貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
去年の夏。甲子園大会。
ベスト4がかかった準々決勝、獅ノ宮の試合が今にも始まるというタイミング。
ベンチで成城はチームメイトの信じられない発言を聞いた。
「ごめん、成城。私達野球部辞めるわ」
「……は?」
あまりに唐突なことに唖然とする成城。
彼女に退部する意向を示したのは……2年生と1年生で総勢25人。3年生12人と、成城・美山・原田・霧島・長門を除いた全員だ。2年生に至っては長門以外ということになる。
それを、夏の大会ベスト4を決める段階でぞろぞろと並んで告げてきた。異常事態だ。
「な、何を言ってるのよ。なんで、今……っ」
「いや。だって。ははっ、わかるでしょ」
「は?」
勝手に悟ったような1人の同級生に成城はただただ困惑する。
だが、彼女の視線の先にいる人物を見て、ハッとした。
そこにいたのは罵声を受けている美山優希。
『獅ノ宮負けろー!』
『どの面下げて勝ち残ってんのよ。ねっ』
『いや、マジそれ!はやく負けろって』
『くたばれ獅ノ宮!がんばれー!
『美山〇ね……!悪魔!』
『帰れ獅ノ宮!!』
「あはっ!あはははははっ!いいね。いいね、いいね、イイネ!やっぱ甲子園って最高~!!優希、超気持ちいい……!」
どれほど罵声を浴びせられても、寧ろ歓喜に変えてしまう悪魔の姿。
両腕を広げて自らグラウンドに躍り出て、遊悦な笑みを浮かべている。
やる気魔人、球児の間ではそう呼ばれている彼女は、甲子園に来てからその性質をさらに露わにした。
その結果がこの大ブーイング。大批判。
基本的に本気でやらないくせに、都合のいい時だけ暴れ回る。相手を弄び、私利私欲の為に
その姿勢はこれだけの衆目に晒されると看破され、相手にリスペクトがないと非難が集中した。世間は今、獅ノ宮野球部を完全に『悪』として捉えている。
「……っ」
成城は顔を顰める。
美山を野球部に誘ったのは成城だ。故に、思うところはある。
仲間が、獅ノ宮が悪役になってしまったのは一重に自分の責任であるとも言えるからだ。
「私達もう美山と野球したくないんだよね。2年生も同じだってさ。だから、あんた達5人と3年生以外はもう皆この試合で辞める」
「そ、そう。いえ、でも。そんな急に……そうよ。何も今じゃなくていいじゃない。大会の真っ最中よ?ここから私達と3年生だけで戦い抜けと言うの?」
「できるでしょ。別に減った人数でも残り2試合ならなんとかなるんじゃないの」
「そんな無責任な……!」
「は?」
成城が食い下がる様を見て、これまで同級生同士で話をつけさせようとして我慢して見ていた2年生が、顔を顰める。
そして、成城の胸ぐらを掴んで引っぱたいた。
「責任がどうこうって話するならあの悪魔をどうにかしてよ!あんたが連れてきたんでしょ!?」
「……っ!」
成城が頬を叩かれ、その勢いのまま椅子の合間に崩れ落ちる。
未だにグラウンドで興奮している美山の責任を追求された。
だが、それについては成城にも言い分がある。
故に、先輩相手でもキッ……!と睨みつけて威勢よく立ち上がった。
「そ、それは……だって貴女達が……!私に体力があればもっと役に立つのにって言ったからじゃない!だから、私と同じ
『……!』
吐き捨てる成城に、2年生勢が目を見開く。
確かに、彼女たちは成城に苦言を呈した。鳴り物入りで入部してきて、どんなポジションも完璧にこなせると自負していた。
そんな能力を買われて上級生すら押しのけレギュラーに食いこんでいた。それを気に食わなく思う上級生もいた。
だが、彼女達が不満を抱いたのは決して成城が下級生だったからじゃない。
忌み嫌っていたのは、成城の能力が上下関係を無視してまで魅力的なものではなかったからだ。
確かに成城は何をやっても完璧だった。凄まじい能力を持ったプレイヤーだった。ただそれだけなら上級生も渋々席を譲っただろう。
しかし、実際の成城は欠陥品だった。完璧ではあるが、持久力がない。
投手としてはイニングを食えず、打者としては疲労が蓄積するとまるで打てなくなり、野手としては守備の精度が格段に落ちる。
そんな短いイニング限定の完璧超人だと発覚した時、彼女はなんと滑稽だったことか。
そして、同時になんでこんな奴にポジションを奪われなければならないのかという怒りが湧いた。
故に、彼女達は意地悪に指摘した。お前は役立たずだと。お前に体力があれば、チームはもっと強かったのに。
すると、成城はある日、1人の入部希望者を呼んできた。
そいつは練習をしないという舐めた条件付きで入部し、当然突っかかられたが―――その全てを実力で黙らせた。
成城が連れてきた悪魔、美山優希である。
その事を思い出して2年生が詰まったところに、1年生が同級生の成城に物怖じせず告げる。
「……いや、そらそう愚痴ったけど。別に新しく連れてこいなんて言ってないじゃん。あんたが勝手に思い詰めて変に解釈しただけでしょ?」
「……っ!?」
成城はその言いぶりに動揺する。
だって、そんな言い方ないじゃない。私は、私は……貴女達がもっと欲しいって言うから。
だから、皆の為を思って優希を連れてきたのに。その仕打ちがこれ……?
「とにかく皆辞めるから。3年生に美山使うのやめてってお願いしてももうあの人達は手遅れだし」
「手遅れ……?」
一方的に言い放つ同級生の言葉に成城は違和感を抱いて訝しむ。
その様子を見て同級生は瞠目した。
「知らないの?あの人達、美山に呑まれたんだよ。批判の原因は美山だからあの
彼女たちは言う。
美山を辞めさせるか使わないかどちらかを3年生にお願いした時、こう、答えられたと。
『美山をこれだけ味わったらもう美山無しじゃ野球できない』
「……っ!」
戦慄する成城。
知らなかった。自分が連れてきた美山がそこまで皆を狂わせていたなんて。
彼女の能力がそこまで人を魅了するなんて。
美山優希の力は確かに絶大。成城冬華も同様の能力を持つが、彼女と違ってすぐにバテてしまう。
きっと、人間の限界が成城冬華で、美山優希は人間ではないのだ。
だから、美山優希の力は他者をも呑み込んでしまう。
彼女の勝手な快楽野球も許されてしまうのだ。彼女の力を、味方として味わえるのだから。
それ以上はない、と。
だが、3年生以外は未だ正気。呑まれていない者に美山の横暴さとそれによって起きた外野の攻撃は……耐えられたものではない。
「私達はまだ美山と一緒に試合でることがそんなにないから、美山に夢中になってない。今ならまだ引き返せる。ていうかさ、怖いんだよ!このままズルズル続けたら、私達も美山に呑まれちゃうんじゃないかって……!」
それは、自分達も3年生のようになってしまうのではないかという恐怖。
しかもいつそれが起きるのかはわからない。
美山優希によって起こることは何も予測できない。
「だから、私達は一刻も早く辞めたいの。抜け出したいの。3年生が卒業して、レギュラーになることが多くなる前に……!」
「そ、そんなこと……」
「起こるはずないって?ははっ。あんた達にはわかんないよ」
「えっ……?」
悲しそうに、いや、怒ってもいる。辛そうでもある。色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざって哀愁を感じさせる同級生の表情。
そして、その目は何か歪なものでも捉えているようだった。
彼女はその目で成城を含む5人と自分たちを明確に線引きする。
「成城、原田、霧島……あと長門先輩も?あんた達4人みんな、どう考えても美山側じゃん。美山が突出しすぎてるけど、4人も天才でしょ。天才に……私達凡人の気持ちなんてわかんないよ」
「……っ!」
悲しみも怒りも辛さも全部理由がわかった。
彼女達だって私達のことを仲間だと思っていた。でも、『違う』ってどうしても、嫌でも理解してしまった。
そして、そんな彼女達の背景を、成城は嫌でも気付いてしまった。なまじ頭が良いから、何においても完璧だから。才能を持ってるから。必要のない時にも洞察が働いてしまう。
彼女達が私達に抱いたその気持ちは、仲間に向ける愛情も確かにあった。でも、どうしても……抱いてしまう。
持たざる者が持ちすぎる者達を前にしてしまって、どうしても、どうしても。
お前達は私達とは違う、と。お前達は……お前達は―――。
「そ、そんなこと」
「あんた達だって私達凡人から見たら充分化け物だって言ってんの!!分かれよ!あぁ、もう。ウザイなぁ!!」
「……っ!!」
成城の表情が歪む。きゅぅっと胸を締めつけられる音がする。
原田達、他の天才側の仲間はみんな、今日は荷物運びだ。運が悪いことに、今、成城は1人の立場。
いや、恐らく彼女達は自分達が言い出しやすい状況として今日このタイミングを選んだ。
成城は動悸が激しくなるのを感じる。呼吸が、荒くなる。
「ウザイんだよ、お前!もう私達のことはほっといてよ!あんた達となんかと一緒にやりたくないの!惨めになるの!だから、だから……あぁもうほんと放っておいてってばっ!!」
「……っ!」
怒鳴られて、成城は思わず顔を伏せる。
なぜ萎縮しているのだろうか。なんの罪だろうか。才能を持って生まれたことが、罪なのだろうか。
優れていることは、悪なのだろうか。
私は、彼女達と同じ人種ではないのだろうか。
この化け物が。そう非難されるのは妥当なのだろうか。
「……もうSNSでネチネチ叩かれるのも、ロッカールームに画鋲ばらまかれたりすんのも、グローブとか用具ズタボロにされんのも、私物とかカバンとかに落書きされんのも……もうほんと無理なの……限界なんだってば……やめてよ、もう。これ以上。あんたまで付きまとわないでよ……」
「~~~~~~~っ!!」
たまらず感情を爆発させた同級生がもはや代表のように成城に1人、想いをぶつけた。
傍から見れば言い過ぎと判断されるだろうが、ここにいた退部を宣言した部員の中に制止する者はいなかった。寧ろ、全員が彼女の言うことは創意だとただただ頷いた。
成城冬華は、甲子園大会準々決勝が始まる直前のベンチでただ1人、25人に憎悪の視線を向けられた。
彼女は、美山という悪魔を連れてきた上に、化け物という悪だから。
「おい。さっきからなんかすげぇ怒鳴り声が……冬華?……っ!?」
雑用係を全うしてようやくベンチ入りした霧島が険悪な雰囲気とベンチ裏まで聞こえてきた罵声を怪訝に思い、とりあえずベンチを見渡す。
すると、成城が見たこともないような、不健康な顔色で俯いていたのを発見して目を見開く。彼女の表情は、まさに顔面蒼白だ。
「―――」
「なっ……あっ……!?……っ!」
仲間の只事ではない様子に霧島は驚愕する。
そして、すぐに構図のおかしさに気づいた。大人数の1年生と2年生がみんな成城の方へ身体を向けていることに。
「おい、なんだよ。お前ら冬華に何したんだよ。オイ!!」
「何?どういう状況……?」
「ふ、冬華……っ!」
1年生と2年生に掴みかかる霧島。
後から入ってきた原田と長門は事態が理解出来ずただ困惑する。
この日、1年生と2年生の話を聞いた霧島があわや乱闘を起こしそうになるが、原田が止め、険悪な雰囲気のまま試合は開始された。
試合は、成城が人生初めてのエラーを記録し、彼女の絶不調は最終イニングまで続いた。
失策10/4打数0安打/6失点。野手も投手も完璧にこなせる、『完璧の成城』と呼ばれた彼女はその試合では姿を見せず。
守備も、打撃も、投球も何も奮わなかった。
それでも、成城を贔屓起用し続けた3年生によって、獅ノ宮学院高校野球部は甲子園大会準々決勝で―――敗退した。
そして。翌年の春。
部員数が5人になった獅ノ宮野球部は、学校のグラウンドでノック練習をしていた。
成城が飛ばす打球を、捕球しながら霧島がボヤく。
「だぁ~!今日も入部希望の新入生来ねえなぁ。もう入学式から3週間だぜ?」
「……まあ仕方ないでしょ。獅ノ宮野球部の悪名は日本中の高校球児に知れ渡ってる……っ!しっ!」
「悪名って……別に悪いことはしてねえだろ……。なんだよ、天才なのが悪いって」
「才能はズルなんだってさ。ははっ。ほんとアホらしいわ。ま、私のは別に才能じゃないんだけどね」
二遊間で捕球とスローイングを繰り返しながら不満そうに顔を顰める霧島と呆れたように笑う原田。
そんな二人の会話をバッターボックスで遠巻きに聞いていた成城は、無言で考え込む。
「……」
去年の夏、引退する卒業生にキャプテンを任された。その事を知った辞めた部員達は、冷やかしのように言った。
悪魔を扱うには、同じ化け物の手が必要だねって。就任を言い渡した前キャプテンは言った。悪魔を人間に戻せる人がいるなら、同じ才能を持つあんたかもしれない、と。
成城は、鼻で笑う。
「フッ。んふふっ……ははっ。はははっ。優希を扱える?優希をマトモな人間にする?フッ。んふふっ。ははっ」
ノックを打ちながら自嘲気味に笑みを貼り付け続ける。それは、自暴自棄から出た表情かもしれない。
1年生や2年生もきっともうあの時点で美山優希の力に呑み込まれていた。でなければ、もっと私が優れていればよかったなんて言わない。
勝手に求めて、勝手に厄介がって、勝手に押し付けて、勝手に優希を矯正すると思われてる。
矯正?する訳ないでしょう。
優希にもう誰にも迷惑をかけさせない。悪魔と呼ばれた彼女は、このまま人数不足で廃部になる野球部と共に、もう日の目を見ることなく消えていく選手となる。
彼女の神の領域とも呼べる才能を腐らせることが罪だとしても、私には容認される資格がある。
私に一任したんでしょう?だったら好きにしていいでしょう。彼女の才能を世に出さないといけない義務なんて、私にはない。
一刻も早く辞めたくて去年のうちに部を去ったんでしょう?ならもう部外者になった貴女達にとやかく言われる謂れはない。優希をどうするか、私が好きに決める。
―――それに。ただ優希を腐らせて沈めるだけじゃない。世界に損失を与えるのだから、私もそれなりに対価を払うわ。
「……一緒に沈みましょう、優希。私の才能もこの泥舟の野球部に乗せるわ。二人仲良く……朽ちていきましょう」
そうだ、それがいい。道連れだ。
こんな野球部諸共消えてなくなってしまえばいい。
悪者の獅ノ宮野球部なんてものは、去年で終わり。今年からは存在ごと消え失せて、いつか人々の記憶からも消失されていく。
それでいい。それでいいのよ。
新入部員なんて要らない。
寧ろ、減らそうとさえ思ってる。
原田涼香は夢を持っている。中学からの付き合いだから、冬華は知っている。彼女だけは一緒に沈ませる訳にはいかない。
どこかのタイミングで、船を降りてもらわなくては。その為の準備はしてる。彼女の次の居場所もとっくに確保している。
あとは、誰も受け入れず、美山優希という悪魔を抱えてくたばるだけだ。
結局彼女は助っ人。野球に快楽を見いだしたとしても、獅ノ宮野球部という身近で手頃なルートがなければ、自然と野球から遠のいていくだろう。
もし、そうでなかったとしても私の全身全霊をかけて彼女を妨害し続ける。例え、適わなくとも。この身が滅ぶまで。
「……んっ。優希?」
成城冬華は常に美山優希の動向を注視している。
ノックを打っていた冬華は、グラウンドの外で優希が男子と話しているのを目撃した。
成城冬華は、天才である。
野球だけではない。ありとあらゆるものを完璧にこなす才能を有している。
故に、彼女は頭も切れる。
冬華は、優希と話す男子のその様子を、表情を動向を態度を目線を全て観察して分析した。
そして、彼がマネージャーになる為にここに来た訳では無いと看破した。
看破して、彼が私利私欲でこの野球部を利用しようとしているのを見抜いて、冬華は口角を上げる。
―――彼は利用できる、と。
いいものが舞い込んできた。都合のいいものが。誰も受け入れないと言ったが、前言撤回だ。
きっと彼は爆弾だ。
この部を滅茶苦茶にしてくれるだろう。
それはとても素晴らしいことだ。部の内部事情が悪くなれば、学校側も廃部を進めやすくなる。
成城冬華は、舌なめずりする。
口角は下げて、真顔を作った。彼に、会いに行く。
彼を、津川和哉を利用する為の最初の一歩。
冬華は彼の隣にいた優希の方をわざと選んで話しかけた。
「優希、そこで何しているの」