貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第25話:二遊間と仲直り

 

 今日は、成城先輩が2週間ぶりに部活に顔を出す日だ。

 練習試合の件があって以降、部に顔を出してなかった俺も、今日は成城先輩に呼ばれたので野球部のグラウンドに向かう。

 

 ちなみに部活に参加しなくても誰も何も言ってこなかった。当然だ。何せ俺はまだ入部届を受理して貰ってない。

 

 監督をやりたいなんて言わなければ流れのまま入部できていただろうが、現実は……まあそういうことだ。完全に自業自得だ。

 

「あっ」

「……っ!」

 

 いつもと違う道のりで皆と出会わないようルートを選んで、ビクビクしながらグラウンドに行こうと思っていた俺の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 俺は一番会いたくなかった人の視線を背中に受けて、ビクッと肩をならす。

 

 恐る恐る振り返ると、そこには原田先輩と霧島先輩が。まだ部活に向かうかどうかくらいの時間なので、二人とも着替えが済んでおらず、制服姿だ。

 何気に初めて見た、先輩の制服姿。

 

 霧島先輩はシャツを着崩して、ネクタイを緩く結んでいる。

 原田先輩は冷え性なのか5月なのにまだセーターを着ている。彼女はリボンだ。

 

 二人とも、これから更衣室に向かうのだろう。

 鉢合わせたのは校舎と校舎を繋ぐ屋根付きの野外通路。何気に学校内でグラウンド以外で顔を合わせるのも初めてだ。

 

「ねえ」

「は、はい!」

「……いや、そんなビビんなくても怒鳴ったりしないから。悪かったよ、もう」

 

 俺がビクついてるのは一瞬で看破された。

 さすがに2週間も経てば彼女は落ち着きを取り戻したようで、いつもの原田先輩に戻っている。今は俺の反応を受けて顔を顰めてしまったが。

 

 彼女が言った通り、この前の激昂した原田先輩が俺の脳内にはこべりついている。正直あの時の彼女は凄く怖かった。

 でも、俺が気にしてるのは原田先輩を恐れてるからじゃない。

 

 彼女が俺に激情を露わにしたことに対しては寧ろ、納得しているというかあれを受けて俺は自分のした事の認識が変わったので叱ってくれて感謝すらしている。

 

 じゃあ俺がなぜ彼女達を2週間の期間も、今も避けているのかというと……自分の悪さを自覚してるからこそどんな顔をして会えばいいかわからないからだ。

 

 つまり、気まづい。結局、あの練習試合の日の病院の後は誰も何も喋れなかった。皆、他人所ではなかった。

 

 成城先輩の自白の時点で頭が真っ白になってる人が多かった。そんな中で俺が謝っても誰もそれどころではない。なので、謝罪のタイミングも失ってしまった。

 

 そんな中で迎えた今日、俺は皆に自己都合で近づいたことを謝罪しようと何度も考えていたが、それはどうやら原田先輩も同じだったようだ。彼女は自分から声を掛けたものの何かを言い出せずに視線を泳がせた。

 

 隣の霧島先輩が「おいおい。黙りかよ」と小突いてようやく、肩をビクッとならしてから恐る恐る彼女は俺を見る。

 

「……この前は、殴ってごめん」

「えっ」

 

 上目遣いで素直になれない様子の原田先輩が、バツが悪そうな表情と消え入りそうな声でボソッと俺に告げた。

 対する俺は、まさか原田先輩に謝られると思ってなかったので、面食らう。

 

 目を見開いたし、彼女が頭を下げなきゃいけない理由が全く理解できなかった。

 だから、謝罪の後すぐに視線を落とした彼女に、俺は慌てて訂正を入れる。

 

「いや、謝らなくていいですよ!俺がやってきた事考えたら殴られて当然ですし……」

「そんなことないよ。あれは冬華を怪我させたことに対する暴力だし、でも冬華が怪我したのは冬華が自分で仕組んだことだった訳でしょ?だったら、あんたを殴ったのは正当じゃないよ」

 

 俺の主張に対しては、ちゃんと自分の考えがあって謝罪の必要があると思った彼女は、さっきとは違ってハッキリと首を横に振った。

 原田先輩は、「……謝るの、遅くなったのもごめんね」と優しい声で付け加えた。

 

 俺は彼女の態度に胸がキュッと締め付けられる。だって、そんな姿勢を向けてもらえる資格なんて、俺にはない。

 俺が彼女達にしたことは、決して成城先輩の怪我だけじゃない。

 

 数々の無礼、勝手な申し付けがあった。成城先輩に目をつけられたのだって、俺がそんな愚かな考えと態度を有していたからだ。

 だから、俺は俯いて自分の行いを振り返る。

 

「……成城先輩の件を除いても、俺が皆さんに取ってきた態度は許されるものじゃありませんでした。だから、それに対してってことなら殴られる理由はやっぱりあります」

「あんた……」

 

 俺の言葉に原田先輩は目を見開く。と、同時に俯いた。彼女も理解している。

 結局、成城先輩に利用されたのはそれだけ俺がクソ野郎だったという証拠みたいなもんだってことに。

 

 俺は原田先輩に殴られて当然の男だ。寧ろ、俺なんかを殴らせてしまって申し訳ない。原田先輩の手は人を殴るためにあるんじゃないのに。

 あの素晴らしいハンドリングを行う、神聖な手だ。

 

 それを思うと、獅ノ宮野球部の皆は出会った最初から皆、野球に真摯だったのを思い出す。例外は美山先輩くらいだ。

 そんな真剣に野球に打ち込む彼女達に俺は邪な気持ちで近付き、あろう事か見下して愚弄した。到底許されることではない。

 俺は、心の底から深く……深く二人に頭を下げた。

 

「これまで失礼な態度や発言ばかりして本当にすみません……。監督やりたいなんて言って……ごめんなさい」

『……』

 

 腰を折る俺に二人は黙ってその謝罪を受け入れてくれた。

 重い空気の中、原田先輩が息を吐いて、曇り空を一瞥した。

 俺は顔を上げて彼女を見る。原田先輩は視線だけ俺に向けて横目のまま俺に尋ねる。

 

「……急に物分りよくなったね。何?自分の都合で他人に近づいたら冬華みたいな奴に利用されるって痛い目見て反省した?」

「そ、それもありますけど……1番は原田先輩の説教が効きました。指標だけ見て判断して……野球に対して真摯じゃなかったです。皆さんのプレーを実際に見ずに分かったようなこと言って、皆さんのこと知りもしないのに指揮しようとして……浅はかでした」

 

 俺は自分の何がダメだったのか具体的に口にする。

 この反省に至った要因は、主に原田先輩の言葉だ。

 1番響いたのは、選手は数字じゃなく、生きてる人間だということ。

 

 前世で選手の指標をSNSに書き連ねてあれこれ評価してたのも今なら選手に失礼だなと少し思う。

 原田先輩は俺の言葉を聞いて、「極端だな」とボソッと呟いた後に、溜息をついて俺と向き合う。

 

「……ま、監督ってただ試合を動かすだけの役職じゃないしね。責任だって1番負わなきゃいけない立場だし、選手からしたら自分たちの責任を負う人間は自分達のことをちゃんと理解してる人にやって欲しいかも」

 

 俺の反省を受けて、腰に手をついて、冷静に分析した結果を口にする原田先輩。

 原田先輩は、前にも指標そのものは否定はしなかった。

 ただ、それだけで物事を考えられると選手としては困ると言いたかったのだろう。

 

 監督の仕事がただ采配だけならまだしも、それだけじゃないから数字だけ見てないで、顔を上げて選手とも目を合わせてくれ。俺には彼女がそう言ってるように見えた。

 そして、選手と向き合う監督という立場に求めるのは選手に対する『理解』。

 

 去年、卒業生がまだ在校生だったにも関わらず、当時1年生だった成城先輩が監督業を一任されていたのは、彼女はプレーだけでなくチームメイトの能力や性格も完璧に把握していたからだ。

 監督に求められる能力は1つではない。何をやっても完璧と言われる彼女が務めていたことがその何よりの証明だったという訳だ。

 

 俺は、なんて思い上がり野郎だったんだろう。

 俺に監督なんてできるわけがない。データしか見てない俺に。監督の資質なんてある訳がない。

 

 今になって、さらに自分の愚かさをさらに理解する。

 自覚することが増えて、もっと俯く。

 自分を責める俺に、原田先輩は理解を示し、優しく声をかけてくれる。

 

「あんたが殴られる理由はあった。私の言葉が響いたって言うんならあんたに言ったことは撤回しないわ。でも、やっぱり殴ったのはごめん。痛かったでしょ?」

「い、いえ!全然!あれくらいへっちゃらです!」

 

 小首を傾げて心配そうに俺の頬を見つめる原田先輩。

 俺は、彼女に思い詰める必要はないと思わせたくて痛くなかったと主張して、気を負わせないように気丈に振舞った。

 すると、逆に彼女は顔を顰める。

 

「へっちゃらって……私そんな非力?情けないパンチだったってこと?」

「あ、あぁ……いや、そういう訳じゃ……。ははっ」

 

 俺が全くノーダメージだと言うと、それはそれで微妙に思った原田先輩。俺は苦笑いするしかなかった。

 とにかく、俺達の間のことはなんとなく互いの妥協点と悪かったところを認めあって、片付いた。

 

「今からグラウンド行くんでしょ?そんなコソコソしないでさ。もう大丈夫だから。一緒に行こ?」

「あっ、はい。……ていうか皆を避けながら行こうとしてたのバレてたんですね」

「あたりめーだろ。ったくよ。草むらを抜けて行こうとしてたろ。おめーは忍者か。どうせグラウンドで鉢合わせんのによ」

「ははっ……まあそうなんですけど」

 

 俺は2人のお言葉に甘えて、共に歩いた。

 原田先輩は優しく誘ってくれて、霧島先輩は俺を和ませる為に冗談を言って笑っている。

 思えば、部活見学に行ってすぐ不躾な態度と無茶な要求をして俺達はすぐに険悪な雰囲気になった。

 

 だから、彼女達と日常会話はおろかこうして普通に接したことがない。

 グラウンドに向かうまで、二人は他愛ない話をいっぱいしてくれた。1年の頃二学期に入ってすぐの数学が難しいから気をつけろとかもうすぐ中間テストなの嫌だとかそんな程度の話。

 道中、俺は気になってたことを原田先輩に尋ねる。

 

「あの。そういえば、原田先輩はなんであんなに俺を殴ったこと気にしてたんですか?」

「……っ。な、なんで急にそんなこと聞くの。なんでもいいじゃん……」

 

 原田先輩は言いたくなさそうに苦虫でも噛み潰したような顔でそっぽを向いた。

 そんな彼女の態度を見て、隣を歩いていた霧島先輩がニヤッと口角を上げて原田先輩越しにひょっこり顔を出す。

 

「あたしが言ってやったんだ。怖い怖い原田先輩にな。結構やるだろ?あたし」

「ちょっ……!人をダシに自分の評価上げんな!」

「ほら、すぐ怒る。怖えよな~!」

「はははっ……」

 

 原田先輩に追いかけ回されて、逃げる霧島先輩。

 彼女は俺に同意を求めて笑い、俺は苦笑いを返す。

 とりあえず、原田先輩が気にしすぎてる理由はわかった。

 

 原田先輩が俺を殴った後、どうやら霧島先輩に男に手を出すなと彼女はこっぴどく叱られたらしい。それで暴力を奮ったことについては徹底して反省しているようだ。

 

 貞操観念が逆転した世界だと女性の方が男性に暴力を振るう行為が倫理的にダメらしい。

 道理で俺が気にしなくてもいいと言っても引き下がらない訳だ。

 

「じゃ、あたしらは更衣室寄ってくからここで一旦解散な。あっ、覗いてくか?」

「覗……イッ!?」

 

 うちの学校では運動部の更衣室は一つの建物に集約されている。

 ちょうど校舎から野球部のグラウンドに行く途中にある更衣室練の前で、先輩達が俺に別れを告げる。

 

 が、背を向けたタイミングで思い出したかのように、霧島先輩がイタズラっぽく笑みを浮かべてシャツの胸元を引っ張って、スカートまで少したくし上げてみせた。

 

 片足を上げて舌を出し、「どうよ?」と首を傾げる霧島先輩に、唐突な誘惑に顔を真っ赤にする俺。そして、瞬きの間に霧島先輩の頭をバチコーン!とシバく二塁名手有り。

 

「セクハラすんな!!」

「あっはっは!冗談だっての!痛ってぇなぁ」

「は、はははっ……」

 

 前の世界で男が女にするセクハラと同様の処理のされ方をして、原田先輩が「ごめんね。じゃあ後でね」と言って、誰でも覗けてしまう1回の更衣室へと消えていく。

 俺はこの短時間の間、終始苦笑いしてた気がした。でも、そんなことより頭の中は童貞には刺激の強いさっきの魅力的な提案だけだった。

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