貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

135 / 148
第135話:"10人目" 津川和哉

 

 9回裏。

 サヨナラしか許されない、最後の攻撃。

 ベンチの前で円陣を組む獅ノ宮ナインの中心で、成城先輩は喋る。

 

「……ここで同点にするかサヨナラを決めるか、そのどちらかを達成しなければ試合は終わる。そして、私達の負けよ」

『……っ!』

 

 ハッキリ言い切る成城先輩。

 でも、負けるつもりはない。

 

「9点差もあるけれど、必ずサヨナラを決めるわ。同点じゃダメよ。この回で勝つの。そのくらいの気概じゃないと乗り越えられないわ」

 

 そこまで言って彼女は俯く。

 そして。

 

「……頼んだわよ、皆」

『……!』

 

 目を丸くしてから、皆が成城先輩を見た。

 彼女は暗い顔で、申し訳なさと不甲斐なさが入り交じっていた。

 ここまで彼女がキャプテンとして全体に声をかける時は「いくわよ、獅ノ宮」と強気だった。

 でも、この最終回まで来て、泣いても笑っても終わるという場面で。

 彼女は下を向いた。

 自分は……なにも出来ないからだ。

 

「……ごめんなさい。私にはどうすることもできない。偉そうに指示することもできない。私は……貴女達に頼むしかない。こんな身体で……ごめんなさい。私の身勝手で、こんな時に役に立てなくて……ごめんなさい」

『……っ』

 

 成城先輩は謝罪を重ねる。

 ホントならこんなこと言うつもりはなかっただろう。

 しかし、鼓舞しようとした時にふと自分にそんな資格があるのか過ってしまったんだ。

 ……彼女は悪くないのに。

 そうだ、成城先輩は悪くない。

 悪いのは……俺だ。

 

「な、成城先輩……こんな時に謝っちゃ、暗い雰囲気にしちゃダメですよ。それに……貴女がそんなことを言う必要はない。貴女がそんな身体になったのは俺の……っ、俺の……!」

 

 俺は自責に駆られて俯き、唇を噛む。

 獅ノ宮野球部に酷い雰囲気が充満した。

 最後の攻撃前、ここでサヨナラしなきゃ負けるのに。

 誰も、何も言い出せない。

 高校生に、この場での最適解なんてわからない。

 だから、誰も言葉を見つけられない。

 それを察した最年長が、自分の役目を自覚するまでは。

 

「……確かに冬華がプレイできないのは、津川のせいだと思う」

『……!?』

 

 沈黙を破り、口を開いたかと思えば火に油を注ぐセリフを淡々と口にした長門先輩。

 全員がこいつ正気か?という目を向ける。

 そして、目でだけでなく反感をもらった。

 

「おい!そんな誰が悪いとか……こんな時にもかよ!?いい加減にしてくれよ、マジで!」

「そうよ。この部が陰気臭いのは今に始まったことじゃないけど、TPOは弁えて欲しいわね。冬華も、未来もよ」

 

 霧島先輩とソユン先輩に睨まれる長門先輩。

 でも、彼女は普段と違って怯まなかった。

 2人に真剣な眼差しを返して、2人が少しビックリする。

 

「ここでこの話が出たからこそ、ここで払拭することに意味があるんだよ。結局、今年の野球部の原点はそこ。【最悪の4月】でしょ?冬華がプレイできないのは津川のせいだし、何度説得しても津川が自責を口にするのは冬華のやり方のせいだよ」

「……!」

 

 長門先輩の言葉に、成城先輩が目を見開く。

 まさかひ弱だった長門先輩に責められると思ってなかったのか、衝撃を受けていた。

 そんな彼女の反応を一瞥しつつも拾いはせず、長門先輩は思ってることを喋り続ける。

 皆も今は彼女のターンだと理解して黙って聞いていた。

 

「冬華は、去年の私達を救いたくてやった。じゃあ、私達が冬華を救おうとするのも道理は通ってる。ここで後悔を口にする貴女を、私達は救いたい。それと、私達の為にクレアやアリアを見つけてくれた津川のことも、悪者のままにはしておけない」

「……!未来、貴女……」

「な、長門先輩……」

 

 俺と成城先輩が長門先輩に狼狽する。

 皆の視線が彼女に集まった。

 長門先輩は注目に気づいて、顔を上げる。

 

「私達を救いたいんでしょ?冬華。私達に貢献したいんでしょ?津川。だったら逆も受け入れて。自分達だけ特別にしないで。2人が自分を責めないで済むように、私達はあなた達2人を救う。その為に……!」

 

 長門先輩がキッ……!と目つきを鋭くして、皆も彼女から視線を外して正面の仲間と向き合った。

 再び、円陣が組まれる。

 長門先輩の意思は、共通認識。

 全員の気持ちがもう一度ひとつになった。

 そして、叫ぶのは長門先輩。

 

「この試合、必ず勝つ!!いくぞ、獅ノ宮ーーーーーーーーっ!!」

『オオオォォォォォォォォオオオオーーーーーーッ!!』

 

 女子の集団とは思えない低い雄叫び。

 皆が気持ちを低音に込めた。

 その姿を前に、円陣から外された成城先輩は目を丸くする。

 

「あ、貴女達……」

「ふん。キャプテンだからっていつも気丈に振るわなくていいのよ。引っ張れないなら引っ張れないって言いなさい」

「そうだよ。私達、冬華が思ってるほど弱くないよ?」

「ハッ。だな!お前におんぶにだっこは去年の話だぜ!冬華!」

「同様。ヘイヨー。右に同じ。去年と相違。9人天才。全員強者。器用貧乏韓国姉妹も負けじと強気、YEAH」

 

 去年もいた組が成長を見せる。

 もう成城先輩に護られるだけの人なんていない。

 そう告げた。

 それは、去年観客席で見てるだけしかなかった彼女も同じだ。

 

「……今年の獅ノ宮は、貴女の心強い味方です。成城先輩」

「廣目さん……」

 

 成城先輩の胸に軽く拳を当てる廣目が、ニコッと微笑む。

 その顔を見て成城先輩は肩の力を抜いた。

 他の5人のことも見て、さらに拍子抜けになった。

 そして、気付いた。

 もう1人じゃない。

 1人で全部完璧にこなして、彼女が打って守って投げて抑えて……そんなチームはもうここにはない。

 ここにいるのは、自分達の力で立ち上がれるチームだ。

 それはきっと彼女も……。

 

「……」

「……っ」

 

 成城先輩が古参組の奥にいた原田先輩にも目を向け、原田先輩はその視線に気づいて目を逸らす。

 まだ彼女の状態は酷そうだ。

 もう戻らないかもしれない。

 この試合で原田先輩のキャリアは悪い意味で決まるかもしれない。

 でも、成城先輩は何とかしてあげようという気持ちは封印した。

 それで上手くいかなかったのがこれまでだ。

 だから、彼女が自分で立ち上がるのを、待つしかないんだと自分に言い聞かせる。

 これで成城先輩の気の持ちようが変わった。

 あとは結果で払拭するだけ。

 残る問題は……俺だ。

 

「津川先輩」

「……!」

 

 呼ばれて振り返ると、廣目がいた。

 彼女は小さい背丈で俺を見上げて、ジッと真っ直ぐ俺の目を見る。

 

「ひ、廣目……」

「津川先輩も、ここで変わりましょう」

「……っ」

 

 廣目の言葉に俺は息を詰まらせる。

 そして、俯いた。

 成城先輩の自責をフォローする為についうかっと口にしてしまった。

 これまで何度も皆にもう気にするなって言ってもらって、原田先輩ともう言わない約束もしたのに。

 それを破ってしまった。

 何より、俺がまだ内心で4月の愚行に囚われてることを皆に知られてしまった。

 そんな俺に対する、廣目の命令。

 ここで4月の躁鬱は落としていこうと、告げている。

 彼女ははっきりと言う。

 

「きっと、これから先も自分のしでかしたことは消えないと思います。いつまでも残り続けて、引きずると思います」

「……っ」

「でも、だからといってそれをどうにかして無くそうとしなくていいです」

「えっ……」

「……出来ないことをしようと思っても、延々に同じことに囚われるだけです。だったら、過去の反省を抱えたまま、今とこれからを享受しましょう。その方がよっぽど有意義です」

「……!」

 

 そう言う廣目の後ろに3人の人影が映る。

 俺は顔を上げて視界にその3人の顔を入れた。

 その3人は……アリアと、中宮先輩と、クレアだった。

 廣目を含めて新規天才組。

 俺が見つけた3人と、廣目。

 彼女達は真剣な顔で俺を見ていた。

 そして、アリアが最初に口を開く。

 

「……悪い、カズヤ。お前が求めた女が、凡Pだってことを知らしめちまった。この借りは、必ず取り返す」

「アリア……」

 

 もう既にアリアは立ち直っている。

 次の登板に闘志を向けるという形で。

 凄い。

 なんてピッチャーだ。

 大炎上した後に立ち直れるのだって、能力が求められる。

 誰でも立ち直れるワケじゃない。

 だから、本当にすごい。

 やっぱり、欲しいと思って正解だった。

 彼女は最高のピッチャーだ……!

 

「……津川。私は……あんたが何をしたのか話で聞いただけだから、具体的には知らない」

「……中宮先輩」

 

 次は中宮先輩。

 彼女は珍しく目を合わせて話してくれた。

 その目を、細める。

 

「……話に聞いただけであんたは最低だと思った」

「……っ」

「でも、いつまでも最低だとは限らないでしょ」

「えっ?」

 

 俺も顔を上げて彼女としっかり向き合った。

 中宮先輩はしっかりと目を合わせるのが苦手なのか、一瞬目を逸らしそうになったけど、ここで逸らしたくないと思ったのか頑張って俺の目を見る。

 彼女は、綺麗な顔を俺に見せてくれた。

 そして、俺を見る彼女は、目を細めていたけど、愛おしいものを見るような穏やかさを瞳の奥から感じた。

 これは……きっと"愛情"だ。

 大切な人に向ける、原田先輩にもよく見せている"友愛"。

 原田先輩に向けるのとは少し違う気がするけど、()()そうだ。

 

「……あんたが変わろうとしたのはわかる。あんたが今もその頃と同じじゃないのはわかる。それだって、ちゃんと評価されるべきで……。だから、あんたが見つけた私が……頑張る。私がチームに貢献すれば、それはあんたの功績でもあるでしょ?」

「……っ!!」

 

 中宮先輩の言葉にハッとした。

 初めて気付かされた。

 俺が見つけた3人が活躍すれば、俺の評価も上がる。

 そう言ってくれた中宮先輩は、我慢の限界が来て目を逸らして自身の腕を撫でた。

 そっぽを向いてしまったけど、彼女なりに頑張って沢山話してくれた。

 頑張ってくれたのは、俺の為だ。

 彼女の温かい気持ちが、流れ込んでる。

 ジーンと目頭が熱くなって、泣きそうになって慌てて口元を手の甲で抑えて俺もそっぽを向いた。

 よそ見して考え事をしないことで、ようやく平常心に戻れた。

 再び彼女たちと向き合うと、まだクレアが待っていた。

 俺は、これはまずいな……と思いつつも彼女達の厚意を絶対に無下にしないと抱いて、真剣に向き合う。

 そんな俺の様子を見て、クレアは俺より低い目線で口を開く。

 

「津川。私は貴様を許さん」

「……っ!」

「ちょ……!」

 

 中宮先輩がせっかく優しくしたのに……!といった感じで慌ててクレアに鋭い目を向ける。

 それを一瞥しても、平静なクレアは「だが」と続ける。

 

「秋奈と同意見だ。今の貴様の姿勢は認められるべきだ。そして、貴様が期待してくれたその気持ちに……私は応えたい。共にチームに貢献するのだ、津川和哉」

「……っ。クレア……」

 

 クレアは拳を差し出し、俺はそこにコツンと側面同士をぶつけた。

 再び彼女の顔を見ると、彼女は強く頷いた。

 言葉足らずだが、充分伝わった。

 ここにいる3人は、俺に誘われたというだけで俺の味方をしてくれている。

 泣きそうなくらい嬉しいし、有難いし、こんな俺のために……って申し訳なくもある。

 そこにまた廣目が近づいてくる。

 彼女は何か言うか迷ってるのか、よそ見して考え事をした。

 やがて、ここで言うことが効果的だと判断した頷きを見せて、俺に向けて口を開く。

 

「津川先輩。貴女には、私達と同じ"規格外の才能"があります」

「……えっ!?」

 

 当然の告白に俺は廣目を2度見した。

 でも、彼女にふざけてる様子はない。

 至って真剣だ。

 そんな彼女が口にする、才能とは。

 

「……貴方には、"規格外"を見抜く力があります。特に中宮先輩は才能が隠れていましたし、普通なら見抜けません。でも、貴方は見つけた。その【目】は……私達と同じです」

「……!」

 

 廣目が俺の目を指さして、告げた。

 俺は自分の目元を触れて……にわかに信じられない気持ちだった。

 それでも廣目は断固として絶対にそうだという姿勢を崩さない。

 

「貴方がその目で、その規格外を見抜く才能……"規格外"の【スカウティング】能力でこのチームに3人の"規格外"をもたらし、成城先輩の【ベストナイン計画】を完成させました」

「……っ!?す、スカウティング……規格外の、才能……!お、俺が……?」

 

 俺の呟きに廣目は無言で頷く。

 彼女は俺をさしていた指を下ろした。

 そして、俺の後ろに回り込んで、俺が見つけた3人の前に立つ。

 

「津川和哉。貴方が【獅ノ宮ベストナイン】の"10人目"です。その力をもってチームに貢献し、貴方が見つけたこの3人の規格外が獅ノ宮野球部を救う様を、貴方は目に焼き付ける"義務"があります」

「……!」

 

 廣目の言葉に俺は目を見開く。

 彼女がさす3人を見た。

 この3人がチームを救う。

 その様を、俺には見届ける義務がある。

 3人を選んだ責任者として。

 獅ノ宮野球部のスカウト担当として。

 自分の働きがもたらす結果を、良くも悪くも見届け、きちんと受け入れなければならない。

 それはさらなる反省かもしれないし、自分で自分を認められる"功績"かもしれない。

 そうだ、"功績"かもしれない……!

 

「過去は払拭できません。自分の行いは残り続けます。後悔は一生消えません。でも、マイナスを消すことはできなくても、これからプラスを築いていくことはできます」

「……!」

 

 それは、それなら、できる。

 贖罪とか過去を忘れるとか、気持ち新たにとか……そんなの人間にはできない。

 これまで沢山気にするなとか、今の姿勢だったら!って許してくれても自分の気持ちは処理できなかった。

 そりゃそうだ。

 誰よりも自分が自分を許せない。

 そんなの他人に言われたからって、他人には、被害者達でも制御できやしない。

 でも、過去のことは関係なく、チームの為に働けというならどうだ?

 その為の確かな力が自分にあると、自覚していたらどうだ?

 そうだ……これだ、俺が言われたかった言葉は。

 許してくれる皆の優しさは温かくて泣きそうなくらい嬉しかった。

 でも、申し訳ないけどずっと苦しかった。

 無償の許されは、自分を許せないこの気持ちのやり場を失う。

 だから、ずっとこう言って欲しかった。

 

 チームの為に馬車馬のように働け、って……っ。

 

「廣目……っ。俺、最低だ……。皆の優しさ、受け入れられなかった……!ごめん……っ。ごめんなさい……!」

「……謝らなくて、いいですよ」

 

 膝をついて唇を噛み締め泣き崩れた俺に、廣目は頭を撫でてくれた。

 やっぱり彼女は賢い。

 優しさの他に、最適解も持ってる。

 あぁ……こんなこと、思うのも最低だ。

 先輩達は優しかったのに……それを受け入れられなかった自分が……凄く、嫌いだ……!

 

「ひ、廣目ぇ……!」

「新生獅ノ宮野球部には、貴方が必要です。貴方のその能力……私達の為に使ってくれますか?」

「……っ!」

 

 尋ねる廣目に、俺は涙を拭って、彼女を笑顔で見上げた。

 

「あぁ……!期待しててくれ!アリアも、中宮先輩も、クレアも凄い選手だって、今に証明されるからな……!見てろよ!」

「はい。もちろんです」

 

 満面の笑みで返してくれた廣目に、俺も全力の笑顔で返す。

 その後ろで中宮先輩とクレアがしょうがない奴だとでもいうように、鼻をならして柔らかい表情を浮かべていた。

 アリアは「次からはお前が選んだアリア様が、惑星最強ピッチャーだってところ獅ノ宮の古参連中に嫌ってほど見せてやる!」と息巻いていて、凄く誇らしかった。

 

【最悪の4月】。

 

 成城冬華の後悔と。

 津川和哉の後悔。

 

 それを今、この地区大会決勝に置いていく。

 また取りに行くその日まで、俺達は"これから"に向き合い、働き続ける。

 その為に、こんなところで終わるワケにはいかない!

 

「……あはっ。懐かしいね、4月」

 

 俺が初めて会った獅ノ宮野球部のメンバー。

 最初の規格外。

 

 美山優希はこの一連の流れに一切参加せず、ネクストバッターズサークルで。

 俺と成城先輩をその瞳に映して、瞬きを挟んだあと、珍しく視線を落とした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。