貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
第147話:地区大会決勝のMVPは誰?
『初球打ちぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!打球は右中間を抜ける!三塁ランナー中宮帰ってきた!!二塁ランナーの長門もホーーームイン!!サヨナラァァァーーーーーーーーーーーーーっっ!!!』
「……何回流すのよ」
カラオケボックスの大部屋で、ソファーに腰掛けながら成城先輩が顔を顰める。
地区大会決勝から3日後。
獅ノ宮学院高校野球部は優勝した。
今日はその祝勝会だ。
んでカラオケのモニターに試合の録画を流してるという状況。
「いや、そりゃ何回でも再生するでしょ!あんたマジ神だったって、冬華!」
「マジそれな。あれは半端ねえぜ!普通初球から振りに行くか!?」
「しかもそれがサヨナラタイムリー。ほんと美味しいとこ持ってき過ぎよ」
「
「うん!うん……!本当に凄かった!さすが冬華!」
「……っ」
おっ、皆に褒められて珍しく成城先輩が照れてる。
そっぽを向いたが耳は真っ赤なのが丸見えだ。
皆も気づいててニヤニヤしている。
そんな視線に気づいて、成城先輩は場の意識を逸らすように咳払いを挟んでから、俺を見た。
「結果的には勝ったけれど、和美さんにはしこたま叱られたわ。『初球から振るなんて頭イカれてる』って」
「ま、まあそりゃそうとしか……」
予想通り試合の後に和美さんに怒られたらしい。
祝勝会は部員だけで先生たちはいない。
なのでここにはいないが、今回ばかりは和美さんが正しいな。
スイング1回しか許されていない中で初球打ちは肝が据わってるけど、診てる方は肝が冷えただろう。
元クローザーだけあって、あそこで初球振りにいく成城先輩はメンタルがイカれてる。
ちなみに即検査したらしい。
結果は何事もなく大丈夫だったようだ。
まあリハビリは順調みたいだし、予定より早くバットを振ってしまったが1スイングのみだったのが良かったようで。
つまり和美さんの判断勝ちだ。
まあヒヤヒヤしただろうけど……。
「さすがクローザー!やっぱり成城さんは【完璧の成城】だね!」
「同意!獅ノ宮最高!」
「凄い試合だったけど楽しかった~!」
「わかる!まさか獅ノ宮の一員として全国に進むなんて感激!」
「よっ、成城……!」
「おいおい。信者多すぎだろ!?」
「ははは……」
成城先輩を持ち上げるのは中龍助っ人組。
元々獅ノ宮のファンだけあって彼女たちは全肯定だ。
寧ろ不満気なのは古参組、特に……あの人。
「むぅ……!成城ちゃんが最後美味しいとこもっていったー!ひーどいんだ!酷いんだ!!」
「……いい加減機嫌直しなさいよ、優希。ほら。何か奢ってあげるから」
「優希、今甘いもの禁止してるの!嫌!お肌荒れるもん!」
「やる気魔人の次は我儘魔人かよ……」
イヤイヤモードの美山先輩に成城先輩が困り果てて、霧島先輩が呆れる。
まあ機嫌が直るまで待つしかなさそうだ。
とはいえ、彼女も決勝では大活躍だったし、成城先輩が奢ろうとしたのはご褒美でもあったんだろうな。
本当に美山先輩と長門先輩はいなければヤバかったし。
長門先輩が覚醒しなければ俺たちはコールド負けだった。
でも、センターフライ・ホームランで覚醒して、7回にはコールドを打ち砕くグランドスラム。
本当にあれが無ければ終わりだった。
5打数3安打2ホーマー5打点。
美山先輩は……なんかもうめちゃくちゃ。
穂石さんを狙ったスナイプショットからの、浅い位置のセンターとの勝負に舐めプ走塁でホームイン。
その後はホームラン。
そして、敬遠ヒット&ランニングホームランという訳の分からない文字列。
そこからさらに原田林を打ち砕き、2盗3盗ホームスチール。
申告敬遠は2回。
6打数4安打1ホーマー3盗塁3打点。
2人がMVPなのは間違いない!
「ふん。ま、今回の試合は間違いなく私のホームランのおかげで勝ったわね」
『は?』
ソユン先輩が鼻を鳴らし腕を組みながら、ふんぞり返って口にしたその言葉で場が凍りつく。
全員が彼女を見て……抗議が始まる。
「ハッ。んなわけねえだろ!勝ったのは、あたしのおかげだろ。2打点だぜ!2打点!」
「否。我の内野ポテンのおかげ」
「あは~!違うもーん。優希打率.667だもーん!」
「それを言うなら私の打率は1割よ」
「1打席しか立ってないんだからそりゃそうでしょ!ていうか勝ったのは私のカーブのおかげじゃない!?あれなかったらやばかったじゃん!」
『はいはーい!私達の無失点リリーフも貢献したと思いまーす!』
「いやいや、私の9回先頭出塁でしょ!」
「皆いいな~!あーしだけ試合出てないから参加できなーい!悔し~!」
「う、うへ……わ、私は出た……。い、一応立候補―――」
『お前はない』
「ひぃん……」
みんなが主張する中、
まあ1イニングで4失点してるからな……。
今回はこの評価を甘んじて受け入れるしかないかな。
それより気になるのは……だんまり組だ。
「津川くんはどう思う?」
「えっ!?お、俺!?」
山田さんに聞かれて俺は詰まる。
皆が俺を見た。
俺はゴクリ……と喉を鳴らしたあと、声をあげなかった人たちの方を見る。
彼女たちもスポットライトを浴びるべきだと思ったから。
「ま、まずクレアかな……6打席あって5安打だし」
「……!私か」
名指しされてクレアは目を見開いた。
6打数5安打でなんで呼ばれなかったと思ったのが疑問だが。
正直大活躍でしかないだろ。
「そうね。確かにクレアは良かったわ。特に初回のホームラン」
「あー。あれ良かったな!」
「た、確かに!あれがなかったら最初から最後までお通夜だった……。クレア、頼りになる!」
「……よせ。むず痒い」
おっ、クレアも珍しく赤面して目を逸らしたぞ。
意外と恥ずかしがり屋なんだな。
「てかホームラン以外シングルとはいえ6
「それを言うなら中宮先輩もよかった!」
「わ、私……?なんかしたっけ……守備で足引っ張ったイメージしかないんだけど。あっ、ホームランは打ったか」
「いや、だから守備は優希のせいだろ。気にすんなよ」
「それに初回に盛秋さんを二塁で止めたのもよかったわ」
「そ、そう。まあ確かにそんなこともあったか……」
中宮先輩が思い返し、首を傾げながら頷いて賞賛を受け入れる。
私が私がと活躍を主張する流れから互いに互いを褒める流れになってきた。
こっちの方がいいな。
「……私はゴミだった。すまん、皆」
『oh……』
いい流れだったのに急に重いのが投じられた。
アリアだ。
部屋の隅でずっと暗い表情で項垂れ、あしたのジョーの名場面みたいになってたから、長い髪が重力に引かれて貞子になっている。
アリアは試合終わってからもずっとこの調子だ。
普段のおちゃらけが完全に消えて、ぶっちゃけ気まづい。
「……もう過ぎたことよ、アリア」
「そうだよ!そ、それを言うなら私も打たれたし……甲子園で一緒に取り返そ?」
「フユカ……ショウコ……」
2人に励まされてアリアは少し顔を上げる。
そして、上げた目線の先にちょうど廣目がいた。
「……っ」
廣目も息を詰まらせて、目を合わせられず俯いてしまう。
そんな彼女の態度を見て、見兼ねて成城先輩が口を開く。
「私たちはただ勝った訳じゃない。優勝したのよ。それ以上はないわ。だから、今回に至っては反省は必要ない。顔を上げなさい。私たちにするべきことがあるとすれば、それは次の戦いに向けて準備することよ」
「成城先輩……」
廣目が顔を上げ、アリアもそんな廣目を見た後に、一度床を見つめてから身体を起こす。
2人は目が合い、無言で頷きあった。
リベンジは、甲子園で返す。
「反省……いや、改善点ならば私もある。単打しかない私が1つでもアウトを与えられるのはマイナスだ。甲子園では全打席打つ……!」
「それを言うなら私も。正直全然満足してない。守備範囲……広くしたい」
「私もです。もう誰にも打たせません」
甲子園に向けて新たに決意を固めるのは今年から入ってきた新規【男子級】組。
全員で4人。
3人が表明した。
彼女たちは、最後の一人……アリアに注目する。
視線が集まったアリアは気合いの入った顔で、目付きを鋭くする。
「……私の売りは豪速球でも、両投げなことでもない。スタミナだってお前はそう言ったな。ユイ」
「……!……はい」
アリアの言葉に廣目は頷く。
その肯定を見て、アリアは自身の腕を見下ろし、拳を強く握った。
「地区大会、私が投げたのはたったの9イニング……知らなかったぜ。豪速球を打たれるよりも、両投げが意味なかったことよりも悔しいことがあるなんてな」
「アリア先輩……」
アリアは唇を噛み締める。
だが、もう落ち込んではいない。
彼女の瞳の奥に闘志は燃え上がっている。
「イニングイートできねえことが私の1番のストレスだ。この前、初めてわかった。フユカ……甲子園では私に死ぬほど投げさせろ。今度は食って……食って……喰い尽くしてやるぜ」
「……いいでしょう。吉田さん、貴女の登板機会、減らしてもいいかしら?」
「……っ!」
成城先輩が尋ねると吉田さんはすぐにはいとは言えなかった。
目を見開いてから、泳がせて……少し狼狽えたあと、彼女はアリアを見る。
「―――」
「……!」
アリアも吉田さんを見ていた。
彼女の目を吉田さんはしっかりと捉える。
そこに宿る熱意も。
それを見たらもう……答えはひとつしかない。
「わかった。基本はリリーフだと思えばいいんだよね?」
「そうね。とはいえ、甲子園じゃ最大6試合ある。特に準決勝と決勝はアリアのコンディションは最高の状態で迎えたいから、第4戦の先発は任せるかもしれないわ」
「……なるほど。了解!」
まさかの先発を減らす方針。
でも、アリアに対して獅ノ宮は夢と成長をサポートすることを条件に来てもらってるからこれは正解だと思う。
ちゃんと約束は守らないといけない。
あ、そうだ。
約束といえば……。
「原田先輩!試合振り返ってないの、あとは原田先輩だけですよ」
「……っ」
俺が声をかけると原田先輩はビクッと肩をならした。
みんなの視線が彼女に集まる。
王皇との試合、地区大会決勝という重要な試合ではあったけど他にも大事な側面はあった。
それが原田先輩のトラウマ克服。
原田林に打ち勝ち、原田先輩が自身の【男子級】としての姿を取り戻す。
獅ノ宮にとっても大事なことだ。
原田先輩が少女野球の頃の才能を取り戻し、今の高校生の身体でプレーに落とし込めば、きっと"化ける"。
守備範囲の広さで世界の常識を超えた規格外の遊撃手が獅ノ宮の遊撃を守るんだ。
こんなに心強いことはない。
「わ、私は……」
『……』
皆が注目する中、原田先輩はおずおずと口を開く。
トラウマは克服した。
原田林に向けた最後の打球、そして、ベンチに戻ってきた時の様子を見てもそれは明らか。
だから、今は試合前のように暗くて不安な彼女じゃなくて、いつもの優しくてカッコよくて……さらに頼りになるグレードアップした原田先輩のはずだ。
そんな彼女が少し考えた後、顔を上げて皆と向き合う。
「……私は、……私の才能は"守備範囲"」
『……!』
原田先輩が口にしたのは復活した……いや、昔の原田先輩と今の原田先輩その2人がひとつになった新しい原田先輩の話。
新規男子級組が甲子園に向けた意気込みを発信した流れに沿って、原田先輩も新しい自分が甲子園でいかに獅ノ宮に貢献できるか、そしてしたいかそれを皆に伝えたいんだ。
俺たちは……彼女がゆっくりと紡ぐ言葉を黙って待つ。
「私は……原田 涼香。ポジションは"ショートストップ"。
原田先輩は頭を下げる。
レギュラーを寄越せひとつ独占させろという要望だ。
普通なら厚かましいし、練習とか実績とかで実力を証明して掴むもの。
原田先輩の本領はまだ誰も知らない。
それは本人さえも。
地区大会決勝だって、2イニングくらいしか本気を出せてない。
それがフルイニング、全試合稼働したらどうなるか……夢は広がるが、確実にプラスに働く保証もない。
だって、守らせたことがないんだから。
―――それでも。
「認めましょう」
「……!」
無論、許可をしたのは成城先輩。
原田先輩は顔を上げる。
すると、彼女の視界に異論のある様子の人は……誰一人としていなかった。
原田先輩は目を見開く。
「原田涼香。貴女に獅ノ宮のショートストップ全試合フルイニング出場機会を与えるわ」
「……っ。出場機会、全部……っ!」
「えぇ、そうよ。ただその代わり、貴女以外誰もショートにはつかせない。獅ノ宮のショートは貴女だけの聖域。貴女は何があってもショートで贔屓起用されて結果を出さなければならない。その覚悟……いえ、自信と意欲はあるかしら?」
「~~~~っ!」
原田先輩に重くのしかかる責任。
獅ノ宮の遊撃は編成上、原田涼香1人となった。
それはチームとしての方針と覚悟。
遊撃は原田涼香に全ベットするという投資。
その博打を成功させなければ、獅ノ宮は転けるし、原田先輩は責任を問われる。
ここで肯定するということは、結果を出さなければ道理は通らないということ。
そして、原田先輩が頭を下げて頼み込んだことはそれだけのことなんだ。
原田先輩は1度俯いて……両手で拳を作る。
彼女は、顔を上げてその時には覚悟は決まっていた。
「それでいい。それがいい!私は獅ノ宮のショートストップ。このポジションは誰にも譲らない!」
原田先輩が力強く頷き、これで獅ノ宮のレギュラーは1つ不動のものとなった。
原田先輩の遊撃固定により、(成城先輩)/美山先輩/霧島先輩/ソユン先輩/ソヨン先輩のショートオプションは封印。
完全に退路は絶った。