貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第141話:拝啓お姉ちゃん

 

「……どっちが上手いかじゃなくて、どっちが好きか」

 

 打席の中で原田(はらだ) 涼香(すずか)は呟く。

 敵のショートポジションを見た。

 そこには従姉妹の原田(はらだ) (りん)

 

 どっちが上手いかじゃなくて、どっちが好きか。

 

 津川にかけられた言葉を思い出す涼香。

 それは、彼が自分に向けた言葉だけど、涼香は自分も(りん)に抱いていたものだと気づかせてくれた。

 小さい頃、(りん)について回っていたのは、彼女が誰よりも上手いからなのか?

 いや、違う。

 好きだったからだ。

 プレーも人柄も。

 大好きな"お姉ちゃん"だったから。

 だから、懐いていた。

 目標にしていた。

 

 それなのに、それはいつからか"恐怖"になって。

 大好きなはずだったのに、誰よりも避けたい人になってしまった。

 そうなったのは、(りん)にUZRを体感させられた時から。

 完全に(りん)が悪い。

 彼女は、原田涼香の才能を恐れ、嫉妬し、彼女を排除しようとした。

 それが一時の感情だったとしても、行動を起こしてしまったら事実としてずっと残り続ける。

 でも、本当に彼女だけのせいだったのだろうか?

 自分が挫けてしまったのは。

 立ち上がれなかったのは。

 

 "弱さ"だ。

 

 弱かった。

 凄く、弱かった。

 そして、その弱さは自分を正しく理解していなかったことから来ている。

 なぜ立ち上がれなかった?

 何も見えなくなっていたからだ。

 大好きな人に裏切られて、全て見失っていたからだ。

 今は違う。

 思い出した。

 

 私は、(りん)ちゃんが好きだった。

 

 好きで、追いかけていた。

 それをずっと忘れず抱き続けたら、恐怖に思考を奪われなかったかもしれない。

 どんなに【わからせ】られても、それでも好きだって口にして屈せず立ち続けられたかもしれない。

 もう今更気づいたって、あの頃をやり直すことは出来ない。

 でも、意味がないわけじゃない。

 今から先の人生、きっと長い。

 その長い人生の中で、下を向いて歩き続けるか、顔を上げることができるようになるか……それは大きく違う。

 いや、ここで立ち直っても、また下を向くかもしれない。

 それでもいい。

 今、ここで立ち上がる時に、自分の力で、自分の足で立ち上がることが大事なんだ。

 だって、そうなれば、きっとまた立ち上がれるから。

 立ち上がり方を、知ってるから。

 もう……立ち上がれない私はいない。

 

『プレイ』

 

「―――」

「……!?」

 

 バットを構えて、顔を上げた涼香。

 その表情を見て(りん)は目を見開く。

 それは、ずっと求めていた顔。

 それを拝む為に、7年間やってきたのに。

 こんな簡単に……っ。

 なんで……。

 

 涼香は、憑き物が全て落ちたように、清々しい顔をしていた。

 

「―――拝啓、お姉ちゃん」

「は?」

 

 ピッチャーが投げる。

 呟いた涼香に、キャッチャーの進川(しわかわ)は聞き間違いか?と顔を上げた。

 瞬間、目の前で振るわれる金属バット。

 絶望のドン底に落ちたはずの、もうとっくに息絶えたはずのプレイヤーが。

 

 バットを振った。

 

 カキィン!と甲高い音が響く。

 進川(しんかわ)は思わず立ち上がった。

 

「んなアホな……!?」

 

『……!?』

 

 絶不調に陥り、もう完全に死んでいた者から出るはずのない打球が放たれた。

 白い球が野手に向かっていく景色を見て、王皇ナインも衝撃を受け、目を疑った。

 

 打球は―――"ショート"へ。

 

「……!?」

 

 原田林も驚く。

 これまで逃げて、避けてきたのに。

 ここにきてなぜか自分に向けて放ってきた。

 間違いなく狙って打った。

 なぜ?

 それに、これは……難しい打球!

 本気で自分を抜くつもりで、仕掛けてきた!!

 バカな!?

 

(りん)ちゃん」

「……っ!」

 

 一塁を目指して駆ける"()"が私に向けて指をさす。

 ……まさか、本当に。

 

「―――大好き」

「~~~~~~~~っ!!」

 

『あーーーーー!!エラー!ショートのエラー!原田がエラー!あの原田がエラーです……!今大会、いや公式戦初失策ッッ!!高校最強ショート、原田(はらだ) (りん)の初エラーです!!』

 

 原田(はらだ) (りん)は、強いショートゴロ。

 目の前でバウンドした打球の捕球に失敗した。

 いつも通り完璧に迎え入れる準備はできていたのに。

 グラブでボールを弾いて後逸した。

 その光景はありえないとされている。

 彼女はこれまで完璧だった。

 だから、仲間でさえも、彼女のエラーを受け入れられない。

 

「は!?えっ……!?」

「嘘ぉ!?(りん)が弾いた!?」

「……っ!!(りん)……!バカな……!」

 

 二塁ベースを挟んで目撃していたセカンドの浅呉(あさくれ)が。

 隣で見ていたサードの包剛(ほうごう)が。

 驚いた。

 そして、誰よりも原田林に思い入れがあり、絶大な信頼を置いていた江山(えやま)がセンター前に転がっていくボールを見て、ボールと彼女を交互に何度も見て、狼狽した顔を見せる。

 その間に、獅ノ宮のランナーは一気にスタート……!!

 隙を逃すチームではない。

 強豪は、BIG5を有する5校だけじゃない。

 獅ノ宮も男子級を9人有する強豪だ!!

 

『三塁ランナー廣目、ホームイン!一塁ランナーのバローナが二塁ベースを蹴る!あぁーと!バッターランナー原田も一塁を蹴った!』

 

「……っ!」

 

 当たりとしては単打だったが、原田林のエラーというおまけ付きが王皇の守備を鈍らせた。

 そのお粗末は余裕を与えてしまい。

 決してそれは大きくなかったが、一瞬の判断を獅ノ宮は逃さない。

 そういう走塁ができるチームだ。

 センターの盛秋(もりあき)が二塁へ送球し、セカンドの浅呉がベースカバーに入る。

 そこにスライディングで滑り込む原田涼香。

 判定は。

 

『セーフ!』

 

「……っ!クソ!」

「~~~っ!」

 

 悪態をつき顔を顰める浅呉と、目の前まで到達した妹に動揺する(りん)

 ベースに足をかけた涼香は上体だけ起こしてガッツポーズをベンチへ向けて掲げる。

 

「……しゃあっ!!」

 

『ウオオオオオ!涼香ーーーーっ!!』

 

 盛り上がるベンチ。

 津川も叫びながら拳を振り下ろした!

 獅ノ宮得点!!

 クレアも帰ってきた。

 原田 涼香の走者一掃タイムリーツーベース!!

 

 

 王皇(おうきみ)百十(ももと) 24 - 20 獅ノ宮(しのみや)

 

 

「……(りん)ちゃん」

「……っ。涼香(すずか)……」

 

 1番近い塁上で名を呼ぶ妹。

 姉妹が、インプレー中に見つめ合う。

 だが、その目つきはここまで8イニングとは真逆。

 涼香が穏やかなすっきりとした顔で、(りん)が面食らっている。

 自分の力で再び息を吹き返した妹に。

 (りん)は……。

 

(りん)ちゃん。私、もう大丈夫だから。私……大好きな人達と野球していく。もう誰とも比較しないし、されても気にしない。私は、私の好きな野球をすればいいから。それに―――」

「……っ」

 

 涼香から、これまで出てこなかった……否、()()()()()()言葉がスラスラと出てくる。

 なんだ?

 何が起きた?

 わからない。

 なぜこんなことになってる。

 私は、7年も……っ。

 私は……私は……!

 

 ―――私は、7年間何をやっていた……?

 

「私は、【彼】のオンリーワンだから。ナンバーワンじゃなくても、それだけで充分。寧ろ、それの方が嬉しい。私はこれからもどこかで屈するかもしれない。でも、走るのをやめることだけは絶対にしない。私は、1()()()ショートストップだから」

「……っ!……っ!?」

 

 その言葉を聞いて、気づいた。

 原田林はグルン!と首がネジ切れるのではないかという勢いで獅ノ宮のベンチを大きく見開いた目で見る。

 そこにいる1人の……"男"。

 

 あいつだ、あいつか……!?

 バカな。

 なんであいつにそんな芸当が。

 私にはできなかったのに……!なぜだ!!

 

「私は"津川の"ショートストップ。津川が私を1番だって、誰よりも好きだって言ってくれる限り、私は駆け抜け続ける。だから、(りん)ちゃんにも……私が私の野球をし続ける姿、見てて欲しい」

「……っ。津川(つがわ)……っ、和哉(かずや)……!!」

 

 やっと(りん)に正気が戻る。

 全て理解した。

 そして、我に返って相手ベンチを睨み、男の名を口にした。

 生涯忘れることのない、男の名を。

 

「……ダメかな?(りん)ちゃん」

「……っ。涼香(すずか)……。……私は。私は……っ」

 

 二塁ベースに立つ妹に、ショートの姉が問われる。

 ここで肯定すれば、目標は達成される。

 7年間、この日の為に、この瞬間の為に()()()()()()野球を無理やり続けてきた。

 彼女は、数年前から【ゾンビ】になっていた。

 それだけの年季があったから、彼女のゾンビ状態は格が違いすぎる人智を超えた美山優希の攻撃にすら耐えられた。

 胸の動悸が激しくなる。

 呼吸が荒れる。

 今、ただ頷くだけで7年前の後悔も、涼香の為にやってた高校野球も全て報われる。

 だけど、(りん)の首が動くことはない。

 理屈では、理性では、縦に振ることが正しいとわかってるのに。

 感情が否定する。

 これは、私の【計画】じゃない……!!

 たった数分で"奴"が解決した。

 ありえない!

 受け入れ難い!

 ―――到底、許せない。

 

「ぁぁ……!っぁぁ……!」

(りん)ちゃん……?どうしたの?だ、大丈夫……?」

 

 様子がおかしい姉に、心配する妹。

 彼女はベースから足が離れないよう確認しながら身体を伸ばして姉の顔色を覗き込む。

 すると、姉は凄まじく顔色が悪かった。

 狼狽もしている。

 涼香は思わず目を見開いた。

 それはまるで、さっきまでの自分のようだったから。

 美山優希に【わからせ】られてもこの状態に至らなかったのに。

 それだけ強い精神性があったのに。

 そのメンタルの源となっていたモノが、牙城が崩れたから。

 

 ―――原田(はらだ) (りん)は、沈んだ。

 

「あはっ。なるほどねぇ。ホントは野球なんてどうでもよかったんだね。自分のスキルにプライドもない。あるように()()()()()()()()()だけ」

 

 獅ノ宮のベンチで、美山優希が納得する。

 高校最強であることが、歴代最高であることが、特殊能力があることが、秀才の頂点でミスがなく完璧であることが。

 それら全てが原田林を構成しているのだと誰もが思っていた。

 いや、思わされていた。

 誰でもない、彼女自身によって。

 でもそれは原田涼香にそう思わせる必要があっただけ。

 原田林に、プライドはない。

 彼女は自分の野球を愛していない。

 なぜなら、誰よりも大切で愛する妹を傷つけたモノだから。

 原田林が【ゾンビ】になれた理由。

 その第3条件。

 

 どんなに追い込まれても、折れる訳にはいかない"事情"。

 原田林にとってそれは。

 

 ―――原田(はらだ) 涼香(すずか)を再起させるまで、立ち止まれないから。

 

「あっ……あぁ……!うあああぁぁぁぁーーーっ!!」

「……!?(りん)ちゃん!?どうしたの……!ねえ!!」

 

『……!?』

 

 突然発狂した原田林に、試合も中断される。

 大人も皆、只事では無いと判断した。

 敵も味方も急に頭を抱えて顔がグチャグチャになった真っ青の原田林に、驚愕する。

 

 ―――ただ1人、江山(えやま) 栗深(くみ)を除いて。

 

「……っ!マズイ!ダメだ、(りん)……っ!」

 

「……っ」

 

 叫びながら内野へ向かって走り出す江山。

 原田林は喚いたのが終わったと思ったら、天井を見上げて涙を頬に伝わせた。

 そして。

 彼女の、理性が壊れる。

 

「……私は」

「ダメだ!!(りん)!!言うなーーーー!!」

「えっ?」

 

 江山の発言に、林の目の前にいる涼香は目を丸くして江山から林に目線を動かす。

 林も真顔で涙を流しながら涼香と目を合わせた。

 涼香が目を見開く。

 彼女の顔を見て、林の中でプツンと切れてしまった。

 彼女は、ポロッと……言ってしまう。

 

「私は、涼香(すずか)を救う為に。その為だけに……"()()()()()()()()()()()()"」

 

『…………………………は?』

 

 空気が、凍りつく。

 王皇ナインが全員、原田林を見た。

 そしてその視線はそのまま林の近くまで駆けつけていた江山に移る。

 江山は息を詰まらせた。

 説明しろという圧。

 隠していた真実。

 それが暴露された今。

 

 69代目、王皇百十(おうきみももと)学院高校野球部。

 1年生で強豪のレギュラー全てを奪った世代。

 運命的に集められたサンゾクのナイン。

 

 そう、"集められた"。

 彼女達ナインは全国から名高い中学野球選手を集めた。

 声をかけたのは()() ()()

 

 

 ―――これは、たった2人の私情と事情の為に、7人以上の進路選択の機会を奪った。

 

 ―――最悪の結成物語。

 

 

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