山先輩が暴れたところで所詮1点2点、だからどうでもいいって江山さんは言ってた。

 でもここでは大量リードがあっでも敬遠。

 それは紛れもなく前の打席で常識外れの行動を取った故だ。

 ただ、多分この場面で申告敬遠したのは9点差だとしても王皇というチームの特性上、1点2点の失点もバカにできないからだ。

 防御力が低いから彼女達にとっての9点差なんて4点差くらいの感覚。

 だったらここで美山先輩を敬遠するのも無理はない。

 

『5番 センター 中宮(ちゅうぐう) サン』

 

「……っ!」

 

『セカンドへのボテボテの打球!セカンドゴロ!ファーストに送球してアウト!しかし、これは進塁打になりました!』

 

 中宮先輩は外角に来たフォークを引っ掛けてしまった。

 とはいえワンアウト二塁三塁。

 チャンスではある。

 

『6番 レフト 長門(ながと) サン』

 

「……っ」

 

『あー!またも申告敬遠!長門も歩かせます!王皇(おうきみ)!』

 

 打席に入ってすぐ審判のサインを見て長門先輩は顔を顰めた。

 俺も顰めた。

 まあでも……そりゃそうなるよな。

 ここと次の回で点をやらなければ向こうはコールド勝ちだ。

 だったら下手に勝負する必要なんてない。

 向こうの判断は正しい。

 とりあえず……ワンアウト満塁は作れたからこっちもしても悪くはない。

 

『7番 サード 霧島(きりしま) サン』

 

「……っ。あたしか……」

 

 このチャンスに打席に入るのは霧島先輩。

 彼女は嫌な予感がするのか、微妙な表情をしている。

 そして、それは当たる。

 

「……っ。クソ……!」

 

『あー!霧島ショートゴロ!6・4・3ダブルプレー!!なんと獅ノ宮この回無得点!非常にマズイ状況です!次の回で6点差以内に縮めないとコールド負け……!!』

 

 実況が煽る煽る。

 霧島先輩は打った瞬間、ガクッと首から上が項垂れて、それでも全力で走ったがもちろん余裕でアウト。

 ショートの原田林に飛んだのも最悪だ。

 彼女にミスは期待できない。

 しかも一塁ランナーの長門先輩は足が遅いから……完全にダブルプレーコースだった。

 これでスリーアウト、チェンジ。

 6回裏は最悪の結果で終わった。

 

「……っ。悪ぃ……」

「仕方ないわ。切り替えていきましょう」

 

 ベンチに戻ってきた霧島先輩を成城先輩が迎え入れて励ます。

 続いて7回表。

 獅ノ宮の守備の時間だ。

 皆グローブと帽子を装着して、グランドを出る。

 

 ……1人を除いて。

 

「ん!?あれ……!?おい、涼香(すずか)は……?」

「えっ。知らないけど……確かにまだ来てない……?」

「はぁ?何やってんのよ、あの……()……っ」

 

 サード・ピッチャー・セカンドの3人がポッカリ空いたショートポジションに気づいて集まってベンチに目を向けた。

 ソユン先輩は悪態をついたが、本人の様子を見て戦慄する。

 

「……えっ?」

「……っ!」

 

 俺も成城先輩も、ベンチにいるソヨン先輩と田島さん、それにアリアも思わず彼女を見た。

 ポツンとベンチの端っこに残った原田先輩。

 そんな彼女が膝を抱えて耳を塞ぎ、小刻みに震えて縮こまっている。

 明らかに様子がおかしい。

 グランドに出る気配はまるでない。

 俺は彼女に駆け寄った。

 

「えっ!?ど、どうしたんですか!?原田先輩……!」

「……!津川くん、ダメよ……!」

「えっ?」

「……っ!」

 

 成城先輩の制止が間に合わなくて、俺は原田先輩に声をかけてしまった。

 原田先輩はビクッと肩をならしてさらに縮こまる。

 えっ、ヤバい。

 なんか余計なことしちゃったか!?

 原田先輩がさっきにも増して動かなくなってしまった。

 どうしよう……!

 

「スズカ……お前……」

「……っ」

 

 同じくずっと沈んでいたアリアですら顔を上げて目を丸くする光景。

 原田先輩はアリアと違って悔しいとか悲しいとかの感情で小さくなってるんじゃない。

 

 "恐怖"だ。

 

 アリアの絶望は戦意があったが故に陥った結果だ。

 でも、彼女は違う。

 戦意なんてまるでない。

 寧ろ、戦いに行きたくない。

 そういう顔で酷く怯えている。

 顔色は真っ白で唇は青い。

 身体もここまで試合に出続けたのにありえないくらい冷えて硬直してる。

 これはマズイ。

 無理やりグランドに連れて行ったってきっと逆効果だ。

 

「な、成城先輩……!」

「……っ。タイム!」

 

 俺が振り返って成城先輩に助けを求めると、彼女は審判にタイムを告げた。

 そして、廣目を手巻きする。

 それに頷いて廣目は再びベンチに戻ってきた。

 

「……原田先輩は、もう限界ですか」

「……そうね。完全に原田林にやられたわ。完敗よ」

 

 廣目に答える成城先輩。

 そう返された廣目はさぁ困ったぞ、という様子で悩み始めた。

 そこにソユン先輩と霧島先輩も戻ってくる。

 

「ちょっと。どうするのよ?あの()、あんな様子じゃ内野なんて守らせられないわよ」

「……っ。いや、そうだけどよ……でも……、……っ!」

 

 ソユン先輩の言い分に、反論しようとするも言葉を詰まらせる霧島先輩。

 皆が原田先輩に目を向けた。

 すると、原田先輩はビクッとして……でも、ようやく少し動く。

 おそるおそる弱々しい目をソユン先輩に向けた。

 

「そ、ソユン……私、もうショートは嫌……ショートは、ショートだけは守りたくない……。他ならやるから……っ!だから、代わってよ……!」

「は!?私!?なんで私なのよ。前にも言ったけど、私のショートは"できる"ってだけで見れたもんじゃないわよ!?やるならせめて紗永(さえ)でしょ!」

「えっ。お、おう……まあ……いいけど……」

 

 霧島先輩は承諾しつつも原田先輩に心配そうに目を向ける。

 でも彼女は霧島先輩がそう言うと、少しだけ顔色が戻って動いた。

 どうやらショートポジションに向かいたくないだけで、他のポジションなら多少はやる気があるようだ。

 要するにショートを守ってまた原田林と比較されるのが怖いんだ。

 気持ちは……わかる。

 あんな批判を受け続けるのはそら堪えるだろう。

 それを耐えてやり続けろと他人が勝手に言うのは、本人には酷だ。

 こればっかりは仕方ない。

 

「じゃあ……ショートは紗永(さえ)にしましょう。いけるかしら?」

「……っ!……おう。任せろ。あたしはショートストップ"()()"だ。あのアマ……涼香をこんなにしやがって、あたしが引導渡してやるぜ……!」

 

 霧島先輩はやる気だ。

 グッ……!と拳を作ってギザ歯を食いしばって燃え上がる。

 とりあえずショートは代えることにした。

 そうなると、それで起こる他の問題も対処しなければならない。

 

「……紗永がショートならソユンと組み合わせた時、二遊間の守備範囲が不安ね」

「二遊間どころか一二塁間も危ないわよ。クレア-私-紗永の布陣は危険よ。涼香、あんたセカンドも無理なの?」

「……っ。そ、それは……いける。た、多分」

「多分ですか……」

 

 廣目が微妙な顔をする。

 確かに不安になる返事だ。

 ただ原田先輩がセカンドでいつも通りの守備をしてくれるなら、ショートほどの恩恵はないけど、充分弱点はカバー出来る。

 なら、もう他に選択肢はないだろう。

 

「決まりね。涼香をセカンドに、紗永がショート、ソユンがサードよ。それで行きましょう」

『了解!』

 

 成城先輩の指示に全員が承諾した。

 彼女達は内野に戻り、原田先輩も後からとぼとぼとビクビクしながらセカンドポジションになら迎えた。

 廣目も戻ろうとする中、成城先輩が彼女だけは呼び止める。

 

「廣目さん。私と佐藤先生も行くわ」

「……っ。それは……まさか」

 

 廣目はついて来るという成城先輩に、何となく察した。

 成城先輩は頷く。

 

「そのまさかよ。審判に告げに行くわ。―――ピッチャーの交代を」

「……!」

 

 廣目が一瞬目を見開くも、理性では妥当だと理解してるのか、何も言い返せずに口をキュッと結んで俯いた。

 そんな廣目を追い抜かして成城先輩は審判の元へ向かう。

 その姿を、当然マウンドで試合再開を待っていた吉田さんも目をする。

 彼女は目を見開いて、目を疑ってから、彼女もまた審判の元へ歩き始めた。

 

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