貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第140話:どっちが上手いかじゃなくてどっちが好きか

 

涼香(すずか)ー!かましたれぇー!」

「頑張りなさい!あんたが打たなきゃ負けよ!」

「バッ……!プレッシャーかけんなよ!」

「何よ。ホントの事じゃない。私達の優勝が懸かってるんだから、他人事じゃないわよ!」

「ふ、2人とも落ち着いて……!」

 

「……っ」

 

 ベンチから激励を送る霧島先輩とソユン先輩が喧嘩してしまい、俺が慌てて仲裁に入るのを見ながら、原田先輩は表情を曇らせて視線を落とした。

 やはりまだコンディションは悪そうだ。

 今の彼女にこの打席は荷が重いかもしれない。

 

「な、成城先輩……!原田先輩は……!」

「……そうね。でも、もう野手の控えは私を除いていない。状態が良くなくても今、涼香(すずか)以上の打者はいないわ」

「……っ。そ、そうですよね……」

 

 わかってはいたが、さすがに今のメンタルでこの責任重大な場面を任せるのは酷だ。

 もしアウトになったら……一生引きずるんじゃないか。

 それはやだなぁ。

 原田先輩……。

 

「……」

「……っ」

 

 俺がベンチから原田先輩に心配していたら、成城先輩はそんな俺を横目で見つめた。

 そして、一瞬視線を落として、原田先輩に向き直る。

 彼女は俺と原田先輩を交互に見て、また視線を落とす。

 そうして何か思考を巡らせた後、彼女は瞬きを挟んで身体の向きごと俺と正面から向き合う。

 

「津川くん」

「は、はい……」

 

 名前を呼ばれて、俺は彼女と恐る恐る目を合わせる。

 こんな大事な時に優秀な彼女が声をかけてきた。

 意味がないワケがない。

 だから、一体何を言い渡されるのか、緊張して返事をした。

 俺が喉を鳴らすと、成城先輩はまた一瞬視線を落とす。

 でも、すぐに俺と真正面から捉えて、決心して口を開く。

 

「津川くん。貴方が涼香を励ましなさい」

「……えっ!?」

 

 成城先輩の言葉に俺は呆気にとられたあと驚く。

 話が耳に入ってきた霧島先輩も打席から戻ってきて作業していたが、思わずその手を止めて俺達を二度見した。

 彼女だけじゃない。

 ベンチ全体がこの最後の大事な場面でグランドから目を離し、こっちを見た。

 静かに注目が集まる中、皆が俺の返答を待つ。

 俺は……衝撃的すぎて固まっていた。

 でも、空気を察してハッと我に返り、慌てて首を横に振る。

 

「いやいやいや!そりゃ俺だって励ましたいですけど……!なんて声掛けたらいいかわからないですよ!しかもミスったら獅ノ宮も終わり……そんな重大なこと、何で俺に……っ」

 

 俺が身振り手振りも加えて動揺を表すと、成城先輩は暗い顔でまた下を見た。

 その態度を前にして、俺は目を見開く。

 気づいたからだ。

 彼女は決して、俺にお願いしたくてしてる訳じゃない。

 いや、有難いことに俺の事を信頼してくれてるし、そういう気持ちもちょっとはあるかもしれない。

 だが、彼女の雰囲気から読み取れたのは"消去法"だ。

 できるなら自分がやっていた。

 そういう真意が彼女にはある。

 

「……私は涼香を救おうと3年間奮闘したわ。紗永(さえ)も同じ。でも、私達にはあの()は救えなかった。そして、これからも救えない」

「……っ!!」

 

 成城先輩の言葉に、聞き耳を立てていた霧島先輩が瞠目する。

 拳を作って力を入れ、唇を噛み締めながら項垂れた。

 彼女は震える。

 自分の不甲斐なさを再認識させられたからだ。

 彼女は想起する。

 親友との出会いを。

 

『ねっ!霧島さん、野球部入らない?この前の体育で野球やった時にさ、送球マジ良かったし!肩ちょー強いじゃん……!』

『あ?やんねえよ、野球なんて。なんであたしが……』

『えー!いいじゃん。やろうよ!私、霧島さんの肩に惚れた!ね、友達になろ?紗永(さえ)って呼んでいい?私、紗永と野球やりたい……!』

『……!』

 

 1年生の時。

 去年の春。

 最初はダル絡みしてくる鬱陶しいやつだと思った。

 でも、彼女の目はキラキラしてて、真っ直ぐで、本当に自分を好きになったのだとわかった。

 暫く勧誘を受けて、断ってを繰り返して。

 何回か断ったらちゃんと引き際もわかってて。

 無理強いはしない、優しい奴。

 だから、誘いに乗った。

 

『……あたし、やったことねえから……教えてくれよ。それが条件な』

『マジ!?教える教える!なんでも!いつでも!やったー!紗永大好き!』

『ちょ……!引っ付くな、暑苦しい!』

 

 なんとか引き剥がそうと抱きついてきた彼女に抵抗する。

 でも、頬は緩んでいた。

 ホントは嬉しかったんだ。

 あたしも大好きになった。

 

 ……だけど、"力"が足りない。

 あたしには涼香(すずか)を救えない。

 

「……っ!……クソ」

「……っ。紗永……!……っ、私も……私、も……っ!」

 

 悔しそうに首をさらに下げて、髪が降り顔が隠れた霧島先輩。

 そんな彼女を見て、中宮先輩も苦い表情を見せた。

 何より、名前を挙げられなかったのが悔しい。

 わかってる。

 2人より歴は短いし、涼香への気持ちは負けないつもりだけど、気持ちが生まれたのはついこの間なのは認める。

 でも、悔しい。

 2人に負けてることが、じゃない。

 頑張っても届かなかった2人に、後から加わったのに。

 それなのに力になれなかった。

 今日挑んで、今日負けた。

 原田林に。

 やったことは、涼香を救えないメンツに名前がひとつ加わっただけ。

 

「クソ……。クソ……!」

 

 中宮先輩は小さな声で吐き捨てた。

 歯を食いしばって震えてる。

 原田先輩を想う人がこれだけいる。

 皆素敵な人なのに、誰も手が届かなかった。

 だというのに、俺を指名した成城先輩。

 3人ができなかったことを、俺に任せた。

 なんでだ。

 3人でもできなかったのに、俺なんてもっとダメなんじゃ……。

 名前がまた1人増えるだけな気がする。

 皆と同じ事をやって、それ以下の結果を出してしまうかも……。

 

「……津川くん。私達と同じやり方でやらなくていいわ。それと、涼香を救おうとしなくていい。彼女を想う貴方の気持ちを、率直に伝えてちょうだい。……あの()が自分の力で立ち上がれるように」

「……っ!」

 

 俺は、彼女の言葉を受けて息を呑む。

 俺の……気持ち。

 そんなものを伝えて、本当に効果があるのか。

 状況には合ってないように思えるけど……いや、だからこそ有効なのかもしれない。

 成城先輩にしか見えていないものがきっとある。

 ……よし。

 覚悟は決まった。

 成城先輩への信頼がある。

 だから、従ってみよう。

 

「……わかりました。やってみます」

「……ありがとう。津川くん」

 

 そう言って微笑んだ彼女は、審判にタイムを申告した。

 中断される試合。

 投手と対戦しようとしていた原田先輩を手招きして、彼女は不思議そうな、それでいて困惑した顔でベンチに戻ってくる。

 そして、近づいて初めて成城先輩の隣に俺が待っていたのを知って、彼女は目を見開いて俺に釘付けになる。

 ベンチの前で足を止めると、彼女は俺と見つめあった。

 

「津川……」

「……っ。は、原田先輩……」

 

 引き受けたものの、本人を前にして緊張してきた。

 でも、勇気は出せる。

 だって大切な人の為にやることだから。

 原田先輩の為になるなら、なんだってやるさ!

 

「は、原田先輩……!」

「……っ。な、何……?」

 

 俺に呼ばれて、目をぱちくりさせる原田先輩。

 彼女も緊張した様子で何を言われるのかドギマギしていた。

 目を泳がせて、俺と目を合わせなくなった彼女に。

 俺は……俺は、頭の中を巡らせて言葉を紡ぐ。

 

「お、俺は……っ。俺は……本当に最低な奴でした」

「……!」

 

 原田先輩が目を見開く。

 最初に口にしたのは、頭の中に出てきたのはやはり4月。

 俺は女子を見下して、彼女達を侮辱し、好き放題迷惑をかけた。

 それでも彼女たちは俺を許してくれて、受け入れてくれて。

 特に原田先輩は……親友を傷つけられて、俺を殴るぐらい怒ってたのに、今では俺に笑いかけてくれる。

 そんな素敵な先輩。

 大好きな原田先輩。

 彼女を苦しめた原田林。

 絶対に許せない。

 原田先輩を……助けたい。

 

「俺は、最低でした。最低でしたけど……!あの最低な時も、俺……原田先輩は、原田先輩だけは最初から凄いって思ってたんです」

「……っ!津川……」

 

 原田先輩が目を丸くする。

 俺が言ったことは事実だ。

 野球部を見学に来た初日、俺は原田先輩だけは評価してた。

 

 ―――『うおっ。どっちも上手いけどセカンドの子めちゃくちゃ上手いな』

 

 ―――『この人、セカンド上手かったなぁ。思い返すだけでも惚れ惚れする守備だった。女子にしてはだけど』

 

 思い返せば、一言余計だ。

 評価してたっていうのも含めてホント上から目線だな。

 でも、あの内心見下してた時でさえも原田先輩には上手いと感じていた。

 俺が初めて目を奪われた女性プレイヤー。

 最初に惚れた、【男子級】。

 それが原田(はらだ) 涼香(すずか)

 見つけたのは俺じゃないけど、それが凄く悔しいくらい好きな選手。

 俺の憧憬、高嶺の花。

 そうだ、俺は原田涼香内野手が……好きだ。

 だから、獅ノ宮がどんなに追い返しても彼女の不調が続くことの方が嫌だった。

 みんなにはごめんだけど、それが俺の感情の優先度だ。

 俺の推し選手(プレイヤー)が負け続けている。

 それが凄く嫌だ……!!

 

「……っ。負けないでください!原田先輩、俺……あの時から凄いって思ってて、俺の事をぶん殴ってくれて……俺の事を怒ってくれて、その後は優しく受け入れてくれて……。原田先輩は!俺の……っ!俺の"ヒーロー"なんです!!」

「……!」

 

 もう何が目的で喋ってるのかは忘れた。

 俺が思ったことをただそのまま口にしてしまっている。

 俺は原田先輩本人に、俺の熱烈な気持ちをぶつける。

 伝えたい。

 この暴走は、止まらない。

 劣情という名の、1番制御出来ない感情だから。

 俺は彼女に面と向かって叫び続ける。

 

「俺のヒーローが負けてるところなんてもう見たくない……!大好きな原田先輩が、原田林に負けてるところなんて見たくない!だから、まだ諦めないでください!俺、原田先輩がこのまま沈んでくなんて、絶対に嫌です!……っ。絶対に!嫌だ……っ!!」

「~~~~~~っ!!」

 

 吐き捨てた。

 周りの目も気にせず激しく言い放った。

 俺が原田先輩に抱いている熱い気持ちは、一度解放してしまうともう収められない。

 原田先輩は俺の気持ちに触れて、唇をキュッと結び、涙ぐんでいた。

 でも、俺の気持ちに気づいても尚、いや気づいたからこそ彼女はすぐに俯いてしまう。

 

「……ごめん。津川。そんなこと言ってくれてるのに、それでも私……私……立ち上がれない。(りん)ちゃんが怖い。それに、 また立ち上がるのが怖い。昔の自分に戻るのが、あの時と同じ目に遭うのが……怖くて仕方ないの……!」

「原田先輩……」

 

 重症だ。

 原田先輩は、震える自身の身体を抱きしめて、目を伏せていた。

 トラウマが、過去がすぐに過って彼女を苦しめる。

 彼女の勇気を、足を止めてしまうんだ。

 

「……っ」

 

 俺は、苦しむ原田先輩を前に瞠目した。

 どうにか彼女に絡みついたその鎖を解けないか思考を巡らせた。

 だが、何も思いつかない。

 そんなに俺は頭の回転が早くない。

 当たり前だ。

 俺は馬鹿だ。

 俺は成城先輩でも、廣目でもない。

 だったらきっと考えることは俺の仕事じゃない。

 成城先輩が俺に委ねたのは、考えて欲しいからじゃないはずだ。

 なら、俺にできること、俺だけがやれることをすればいい。

 それしかない!

 

「原田先輩!俺は……、俺は……!」

 

 勢いのままに口を開いたが、続く言葉がパッと出てこない。

 原田先輩は俺の声を聞いて顔を少し上げ、俺の言葉を不安そうに待ってる。

 そんな彼女に、俺がかける言葉は。

 やっぱり……気持ちだ!

 

「お、俺は原田(はらだ) 涼香(すずか)が、好きだーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

『……!?』

 

 突然叫んだ俺に、王皇ナインも含めてこっちを見た。

 フィールドにいた者には全員、聞こえた。

 それくらい大きな声で叫んだ。

 俺の気持ち。

 その最深部をさらけ出したんだ。

 それくらい熱が乗っていても当然。

 だが、そんな事情もちろん誰も知らないワケで。

 特に本人は尚更だ。

 

「………………………………は!?えっ、は!?はえっ……!?」

 

 急に目の前で叫ばれて、呆けていた原田先輩。

 そんな彼女がハッと我に返って、戸惑いながら見る見るうちに顔を赤く染める。

 俺はもうヤケになってて、彼女の様子に気づかず、さらに重ねる。

 

「俺は原田涼香(はらだすずか)が好きだ!俺の好きなショートストップは原田涼香(はらだすずか)だ!原田(はらだ)(りん)じゃない!!」

「……っ!」

 

 原田先輩が目を見開く。

 羞恥がすぐに衝撃に切り替わる。

 それだけじゃない。

 彼女の心に、まだ小さくだけど歓喜も芽生えた。

 ハッとして、俺の気持ちが彼女に滲み始める。

 その奥で、原田林も瞠目する。

 それでも、勢いのままに腰を曲げて下を向いて叫んでいた俺は、その全てを目にすることなく、まだまだ続ける。

 

「俺の1番の内野手は、原田涼香だ!原田林の方が上手い?知るか、ンなもん!!どっちが上手いかなんて、素人の俺にわかるもんか!!素人はどっちが上手いかよりどっちが好きかで語れよ!!俺は、原田涼香の方が好きだ……!原田涼香が1番好きだぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!」

「~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 原田先輩がまた顔を赤くする。

 ドストレートに伝えられた気持ちに、混乱している。

 俺はそこでようやく顔を上げて、状況を認識した。

 ……やべ、やっちゃった。

 全員に見られてるじゃん!?

 恥ず!!

 

「……っ。あっ……えっと……す、すみません。叫んじゃって……あ、あはは」

 

 恥ずかしくなって後頭部をかく俺。

 俺も顔が赤くなって熱くなるのを感じる。

 ヘラヘラ笑って誤魔化したけど、羞恥心えぐい。

 そこに対象的に落ち着きを取り戻した……頬はまだほんのり染まってるけど、俺の気持ちを受け取って咀嚼できた原田先輩が平静になって、俺に上目遣いを向ける。

 

「……ホントに?」

「えっ」

 

 恥ずかしすぎて、気が動転してたから原田先輩に問われるとマヌケ面を晒した。

 でも、すぐにそれを無下にしてはいけないことに気づいてハッとして彼女と向き合う。

 原田先輩は、俺にさらに尋ねる。

 

「ホントに……私の方が好きなの?」

「あっ。えっと。……はい」

「……っ!」

 

 俺が頷くと、原田先輩は驚いた。

 信じられないのかまだ聞いてくる。

 

「私が一番好きなの?」

「……はい」

「津川が好きなのは、原田涼香(わたし)なの……?」

「はい!!」

「……っ」

 

 曖昧な返事は良くないと思って強く肯定した。

 それだけじゃない。

 本心だから、心から思ってるからその気持ちにも気づいて欲しくて力強く頷いた。

 原田先輩は、髪をいじり始める。

 

「そ、そっか……津川は、私が好き……。ふ、ふーん。そ、そっかそっか。はい。わかりました。津川の気持ち……受け取るね?」

「えっ?あ、はい!全然!どうぞ!どうぞ?ん?」

 

 なんか違和感あったけどまあいっか!

 勢いに任せて率直な気持ちを伝えた。

 原田涼香は俺の好きな選手。

 この世界でできた初めての推し選手だ!

 それをきちんと伝えられてよかった。

 俺達のやり取りを見て、霧島先輩とソユン先輩が微妙な顔をする。

 

「あー……絶妙にすれ違ってんなぁ。あたしは知らねえぞぉ~」

「バカじゃないの。頭お花畑同士で何やってんだか」

 

 なんか外野が言ってるけど、よくわからん!

 とにかく……なんだか原田先輩の顔色が戻って気がする。

 俺にはわかる。

 

 原田先輩は、もう大丈夫だ!!

 

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