貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第132話:王者はまだ決めさせない、王がそう言っている

 

 クレアがライト前ヒットで出塁した。

 これでノーアウト一塁三塁。

 続く打者は。

 

『2番 ()()()() 原田(はらだ) サン』

 

「……っ」

 

「……」

 

 アナウンスのコールにそんな意図がないのは周知。

 だが、響いたその声はまるで敗北宣言のようだった。

 原田先輩は唇を噛み締め、原田林は無言で腕を組んでいる。

 あと2点。

 今の状態の原田先輩に打てるのか……!

 

「……っ!」

 

『あーーー!ショートゴロ!これはゲッツーコース!』

 

 うわ、最悪だ!

 原田先輩はカーブを引っ掛けてショートにボテボテの当たりを転がしてしまった。

 もう完全にゲッツーは免れない。

 終わった!

 

「いえ!まだです!」

「こうなることは、惟が予測済みだ」

 

「……!?」

 

『三塁ランナー廣目がスタートしている!一塁ランナーのバローナもエンドランだ!これは二塁は間に合う!ゲッツーは無理だ……!』

 

「……っ!いや、二塁を刺す!」

 

 盤面全てが一気に動いて混乱していた投手と違い、ショートの原田林は即座に判断した。

 ここで求められるのは誰を刺すかの的確さではなく、"早さ"。

 そりゃもちろんホームを刺すのが正解だ。

 だが、ここで1番避けなければいけない展開が混乱して全部のセーフを許してしまうことで、しかもそれはやってしまいがち。

 だから、とにかくワンアウトを損しないのが最優先事項だ。

 その点、原田林は優秀だった。

 すぐ側で二塁カバーに入った浅呉さんに繋いで、原田林の特技である送球に至るまでの早さのおかげでクレアをアウトにした。

 その間に廣目がホームインして、原田先輩が一塁到達。

 でも、それは仕方ないし、こっちからしても点は入ったけど得点圏のランナーをアウトにされたのはキツイ……!

 

「……っ。誰か一人がアウトになるのは覚悟の捨て身の作戦ですが、まさか二塁とは……!やはり手強いですね、原田林……!」

 

『ホームイン!』

 

 ホームベースを踏んだ廣目が原田林の判断を見て悔しがる。

 廣目が想定していたのはホームアウトか一塁アウト。

 もちろん全員セーフが貰えればラッキーとは思っていたが、それはあまり期待していなかった。

 三塁にいた廣目が【眼】を使って原田先輩が打球を前に飛ばすタイミングを【カンニング】。

 そして、そのタイミングを一塁ランナーのクレアに合図して、頷きを確認して2人でエンドラン。

 そういう作戦だった。

 それも完璧に決まったのに、二塁を刺されるという2番目に嫌な結果。

 なんてやつだ、原田林……!

 マジでエグ上手い……!

 

 

 王皇百十(おうきみももと) 18 - 11 獅ノ宮(しのみや)

 

 

「……っ!」

 

 あと1点!

 それでコールドを免れる!

 でも……!

 

『3番 サード ユ サン』

 

「……っ。最悪……」

 

 カウントはワンアウト一塁。

 つまり、ゲッツーなら試合終了。

 ソユン先輩は重大な打席が巡ってきた。

 嫌な顔をするのも無理はない。

 でも、彼女ならできることがある。

 それは……。

 

『3番ユ・ソユンがバント!上手いぞ……!』

 

「……っ」

 

 ソユン先輩は送りバントを選択した。

 彼女は打撃の器用貧乏、バントからホームランまで全部人並みにできて器用だ。

 苦手なことはない。

 一塁へ投げられてソユン先輩はアウトになったが、これでツーアウト二塁。

 とにかく即試合終了は避けられた。

 そして、迎える打者は―――神だ。

 

『4番 ライト 美山(みやま) サン』

 

「は~~~い!」

 

「……っ」

 

 元気よく返事する美山先輩。

 顔を顰める相手ピッチャー。

 当然、結果は……。

 

『申告敬遠です!』

 

「まあ、そりゃそうなるよな……」

 

 試合終了に持っていけるという展開の中、美山先輩と勝負する必要性はない。

 当然の判断だ。

 続く打者は。

 

『5番 センター 中宮(ちゅうぐう) サン』

 

「……っ」

 

 状況は打って変わってツーアウト一塁二塁。

 自分が打たなければ敗北で試合が終わるというプレッシャーの中、初心者の中宮先輩が打席に向かう。

 俺はその背中に声をかける。

 

「中宮先輩!信じてます……!」

「……っ!」

 

 緊張気味に見えた彼女が、俺の言葉に反応して振り返る。

 彼女は目を見開いて俺をジッと見た。

 な、なんだ……?

 

「……もっかい言って」

「えっ。あ、あぁ……し、信じてます!中宮先輩のこと……!」

「……よし」

 

 なぜかはわからないが要求された通り再度エールを送ったら、緊張が和らいで気合いも生まれた。

 なんでだろう、やる気満々になった。

 まあ肩の力が抜けて尚且つ燃えてるならそれに超したことはない!

 中宮先輩に期待だ……!

 

「ふん……っ!」

 

「……っ!?」

 

『打った!中宮の打球はセンター前へ!ヒットで満塁!』

 

 中宮先輩は初球の低めストレートを打ち砕いた。

 やった!

 期待してよかった!

 さすがだ。

 

「……」

 

「……!ナイバッチです、中宮先輩!」

 

 中宮先輩が俺を見たので俺もベンチから叫ぶ。

 彼女は塁上で俺に向けてガッツポーズを掲げた。

 だから、俺も身を乗り出して同じ拳を彼女に向けた。

 距離は離れてるけどコツンと突き合わせてるような仕草を2人とも取る。

 中宮先輩は、そのやり取りができると、顔を赤くして髪をいじり、何度も小さくガッツポーズを作ってた。

 一般的にはそんなだけど、彼女にしてはあれだけでもかなりはしゃいでる方で、珍しい光景だ。

 よっぽど打てたのが嬉しいのかな。

 そりゃ嬉しいか。

 だって、打てなきゃ終わりの大事な場面で結果を残せたんだから!

 改めてすごい!中宮先輩!

 

『さぁ!ツーアウト満塁!この場面で回ってきたのは……!』

 

 実況が面白い展開になったと興奮気味に口が回るようになる。

 そして、実際その通り。

 今、試合は凄まじい見せ場だ。

 引き続き打たなきゃ終わりの場面。

 でも、次はそれでも最も不安のない、寧ろ彼女ならやってくれると思わせてくれる人の出番……!

 それは……!

 

『6番 レフト 長門(ながと) サン』

 

「……!」

 

 コールされたのは長門先輩!

 バットを手に覚悟を決めた目で、彼女は打席に入る。

 思わず来た……!と握り拳を作ったくらいだ。

 彼女は現在覚醒中!

 致命的な弱点もなくなって、超頼れる4番になった!

 長門先輩なら、この状況でもやってくれる……!

 

「かっ飛ばせ!かっ飛ばせ!長門先輩……!かっ飛ばせーー!!いけぇぇーー!長門先輩なら絶対いけます!!」

 

「……!」

 

 俺はまたエールを送った。

 長門先輩は振り向いて目を見開く。

 大ピンチだけど大チャンス。

 だから、めちゃくちゃ声を張った。

 俺に出来るのはこれくらいだから。

 それに、俺だって勝ちたい。

 俺だって、獅ノ宮野球部だ……!

 そして、長門先輩を信じてるし、彼女なら信じられる……!

 心の底から叫べたのも、彼女だからだ!

 

「長門先輩!がんばって……!」

「……うん」

 

 長門先輩は至極冷静に、でも芯のある声で強く深く頷いた。

 それから背中を見せてバッティングフォームに移る。

 やった!初めて彼女と心が通じ会えた気がする……!

 これまで男性恐怖症で避けられてきたから、なんだかようやく受け入れてもらえたかもしれない。

 でも、男性恐怖症のことを思い出してちょっと不安になった。

 隣の成城先輩に一応尋ねる。

 

「男の人怖い長門先輩には、声掛けない方がよかったですかね……?」

「いえ。そんなことはないわ。確かに未来は男性恐怖症だけど、貴方のことはとっくに特別になってるわよ。それに……エールを送るのは未来が1番効果的よ。だって―――あの()が1番仲間想いで仲間が好きだもの」

 

 成城先輩は俺に微笑んで答えて、1拍置いてから凛々しい顔をグランドに向ける。

 そして、長門先輩の後ろ姿をその瞳に映して彼女の人となりを口にした。

 それと、同時だった。

 

(弱点無くなった言うても、そう簡単に人は変わらへん!苦手の緩い球で打ちとるで!)

(……了解)

 

 進川(しんかわ)さんのサインに張菊(はりぎく)さんが頷いて構える。

 正直、長門先輩は歩かせたいのが本音だろうが、あと1点取らせなければこの回で王皇は勝利。

 この場面、向こうは勝負するしかない。

 だが、進川さんの判断は相変わらず甘い。

 打撃型捕手としては素晴らしい選手だけど、廣目とソユン先輩の言う通り捕手としてはまだ成長の余地ありって感じだ。

 まあまだ高校生だし、これからの人だから今は問題ないが。

 今、ここで結果を求めて、甲子園目指す高校球児達に後先の将来のことなんて今は考えてない。

 ただ目先の勝利を、この先を勝ち進むことだけを考えていて、それが全て。

 だから、きっと悔いるだろう。

 捕手としては不甲斐ない自分の能力を。

 

 ―――金属バットの音が響く。

 

『捉えたーーーーーーー!!!!確信ッッ!!今大会、第2号!!長門(ながと) 未来(みく)……っ!!』

 

「……っ」

 

 低めに入った初球チェンジアップを、長門先輩は完璧に打ち上げた。

 振り抜いたバットは右手からは離れて、彼女は左腕だけにフォロースルーの力感を流す。

 レフト方向へ描いた放物線を、彼女は確信した様子でその場を動かず、見送った。

 普段大人しい長門先輩が今は目を細めて遠くを見据えてる。

 彼女は、実況が叫び、観客の誰もがその打球の勢いと伸びに立ち上がり、相手のナインが愕然として諦めたのを見てからスタンドを指さしてゆっくりと歩き始める。

 そして―――打球はレフトスタンド最上段にぶち込まれた。

 

長門未来(ながとみく)、グランドスラム!!ツーアウトで試合終了の危機を迎えた中、1点を求められる場面で……!4点を奪い取った!!考えうる限り、最高の形!!私のチームを!!コールド負けになんてさせない!!そんな一振り!!初球チェンジアップを完壁にスタンドに運んだ……!そして、今!ランナー3人に迎えられて……ホーーームイン!!

 

 埼玉の王者は、まだ決められなーーーい!!』

 

 

 王皇百十(おうきみももと) 18 - 15 獅ノ宮(しのみや)

 

 

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