貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第24話:天才は沈まない

 

「……成城冬華さん。改めまして、津川和哉の母、津川和美です。これから貴女の主治医をできればと思っています。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

 

 診察室にて。

 患者の成城冬華と主治医の津川和美がパイプ椅子に座って向かい合う。

 和美は部屋を暗くして、レントゲン写真をボートにかざした。

 成城冬華の肘を映したそれを見て、彼女は述べる。

 

「もう何度も見たかもしれませんが、これが冬華さんの肘の状態です。ここの靭帯が損傷しているということになります。そこに対してアプローチは前腕部の腱から―――」

「……」

 

 和美が手術について改めて説明してくれている中、冬華は彼女のデスクや、部屋の壁に視線を移す。

 様々な資料や手書きの書類のコピー。パソコンも暗い部屋にある数少ない明かりとして存在感を示し、その画面にはおびただしい数の文字や図解が記載されていた。

 

 壁にも色々と貼り紙があり、全て手術についての考察が記されてることくらいはわかった。診察室に貼られた広告のチラシなどはもう一枚も見えない。

 自分に施される手術がいかに難しいのか、前人未到であるという特徴が厄介だと理解している冬華は、視線を落とす。

 

「ご、ごめんなさい。散らかってて……そんなに気になる?」

「あっ。いえ。こちらこそ申し訳ありません」

「あははっ!別に謝らなくていいのよ?ごめんね、朝からこの部屋使わせてもらってて色々勉強してたら時間忘れちゃって片付け間に合わなくって……ダメね!大人なのに。あははっ」

「……いえ」

 

 冬華はわざとらしく笑う彼女を前に、視線を外す。

 気を遣ってくれている、いや責任からだ。貴重な時間を手術のことを考えることに割いて、綺麗な容姿もボロボロになるくらい没頭してくれている。

 

 化粧で隠しているが、やつれを誤魔化しているようだ。それでも、クマは作らないのは、睡眠を削ることは患者の為にならないと認識しているからだろう。彼女は、優秀だ。

 きっと今、この上なく追い込まれているだろうに恐ろしく冷静で、集中している。冬華は、目の前の女性を尊敬した。

 

「とりあえず、手術については大体説明したんだけど……質問ある?」

「……はい。手術に2通りあるというのが。何か違いがあるんでしょうか?」

「えっ?」

 

 冬華に問われて、和美はキョトンとする。

 一瞬なんの事だ?と思考を巡らせたが、すぐに答えに辿り着いた。

 

「あぁ!そう解釈したのね。別に2通りある訳じゃないのよ。ベースとなる初期のトミー・ジョン手術がまずあって、後から紹介したのはそれのアップグレード版の手術ってだけよ。とはいえ、ベースの方からだいぶ難航してるんだけどね……あっ!ごめんね、不安だよね!こんなこと言われたら」

「……いえ。あの、あまり謝らないでください。謝らせてしまって、ごめんなさい」

「……っ!」

 

 申し訳なさそうに俯く冬華のその発言に、和美は目を見開いた。

 そして、目の前の少女が謝られる度に気を遣うのだと理解した。

 

「……そうね。私は貴女を絶対に治したいと思ってる。その為に全力を尽くしているし、自信だって……あるって言い切れる状態まで必ず持っていくわ。もう保険はかけない。一緒に頑張っていきましょう」

「……はい」

 

 微笑む和美に、冬華もようやく心の底から頷く。

 和美は、認識を改めて彼女と向き合うことにした。

 

「一緒に頑張りましょうと言ってすぐになんだけど、私より優秀な医師がもし引き受けて下さるならそれに超したことはありません。貴女を治すことを最優先してそちらに委ねます。いい?」

「はい。構いません」

「そう、よかった。もしそうなっても私は最後まで貴女をサポートし続けるわ。でも、あまりそんな展開にはならなさそうね。私以外にこの施術に手を出そうとする医者は多分いない」

「……」

 

 暗に、自分はこの立ち位置でなければこんなリスキーな手術に立ち会わないとも述べている。恐らく無意識。なので、彼女は悪くない。

 それだけ自分の肘は絶望的なのだと冬華は再認識した。

 

 レントゲンが貼り付けられた蛍光板の淡い灯りに照らされながら、冬華は俯く。

 それでも、彼女には諦めたくない理由がある。故に、顔を上げて先生と向き合った。

 

「先生。私は、自分で自分が故障する計画を立てました」

「……っ!……」

 

 突然、前にも聞いた自白を口にする冬華に和美は驚愕しつつも、何も言わなかった。

 冬華が何かを伝えたいと察したからだ。だから、彼女が紡ごうとしている言葉を全て聞きたかった。完全に聞きの体勢に徹することにする。

 

「その計画を立てたのは……友達が多くの人に迷惑をかけていたから、その友達を止める為にやりました。でも、今は後悔しています。私は、止め方を間違えた」

「……」

 

 淡々と語る彼女にただ黙って耳を傾け続ける。

 冬華は、部員にも吐き出さなかったことを口にする。

 

「私は、優希を止める為に、優希を野球から遠ざけようとした。そして、私自身も巻き添えにすればそれが可能だと思いました。でも、そもそも最初から間違っていました」

 

 冬華は、優希のことを思い浮かべる。

 甲子園で罵倒を受けながらそれを押しのけるくらいの笑い声を上げる優希。ネットでどれだけ叩かれても、どれだけ陰湿なイタズラを受けても仲間が傷つけられても態度を変えなかった優希。

 でも、私の友達な優希。

 

「私は……私のやり方は、ある意味あの()を倒そうとしていた。優希は、悪魔だったかもしれない。でも、友達でもあったのに……私はあの()を排除すべき悪として捉えて、その結果、優希からも私からも野球を奪ってしまった……」

 

 例え優希が仲間を気遣わなかったとしても、大切な仲間や野球を愛する者達に迷惑をかけていたとしても、友達を倒すなんて発想に至るのは……果たしてどちらが悪魔なのだろうか。

 冬華は、自分が下した決断に、今更ながら我ながら頭がおかしいと感じる。

 

「優希に野球をして欲しかったのも、優希と野球をしたかったのも、優希に勧めるくらい野球が好きだったのも……全部私なのに。矛盾してる。イカれてるわ、本当に……」

「そんなことないわよ」

「……っ!」

 

 背を丸めて、目元を多い、俯く冬華に。和美は否定をいれた。

 顔を上げると、彼女は自分にも心当たりがあるといったような表情を浮かべていた。

 

「……矛盾って、正常なら起こり得ないと思いがちだから、実際起きたら困惑するわよね。特に、貴女みたいな優秀すぎるタイプは」

 

 和美は、冬華とは目を合わせず、レントゲンと見つめ合いながら語る。思いを馳せているのか、諭す意図で話すその口ぶりはどこか冬華だけに向けられた言葉ではないように感じた。

 彼女は、一度瞼を閉じて、哀愁を漂わせる表情で再び目を開ける。

 

「でもね。人間って矛盾ばかりの生き物なのよ。だって、人間って疲れるもの。常にコンディションが完壁で、矛盾を起こさないなんて無理よ。それに、欲望ってのも備わってるから尚更ね」

 

 今度は、他の誰かを思い浮かべている。

 冬華はなんとなく察しがつきながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。

 和美は、冬華のことをよく分析できていた。証拠に、冬華について口にする。

 

「貴方は、欲望に振り回されるタイプじゃない。優秀だから。でも、優秀な貴女にも拭いきれない弱点はある」

 

 弱点。去年、いや昔からずっと冬華は他人に評価される度に言われ続けた。

 耳にタコができるほど聞いてきたから、その言葉を耳にすると、自然と口から零れる。

 

「……体力」

 

 冬華は、呟いて目を細めた。

 その様子を見た和美は、冬華の肩を掴んで、冬華が目線を上げたのと同時に2人はしっかりと向き合う。

 

「成城冬華さん。貴女、疲れてたのよ。ずっと。去年の……夏から」

「……っ!」

 

 指摘されて、冬華が目を見開く。

 去年の夏。結局は全てそこから始まった。あの時の夏がずっと今まで影響を及ぼしている。

 

 和美がなぜ去年の夏について把握しているのか、冬華は察しがついている。別に知っていても悪く言うつもりない。

 だが、和美は冬華の核心的な部分を勝手に知って、触れてしまったことを気にした。

 彼女は、申し訳なさそうに目線を逸らす。

 

「……別に調べた訳じゃないから許してちょうだい。去年の甲子園は、ニュースでよくやってたから知ってるだけよ。和哉も観てたけど、あの子は内心鼻で笑ってたんでしょうね。特に気にしてなかった。でも、私は衝撃に残ってるわ。高校生が部活の大会中に……ボイコットなんて」

 

 和美が口にしたボイコットという言葉。

 それによって、想起される去年の夏。甲子園大会、その試合の放送。

 実況を務めていた女性アナウンサーの発言は、今でも多くの人々の記憶に残っている。

 

 ―――『あれ?こちら、獅ノ宮学院高校のベンチの様子なのですが……少ないですね』

 

 カメラがスカスカのベンチを移す。

 一目でわかるほどに空気が悪いベンチの様子。

 実況が触れたのと同時に、解説席に座っていたどこかの学校の元監督がアナウンサーに同意して、何かおかしいと口にする。

 

 ―――『あー……たった今!情報が入りました。衝撃です!なんと、獅ノ宮野球部の部員達、1年生と2年生の大半が今さっき退部届を提出したとのことです……!』

 

 アナウンサーが状況を理解し、視聴者に説明する意味も込めて声を張る。

 獅ノ宮の醜態は全国に発信された。

 

 ―――『前代未聞!甲子園大会本選中にボイコットです!獅ノ宮内部崩壊!あーーーーっ!あの『完璧の成城』がまたしてもエラー!彼女の不調の原因も今、分かりました!』

 

 映し出されるのは、酷い顔で酷いプレーをする自分の姿。

 一生残る映像で真っ青な顔を晒していた。

 それでも、原田涼香と霧島紗永以外は彼女に声をかけない異様な光景。いや。もはや、声をかけにいった2人も途中からは先輩に止められていた。

 制止されて抗議する2人に対して、先輩が放った言葉。

 

 ―――「えっ?大丈夫でしょ。たまたま調子悪いだけよね?成城。どうせ、ここから立て直せるんでしょ?あんたは完璧なんだから」

 

 完璧。

 その言葉は観客から、インターネットから、相手のチームから、多くの球児から。そして、味方から。

 何度も、何度もかけられた。何度も呼ばれた。お前は、『完璧の成城』なのだと。

 

 そうだ。自分は完璧だ。ミスなど起こりえない。完璧だ。完璧なんだ。

 この世で最も優れてるんだ。やらなければ。動揺することなど、自分には許されない。

 だから、冬華は必死にプレーした。実際、それで少し改善できたのが本当に嫌だった。自分のコンディションなど無視して完璧に動こうとする自分の身体が―――凄く、嫌いだった。

 

 ―――「成城ちゃん」

 ―――「……っ!……優希?」

 

 無我夢中で失態を取り返そうとしていた矢先。

 ベンチに帰った冬華に並走してきた優希が話しかけてきた。

 そして。

 

 ―――「優希より目立たせないよ?成城ちゃん。この世で最も優れてるのは優希なんだから……あはっ!」

 ―――「……は?」

 

 どう頑張っても完璧に動こうとする自分の身体が硬直したのは、この言葉を受け、優希が私を潰すように本気を出し始めた頃から。

 優希は、敵ではなく私を圧倒した。私に見せつけるように、『完璧』なプレーを披露した。

 

 冬華は、途中から修正したプレーを失った。最終回、ピッチャー、つまりはクローザーを担い。

 成城冬華は、逆転負けの責任投手となった。

 その時の記憶が、頭痛となって今、冬華に襲いかかる。

 

「……っ!」

「……貴女は、とっくに限界だったのよ。だから、正常な判断ができなくなっていた。誰かに、仲間に頼ることも……できなかったのね」

 

 頭を抑えて苦しそうに表情を顰める冬華に、何とも言えない顔をする和美。

『悪魔の美山』、そう呼ばれていた女子高生球児を和美も想起した。

 冬華は、優希について語る。

 

「……優希に対抗できるのは、今は私だけ。私1人じゃ、あの()は止められない。止めれるとしたら……もう全てを賭けるしか、なかった……」

「えっ?」

 

 冬華が苦しみながら自戒を始めたと同時に、和美はとある言葉が引っかかった。

 

(……()()?)

 

 和美が違和感を覚える中、それに気づいてない冬華は彼女の反応はスルーして自戒を続ける。

 俯き、眉間にシワを寄せながら語り続けた。

 

「でも、止めようとしていたのが間違いでした。あの()は敵じゃない。チームメイトで、友達。もっと他に……柔軟な考えが私にあれば……」

「確かに物騒な考えね。排除、というのは」

 

 冬華がサラッと流したので、とにかく今は気にしないことにして和美は冬華の言葉を肯定した。

 彼女が自覚していることは的確だ。

 

 美山優希の性格は医師の観点からしても、凶悪。他者を苦しめ、他者の精神状態を悪化させる。

 うつ病の患者を生み出す存在だ。野放しにしておくべきではないと考えるが、それでも友達を潰すと決断した冬華も中々異常だ。

 

 美山優希という存在が優秀な彼女の思考をそこまで危険性のある方向に向かわせる程の力と性質を持っている、それが前提としてあるのは当然として。

 まずは冬華の方をどうにかすべきだと和美は判断した。

 

 自分は精神科医ではないが、冬華に対しては寄り添う義務があると自分で認識している。

 何より、美山と違って彼女は元々正常だったのだ。美山優希には悪いが、難易度が遥かに違う。

 

 どう考えても美山を『矯正』するより冬華を『戻す』方が手っ取り早いし、着手の優先度が圧倒的に上だ。

 それだけじゃない。美山の矯正は和美の仕事でも義務でもない。

 和美が向き合うべきは冬華だ。

 

「……成城さん。後悔する気持ちはわかるけど、今は今後のことを考えていきましょう。貴女は、今後悔してるからこそ、これからはどうしたい?」

「……っ」

 

 カウンセリングの一環として、和美は冬華に尋ねる。

 冬華は過去のことよりも未来の展望を問われ、自分の気持ちと向き合った。

 答えは、もうとっくにハッキリしていると思った。奇しくも、優希に指摘されたあの、練習試合終わりの時から。

 

「私は、私は……。まだ、野球を続けたい……。部もこのまま沈ませる訳にはいきません。優希のことだって、こんな解決法は嫌。あの()を抱えたままでも……私達は、誰にも文句を言われない野球ができる。それを証明してみせる……!」

 

 冬華は、問われるまでもなく、もう切り替えている。

 まだ引きずってはいるが、これから先のことだってちゃんと考えてる。

 

 後悔は優希に指摘された時にもう既に済ました。その時から何を求めているか、自分で的確に捉えている。

 その中には、『彼』も含まれている。

 

「それに、津川くんのことも利用したまま捨ておくなんて、惨いことをしたままで済ませません」

「……!成城さん、貴女……」

 

 赤の他人だとしても和哉に身内としての意識はあった、それでも、冬華が利用した挙句そのまま放置するというのならそれを止めようとは和美は思っていなかった。

 でも、和美が考えたよりも冬華はずっと大人だった。

 

 自分の非をちゃんと認めている。その上で、これからどう向き合っていくか、行動でどう示していくかもう既に決めている。

 この()の、今の精神状態で……!

 

「私も津川くんも更生し、部員の皆を納得させて全員で再起してみせます。今度は、仲間を潰すんじゃない。優希と共に戦っても、何にも屈しないように……私達が強くなればいい」

 

 強い意志を持って、力強く宣言する冬華。彼女がぶらんと下ろしていた腕の先で作られた握り拳が、その覚悟を表している。

 冬華は、反省し、修正を行った。

 

 判断を間違えたことで、行き止まるのではなく、認識を改めることで再出発したのだ。恐ろしい切り替えの早さ。修正力。

 和美は、再度、彼女を前にゾッとした。

 

 冬華は、思想を変える。新しい思考回路に自身を更新する。

 優希を倒すのではなく、優希を仲間として捉えられるように、自分達が強くなる。

 

 その為に、まずすべきは自身の行いを誠心誠意部員たちに謝り、失った信用を取り戻せなくとも、再起に向けての活動を許してもらう必要がある。

 そして、津川和哉という男もこのまま愚か者のままにはしておかない。

 

 いつでも止められたのに、利用するために止めなかった。

 和美が抱えているような義務や責任は、自分にもある。

 冬華は、和哉も含めて新生獅ノ宮野球部を作ることにした。それを主導する資格は、自分にはないかもしれない。

 

 それでも……!

 やってみせる。私が沈めた野球部は、私が責任を最後まで持って救ってみせる。

 そうと決まれば。最初にやるべきは1つ。

 

「……その為にもこの肘の完治は必需です。私のしでかしたことによる自業自得ですが、何卒、治して頂けないでしょうか。図々しいお願いで申し訳ありません。どうか……よろしくお願いします」

「……っ!」

 

 一度は肘を治療しない手もあるのかと医師に尋ねた冬華が、和美に対して完治を願った。

 それは、間違いのない意思決定の変更。

 冬華の力強い瞳に捉えられた和美は、強ばった笑みを作る。

 

「……高校生がそんなに畏まるもんじゃないわよ。大丈夫、私がその前提条件を必ずクリアしてみせる。貴女の肘は、必ず最善の形で甦らせるわ!!」

 

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