貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
初めて、優希を尊敬した。
いや、尊敬は言い過ぎだな。
だってやり方は正しくないと思うし。
ただ、見習わないといけない部分はある。
―――私も、もっと真剣に怒るべきなんだ。
私を救ってくれた、私に寄り添ってくれた親友の為に。
あの
私も、
立ち向かわないと。
許さないって、引導を渡さないと。
「それがきっと、今チームに必要なことでもあるから……!涼香を救えば、【ベストナイン】ってやつも揃う。そしたらチームは完璧になる。それが私の"貢献"。涼香を救う!津川も……!私が……っ!!」
「……!」
中宮先輩が打った!
打球は二遊間、ショート寄り。
速い打球だからショートに範囲が求められるプレイ。
中宮先輩の、原田林へ向けた挑戦状!
「……ふん。笑わせる」
「……っ!?」
原田林の動き出しが早い!
即座に対応の最適解を出した。
回り込んで正面に待ち構え、打球を待つ。
ワンバンした打球を少し離れた位置で距離を保った。
脚を広げ、腰を下げ、グラブを左腰に固定する。
そして、地面に跳ねた打球は角度が広く、二塁ベースより奥、センター前の深いところまで低く一直線へ。
つまり、原田林が待ち構えるところへ、完全にジャストコース。
ボールが自分の身体に向かってきた原田林は、身体ごとグラブを引き、左半身を2塁側へ傾ける。
それによって打球の威力をクッションのように吸収する。
強い打球も、勢いを殺された。
完壁な捕球だ……!
「……っ、は?
一塁を目指して走りながら、中宮先輩はショートに目を奪われる。
俺もてっきり原田林は美山先輩にUZRで絶望させられる能力をやり返されて、原田先輩みたいな状態に陥ってると思ってたから今のプレイには驚いた。
原田林、全然パフォーマンスが低下してない!
「……っ。
「……っ、……ぁぁ!」
原田林は雄叫びをあげながら投げた。
ボールはワンバウンドして、ファーストの
中宮先輩は、完全にその後のタイミングで一塁を駆け抜けた。
判定は当然……。
『アウト!』
「……っ!?」
中宮先輩が慌てて振り返り、瞠目する。
そして、すぐにショートに目をやった。
そこにはスローイング体勢のまま、完璧に刺した最強のショートストップの姿。
彼女の実力は未だ健在。
美山先輩に絶望させられて原田先輩みたいに追い込まれたのに……どうしてだ!?
「あはっ。【ゾンビ】状態だね~あれは」
「ゾンビ……?」
ベンチに戻ってきた美山先輩がボソッと口にして、反応した俺をニヤッと口角を上げて見る。
彼女は、入部してすぐの頃以来解説役に徹してくれそうな雰囲気があった。
ていうか今思えばあの頃手取り足取り主導してくれたのは……多分俺に敵意があって、排除したかったからだ。
美山先輩はそういう自分の利害を行動原理しないと、擁護も攻撃もどちらもしない。
そういう人だ、この人は。
そんな彼女が珍しく説明してくれる。
「"ゾンビ"っていうのはねぇ~、去年のベスト8を決める試合で成城ちゃんが見せたのと同じやつだよ。ボイコットがあってメンタルボロボロのまま試合に挑んだのに、成城ちゃんは大してパフォーマンスを落とさなかったよね~。それがゾンビ……ってね」
「……なるほど」
なんとなくわかった。
去年、成城先輩がどれだけメンタルがやられてても好プレーを継続したのは俺も知ってる。
本人の気持ちとは関係なく、培った経験とスキルで身体が勝手に動く。
その状態を美山先輩が勝手にゾンビと呼んでるんだ。
ベンチで話してるから当然その成城先輩本人にも聞こえてるけど、彼女は会話に参加してこない。
ここまでは絶対に加わってくるのに。
でも、そらそうだ。
彼女にとっては嫌な記憶だろうし、そのゾンビ状態に至った後、それこそ美山先輩にトドメを刺された。
その美山先輩が何の悪びれる様子もなく、今その時の話をしているんだから、思うところはあるだろう。
怒ってもいいと思うけど、彼女は関わりたくないと考えるタイプのようだ。
徹底的に顔を俺たちに見せないようにして、耳だけ傾けてる。
「でも、それってあれですよね。どんなにコンディションが悪くても、成城先輩のスペックが高すぎて身体が動いてたって話ですよね?じゃあ、"規格外"ですらない原田林にはできない芸当なんじゃ……」
「あはは。違う違う。違うよ、津川くん。君は勘違いしてるねぇ」
「勘違い……?」
「そっ。"ゾンビ"は別に"
「……っ!」
指を3本立てる美山先輩。
彼女は目を細める。
「1つは、身体に経験とスキルがしっかり染み込んでること。もう1つは、その人がもう"壊れちゃってる"こと」
「……っ!!」
「そして、もう1つはどんなに絶望的な状況でも絶対にここで折れる訳にはいかない"事情"があること」
「"事情"……っ」
途中、衝撃を受ける俺を無視して続けた美山先輩。
俺は言われてすぐ思考を巡らせる。
美山先輩の説明を、去年の準々決勝でゾンビ状態に至ったという成城先輩に当てはめると。
まず第1条件は規格外であることで満たしている。
第2条件も……仲間に化け物呼ばわりされたことで、満たしている。
問題は第3条件。
それを満たさないといけない。
去年のその日、成城先輩にあった"事情"とは。
どんなに苦しくても折れずに足掻き続けられた理由。
……そんなの皆を救う為に決まってる。
原田先輩の、プロになって親から自分の野球を守る夢。
霧島先輩の、通用しない悔しさを晴らしたいという気持ち。
長門先輩の、大好きな仲間達の喜ぶ姿を見たいという想い。
大切な人達が抱いていること全て叶えてあげたかったからだ。
だから、仲間に"化け物"と言われても、誰もが力不足で彼女に寄り添えなくても、美山先輩と敵を同時に相手にできるのが自分だけでも。
―――それでも、大切な人達の為に自分の
友の為に、"戦え"と。
「……っ」
俺はグランドに意識を戻して、原田林を見る。
彼女はまだ最強の強敵としてショートストップに君臨している。
第1条件の努力と才能はある。
第2条件も美山先輩に発狂させられて、満たしている。
……第3条件。
彼女がまだ立ち続ける理由はなんだ。
美山優希という絶対存在に打ちのめされても尚、人間の身で抵抗し続けることができるのはなぜだ。
―――
「はぁ……!はぁ……!ハッ。ははっ。はははっ」
完璧な守備を見せて、中宮先輩をアウトにした原田林が膝に手をつきながら乾いた笑いを浮かべる。
彼女は疲れている。
4時間に渡る試合、そして美山先輩に精神を削られたから。
それでも、這ってでも最強のショートであり続ける。
まさに"ゾンビ"状態。
高校最強ショート。
BIG5。
「……わかるよ。君、今まで独りよがりでスポーツやってたでしょ。そういうの、見え透いてるよ。自分のルールにばかり拘って、他人と協調しようとしなかった」
「……っ!?」
原田林の呟きに、彼女のプレーに衝撃を受けて固まっていた中宮先輩が、さらに狼狽する。
その反応を見て原田林はニヤァ……っと口角を上げて、前髪の奥から正気じゃない瞳を覗かせる。
その目には、中宮先輩の姿が映っていた。
「……っ!なっ……!」
「何が"規格外"だ。こっちは慣れてんだよ。そんなあんたに……
「……っ!!~~~~~~~っ!!」
【相対の原田】、まだ立ちはだかる。
原田先輩と霧島先輩に続き、中宮先輩を倒した彼女はゾンビのようにふらつきながらもショートの壁として存在していた。
彼女は、追い込まれたことで逆に吹っ切れた。
壊れて……壊されて、それでも動き続ける
そんな状態に至っても尚、野球し続ける野球に人生を支配された野球の奴隷。
「来いよ、
『……!』
満身創痍のはずなのにここまでで1番ショートが鬼門となる雰囲気を発している。
9回裏。
6点差。
俺達、獅ノ宮野球部は……あのゾンビを倒さないと勝利がない。