貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第136話:悪魔は味方

 

『3番 ライト 美山(みやま) サン』

 

王皇(おうきみ)ピッチャー 張菊(はりぎく) サン に 代わり まして ――― ピッチャー 武松(たけまつ) サン』

 

 続けざまにコールされる2人。

 バッターボックスは"美山(みやま) 優希(ゆうき)"。

 彼女が三塁側から右打席に入るのと同時に、一塁側からフェアゾーンを超えてマウンドへ向かうのが王皇ピッチャー。

 

 3年生クローザー。

 右腕。

 "武松(たけまつ) 真澄(ますみ)"さん。

 

 力感のないゆったりしたフォームから、キレのいいストレートとスライダーを投じることが武器の守護神。

 最速123km/h。

 

 武松(たけまつ)さんの登板。

 これで王皇(おうきみ)は上級生ピッチャーを使い切った。

 あとブルペンにいるのは1年生ながらレギュラーの座を掴み取ったルーキーだけだ。

 つまり、本当に最後の主力。

 この人で抑えないと厳しい、という背水の陣だ。

 そんな状況の中、サヨナラシチュエーションの先頭打者がまさかの悪魔―――美山 優希。

 彼女が試合でやりたい放題をすると、"イタズラ"と評されるが。

 この場面で先頭に巡ってくる打者を美山先輩にした展開そのものこそ、神様のイタズラだ。

 王皇ナインはまだプレイすらかかってないのにもうマウンドに集まっている。

 

「……美山」

 

「あはっ」

 

 キャプテンの江山さんに視線を向けられて、待ちに入る美山先輩が会釈を返す。

 江山さんは顔を顰めた。

 

真澄(ますみ)。美山はもういい。申告もしない。適当に勝負してホームランでも打たせればいい。美山1人が取れる点なんてどれだけ派手でも"たかが1点"だ。こっちは9点ある」

「……確かに」

「私も栗深と同意見。申告で塁に出して、またあの激ヤバ走塁でこっちのペースを乱されるより、嵐が去るのを待った方がいい」

「ま、せやなぁ。真澄には悪いけど、ちょっくら打たれよか」

「言い方嫌だな、それ」

 

 武松さんは表情を曇らせたが、納得はしたようだ。

 頷くとナインは散った。

 そして、美山先輩との対戦に入る。

 

『プレイ!』

 

 遂に始まる9回裏。

 サヨナラシチュエーション。

 できなければ、同点以外は負け。

 今、長きに渡る戦いの終わりを互いに取りに行く。

 

 "武松(たけまつ) 真澄(ますみ) VS 美山(みやま) 優希(ゆうき)"

 

「いくぞ!!」

 

「……あはっ」

 

 武松さんが投じる!

 ホームランを打たせろという指示があったが、全力の投球だ。

 まずはストレート。

 119km/h。

 

『ストライク!』

 

「……」

 

 美山先輩は振らなかった。

 澄ました顔でミットに収まった球を見下ろすだけ。

 その次も、そのまた次も。

 3球続けてのストレート。

 ボール球も含んで全部見逃した。

 そして、またストレートがストライクゾーンに飛んでくる。

 

「えー!もぉ~!仕方ないなぁ……」

 

『ファール!』

 

「……っ」

 

 完璧に差し込んだストレートを美山先輩は器用にカットした。

 所謂変態打ち。

 しかも完全に振り遅れてたのに対応した。

 てか振り遅れ……?

 美山先輩が?

 打とうと思えば必ず打てるのに?

 なんだ……この違和感は。

 ストレートが差し込んで、何やら不満げにカットしていた。

 美山先輩なら、"打つ"と決めれば必ずヒット以上になる。

 つまり、今のはバットを振っただけで打つ気はなかった。

 じゃあカットしようと思ってカットしたワケだ。

 なんで……?

 

「なんか……待ってる?」

「……」

 

 考えられるとしたらそれだ。

 おそらく打ちたい球が()()()()()()()()()んだ。

 で、だからといって三振する気もない。

 だから、ストライクゾーンに来た最後のストレートはアウトになりたくなくて、意図的にファールにした。

 隣の成城先輩も腕を組んで静観している。

 多分彼女の中で美山先輩の考えはある程度予想がついてる。

 俺が呟いた内容に何も横槍を入れてこなかったということは、多分合ってるんだろう。

 それでいて、成城先輩も確証がないから同意も口にしない。

 "美山優希"は、誰にも計れない。

 それが例え、"成城冬華"であっても。

 

『ファール!』

 

「こいつ……!いつまで……!」

 

(明らかなボール球も当てにきよった!?しかもカットしよう思ってカットしとる。見てりゃ四球やろ。何がしたいねんこいつ……!)

 

「……」

 

 球を投じてカットされてすぐ顔を顰めた武松さん。

 信じられないようなものを見る目で美山先輩を見上げる進川さん。

 なんと、美山先輩は18球粘った。

 ここまで全てストレート。

 制球が乱れたり、進川(しんかわ)さんが歩かせるのを避けるのも諦めて際どいところを要求したり。

 理由は様々だが、ボール球もそこそこ投げるようになった。

 しかし、明らかなボール球すら、スリーボールで四球が迫るとカットし始める美山先輩。

 不気味だ。

 誰もが彼女の常識外れなスペック、彼女が何を求めるかで打席内容が決まるという特性を理解している。

 だからこそ、全員がゾッとしている。

 意味のない粘り。

 意図の読めない打席。

 このままじゃこの打席は一生終わらない。

 そう思わせるくらいの絶望感があった。

 それだけ美山先輩のバットコントロールは異常だ。

 ベンチでクレアが目を見開いて釘付けになってるくらい、クレアすら凌駕するスペック。

 それに"思わせる"ではなく、"事実"だ。

 この打席、美山先輩に終わらせようという意思がないと、申告敬遠をしない限り本当に一生続く。

 冗談ではなく、本気でだ。

 

(なんやねん!なんやねん、マジで……!何が目的やねん。球数稼ぐんが目的か?真澄を多投で降ろして凡P引きずり出すってか?なんの為に?仲間が打てるように?ンなわけあるか!!)

 

(ありえない……!美山(やつ)に限って……!そんな仲間想いなハズがない!他人の為に行動などしない。究極の自己中がそんな考えで粘っているワケがない。やはり"待っている"!なんだ。何を待っている……!?()()待っている!?)

 

 この打席は永遠に続くかもしれない。

 そんな。

 堂々巡り、長いトンネルの予感を肌に感じでゾワッとした王皇ナイン。

 美山先輩の考えが全く読めなくて、捕手の進川さんとキャプテンの江山さんが切羽詰まった表情で頭の中を必死に回転させる。

 だが、その思考に意味はない。

 考えてわかる存在ではない。

 相手は、悪魔で神だ。

 

(クソ……!とりま球種変える!なんか変えて反応見な、このトンネルから抜け出す糸口も見えへん!球種変えてもアカンなら、申告でしゃーない。それでいくで!)

 

(了解)

 

 進川さんと武松さんが18.44m越しに話をつける。

 そうして進川さんが出したサインは"スライダー"。

 武松さんが投球フォームに入った時、グラブの中に収まった手をグラブ越しに見て、隠されたサインなど見えないはずなのに、美山先輩はニヤッとする。

 

「あはっ!キタキタ!どうせホームラン打っても意味ないもんね!優希が目立つなら……やり方変えないとさぁ……!!」

「……!?」

 

 ここまで無言で機械のようにどんなコースでカットしてきた美山先輩が、急に饒舌になった。

 正解を引いたと確信した同時に、進川さんは美山先輩の思惑を目にできると、驚いた顔で目線を上げながら彼女から目を離さないようにする。

 

 ―――そして。

 

 ―――美山優希の思惑がわかった。

 

 ―――同時に、"標的"も判明した。

 

 バットを振る美山優希。

 彼女は舌なめずりをして、瞬きを挟んだあと―――"()()()()"()()()

 

 

「……っ!(りん)……!避けろ……!!」

 

『……!!』

 

 江山さんの警告に、王皇ナインは想起する。

 美山先輩の第1打席。

 ホームランを打っても意味が無い場面になると、彼女はファーストの穂石(ほぜき)さんを事故に見せかけて打球で退場させようとした。

 それと同じことが起きると江山さんは睨んだんだ。

 しかし、原田林は捕球体勢を取って、美山優希との対決を選ぶ。

 

「……っ!違う!海秀(みほ)の時とは違う……!()()()()()()!これは……!」

 

 原田林がそう判断したのは、打球が直接自分に向かってくるわけではなく、目前でワンバンするコースだと放った瞬間からわかったからだ。

 穂石さんにしたみたいに"壊す"つもりならバウンド()()()、ノーバンで直接身体に打球をぶつけてくるハズ。

 それをしないということは……!

 考えられる美山の思考は1つ!!

 

 ―――これは、"攻撃"じゃなくて、"挑戦状"だッッ!!

 

「あはっ!大正解~!お見事、さすが原田(はらだ)(りん)ちゃんだねぇ……!」

 

「……っ!お前が"(りん)ちゃん"って呼ぶな!!」

 

 一塁へ走る美山先輩に煽られ、原田林はブチ切れながら目の前の打球に超集中した。

 あの美山優希がわざわざ仕掛けてきた。

 ならば、ただの打球であるはずがない……!!

 

 その予測は、正しかった。

 

「……っ!」

 

「あはっ。さぁて、どうバウンドするかなぁ~?り~~~~んちゃーーーーーん!!あはっ!あははっ!!」

 

 悪魔の笑いが響き渡る。

 だが、それに構ってる場合ではない。

 原田林は生きてきた中で1番集中力を求められている。

 腰を落としつつ、目の前で地面に落ちようとしている打球との距離を縮める。

 その最中にも、しぬほど短い時間制限で選択肢を迫られている。

 しかも選択はすぐに次の選択に移り、一瞬の間に判断を求められ続ける。

 まず、打球はどうバウンドするか。

 ……わからない!!

 原田林の目をもってしても、地面に落ちたあとの起動は瞬時には読めない。

 てかボール回転しすぎ!!

 クソラインドライブ!!えぐい!!

 あとは入射角……!地面との接触角度はどうな……あー!!考えてる時間ねえ!!

 感じろ!!反射で答えだせ!!動け!動きながら考えろ!!

 

 ―――原田林(わたし)……っ!!

 

「~~~~~っぁぁ!!ああぁぁぁぁーー!!クソがぁぁぁぁーーーー!!」

 

 とにかく叫んだ。

 培った経験値も、磨いてきた能力(スキル)も、才能も。

 もう全部身体に染み付いた分しか使えてねえ。

 思考?落ち着いて考えてられっかよ!!

 ふざけんな!ふざけんな!!

 

「うわぁぁぁぁあ!!」

 

『……!?』

 

 高校最強ショートが発狂した。

 そんな姿、誰もが初めて見た。

 原田林は必死に学んできたことを総動員して打球にアプローチする。

 打球がバウンドする前に、彼女はどこに跳ねてもいいように上に覆い被さるように身体を持ってきた。

 そして、その瞬間にバウンド先に気づいて目を見開いてグラブを―――"()"に伸ばす。

 その行動を目にした誰もがもう『!?』という反応だ。

 だが、彼女の行動は正しかったと瞬きの間に判明する。

 

『打球はショートの前でバウンド!あーーーーー!!イレギュラー!回転のかかったボールはショートの前で跳ねて、"()()()"!!原田が必死に半身を傾けて腕を伸ばしたが間に合わない!突っ込んだ原田は前方によろけてボールはピッチャーの隣まで転がる!ピッチャー拾うが、もうこれは間に合いません。美山は余裕で一塁到達!』

 

「……っ!!」

 

「り、(りん)……マジか……」

 

 マウンドの横で膝をついて項垂れる原田林に、ピッチャーの武松さんはボールを手に呆然と彼女の敗北姿を見る。

 その後、一塁上の美山先輩を有り得ないものを見る目で一瞥した。

 歴代高校最強ショートに守備で負け1をつけたのは、彼女が初の快挙だ。

 塁上で美山先輩は、涼しい顔と悪い笑みの組み合わせを披露する。

 

「うひっ。(りん)ちゃん、とうば~~~~~つ!見た見たぁ?原田(はらだ)ちゃ~ん!」

 

『……っ!』

 

 ベンチに手を振る美山先輩に原田先輩だけじゃなく、全員がハッとする。

 ……美山先輩の思惑がようやくわかったからだ。

 原田林も、地面と睨めっこしながら目を見開く。

 

「原田ちゃんを壊した【最強のショート】も、優希にかかればこの通り。相手にもならないんだよねっ。どう?霧島ちゃんも倒した"規格外キラー"。その負け姿……あは」

 

 美山先輩は、一気に冷めた顔になった。

 突如、感情が消えた。

 そして、丸くなった原田林の背景に立つ美山優希。

 確かに、"負かした構図"としては完壁なその景色を添えて。

 美山先輩は(いか)っていたということを、露わにした。

 

「なんかさぁ。散々いいようにやられてたのムカついてたんだよねぇ。……何が【UZRを体感させる能力】だよ。私と比べたらどうせ"カス"でしょ?"下手くそ"が」

 

「……っ!!」

 

 原田林がようやく顔を上げて一塁を見る。

 そこには【神】の怒りを買ってしまった事実だけがあった。

 美山先輩は奥が見えない真っ暗な瞳で原田林を捉える。

 

「【最強】は優希だよ。それに……【完壁】の守備?その言葉、簡単に使っちゃダメだよ。……勝手に名乗ってんじゃねえよ」

「……っ!」

「あはっ。ショート勝負なんてしなくても、格の違いは明らかだね。守備なんて魅せなくても、UZR体感できたでしょ?優希ならこんなに間接的でも【わからせ】できる。どう?わかった?貴女は所詮……その程度」

「~~~~~~っっっ」

 

 原田林さんに大量の冷や汗が流れる。

 野球の神に目をつけられた。

 そして、その力を見せつけられた。

 

 これは……【UZRを体感させる能力】だ。

 

 それの"規格外バージョン"。

 守備を比較せず、観客も利用せず、結論の絶望までショートカットで持っていかれた。

 対戦で。

 まさに、レベルが違う。

 そもそも生物として、根本的に異なる。

 同じ生物ではない。

 間違いなく、上位存在。

 

 それが。

 

「アイア~ム、ゴッド……美山 優希。なんちゃって。あはっ!」

 

 美山先輩は、笑った。

 

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