貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
両親が迎えに来てくれる成城を除いて、獅ノ宮野球部は翌日が月曜日ということもあり、成城の診察と受付が終わったらバスに乗って帰路についた。
帰りのバスは当然、殆ど誰も喋らない重苦しい空気。耐えられなくなったり、もう色々ありすぎて疲れたので、殆ど皆寝ていた。
「……」
その中で、たった1人。
美山だけは窓の縁に肘を置いて、手のひらに顔を乗せ、夜空を見つめ続ける。
彼女は、自身の人生で、同性からかけられた言葉を想起していた。
『優希ちゃん意地悪だから嫌い!』
『は?あんたみたいなクズと友達な訳ないじゃん。どの面下げて友達になれると思ってたの?』
『美山ってホント最低だよね~』
『あっ、わかる!』
端的に言えば、嫌われ者だった。
常に自分の為。それだけ。
他者を思いやったことなどない。
そして、その自覚もある。だから、当然の結果だと受け入れている。
別に嫌われるのはいい。嫌なのは無関心だ。
誰の記憶にも残らない。何も抱いて貰えない。それだけは絶対に嫌だ。
故に、嫌われても何とも思わない。
証拠に笑って見せよう。
「……ふっ、んふっ。あはっ」
これまで無数にかけられてきた罵詈雑言や悪口に対して、美山は思わずといった感じで笑みが零れる。
その後、改めて夜空を見上げた。
口角を上げて、今日のことも思い出す。
成城に乗せられて、やってきた遠征。彼女の計画にまんまとやられたが、彼女自身も追い込まれてしまった。
そんな成城に助け舟を出した。
今更善人のつもり?いや、冗談。
自分の為だけにしか行動しないって言ってるでしょ。
「……成城ちゃんの気が変われば、優希は野球を続けやすくなる。ただそれだけ、だよ~ん……」
皆を起こさないように独り言は小さく呟く。
まだ夜になると冷える季節だ。窓が冷たい。優しさなど欠片もない自分の笑みがそこに映ると、より冷たさを感じる。
いつも、冷たい。自分の感情はいつも冷えている。自分以外本当に心底どうでもいいから。他人なんて、自分を気持ちよくしてくれる存在でしかないから。どれだけでも残酷になれる。
でも、これまで生きてきてずっと冷たかった訳じゃない。1度だけ、違った時があった。あの日は……温かった。
『友達の貴女と一緒に私の好きな事がしたいの!』
思い出す。
初めて、誰かに友達と呼ばれた日のことを。
『優希』
思い出す。
黄色い歓声で呼ばれることはあっても、柔らかく名前を発音するのは世界に一人だけ。
『クズと友達な訳ないじゃん』
思い出す。
ん?また?なんで?気にしてないのに、気にしてるみたいなタイミング。最近変だな、いつからだっけな。そうだ、去年の夏からだ。
そういえば、去年の夏からなんか変な呼び名がついた。なんだっけ。……あぁ、そうだ。
美山は、窓に頭を預けて、また笑う。
「んふっ。あはっ。あははっ。『悪魔の美山』……悪魔かぁ……」
窓に映る自分を見て、これが悪魔かと鼻で笑って息を吹きかける。悪魔は白くなって消えた。
去年つけられた呼び名は、言い得て妙だなと思った。
自分を悪魔と呼ぶ気持ちはわからないが、理解はできる。理屈はわかると言うべきだろうか。
まあ、何にせよ。どうでもいい。なんと呼ばれようと構わない。強いて言うなら、もっと可愛いのがいいな。
なんて。
んふっと笑って、また思い出す。
そういえば、彼女は一度も自分を悪魔と呼んだことがない。
性格の問題だろうとずっと思っていたが……さっきの想起もあって、もしかして、友達だから?と思い至る。
「……優希も、人間だなぁ」
これまで以上にボソッと呟いた。もはや、自分で言ったことを認識していない。自然に、無意識に漏れた。
悪魔だと呼ばれ、神の領域と言われ、人間ではないと指摘され。そうかも、と思う時もあった。
でも、これは人間味のような気がした。
自分の為に、成城を奮起したのか。
彼女の中の友情が成城を沈めたままにしておきたくなかったのか。
果たして、どちらか。
真相は、彼女の中にしかない。