貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「あは~っ。昔はもうちょっと部員沢山いたんだけどぉ。みんな卒業しちゃったんだよね~」
「……なるほど」
美山先輩の話によると。
部員数は現5人。去年は42人で、甲子園ベスト8。
あ、ちなみにこの世界にも甲子園は存在する。ただ、これは甲子園に限った話では無いが、球場はどれもグラウンドが小さくなっている。
ベース間といい、スタンドまでの距離といい、全てが女子野球の身体能力を基準に作られている。
あとフェンスも低い。
と、言う余談はさておき、獅ノ宮が意外と強豪で驚いた。
しかし、今では人数不足で大会はおろか試合すら出来ない状況。部員の殆どは卒業生だったらしい。下級生少なすぎだろと思ったけど、まあ部員が不作な年ってあるしあまり気に止めなかった。
それよりも監督は不在というのが重要だ。顧問はいるが、所謂野球の知識などないおばあちゃん先生らしくアテにならないらしい。
顧問がいて監督がいない。これは好都合だ。
部員数もギリギリ規定を満たしてるから廃部にならないし、監督不在なら俺が実質的な監督のポジションを狙いやすい。
これはシメたというやつではないだろうか。
「ていうか美山先輩は兼部なんですね」
「そうだよ~。野球部には去年成城ちゃんにどうしてもって言われたから入っただけ~。ホントはインフルエンサー部だよ」
……なんじゃその部活。何する部活なんだよ。
この世界ではメジャーな部活なんだろうか。
美山先輩はどうやら特別待遇らしく、練習に参加しなくてもいいという条件付きで入部したらしい。
去年ということは甲子園ベスト8になった年か。
そこまでして美山先輩をチームに入れたかったとなると、やっぱり彼女自身が言ってたように美山先輩は上手いんだろうか。
正直美山先輩は今時の線の細い女子って感じで野球どころかスポーツもできなさそうなんだが……。
それこそインスタで映え~!とかやってそうなんだよなぁ。
そんなことを思ってる間に成城先輩が部員を集めて連れてきてくれた。
さっきノックを受けていた2人の女子だ。
「紹介するわ。入部希望の津川くんよ。2人とも挨拶して。あっ、別にしなくてもいいわよ。彼は私の名前だけ知っていればいいから」
「……ツッコんだ方がいい?」
成城先輩の渾身のボケ……ではなく割とガチの真顔で言ってる様子に、セカンドでノックを受けていた茶髪ポニーテール女子が顔を顰める。
カワイイ系の美山先輩とも綺麗系の成城先輩ともまた違った所謂ザ・スポーティ女子といった感じの淡白な風貌だ。
この人、セカンド上手かったなぁ。思い返すだけでも惚れ惚れする守備だった。女子にしてはだけど。
そんな彼女は成城先輩から俺に視線を動かす。
「……どうも。
挨拶も淡白だ。てかユーティリティってマジ?ほんとかぁ?自称ユーティリティはアテにならない。
まあそれはともかくポニーテールを揺らしながら名乗ってくれた原田先輩。
彼女は全く俺を見てないな。適当なところを見てる。
所謂、前の世界でいう女子に興味無い素振りのクール系男子なのかもしれない。
そして、もう一人。
「
ダルそうに挨拶する毛先を遊ばせてた派手髪ショートカット。一見男にも見える。所謂前の世界でいう平成初期のバンドマン系男子。
てかヤンキーだ。
二人の自己紹介を聞いてふと思った。
そういえば成城先輩のポジション聞いてないなって。
監督になったら必要な情報だし一応今のうちに尋ねておくか。
「ちなみに成城先輩はどこ守ってるんですか?」
「全部よ」
「へー、全部。なるほ……ん?は!?」
俺は思わず成城先輩を二度見する。
その反応を受けて、彼女は再度重ねた。
「全て守れるし、投げれるし、補れるわ。バッテリーも含めて全部よ」
「………………は?」
もう一度聞いても、というか補足されて尚更俺は瞠目した。
だが、本人は至って真顔。真面目に言ってますけど、といった感じの態度だ。なんなら俺の驚愕の目に晒されても一切動じず、俺と目を合わせることもない。
あまりにさらっと言って、しれっとしてるから時間経過と共にいや、聞き間違いだったか……?という思考に陥ってきた。ハッキリと聞こえた気がするけどな。いや、聞き間違ったかも。うん。聞き間違いだ。
そう思うことにして、気を取り直した。と、同時にそういえば、と思い出す。
「あれ?もう1人いるんですよね……?」
俺が成城先輩に尋ねる。確か彼女も美山先輩も言っていた。部員は5人だと。
今紹介されたのが2人。成城・美山を含めて4人。つまりあと一人いるはずだ。
『あー……』
「えっ。何。その態度」
何故か4人全員が微妙そうな顔をする。なんだ?なんでそんな顔するんだ?
俺が戸惑っていると……答え合わせはすぐにできた。
―――凄まじい炸裂音で。
『グァキィンッッッッ!!!!!』
「……っ!?!?」
突如、グラウンドの外から響く打球音。俺の質問の返答はバットだった。
ていうかなんか音やばくなかった??金属バットの打球音なのは間違いないんだが、あくまでそれは音のジャンルがそれだっただけだ。
聞こえたのは規格外の音だった。普通ならカキン!のところグァッ!って言ったぞ、グアッ!って。
しかも、それだけに終わらなかった。さっきの音は言わば『捉えた』音。
それが聞こえたならば、必然的に飛ばされた打球があるということだ。
そして、それはまた『音』で報せてくれる。
―――ギュルギュルギュル!!
「……っ!?は!?」
聴いたこともないような風切り音と共に空気を切り裂いて、一直線に俺たちの所へ放物線を描く閃光アリ。
俺たちは全員顔面蒼白になった。
「あのバカ……っ!マジか!?」
「ちょちょちょ、ヤバイヤバイ!!避けろ!」
「あはっ~ミサイルみた~い!」
「……ちゃんと人間よ。勝手に兵器保有の部活にしないで」
慣れているのか、各々に着弾ポイントをなんとなく読んで散っていく先輩方。
だが、この中にあのミサイル弾道を初めて見た者がいる。
そう、俺である。いや、あんなの知らねえし避けられるか!!
「う、うわああああぁぁぁーーー!!」
『バァァァン!!』
打球が重力に従って降り始めたその瞬間に、俺はなんとか横飛びに避けた。
そして、奇跡的に回避した俺の代わりに打球は用具倉庫の鉄扉に突っ込む。
……信じて貰えないと思うが、鉄で出来た扉が吹き飛んだ。空を飛ぶ鉄の扉。それが俺の元に降り落ちる。
「嘘嘘嘘嘘、ヤバイ無理死ぬ死ぬ死ぬ!!うわああああぁぁぁーーー!!」
「はい、ちょっと触るね~。抱き上げるよぉ~?」
「えっ!?」
俺が死を覚悟した瞬間、美山先輩が凄まじいスピードで俺の元に戻ってきて俺を抱き抱えた。
美山先輩は、俺を抱えたままスライディング。まるでギリギリで滑り込んで捕球に成功した外野守備を彷彿とさせる動きで、俺は扉の落下予測地点から退避。
そして。
『ドォォン!』
「……やば」
鉄の扉はさっきまで俺がいたところに落ちて地面に突き刺さった。土埃が舞い、グラウンドが凹む。……もう少しで俺が凹んでるところだった。なんてのは想像もしたくない。
あっ!そうだ、美山先輩!俺を助けてくれたんだ。
「美山先輩……!」
「あはっ。危なかったね~。津川くん、怪我ないかな~?」
「は、はい!」
まだ抱きかかえられたままの俺。所謂お姫様抱っこ状態だ。美山先輩は肩膝を支えに半身は起こしている。……普通、逆では?
ってそれよりも!
「美山先輩、今のなんですか!?」
「……今のはねぇ~」
美山先輩がここに来て初めて狼狽えた様子だ。笑顔は作っているが、 なんか困ったような笑み。そして、彼女の視線の先。俺もそちらを見る。
グラウンドの外。土埃で視界がハッキリしないが、そこに立つ一人のシルエットが確かに存在する。
俺は、息を呑んだ。
さっきの轟音、打球。そして何より、破壊力。全てが規格外。
全貌の見えない今の状況がかえって彼女を、怪物のように演出している。
俺が彼女に震撼する中、成城先輩が近づいてきた。彼女は言う。
「……あれがウチの4番打者、3年生の
「あは~っ。今言う~!?」
「……ははっ」
俺はもう何がなんだかわからなくなって変な笑いが出る。
適当な理由で選んだこの学校の野球部だが、やっぱりヤバい奴らの巣窟なのかもしれない。
俺は遠くにいる怪物の姿を目に焼き付けて、そう思った。