貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
その記事はちょっとだけ注目されていた。
数十人からコメントは寄せられていたが、高校生のそれも地方の無名校、練習試合での出来事ということであまり騒がれてはいなかった。
だが、見つけた人の8割がこれはもっと注目されるべきと告げている。
その理由は、完全試合を14回連続でしたからじゃない。
それを成し遂げた投手が高校生の時点で141km/hを叩き出した左腕だからだ。
141km/hの左腕というと、逆転してない元の世界で言う『151km/hの左腕』を指す。
それが高校生という話だ。えぐい。
いや、マジでヤバい。語彙力失ったわ。
男子野球でも150km/h超えなんて右投げでも褒め称えられるぞ!?それが左でって……もうプロの領域だ。
あくまで球速だけならだが間違いなくプロに匹敵しているだろう。だが、球速だけだろうか?
球速だけで完全試合ができるか?答えはできるだろう。何せアマチュアの高校生の試合だからだ。
ただ問題は『14回連続』という点だ。さすがにそこまでできたら所謂『本物』だろう。
間違いない。地方の無名校過ぎて動画は調べても出てこなかったが、14回連続なら間違いなく速いだけではない。球が強いとか球種の構成が良いとか他にもなにか絶対にあるはずだ。
そう思ってひたすらに調べた。衝撃的なのはそうだが、それにしてものめり込みだと自分でも思うくらい、それでも追求をやめられなかった。
これは、惹かれるという感覚だ。
スマホをタップする速度が興奮で早くなる。
その投手の情報は少なく本当にその小さなネット記事くらいでしか取り上げられていなかった。
でも、もっと何か調べられないかその記事に記載されていたその投手の名前や学校の名前で片っ端から検索にかけた。名前を小分けにしてSNSの言及を探したくらいだ。
少ない情報が広大なネットワークに埋もれてしまっている。
それでも深夜に突入しても諦めなかった俺はなんとか追加情報を得ることが出来た。
学校名で調べた時のことだ。もう1つ小さな記事を見つけたのは。
『岩手県
最初に発見したのと同じ発信源。つまりはちょっと前に遡っただけだが、そのネットニュースも古いからといって捨ておけなかった。
情報は増えたのだから。
「二刀流!?マジで!?アリア……オイゲン……?何者だ?ていうか何人だ、これ。
岩手県立
甲子園出場回数0件。去年の地区大会で準決勝まで行ってるが、惜しくも敗退したようだ。
岩手県といえば甲子園に出場するのはいつもお決まりの強豪校だったと思う。
前の世界でも東北は激戦区だったが、それはこの世界に来てからも一緒。
岩手県で強いのは花巻の学校だったと思う。転生から数年の間は高校野球もちょっと追ってたから知ってる。岩手は特に前世と一緒じゃんと苦笑いしたから印象に残っている。
まあ、それは置いておいて。この記事の投手はえげつない。
アリア・オイゲン。2年生。
……ん?てことは去年もいたってことだよな?こんな規格外の速球と、14回も連続で完全試合できるくらいの完封能力があってなんで地区大会準決敗退で終わったんだ……?
俺は、ベッドから身を起こして考える。
すると、成城先輩との会話を思い出した。
彼女が獅ノ宮ベストナインに求めるのは天才だと言い、それは名護さんようなタイプではなく橋本さんのような人を指すと告げた時。
俺はつまりどういう人が獅ノ宮の求める天才像なのかわからなくなっていた。
そんな俺に彼女は教えてくれた。
アイスコーヒーの氷をストローで弄りながら、カフェで語る成城先輩を思い出す。
『天才というと貴方のように名護憲子級の完璧超人を浮かべてしまうけれど、獅ノ宮のいう天才は常識の範疇にない凄まじい才能を有しながらもどこか癖というものがある気がするわ』
『癖……ですか?』
『えぇ。なんと言ったらいいのかしら。例えば私は完璧だけれど体力がなかったり、
そう言って成城先輩はアイスコーヒーに浮かぶ氷をつつき始めた。
あと……なんて言ってたっけ。
あぁ、そうだ。
成城先輩はつついてもつついても浮かんでくる氷を最終的には無理やり底につけた。彼女は視線を落とす。
『まるで……規格外の能力が埋もれるように、世界のバランスを保つ為に誰かが調整してる……そんな事を考えることもあったわ。特に、優希があれ程の能力を用いていながら甲子園の悪魔程度にしか騒がれていないことが引っかかるのよ』
その言葉を聞いて俺は中龍学園との練習試合、その一日目を思い出す。
美山先輩が去年の夏どんな悪魔的活躍をしてきたのか、彼女の能力はいかなるモノなのかベンチで皆が教えてくれた。
あの時、誰かが言った。
美山優希に『打てない』はない。美山優希に『できない』はない。
ただ、しない。
規格外の打率10割を可能とする力を持ちながら彼女がその力を振るわないのは、性格が悪魔だから。
そして、まるであの性格は美山優希を無理やり理解の範疇に抑え、人々の混乱を防ぐために神様が
そうだ、それを言ったのは……美山先輩が打ってベンチに帰ってきた時の成城先輩だ。
そんな彼女が言う獅ノ宮タイプの天才。天才と一括りにいっても種類があると彼女は告げた。
何かが規格外でも、何かが欠落している……美山優希のように。それが、獅ノ宮ベストナインに求める天才の条件。
「……っ!」
突然。本当に突然のことだった。
俺の中で何か電流でも走るような感覚に襲われた。
そして、俺の直感が告げていた。
写真はなく、まだ名前と連続完全試合を成し遂げた左腕ということしか分かっていない。
なのに、何故か。だが、確実にこのアリア・オイゲンは獅ノ宮の彼女達と『同種』だと確信した。
高校生の時点で男子野球で言う『150km/hの左腕』、140km/hの左腕というのは間違いなく『規格外』だ。
そして、14回連続完全試合も正しくそれだ。
だが、今の時点ではその規格外さと引き換えの欠落があるかどうかは発覚していない。
それでも、俺はこの人は絶対に獅ノ宮タイプの天才だと睨んだ。
成城先輩の言っていた規格外の天才には必ず何か欠落があり、それは神による抑止力だという話を俺は妄言だとは何故か思えない。
漫画のような規格外の野球プレイヤーに人間味を与える為の抑止力。それは絶対にあるように思う。
まあ、そんなことは置いといて、とにかく……。
「アリア・オイゲン……絶対に獅ノ宮に合う気がする。この人、欲しいな……」
俺はブツブツと呟いて落ち着かない気持ちのまま部屋でウロウロする。
そして、鴎坂高校野球部についてもっと調べることにした。
すると。
「お、インスタやってんじゃん」
SNSアカウントを見つけた。
てかインスタか。ずっとSNSは某元青い鳥で調べてたわ。どうりでここまで見つけられなかったわけだ。
逆転世界だとSNSの需要も逆転してるのを忘れていた。中身男子の貞操と化した女子たち。言わば元世界の男子という使用者層が全部インスタに流れている。
世は地獄かな?
この世界ではあのインスタ様が世にも惨い下ネタとおもんないネタ三昧と化している。女子の下ネタって生々しすぎてどキツイのとえっちくて男子大喜びの2パターンあるよね。
ってそんなことはどうでもいい。脱線しすぎた。
とにかく鴎坂高校野球部のアカウントを俺の自前の垢、『Tugawa』で閲覧するという項目をタップする。
すると、鴎坂高校野球部のプロフィール画面を閲覧することが可能になった。
どうやら大人が管理してるのではなく、野球部員の一人が運用しているようだ。
証拠に、プロフィールの名前は『鴎坂高校野球部/
彼女が運用するアカウントでは、鴎坂高校野球部の日々の練習風景から野球部で遊びに出かけた時の写真など楽しい日常まで載せている。また、試合の告知や結果、内容まで結構事細かに運営されていた。
「すご、しっかりしてる人だな……って練習試合の投稿多っ!?今年に入ってからほぼ2週間に1回やってんじゃん!」
去年までの投稿は楽しそうな投稿もチラホラあったのに、今年は怒涛のスケジュールだ。スクロールしても、しても、試合の写真しかない。
そして、決まって投げているのは……同じピッチャーだ。
「……っ!」
文面を見るまでもなく俺は写真に映るピッチャーが誰かわかった。
金髪ロングの碧眼。碧眼……それは日本人の瞳ではない。
それに、左投げ、左腕のピッチャー!
高身長に、仲間と笑い合う写真に無邪気さもあったが、試合中ともなると圧倒的な速球で相手をねじ伏せる快感と絶対に打たれないという自信……その二つを宿したヒールな笑みを浮かべている。
間違いない。この人が……こいつが!
「アリア・オイゲン……!アメリカ人……!」
俺がその名を口にすると、動画のアリアもマウンドでの姿勢を整えた後、顔を前方に戻し俺を見た。
そして、口角を上げた。
「……っ!」
偶然タイミングが重なっただけなのに、俺は彼女の瞳に力強く捉えられたような感覚に襲われた。
彼女の碧眼にはそれだけ気迫がある。
そして、キャッチャー視点の動画では男子顔負けの鋭く速いストレートが迫り来る。キャッチャーの
彼女の投球を見た俺は、その魔力に惹き込まれた。
もっと見たい。もっと知りたい。このストレートが、欲しい。
鴎坂兼
それと同時に、何やら多くの人の目に止まるように一つ目の写真に固定された投稿を見落としていたことも今やっと気付いた。
何を固定に設定してるんだ?と気になって閲覧する。
その投稿を見て俺は……目を疑った。
「マ、マジで……?」
俺はスマホを両手で持って、思わず正座してその投稿をもう一度真剣に読み返す。
その投稿内容は獅ノ宮にとって、いや、俺にとって都合の良すぎるものだった。
でも、まさかそんな奇跡が起こるなんて。こんなに良いタイミングで、こんなことが起こるなんて。
見間違えじゃないかと再確認したが、何度読み直しても同じことが書いてあった。
俺は、鴎坂高校野球部……いや、
『アリア・オイゲン。転校先の募集について。
鴎坂高校野球部は、アリア・オイゲンのより良い活躍を願って、強豪校への転校・移籍を望んでいます。
14回連続完全試合を成し遂げだオイゲンを多くの衆目に留まらせることのできる高校を求めています。
我こそはと自信と実績のある強豪校の皆様、どうぞよろしくお願いします。
オイゲンを大舞台、甲子園に立たせてくださることを切に願っています。
「……っ!」
そして、彼女の『ご興味のある高校関係者の方、是非DMにて対応します』の言葉に従って、ダイレクトメッセージ画面を開いた。
俺は、運命を感じた。向こうの事情は知らないが、こちらは天才を求め、アリア・オイゲンもまた、自身の才能を活かせるチームを求めている。
両者の利害は一致している。
こちらはアリア・オイゲンのような天才しか受け付けられない。向こうは強いチームにしか彼女を渡す意味を持たない。そして、獅ノ宮野球部は人数不足ではあるが実力はトップクラスだ。
だからこそ思う。
アリア・オイゲンは獅ノ宮に欲しい……!!
「『こんにちは。獅ノ宮学院高校野球部です』っと。……あっ、さすがに勝手に送っちゃダメか。成城先輩に相談しないと……」
勢いのまま行動しそうになって、危ない危ないと俺は成城先輩との個人チャットを開く。
だが、文字を打ち込もうとしたところで思い悩んだ。
アリア・オイゲンのことを紹介したらきっと気に入ってくれる自信がある。
でも、彼女がいるのは岩手だ。こっちの立場を考えるに多分こっちが出向くことになる。岩手までは片道3時間で1日は犠牲にしなければならない。土日にいつかどこか平日で公欠を使うか。
しかも新幹線も高校生からしたらバカにできない金額になる。
費用と時間、行った先で絶対に勧誘できるとも限らない案件でその両面の負担を考える。
成城先輩なら必ず自分もついていくという。そういえば、顧問の佐藤先生も同様だ。でも、今回は向こうが募集をかけていて、無理やり交渉する訳じゃない。
なら佐藤先生にも労力と負担をかけてもらう必要はないんじゃないか?成城先輩がアリア・オイゲンという人材を認めるなら、それ以外は俺一人で充分に思う。
……と、ここまでは建前だ。さっきから俺がどこか1人で行きたいと思ってるのは、負い目が原因だ。
そもそもピッチャーが不在なのは俺のせいだ。
だったら、ピッチャーくらいは俺1人で用意したい。そんなことで贖罪になるのかはわからないが。
時間と費用、その負担を彼女達にかけたくない。元々俺のやらかしが発端なら俺1人で解決すべきじゃないだろうか。
「……」
暫く考えて、俺は結論を出す。
成城先輩にメッセージを送った。
『条件に合うであろう投手を見つけました。こちら、該当人物のリンクを張っておきます。岩手県の学校ですので、どこかで1日かけて交渉してきます。俺一人で大丈夫なので、
とりあえず必要なことを書き込んで送信した。
おそらく返事は明日の朝になるだろうし、直接話す必要があると判断されて呼び出されるだろう。明日、昼休みにでも話し合うことになりそうだ。
できれば、そこでどうにか説得して、アリア・オイゲンの件は俺1人で解決する方向性に持っていきたい。
皆に沢山かけた迷惑の分、彼女達に返したいし貢献したい。
俺は、その為に尽力したい。
「岩手か……」
岐阜の次は岩手。まさか毎月のように遠征することになるとは……。
しかも今回は自費。自分のケツを拭うと言ってるのにここで部費をくださいなんて口が裂けても言えない。
大体交渉が上手くいくとは限らないし……そんな確証のないことに野球部の大切な部費は使えない。
まあでも今考えても仕方ない。
作戦を練りつつ向こうの返事を待つとしよう。
そう考えて、目を瞑る。
落ち着いたら余計なことを思い出してしまった。
「……生活費はギリ残るか」
岩手までの往復を自費で担うことに一切の揺ぎはないが、高校生一人暮らし生活費自己負担となるとまあ当たり前だが遠征で赤字になるな。
俺は少ない貯金が消える覚悟を決めて、眠りについた。