貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第16話:美山優希って、神じゃね?

 

「冬華!」

「……っ」

 

 原田先輩に呼ばれて、成城先輩が我に返る。

 彼女が顔を上げた時にはチームメイトは原田先輩以外もう皆守備についていた。

 今は9回裏。表は終わった。

 

 美山先輩による逆転スリーランホームランで 獅ノ宮 4 - 2 中龍 というスコアになり、その後は長門先輩も霧島先輩も三振。

 美山先輩のホームランでベンチに帰ってきてから成城先輩は俯いてボーッとしていた。美山先輩が描く放物線を目で追った時から何か様子がおかしくなった。

 どうしたんだろう。

 

「……ごめんなさい。今、行くわ」

 

 成城先輩はそれだけ告げて立ち上がる。

 彼女はその足でマウンドへと向かった。

 長門先輩がソロホームランを打った後の7回裏から成城先輩にピッチャーは交代している。

 ピッチャーの成城先輩は、正直凄い。

 

 いや、まあそもそもピッチャー成城冬華は優秀な指標を残しているし、俺も最初からかなり評価している。

 彼女の持ち味はなんといっても『打たせるピッチング』だ。

 今日も7回裏と8回裏の2イニングまとめて10球で抑えている。

 高校最強バッターを二人有する中龍学園を相手に、だ。

 

「アウト!ゲームセット!!」

「……」

 

 9回裏。たった4球。

 最後は、というか最後も原田先輩の元に打球が飛んでそれを簡単に処理した。ファーストミットに綺麗に送られたことで、アウトで終了。

 

 成城先輩が登板してからというものの打球は9割型原田先輩の元に飛んできた。

 殆どゴロ処理だったが、難しい打球もたまに飛び、原田先輩はそれをさも当然のようにファインプレーを何度も再現してアウトにした。

 

 成城先輩はコールが告げられたその時も表情を変えず。

 14球で3イニング無失点消化。その結果を得ても彼女はそんなことはできて当然だとでも言うように飄々としていた。

 だが、彼女の仲間は違う。

 

「うおおお!中龍に勝った!うしっ!しゃあっ!ナイピ、冬華……!」

「ははっ!やっぱすげぇな、お前!助かったぜ、冬華」

「冬華……!ナ、ナイス!」

 

 マウンドの成城先輩を取り囲む獅ノ宮野球部メンバー。

 王者という圧倒的格上を相手に勝利を収めた神ピッチングを称え、彼女達は歓喜に包まれる。

 チームメイトが喜ぶ中で、成城先輩は疲れきった表情で「ふぅ……」っと深い息をついて、汗を拭う。

 

「整列するわよ」

「えっ?あぁ……おう」

 

 勝っても、仕事を終えただけという雰囲気でマウンドを降りる成城先輩にテンションの上がっていた一同は戸惑いながらも、ホームベースに向かっていく彼女の背中を後から追いかける。

 獅ノ宮学院高校野球部と中龍学園野球部の練習試合、1日目。これにて、終了だ。

 

『ありがとうございました!!』

 

 互いのナインが並んで頭を下げる。

 試合終了。

 結果。

 

 獅ノ宮 4 - 2 中龍

 

 勝利投手:成城(なりしろ) 冬華(ふゆか)

 敗戦投手:名護(なご) 憲子(のりこ)

 セーブ:成城 冬華

 

 本塁打:(たに) 繁那(はんな)長門(ながと) 未来(みく)美山(みやま) 優希(ゆうき)

 

 勝利を収めた獅ノ宮野球部メンバーがベンチに帰ってきた。

 成城先輩は俺に向かって告げる。

 

「津川くん。明日は誰をどのポジションに置くか、貴方が好きに決めていいわ。それ以外も何でも好きにしなさい」

「えっ?あぁ……は、はい」

 

 それだけ言い残して成城先輩は自分の荷物だけまとめてベンチ裏へと消えてしまった。俺は廊下へと消えていく彼女の背中を上体だけ捻って振り返り、見つめるだけで見送る。

 

 違和感のある態度だ。どうしたんだ?

 勝ったのに、まるで嬉しくなさそうだし。というかそれ以前に感情を感じないレベルなんだが。

 今日の試合に意味は無い。とでも言うようだった、彼女は。

 

「……なんだよ。あいつ、なんか変じゃねえか?」

 

 足早に去った成城先輩を怪訝に思ったのは俺だけではなかったようだ。

 ベンチに用具を一旦置いて、汗をタオルで拭く霧島先輩もまた、顔を顰めた。

 その隣で、原田先輩だけは何か勘づいてるようだった。

 

「……多分去年の夏を思い出してたんでしょ」

「去年の夏?」

 

 目線を落として呟く原田先輩に、俺が首を傾げる。

 去年の夏、つまりは甲子園のことなんだろうということはわかる。

 ただ、その時のことを想起してあの態度、というのはどうも結びつかない。

 

 だって、去年の夏の大会はベスト8を収めて万々歳だったんだろ?なのに、振り返った時の表情が……あんな、虚しそうな感じなのかよ。

 そう思って困惑していたのを原田先輩は見透かしたようで、俺の顔を見て目を細めた。

 彼女は、俺に説明してくれる。

 

「あんたは知らないだろうから、不思議そうにするのも無理はないけど……明日、私達と一緒に試合するなら覚えといた方がいいよ」

「……?」

 

 そう言って、原田先輩は用具を椅子に置くために腰を折ってから、上体を起こす。汗を拭いながら彼女が顔を向けたのは、美山先輩がいる方。

 美山先輩は、ライトからゆっくりとニコニコしながらこちらへと向かっていた。

 彼女を見て、原田先輩は表情のトーンを少し落とす。

 

「……あの悪魔は、別に私達の英雄じゃない。ベスト8まで行けたのは間違いなくあの()のおかげだけど、今から優希が入部する前に時を戻せるなら……私は、ベスト8を捨ててでもあの()の入部を拒否する」

「えっ、なんでですか!?」

「……」

 

 原田先輩の言葉に俺は驚愕する。俺のリアクションを受けても、というより受けたことで、原田先輩は「やっぱり」とでも言うように目を細めた。俺のリアクションは予想済みだったらしい。

 

 だって、実績は大事だ。他者からの評価も得られるし、何より自身の栄光になる。少なくとも、一度掴んだその栄光を自ら捨てようなんて思うことはない。

 それに。正直今日の試合を見ていて、美山優希のプレーは最高だった。

 

 先輩達や獅ノ宮のファンでもある助っ人ズから、試合中に彼女の話をベンチで聞いていた。能力も、異名も、去年の活躍も。

 確かに自分が目立つ展開の為に本気を出したり出さなかったりして試合を操作して、相手にリスペクトもなければ自チームにも迷惑をかける、まさにやる気魔人だった。

 

 でも、そんな欠点なんてどうでもよくなるくらい、彼女の能力は素晴らしいものがあった。いや、素晴らしいなんてものじゃない。

 あれは、神の領域だ。

 あぁ。認めるよ。女子野球を見下していたこと、それは間違いだった。

 

 美山優希。

 彼女は俺の世界に来てもきっと通用するだろう。いや、無双するかもしれない。

 グラウンドの規定が小さくなっているとはいえ、美山先輩のホームランキャッチはあれでも余裕を感じた。つまり、球場が大きくなっても彼女にはあれができる。

 

 そして、何より最後のホームラン。

 高校最強ピッチャーである名護さんの投球は完璧だった。球速こそ女子の、それも高校生の域ではあったが。キレも、コースも、選択も、何もかも完璧の1球だった。

 それを、美山先輩は簡単に運んだ。簡単だ、言葉通り、本当に簡単。

 

 美山先輩にとってあれをスタンドに運ぶことは息を吸って吐くくらい当たり前にできてしまうことなのは、見てわかった。しかも、それでも彼女は本気ではない。

 彼女のスイングは少し力を抜いていた。証拠に、球を捉えた時、芯からズレていた。だというのに、飛距離も打球速度も前世も含めて俺が見てきた中で1番だった。

 

 美山優希は、神だ。

 究極の野球プレイヤーだ。

 あんな選手、今まで見たことがない。彼女を崇めろと言われたら、俺は宗教だって作れてしまうかもしれない。

 

 それ程までに異常な、規格外の能力だった。

 だから、実績だけでなく彼女まで手放したいという原田先輩の意見は、理解できない。正直、意味がわからない。はぁ?って感じだ。

 俺は、原田先輩に食ってかかる。

 

「美山先輩、マジ神じゃないですか!あの人を手放したいなんて正気の沙汰とは思えませんよ。絶対ずっとこのチームに確保しといた方がいいですって!てかあんな人がウチにいるなんて、奇跡じゃないですか……!!」

「……っ」

 

 俺が興奮気味に主張すると、原田先輩は表情を歪めて唇を噛んだ。

 そして、纏めた荷物に最後、タオルを投げつけて、その勢いを含んだ怒気を滲ませて俺に吐き捨てる。

 

「あっそ!じゃあその気持ち優希に伝えてきなよ。きっと喜んで失禁するよ……!あいつ」

「お、おい。お前、男子の前で……!」

 

 慌てた様子で霧島先輩が俺と原田先輩を交互に見る中、原田先輩は盛大にチッ!と舌打ちして、彼女も荷物を抱えてベンチ裏へ行こうとする。

 霧島先輩に「おい、ダウンは!?」と問われるが、「冬華と一緒に外でやる!構うな!」と叫んで険悪な雰囲気のまま球場を後にした。

 残った霧島先輩は俺をチラチラと確認しながらオロオロと狼狽えている。

 なんだ?

 

「どうしたんですか?霧島先輩。なんか様子が変ですけど」

「い、いや……あぁ、えっと……」

 

 俺が声をかけると目を泳がせる霧島先輩。

 その様子を前に俺は首を傾げたが、途中で気付いた。

 そうか!貞操が逆転してるから霧島先輩は異性の前で「失禁」というワードが出て焦ってるんだ。

 

 前の世界でも女子の前で下ネタを控える風習はあった。この世界でもそうなんだ。

 なのに、原田先輩が何故か苛立ち始めて頭に血が上っているからポロッと言ってしまって、正気の霧島先輩がアタフタしてる……と。

 

 ていうか久々の試合観戦に興奮して、すっかり貞操観念のこと忘れてたわ。

 それくらい見応えある試合だった。

 何度も言うが、女子野球を見下してたことを撤回したい。

 

 今日の試合はかなり高レベルだった。

 特に獅ノ宮だ。どのポジションも完璧にこなし、マウンドでは凄まじかった成城先輩も。ファインプレーの再現性が凄まじい原田先輩の守備も。そして、何よりもはや神とも言える超人の美山先輩も。

 

 改めて認めよう。そして、称えて感謝を告げよう。

 見応えのある試合だった。お腹いっぱいだ。ナイスゲーム。観戦の感想としては満足という他ない。途中、高校最強ピッチャーが登板したり、無理だろと思ったところもあったが、見事勝利。

 

 逆転した時は驚いたが、美山先輩の話を聞いて、後から納得した。勝つべくして勝った試合だ。

 対決をしている関係上、俺としてこの勝負は喜ばしくないが、それでもゲームの内容が良かっただけに拍手をせざる負えない。

 獅ノ宮野球部、彼女達は尊敬に値する野球チームだった。

 

 彼女達が監督など不要と言うのも納得がいく実力ではあった。

 だが、それでも俺は彼女達の監督になりたい。そういう展望、というのもあるが、認めたからこそ彼女達がもっと輝いてる姿が見たいと思ったのだ。

 今でも異次元に凄い彼女達がもっと成長すれば、それこそこの世界の球史を変え、球界のレベルアップも夢じゃない。

 

 正直、こんなにすぐ現実味が出ると思わなかった。

 適当に選んだ獅ノ宮学院高校野球部がまさか、天才の巣窟だったなんてな。しかもただの天才達じゃない。美山・成城に至っては異次元の天才。

 あの二人は間違いなく現時点でこの世界で頭一つ抜けている。

 

 言うなれば、『二刀流の彼』クラスの逸材が二人同世代に存在すると言ってもいい。『彼』は野球の常識を塗り替え、球界のレベルアップをしていたまさに実例と言っていい。

 それが2人だ。こんなもん俺の夢の実現に対する確定演出みたいなもんだろ!!嬉しい誤算でしかない!

 

 明日、2日目。

 俺は必ず今日より大差をつけて試合に勝ち、内容を見て俺を監督にすべきと彼女達に認めさせてみせる。

 だって、そうだろう。彼女達が甲子園ベスト8止まりであっていいはずがない。美山・成城を有し、『名手』の原田・大砲の長門もいるのだから優勝は必須だ。

 

 俺は彼女達を優勝させたいし、そんな優勝なんて前提にしてもっともっと球界を大きく成長させるような選手に成長させて排出したい。

 いや、俺も彼女達がプロやメジャーに旅立ったらその隣にいたいな。男子野球を知る俺が、彼女達の真価を発揮させるべきだ。

 

 おぉ、なんかだんだん将来の設計図が具体的になってきたぞ!こんな早い段階で見据えられるとは思わなかった。テンション上がってきた……!

 

「よーし!明日頑張るぞ!」

 

 俺は2日目に向けて気合いを入れた。

 

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