貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第137話:二盗三盗ホームスチール

 

『5番 センター 中宮(ちゅうぐう) サン』

 

「……っ」

 

 ノーアウト一塁。

 打席に中宮先輩、ランナーに美山先輩。

 相手投手は引き続き武松(たけまつ)さん。

 正直、癖の強いスタイルにスライダーと、中宮先輩が苦手なタイプの投手だ。

 経験不足だからシンプルなピッチャーしか打てない。

 

『ストライク!』

 

「……っ!」

 

 初球のストレートを、中宮先輩は空振りした。

 顔を顰める。

 完全にタイミングが合ってないし、これは中々厳しそうだ。

 

(とりあえずワンアウトは貰えそうやな。ランナーが美山やからゲッツーは無理やろうけど……)

 

 キャッチャーの進川(しんかわ)さんは中宮先輩は抑えられると、今の1球で判断して、一塁へ目を向ける。

 その先にいる、一塁上の美山―――――――――は!?あれ!?いない!?

 

「は!?美山は!?」

 

『……!?』

 

 思わずマスクを脱ぎ捨てて立ち上がった進川さんの大声に、王皇ナインは驚いて、そして彼女達も一塁上から美山先輩の姿が忽然と消えたことに気づいて動揺する。

 かくいう俺達獅ノ宮側も気づかなかった。

 いつの間に消えたんだ!?

 どこに行った……!?

 

「ま、まさか……!嘘やろ!?」

 

 進川さんが口にした言葉と、彼女の視線が一塁からそのまま平行に正面にスライドしたのを見て、王皇ナイン全員が同じ発想に至る。

 

 "まさか"。

 

 それが共通認識になり、誰もが同じ場所に注目した。

 それは二塁ベース上。

 忽然と消えたその姿は、そこにいた。

 セカンドの浅呉(あさくれ)さんとショートの原田(はらだ)さんがすぐ隣に移動していた彼女が本当に視界に入ってきて、恐る恐る二塁ベースに顔を向けた。

 そして、受け入れ難い現実を、その全貌と向き合った。

 彼女達は目を見開いてワナワナと震えている。

 怒りじゃない、慄いているんだ。

 理解不能の神の領域に。

 自分たちではもう相手にできない異次元を前に、戦意を吸われ恐怖を抱き、震えはそこから身震いだ。

 二遊間すら認識できなかった盗塁。

 二塁ベースの上に―――"美山 優希"、君臨せし。

 

『な、な、な……っ!なんと……っ!え!?いつの間に!?いつの間にか美山が二塁に到達しています!!盗塁です!盗塁……になるのでしょうか?誰も認識していませんでした!盗塁を確認した者が……あ、二塁塁審は腕を広げています!セーフです!見ていたようです。見ていたんでしょうか?どうやら盗塁成功のようです。盗塁成功の判定を、二塁塁審はアピールしています……!』

 

「あはっ」

 

 実況も見ていなかったプレイ。

 配信の視聴者もSNSで困惑しているから、おそらくメインカメラが追ってなかったんだ。

 そりゃそうだ、プレイヤーが誰も気づいてないからランナーを刺そうとする動きすらなかったし。

 そもそも走ったことを認識していたのが塁審だけだから、カメラの映像が切り替わることもない。

 ただ、ちゃんとサブカメラは美山先輩の盗塁を映していて、後からリプレイ映像が流れた。

 球場のビジョンにも映されて観客がどよめく。

 映像を見る限り、ちゃんとピッチャーが投げる間にスタートを切ってるし、れっきとした盗塁だ。

 ただ異常な点はある。

 それはシンプルな物理的で合法的な理不尽。

 

 "ただただ美山優希の足が速すぎる"。

 

 しかも盗塁技術も神の領域だ。

 完璧なスタートに、加速の仕方、低い姿勢で走りスライディングも早い段階から取っていた。

 誰も認識していないのを気づいていて、そこからさらに認識されないように、加えて常識外のスピードで浅呉さんの視界を一瞬で低く横切った。

 いや、それもあるけど中宮先輩の空振りを浅呉さんに見せてから横切ったことで、浅呉さんの視線が正面から外れたのを目敏く目をつけていた。

 だから、浅呉さんは見逃してた。

 彼女が視線を動かしたと同時に美山先輩は彼女の足元を電光石火で通過し、塁に到達した。

 これが、誰も気づかなかった盗塁のカラクリ。

 その一部始終がちゃんと映像に残っていたので、認めがたい非現実的な結果を誰も否定できない。

 事実は、今、二塁上に美山優希がいるということだけ。

 

『~~~~~~~っ!!』

 

 王皇ナインは鬼の形相を見せた。

 もう唇を噛み締めるしかない。

 この理不尽は、災害だ。

 人間にはその現象そのものに対してはどうする事も出来ない。

 どれだけ被害をマシにするか、その対策をするしかない。

 そういう理不尽な悪魔が今、得点圏にいる。

 

『確かに盗塁しています!リプレイに残っています!美山盗塁!これで獅ノ宮はノーアウト二塁でうってかわって突然のチャンス!私にも何が起きたのか、わかりません……!私も見ていませんでした。カウントはワンストライク、まだ中宮の打席です。ノーアウト二塁!』

 

「……っ。味方からしても困惑なんだけど……」

 

 再度バットを構える中宮先輩も、味方だからといって決して美山先輩に振り回されないワケじゃない。

 寧ろ、チームにとって追い風となるムーヴでも困惑する。

 普通に活躍してくれないかな……と思うばかりだ。

 

「……っ!」

 

「……っ」

 

『ストライク!』

 

 2球目もストレート。

 中宮先輩は空振り。

 コールが響くと同時に進川さんは飛び上がり、上体を傾けてスローイングの体勢を一瞬でとる。

 そんな彼女の目線の先には二塁ベースを蹴る美山先輩の姿。

 

『美山スタートを切った!三盗だ……!』

 

「さすがに2回目は警戒しとんねん!!穴あくほど見とったわ!!」

 

 そう叫んで三塁に送球しようと腕を振るう。

 が、それも空振りに終わる。

 

「……っ。……っ!!」

 

「……!?」

 

 投げられなかった進川さんを見て、三盗だぞ!?刺せないのか!?と三塁に目を向けるマウンド上の武松(たけまつ)さん。

 そんな彼女の視線が向くのを待っていたのか、三塁ベース上に立ち、手を振って目が合うその瞬間を迎え入れる美山先輩。

 口角は上がっていた。

 武松さんは信じられないものを見るような目で狼狽し、進川さんは「~~~っ!」と顔を顰めて天を仰ぐ。

 圧倒的理不尽。

 もうどうしようもない。

 手が付けられない。

 今度はスタートを切ったのもちゃんと目にしていたのに、それでも投げることすら叶わない神のスピード。

 二塁から三塁ですら強豪校のプレイヤーの反射神経じゃ通用しない。

 三塁ベース上に、美山先輩は立つ。

 

『セーフ!セーフ……!』

 

「あはっ。優希のこと、刺せないねぇ~!」

 

 煽る美山先輩。

 だが、されるがままになるしかない王皇。

 彼女達にできるのは苦虫を噛み潰したような顔をするだけ。

 

『美山、またしても盗塁!三盗!これでノーアウト三塁!』

 

「……っ!」

 

 武松さんが投じる3球目。

 明らかなボール球のストレート。

 美山先輩はスタートを切った……!!

 

「……っ、あいつ……!」

 

『あー!ランナースタートを切った!美山ホームスチールだぁ~!』

 

 美山先輩は走り初めてすぐは間に合わないペース。

 武松さんのストレートは、送球となり、真っ直ぐ速くホームに鋭く放たれる。

 だが、その瞬間に美山先輩は何倍にも加速。

 一体彼女にはギアが何段階あるのか、二盗した時よりも三盗した時よりもグングン一気に加速して最速も更新した。

 ストライクゾーンから外れたストレートを捕球した進川さん。

 ボールの判定コールが告げられる。

 それを聞き入れる前から即座に身体を逆に戻して、腕を三塁線へ伸ばして、ホーム到達前にランナータッチコースへ。

 ホームベースのすぐ隣にミットを持ってくることに成功する。

 素晴らしい最短の動き。

 その時点で美山先輩が目前まで迫り、タッチしにくる進川さんを避けるように、審判側に膨らむ方向で跳躍していなければ。

 

「ちくしょう!!ふざけんなぁぁぁあーーーー!!」

「あはっ!今日同じようなことあったね!デジャヴ~~~~!」

 

 美山先輩はこれ以上ないほど楽しそうに笑顔を浮かべ、余裕を見せる。

 対する進川さんはタッチを狙いながら鬼の形相で叫ぶ。

 彼女のミットは……身体を捻って横に跳んだ美山先輩によって、彼女の腹元の空気に触れただけだった。

 そして。

 

『セーフ!!ホームイン!』

 

「おっとっと~!危なぁ~い!あははっ」

 

 美山先輩は右足だけでホームベースを一瞬踏んだ。

 ただほんとにつま先をついたくらいで、タッチを避けるために横移動の跳躍で側面から侵入したので、通り様になんとか踏めたという感じだ。

 つま先はベースを踏むとすぐに蹴って、美山先輩は身体が流れていく方に身を委ねて、右足だけのケンケンで審判よりも後ろに下がっていく。

 でも、確かなセーフは掴み取った。

 正直証明、ホームスチール成功だ……!!

 

『うわああああぁぁぁぁーーーー!!』

『キャーーーーー!!!ヤバ!!』

 

 観客は狂乱状態。

 美山先輩は球場が揺れたのを確認してから、ゆっくりと左足を降ろして二本足で立った。

 愕然と項垂れる進川さんと、勝者として君臨する美山先輩。

 彼女は、口角を上げてスコアボードを指さす。

 そこに新たに刻まれるのは「1」。

 

 

 王皇(おうきみ)百十(ももと) 24 - 16 獅ノ宮(しのみや)

 

 

「んふっ。優希は誰にも返されない。全部一人で、自分で取るもーん」

 

 美山優希は、誰にも頼らない。

 出塁すれば勝手に自分の力で帰塁する。

 例外は、"成城冬華"だけ。

 彼女だけは美山優希がやる気を出した時、必ず初球で長打を放つから彼女の打撃で進塁するしかなくなる。

 だが、今プレイヤーとしての彼女はいない。

 なら悪魔の理不尽が横行することを誰も止められない。

 そんな悪魔な彼女が大幅な負けシチュの今、珍しくベンチを指さす。

 

「さぁ、サヨナラしようね。し・の・み・や!」

 

 美山先輩の鼓舞。

 それを皮切りに。

 獅ノ宮の、最後の足掻きが今始まる。

 

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