貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「うおおぉぉい!?次
「で、でも当たったのは初球だったから……」
「……マジか」
満塁に立つ先輩たちが口々に不安をこぼす。
この場面に最弱バッター。
王皇側も同情した。
「……可愛そうに。獅ノ宮は野手が尽きてるし、これで終わりだね」
「いや、それはどうかな」
「えっ……?」
呟いたセンターの盛秋さんに、レフトの江山さんが否定を入れる。
盛秋さんは目を丸くしたしたけど、江山さんに目をやると彼女は至って真剣な顔だったので、瞠目して息を呑む。
そして、江山さんの視線の先……獅ノ宮のベンチにいる1人の女を見た。
その女は、獅ノ宮のキャプテンだ。
一方、獅ノ宮側は、肝心の
「む、無理ぃ……」
「うん!無理だよな!これはその通り、しゃーない!」
さすがに今回は同情の余地がある。
こんな場面で回ってくるのが彼女は運命のイタズラにも程がある。
そもそも
だから、彼女は投手専で打撃練習なんて大してやってない。
打つのは彼女の仕事ではなく、専門外だからここで無理と言うのは筋が通ってる。
まあ今日は本職の方も良くなかったが……。
「
「……この場面で?」
「うっ、それは……」
ご最も。
確かにるきあなら多少の打力はあるが、
1人でもアウトになったら終わりのこの場面を任せられるほどではない。
でも、かといってこのまま指をくわえて面平良さんがアウトになるのを見過ごすわけにもいかない!
「ったく。やっとここまで来たってのに最後の最後で采配ヘマしてんじゃないわよ!追い上げはしたんだから勝たなきゃ許さないわよ!」
「……っ」
ソユン先輩が身を乗り出して司令塔の席に文句をつける。
彼女の物言いはご最もだ。
だから、成城先輩も顔を顰めて目線を落とす。
とになく何か打開策がないか思考を巡らせているんだろう。
だが、もう野手はいない。
打てる手なんてそれこそ代打にるきあを出すことくらいで―――
「……冬華が出られたら勝ち確なのに」
ボソッと。
でも、全員が一瞬で静まり返って、零した原田先輩に注目が集まるほどに。
その一言はベンチに衝撃を与えた。
誰もが目を見開き、固まる。
そんな中で、ただ1人司令塔の席からベンチ前を通って、誰にも気付かれず皆の視界の後ろを通って動く者あり。
皆に見られて、原田先輩はしまったと自分の口を塞ぐ。
「あっ。ご、ごめん……!つい……!」
「は?えっ!?ちょ、何やってるのよ成城さん……!」
「えっ?」
原田先輩が自覚した時には遅かった。
皆が気づかないうちにバット立てに突き刺さったバットのグリップを手に取る成城先輩。
その手がバットを抜き取る前に、腕を和美さんに掴まれて止められていた。
そんな和美さんが声を上げたことでやっと気づいた一同。
成城先輩の行動を見て全員目を丸くして驚愕する。
「ちょ……!マジでなにやってんの、冬華!?」
「……もう、これしかないでしょう」
『……!』
慌てて立ち上がり、目を疑う原田先輩に淡々と返す成城先輩。
獅ノ宮ベンチに激震が走る。
全員の認識は一致してる。
成城先輩は間違いなく打席に立とうとしている。
それはダメだ!!
「はぁ!?あんたバカじゃないの!?肘故障してるのに行かせられる訳ないじゃない……!」
「ユッちゃんに同意。確かにシロやんならこの状況でも打てますが、怪我が悪化する恐れ……大!とても許容できぬ判断!」
「ダメだよ、成城さん!絶対ダメだよ!」
「そうだよ!ダメだよ!」
ソユン先輩にソヨン先輩、田島さんに吉田さんまで慌てて止めに入る。
でも、成城先輩はグリップから手を離さない。
それどころかグッ……!とさらに力を入れて和美さんの制止を受けながら力づくで引き抜こうとした。
そこにクレアも加勢して、彼女の手を押し付け少し浮いたバットを再びバット立ての底につける。
「……正気か!二度と野球できなくなるぞ!」
「……それでも構わないわ」
「なっ……!?」
鬼の形相で迫ったクレアすら瞠目させる成城先輩。
マズイ、ダメな方向に覚悟が決まってる……!
どうする!?
「ど、どうしよう……!」
「成城先輩落ち着いて!」
田中さんと山田さんも焦る。
ベンチが騒がしくなって、ネクストバッターズサークルにいた廣目もようやくこちらを見た。
そして、バットを抜こうとしている成城先輩が目に映って驚愕する。
廣目が寄ってくる前にアリアが動いた。
「おい、フユカ。やめろ。お前が無理に動いて勝ったとしても……こいつらのトラウマになる。こんな展開になっちまったのは私のせいだが……私のせいだからこそここで止める責任が私にはある。だから、私はお前を止める。それでも諦めないか?」
「……アリア」
アリアが成城先輩ににじり寄り、鋭い眼光を向ける。
成城先輩も負けじと目つきをキツクして2人は睨み合った。
険悪な雰囲気だ。
逆転サヨナラできるかもしれないって時に、最悪の空気……!
嫌だ!
せっかくここまで来たのに、最後に皆んなが決裂で終わるのも、成城先輩が無理して壊れるのも……嫌だ!
「お願いです!成城先輩、やめてください!俺、るきあになんとか打ってもらうよう頼んでみますから……!だから、だから……!」
「……っ」
「津川……」
俺が膝をついて懇願すると、成城先輩の覚悟が揺れた。
目を逸らし、顔を顰める。
頭を下げる俺に、原田先輩は哀愁漂う目を向けてくれた。
それでも。
「……津川くん、それでも私は行くわ」
「……っ。やめてください……!お願いします!……ごめんなさい。ごめんなさい!俺が皆に近づかなければ成城先輩は怪我なんてしなくて、こんな展開にもならなかった!王皇にだって、もっと簡単に勝ってた……!」
「……っ。津川くん、貴方……」
「俺のせいです!ごめんなさい!でも、成城先輩は安静にしてればまた元気になって、これから先プロにでもメジャーリーガーにでもなんでもなれます!だから、自分の将来を俺のせいで投げ出さないでください!お願いします!!」
「~~~~~~~~っ!!」
俺が泣きながら一生懸命縋ると成城先輩はさらに迷いを顔に出した。
しかし、バットを勢いよく抜こうとする!
「ちょっと!ふざけんじゃないわよ……!」
「……っ。先生……!」
もう半分でかかってるバットを和美さんも掴んで止める。
成城先輩は彼女の顔を見て、苦い表情を浮かべる。
そんな彼女を和美さんはキッ……!と鋭い視線を向ける。
「和哉の言う通りよ!貴女は安静にしていれば将来は保証されてる!何をそんなに焦る必要があるのよ!?」
「……必要ならあります。私は今、ここで!……勝ちたい。それは……これから先何百何千と積み重ねる勝利よりも価値がある」
「……!成城さん、貴女……」
成城先輩の言葉に、覚悟に瞠目する和美さん。
それでも、医者として彼女の出場を許容する訳にはいかなかった。
「……成城さん。貴女はまだ子供だから分からないかもしれないけど。高校時代の経験なんて、社会では何の役にも立たないのよ?貴女は治療に専念すれば確実に社会で活躍できる。なのに、高校の大会の目先の勝利のためにその将来性を手放すなんて……」
和美さんの言うことは最もだ。
理屈で考えれば、損得で言えば彼女の言う通りだろう。
だが、今成城先輩にとって大事なのは正論でも正解でもない。
理性で正しいとわかっていることよりも、優先したいこと。
それは……、それは……!
「例え人生において、高校時代は大して意味がないものだとしても構わない。皆が大人になって高校時代を振り返った時に、それが決して苦い思い出でないように。ただそれだけの為に。この身体が壊れたとしても、私は行くわ」
「……っ!!」
成城先輩の言葉に目を見開く和美さん。
そこまで言われたらもう手に力は入らない。
ゆっくりと、成城先輩の腕を掴んでいたのを脱力する形で離した。
その動きを見てクレアが瞠目し、彼女も離す。
成城先輩はバットを抜いて、メットを手に取り、膝を着いた俺の元に来た。
そして、彼女も屈んで目線を合わせる。
「津川くん。私は貴方を陥れた。落ちぶれる時に貴方を巻き込んだ。だから、貴方を置いていかないわ。落ぶれる時も一緒なんだから、這い上がる時も一緒よ。さぁ、共に行きましょう。甲子園へ」
「……っ!!な、成城先輩……」
俺にそう言って、彼女はメットを被りながら立ち上がる。
振り返ると、和美さんがいた。
彼女の行く手を塞ぐように立つ彼女に、成城先輩は少し睨みながらも可哀想な彼女の立場も想って、すぐに申し訳なさそうに目を伏せた。
そんな成城先輩の肩に和美さんは手を置いて、成城先輩はその手を見た後、彼女と真剣に向き合う。
「……成城さん。わかりました。打席に立つのを許可します」
「……っ!先生……」
「でも!!一つだけ約束しなさい。……スイングは1回だけ。スイングは、"1回だけ"よ。守れる?」
「……!」
『……っ!』
成城先輩も、俺達も目を見開く。
当たり前だ。
だって、無理だろ。
たった1回のスイングだけで2点差のサヨナラシチュエーションを打開しなければならない。
そりゃ面平良さんが打席に立つよりかはマシだけど、そんな縛りはさすがに厳し―――
「あら。いいんですか?
「……っ!えっ!?」
『……!?』
成城先輩は不敵に笑った。
俺達も全員面食らった。
彼女は本気だ。
強がりじゃなくて、本心で言ってる。
これが……成城冬華!
「フッ。1回もあれば充分すぎるわね」
彼女はそう言ってバットにスプレーをかける。
さらにその足で彼女は打席へと向かう。
その様子を目にして、王皇ナインも驚愕した。
「は!?嘘やろ!?成城!?」
「馬鹿な……っ!正気?」
「成城……っ!」
「う、うそーん!?マジで!?」
「……やはり出てきたか」
『な、な、ななんと!獅ノ宮はツーアウト満塁!1人でもアウトになったら試合終了で負けというタイミングで、8番ピッチャー
実況も姿を現した成城先輩に興奮と困惑を露わにする。
そんな中、成城先輩はメットをさらに深く被るよう、押し付け、ネクストバッターの廣目を横切る。
「な、成城先輩……!待ってください!ドクターストップは?和美先生は!?」
「……許可は得たわ。だから、行ってくる……いえ、
「……っ!!」
廣目を一瞬でねじ伏せて、そのまま打席に入ろうとしていた面平良さんの肩に手を置く。
彼女は面平良さんに微笑んだ。
「あとは私がやるわ。ありがとう、私達の為に沢山投げてくれて。もう大丈夫、私が貴女の頑張りに報いてみせるわ」
「……っ!は、はひ……」
面平良さんは腰を抜かすように引き下がった。
彼女はベンチに戻りながら何度も振り返って成城冬華の背中を見る。
その目は憧憬が宿っていた。
あまりに救世主過ぎて、面平良さんですら心を奪われたんだ。
そんな彼女の視線を浴びながら、いや、全員に注目されながら成城先輩はバッターボックスの隣で素振りの代わりに立ち止まる。
そして、目を閉じて、深く何度も呼吸して……ゆっくり開いた。
彼女が見上げる景色。
グランド。
球場。
バックスクリーン。
スコアボード。
ダイヤモンド。
土。
芝生。
そして……観客と、高校球児達。
"高校野球"を前に、成城冬華は立つ。
その姿を見て、もう誰もが確信した。
審判に申告もされて、アナウンスも流れる。
『
『本当に成城だぁぁーーー!!成城が出てきたぁぁーー!!獅ノ宮は8番ピッチャー面平良に代わり、成城冬華を、代打でッッ!!代打で出してきました!!さぁ、高校野球ファンもこの展開に白熱していることでしょう!なので!!改めてコールさせていただきます!』
そう言って、実況は息を吸う。
そして、今日1番に声を張った!
『ピンチヒッターは……"
『うおおおおぉぉあああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!』
『キャーーーーーーーーーっ!!』
凄い!!
球場が揺れる!!
音が割れる!!
絶叫と悲鳴と、入り交じって大混乱!
成城冬華!!
成城冬華……!!
彼女が出てくるだけで、高校野球ファンが、高校野球部が狂乱する!!
それだけの人気!!
それだけの知名度!!
多くに名の通った女子高校球児……それが!!
【完璧の成城】……!!
「ちょ、怪我して出れないんじゃないの!?」
「ふざけんな!ふざけんな!!」
「出てくんな……出てくんな……」
「あいつさえ、あいつさえいなければ、もう既に甲子園なのに……!」
「化け物め……!」
王皇ナインも口々に悪態をつく。
ただ代打で出てきただけでこの嫌がれよう。
本当に成城冬華が打席に入るんだ……!!
昨年の春も夏も無双しまくった"規格外"。
各大会でタイトルを総ナメし。
夏の甲子園では。
打率7割で首位打者!
春夏含めてセンター、セカンド、ピッチャー、キャッチャーでゴールデングラブ!!
そして、セーブ王!
もちろんフル出場。
もちろん全試合スタメン出場で、夏の大会は24打席以上立ってる。
まさに【完璧】。
全分野において、【男子級】。
―――"
埼玉地区大会決勝。
9回裏。
ツーアウト満塁。
サヨナラシチュエーション!