貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
河川敷のグランド。
獅ノ宮の練習からは離脱して、涼香は林との特訓に時間を費やしていた。
甲子園大会まであと3週間。
その3週間で涼香の守備範囲以外を成長させる。
無論、そんな一朝一夕では身につかない。
故にこれは原田涼香の長い野球人生を見据えた特訓である。
そして、今、ノック担当の林は一度練習を中断して現状の涼香に評価を告げる。
「やっぱり守備範囲は異常に広いね。ぶっちゃけそのままメジャー行っても通用すると思う」
「えっ!めっちゃ褒めるじゃん!ていうかやっぱり~?いや、正直私もそう思ってたんだよね~!」
「でも、守備範囲以外はゴミ」
「急に落とすじゃん。そんな言う……?」
「捕球適当すぎ。打球の処理雑すぎ。打球判断怠りすぎ。エラー多すぎ。身体能力に頼りすぎ。見てから動いて間に合ってるのもそのお陰ってだけ。あと併殺完成度低すぎ。持ち替え遅い。送球雑。下手くそ」
「最後のはシンプル悪口でしょ!!」
酷評に上乗せされた言わなくていいことに涼香が瞠目する。
頼んだ側とはいえ、ここまでボロクソに言われとは思ってなかった。
ぶっちゃけ自分に対する評価は高くて、教わることも沢山あるとは思ってなかった。
しかし、実際は守備範囲以外全て子供の野球以下と言われた。
そこまで……?
「……要するに、技術的なこと全部お粗末。才能に頼りすぎだよ。身体能力の高さで今は何とかしてるだけ。範囲は広くても打球に追いついてからの小手先の技術でマイナスを叩き出してるから結果的に範囲で稼いだ大幅なプラスを相殺してると思う」
「そ、そうなんだ……」
「てか範囲ももっと広くなると思う。涼香、打球判断も遅いから動き出し早くすれば外野と二塁もカバーできる」
「マ、マジ?私の才能まだ伸びしろあるの?知らなかった……」
「うん。でも、今のままじゃ無理。まずは意識から変えないと。今は頭使わずに本能で動いてるから身体能力任せなの」
「……っ!」
「だから、総合評価で私に負ける」
「それ言わなきゃいけなかった!?」
絶対に最後は落とす林に涼香は少し笑いながらもツッコミを入れる。
ただ、林の言ってることは全部納得出来た。
自己分析だけでは楽観的な思考も入ってくる。
自分の怠らない部分も気づかないフリをしてしまうことはある。
無論、そこを伸ばすということはダルい練習が待ち受けてるからだ。
要するに怠慢。
反省。
そして、やはり林の指摘を受けて良かったと思うし、頷ける。
「まあでも私のUZRが林ちゃんにいつも負けてる理由はわかったわ。範囲で20稼いでも他でいってこいにしてたワケね」
「……うん。そして、それは涼香がショートストップの練習を怠ったから」
「……!」
林は視線を落とし、涼香は目を見開く。
ショートの練習と経験値を積んでこなかった。
それが涼香の弱点を生んだ原因。
そして、そうなったのはどこかの誰かが涼香をショートポジションから追い出したからだ。
それは……
「1つの守備位置を極めることにおいて……9年間の空白は大きい」
「……林ちゃん」
俯く林。
そんな彼女を前に、涼香は言葉をかけようとしても詰まってしまう。
正直林のやったことは擁護できないし、自責に対して被害者の涼香はフォローもできない。
でも、林のことじゃなくて、自分の気持ちなら……話せる。
「正直、林ちゃんを恨んでないって言ったら嘘になると思う」
「……っ!」
「まあ……恨みよりも怖いって気持ちが強かったけどね」
「……そっか。ごめん」
下を向いている林に容赦なく浴びせる涼香。
彼女は真っ直ぐと心の通った瞳で林を捉えている。
林はそんな涼香を見ることができない。
息を詰まらせて、瞼を閉じ、唇を噛む。
さらに自責に苛まれて眉間に皺を寄せ、後悔した。
だから、ただ謝ることしか出来ないし、恐る恐る聞くことしかできない。
「……今も、私が怖い?」
「……ちょっとだけね」
涼香は正直に話した。
その後に、「でも」と続けて林も少しだけ視線を彼女に向ける。
2人を照らす夕焼けが眩しかった。
河川敷の……高架下を眺めて涼香は気持ちをぽつりぽつりと口にする。
「怖いだけじゃないから。今は、昔の気持ちもちょっと取り戻してる。それに林ちゃんが怖かった期間も無駄じゃなかったと思うんだ。林ちゃんが好きだった時の私と、怖かった時の私。両方を兼ね備えた今の私には、それはそれでまた特別なモノがあると思う……まあ、そう思いたいっていうか信じたいだけかもだけど」
涼香はこんなにも本音を話すようになった。
林は目を丸くして涼香を見れた。
だって、昔はこんな娘じゃなかった。
いつも無邪気で、でも臆病で、私の後ろをついてきていた。
本音とか言い出す勇気はなくて。
自分の意見を飲み込む時だってある。
そんな涼香は、今は違う。
もういない。
「林ちゃん。まだ遅くないよ」
「……!」
涼香が振り返って告げ、林が驚く。
2人は目を合わせた。
涼香は林が知ってるよりも強くなっていた。
その瞳は一切ブレない。
9年はこんなにも人を変えるのか。
いや……変えたのは彼で、変わったのは数分か。
涼香は、林に向けて二カッと白い歯を見せて笑ってみせる。
「だって、私達まだ高校生だよ?空白の5年だって若い時でよかったよ。サボったツケはきっとまだ取り返せる。技術不足ってことは逆に言えば、そこのとこ磨きさえすればまだ伸び代あるってことでしょ?」
「涼香……そうだね」
林は穏やかな表情になって同意した。
自分で浮かべて、頬に触れた。
表情筋はいつからこんなに柔らかくなったんだろう。
思えば、この9年間ずっと強ばっていた。
それだけ涼香を復活させるという目的のことだけを考えていた。
「林ちゃん。昔、私が高架下でこっそり野球やってたの……知ってたんだね」
「えっ?」
林は思わず涼香を見る。
すると、彼女はまた可愛らしく微笑んで小首を傾げた。
あぁ……ずっと後悔して涼香の様子を確認していたのもバレてた。
いや、バレた。
話を聞くと、津川から聞いた!とのことだ。
また彼か。
敵わないな。
当たり前か。
私は涼香を裏切った落ちぶれヒーローなんだから。