貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
『6番 レフト
「……っ」
覚醒、いや息を吹き返しさらに厄介になった原田林が内野で存在感を放ち、威圧感で立ち塞がる中。
そんな光景を前にしながら長門先輩は、バッターボックスに立って王皇ナインと対峙する。
打席に入る時はピリついた空気に刺激されて息を呑んだけど、バットを構えたらすぐに負けじと目つきに力を入れた。
さすが覚醒長門先輩。
雰囲気になんか負けない、最強の4番……!
完全に進化を果たした。
今の彼女は、前とは比較にならないほど頼りになる。
"
『ストライク……!』
「……っ」
初球。
長門先輩は空振りした。
もう今の彼女は速球以外打てないなんてことはない。
苦手は克服した。
しかし、だからといって完璧超人になった訳じゃない。
彼女は課題だったスイングタイミングを
武松さんはゆったりしたフォームからキレのいい球を投げる、まさしくタイミングが取りにくい投手。
それも高校生らしい中途半端ではなく、既に自分の武器そのものはモノにしている。
それが武器だとわかっているから優先して身につけたんだ。
だから、逆に球速とか球種の数とかは二の次になっている。
ここにいるのは全員高校生。
完璧超人なんていない。
高校生にしては高い平均を持っているか、何かに特化していて他は犠牲にしている選手が主だ。
どちらにしても、付け入る隙は必ずある。
故に、苦手投手だからといって、諦める必要はない……!
「かっ飛ばせー!長門せんぱーい!!」
「……!」
ベンチからエールを送ると、彼女は俺を一瞥した。
そして、ハッキリわかった。
彼女の目の色が変わった。
成城先輩の言う通り、仲間が好きな彼女にとって仲間からの声援が1番力になる。
彼女は仲間の存在を力に昇華できる……!
『ボール!』
「……っ!」
長門先輩は、打ちにいくのをやめた!
最高の結果を残すのは難しいと判断して、優先度を変えたんだ。
"長打"より、"出塁"と……!!
今は9回裏ビハインド。
ワンアウト。
これから下位打線に入ることも考えれば、長門先輩はアウトになる訳にはいかない。
彼女の判断は的確だ。
そして、自分に出来ることも自分でわかってる。
長門先輩は選球眼がいい。
加えてあの長打力、だからOPSが優秀なんだ。
それを自覚している長門先輩。
だから、彼女は球を見て四球を狙う選択をした。
でも……。
『ストライク!』
「……っ!」
ストライクを見送って長門先輩が顔を顰める。
明らかなストライク、しかも前に飛ばせなくても長門先輩なら打てはする球も、振りに行くこともなく見逃した。
だから、狙いがバレたんだ。
長門先輩もその事に気づいてる。
それがなくても、彼女はとっくに認識を改めてる。
(向こうだってアウトを取りに来る。歩かせてもいいなんて思ってるはずがない。出塁したいなら、こっちも見てるだけじゃなくて粘らなきゃ……!)
長門先輩は打席でキッ……!と目付きを険しくする。
そう、ただ見ているだけで四球は貰えない。
ある程度はストライクをカットして掴み取る必要がある。
そして、それは彼女の苦手な分野だ。
「私にミート力はない……でも!」
「……!」
ツーストライク、ワンボール。
その段階でストライクゾーンに伸びこんできたスライダーを長門先輩は振りに行った。
タイミングを合わせるのは難しい。
でも、もう遅い球も、変化球も苦手じゃない。
どこに飛ぶかまではコントロール出来ないけど、"当てる"だけならできる……!
「……っ!」
『ファールボール!』
長門先輩はスライダーをカットした。
右に流れて、
それを見て、進川さんも顔を顰めた。
(こいつ……!)
「……!」
視線を感じて長門先輩も彼女を見下ろす。
2人は睨み合った。
だが、すぐに互いに視線を戻して勝負に移行した。
両者に共通していることがある。
それは、"早く結果を得る"ということ……!
サクサク対決して、出塁したい!/打ち捕りたい!。
『ファールボール!』
「……っ!」
『ファールボール!』
「……っ。だる……!」
『ボール!』
「……っ。……よし」
『ファールボール!』
「……!」
『ボール!』
「クソ……!」
進川さんが苦い表情を浮かべる。
カウントはフルカウント!!
凄い。
長門先輩が凄い!
めっちゃ粘ってる……!
『ファールボール!』
「……!」
「……っ」
フルカウントからさらに3球。
長門先輩はカットし続けた。
凄い集中力だ。
これなら……!
『フォアボール!』
「チッ……!」
進川さんが仕方ないという感じでボール球を要求して長門先輩は完璧に見極めた。
向こうが折れた!
粘り勝ちだ!
「よっしゃ!」
『……っ』
長門先輩はガッツポーズしながら一塁へ歩いた。
王皇ナインは顔を顰める。
完全な苦手をぶつけてアプローチを間違えないどころか最適解で挑んだのに。
それでも長門先輩は仕事した。
確実に長門先輩の方が
強い……!
「よっしゃぁ!続くぜーーーっ!!」
ネクストバッターは霧島先輩。
気合い十分で打席に入る。
次の打者は彼女だと確認して、武松さんは口元の汗を腕で拭いながら勝利を確信する。
「霧島ならいける……!」
「……ハッ。舐めやがって。お前ら、あたしのデータちゃんと調べてねえだろ?」
霧島先輩はニヤッと口角を上げてからバットを構える。
そうだ、彼女の言う通りだ……!
霧島先輩は完全守備型で打撃能力はまるで微塵もないと思われがちだが、そんな彼女でも得意投手の傾向くらいはある。
それは、長門先輩と真逆……!
"癖"のあるピッチャーだ!
「はっはー!球威とか球速とかでゴリ押ししてくるパワーピッチャーの方がよっぽど怖いぜ!!」
「何!?」
カキィン!と初球から快音が響く。
低弾道な霧島先輩の鋭利な当たり。
打球は唸ってピッチャーの足元を通過し、2塁ベース前でバウンド。
だが、跳ねて上がることはなく、そのまま加速してより遠くを目指す打球。
二遊間も追いつけない!速い!!
『霧島の打球は二遊間を抜けた!センター前へ!霧島ヒット……!』
「しゃあ!凡バッターだからって、調査怠ってんじゃねえぞ!あたしの数少ねぇ得意ぶつけてくれてサンキュー!」
「くっ……!」
采配ミスをした
霧島先輩は手先は器用だから意外とミートは上手い。
パワーが絶望的にないから当たっても飛ばないだけだ。
だから、結構三振は少ないんだよな。
凡退は多いけどね。
「津川ぁ!なんか余計なこと考えてるだろぉ!」
「はい!考えてます!」
「お前、悪い意味で素直なのは4月から変わってねえのかよ……!」
塁上でズッコケる霧島先輩は、言葉とは裏腹に呆れたように笑っている。
今の俺たちだからこそできる冗談のやり取りだ。
霧島先輩のおかげでワンアウト一塁二塁。
得点圏にもランナーが出て、チャンスだ……!!
『8番 ピッチャー
「ひょ、ひょえ……」
バットを抱えながら打席に怯える面平良さん。
彼女は完全に投手専。
打撃練習はバントくらいしかしてない。
もちろん成城先輩はバント指示出したけど……正直バント練習もあんま上手くいってなかったし、不安だ……。
「う、うぅ……無理ぃ……」
そう言いながらもバントの姿勢を取る面平良さん。
腰も引けてるし、構えもなってないが。
面平良さんは運が良い。
たまたま相手投手の武松さんの癖が彼女の酷いバントと合って、コツンと小さい音を立ててボールはキャッチャー前に転がった。
球に勢いはなく、すぐに止まってキャッチャーの
「……っ!」
『アウト!』
「ひょあ~!?」
一塁到達まで半分も到達してない面平良さんは、自分の背後から一塁ベースへ飛んでいった球を前に、ビビり散らして足を止めて縮こまった。
でも、これでツーアウト二塁三塁。
最低限をこなした!
『9番 キャッチャー
「
愛する投手陣を炎上させられまくった上に舐めたリードばかりする進川さんに、一生ブチ切れモードの廣目。
怒りのミートは、武松さんがタイミングを合わせづらい投手なのもあってちょっと振り遅れたけど、コースと球種……つまりリードは完全に読んでたので綺麗な流し打ちを見せた。
打球はライト線のフェアゾーンに落ちて、二塁ランナーの霧島先輩は三塁へ、三塁ランナーの長門先輩はホームへ!
つまり、廣目のタイムリーだ……!!
「しゃあっ!」
一塁上でガッツポーズを掲げる廣目。
獅ノ宮に点が入る。
さらに、次は確定タイムリーだ。
だってネクストバッターはクレアだから……!
「ふん。造作もない」
『ライト前へ!バローナもタイムリー!』
当たり前のようにライト前ヒットを打ったクレア。
その安打で霧島先輩が帰ってきて、廣目が二塁へ。
さすがだ!
6点差!
しかも上位打線に帰って来てる。
9回裏。
7点取ればサヨナラ。
ツーアウト。
1人でもアウトになったらその時点で終わり。
正直厳しいが、そんな中、回ってきたネクストバッターは―――この試合で、
『2番 セカンド
「……っ」
ツーアウト。
"最後の1人"になるかもしれない場面で、絶不調の彼女に回ってきた。
原田先輩は、バットを手にスコアボードを見上げて狼狽している。
怖くて、中々打席に入れない。
バッターボックスの前で息を詰まらせて、立ち止まっている。
ここで打たなきゃ、
ここで変わらなきゃ、きっと原田先輩は立ち直れない。
これは、ただの最終打席じゃない。
彼女の今後の人生を左右する、人生を賭けた打席。
打つか、敗戦責任を背負い続けるか。
全ては、彼女に委ねられた。
俺達も彼女に託すしかない。
この試合の命運を分けるのは、彼女。