貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

31 / 148
第31話:自称アメリカ人の岩手県民

 

 名前とは裏腹に海岸沿いにある学校。

 それが、鴎坂(かもめざか)高校。

 鴎坂に通う生徒たちは、高い堤防がすぐそこにある、そんな日常を過ごす。そして、何より海がすぐそこにある。

 所在地は所謂港町だ。

 新幹線の駅からタクシーで校門前に着いた俺たち獅ノ宮野球部は、受付で事情を説明して事務員さんに電話をかけてもらった。

 勿論相手は鴎坂(かもめざか)高校野球部だ。職員室にいる顧問の先生に繋いでもらって、俺達は暫く待つ。

 そして数分後、ちょうど160cmくらいの黒髪ボブで淡白そうな顔立ちの女の子が俺たちを迎えに来た。

 俺は、一目見た時から彼女が誰かわかった。

 

「もしかして都熾(とし) 哉宵(やよい)さんですか……!」

「……!」

 

 俺に名を呼ばれて彼女は少し反応する。

 が、すぐに切り替えて俺たちの前で立ち止まった。

 

「……そう。私が鴎坂(かもめざか)高校野球部の副部長、都熾(とし) 哉宵(やよい)。2年生。アリアの転校については一任されてるので、今日は私が最後まで対応します。よろしくお願いします」

『……!』

 

 丁寧に腰を降り、お辞儀する都熾(とし)さん。

 それを受けてこっちは成城先輩が一歩前に出て会釈しながら手を差し出した。

 

獅ノ宮(しのみや)学院高校野球部の部長、成城(なりしろ) 冬華(ふゆか)。私も貴女と同じ2年生だからタメ口で結構よ。こちらこそ今日はよろしく頼むわね、都熾さん」

「……どうも」

 

 表情は乏しいが成城先輩が差し出した手に都熾(とし)さんは少しだけ首を傾げる。

 だが、それは一瞬で、彼女は直ぐに握手してくれた。

 続けて都熾(とし)さんは俺を見る。

 

「男子部員……ということは君が最初に連絡をくれた津川(つがわ)っていう男の子で合ってる?」

「……っ。はい!そうです。挨拶が遅れてすみません!津川(つがわ) 和哉(かずや)、1年生です!今日はお願いします!」

「ん。よろしく」

 

 俺には軽く挨拶する都熾(とし)さん。

 彼女は俺達をグラウンドに連れていくと言って着いてくるように告げた。俺達は素直にそれに従い、彼女の背中の後を追う。

 道中、彼女は大人しそうな印象とは裏腹に、口数が多かった。

 

獅ノ宮(しのみや)学院高校……去年、甲子園ベスト8だったよね。『美山』は来てないの?」

「……!えぇ。……まあ。あの()は基本部活には顔出さないのよ。練習もしない。来るのは試合の時だけよ」

「練習しない……って、え?マジで?」

 

 都熾さんが本気で驚いた様子を見せて、振り返る。

 やはり誰が聞いても高校生離れした実力を発揮する美山優希が、練習を一切しないということには耳を疑うようだ。

 それにしても美山先輩が獅ノ宮で1番名が通っているな。

 具体的な数字は成城先輩の方が上だし、全ポジションを守りピッチャーとしても逸材だからかなり目立つ。

 だが、高校野球においては、長期的な活躍より重要なポイントで活躍する短期的なワンポイント性が注目されやすい。

 故に、美山優希のように『大事な場面』で必ず決める存在は、それだけ印象に残る回数も多い。美山先輩がそういう時にしか本気を出さないのは彼女の性格ゆえだが、彼女は目立ちたいという目的だけで野球をやってると考えると、確かに彼女のやり方は効率の理にかなっている。

 その証拠が、この都熾(とし)さんの反応と、決まって最初に口にされる名前という事実だ。

 

「練習しなくてもあれだけ……凄いね」

「えぇ。でも、私達は負けたわ」

「……っ!」

 

 成城先輩の言葉に都熾(とし)さんが目を見開く。

 彼女は、そこでマズイところを指摘しまったと焦るのではなく、何か共感できるものが見つかったように、成城先輩を一瞥した後、視線を落とした。

 

「そっか。そうだよね。野球って、1人で勝てるスポーツじゃないもんね」

「……!都熾(とし)さん、貴女……」

 

 俺たちに表情を見せないように都熾(とし)さんは前を向いた。

 だが、彼女のほぼ隣を歩いていた成城先輩からは彼女の顔が窺えていたようだ。

 それに、後ろを歩く俺達からも彼女が自嘲の笑みを浮かべているのがわかった。鼻をならすのが聞こえたからだ。

 校舎は賑わい、高校生達の年相応な喧騒が耳に入る。

 だが、どこか静か。浜風が舞い込み、木々が揺らめく。

 鴎坂(かもめざか)高校の纏う雰囲気が、都熾(とし)さんの小さな自嘲も露わにしてしまった。

 

「もう見えるよ、グラウンド」

『……!』

 

 校舎を繋ぐ通路を横切って、俺たちの前に広がるダイヤモンドといつもより遠く感じる奥行。

 都熾(とし)さんが告げた通り、俺達は広く大きなグラウンドに辿り着いた。

 そして、土色の地面を蹴り、手のひらサイズの白いボールを追いかける者たちがいる。

 それが。

 

鴎坂(かもめざか)高校野球部、総勢69人。そんで津川(つがわ)くん。君の後ろにいるのがアリア・オイゲン」

「えっ!?後ろ!?」

 

 都熾(とし)さんに指摘されて俺は慌てて振り返る。

 すると、ゼロ距離に金髪碧眼180cmの女がいた。

 そいつは、俺と目が合うと悪役のような口角を上げた笑みを作る。

 

獅ノ宮(しのみや)の男……ってことはお前が『カズヤ』か。このアリア様に目をつけるとは男だってのに中々見る目がある奴だ。ただし、私はそう簡単には手に入らないぜ?」

「……っ!」

 

 俺を見下ろし、指をさしたかと思えば、ちょっとウザイ表情でチッチッチ!と言いながらさしていた人差し指を揺らすアリア・オイゲン。

 俺は息を呑む。

 外国人だからか目の前にした時の迫力がすごい。いや、これは彼女の性格故の物だ……!

 

「貴女が14回連続完全試合のアリア・オイゲンね」

「あぁ、そうだ!そう言うお前は……!」

『……っ!』

 

 アリアが成城先輩をキッと睨みつける。

 彼女の眼力に俺たち獅ノ宮野球部は身構えた。

 しかし、暫く成城先輩を鋭い目つきで凝視したと思ったら、アリアは彼女を指さして都熾(とし)さんに尋ねた。

 

「……わからん!誰だ!なんだこの顔の良いイケすかねえ女は!!」

獅ノ宮(しのみや)野球部部長の成城冬華(なりしろふゆか)。去年甲子園一緒に観たでしょ。ほら、『完璧の成城(なりしろ)』だよ。打撃も守備も完壁で投手もできるっていう」

「はぁ~~~?知らねえよ、女の事なんざいちいち覚えてられっか。ハッ、何が甲子園だ。こんな顔の良い奴が野球上手い訳あるか!どうせ弱いんだろ?」

「いや、甲子園ベスト8だって」

「マジか。私、入るわ獅ノ宮(しのみや)

「貴女さっき自分は簡単には手に入らないって言ってなかった……?」

 

 最初は威圧感やオーラを感じたのに、口を開き始めたその瞬間からイメージの崩壊が早すぎる!

 怒涛のマシンガントークに手のひら返し。表情筋壊れてるのかというくらいの顔芸の連続。

 こいつ……!このアリアっていう奴は……間違いない!

 多分俺と同じことを思ってるであろう原田先輩、どうぞ!

 

「もうわかったわ。この()いい加減な奴でしょ絶対」

「思ってた性格と違う……適当な人かも……」

「はぁ~?んだ、てめぇら!勝手に私の事わかった風に言いやがって!いいか?私はいずれワールドスターになるアメリカ人、アメリカの宝だ!アメリカントレジャーなんだよ!わかったか!!」

 

 渋い顔をする原田先輩と長門先輩にアリアがビシッと指をさす。

 だが、都熾(とし)さんが横槍を入れて絶対に決めさせない。

 

「4分の1ドイツ人でしょ」

「ぬあっ!?いらんこと言うな、哉宵(やよい)!んなもんあってないようなもんだ!お前は私の身体に流れるこのアメリカの自由な血を感じないのか……!」

「でも日本生まれ日本育ちじゃん。国籍も日本。あれ?じゃあ岩手県民じゃん、岩手県民」

「やめろ!!私をそんな磯臭い奴みたいな呼び方するな!!」

「それは岩手に対する風評被害では……」

 

 アリアのプロフィールは大体都熾(とし)さんのインスタで知った。オイゲンというセカンドネームはアメリカ人としては珍しいと思っていたが、ドイツ人由来らしい。

 それと、確か生まれてこのかた東北を出たことがないはずだ。つまり長年岩手で暮らしていることになる。

 なのに随分と愛着のない言いようだ。

 そう思ってたら、都熾(とし)さんがアリアの前まで行って彼女を見上げ、一問一答を開始する。

 

「好きな食べ物は?」

「アワビ!!じゃじゃ麺!」

「好きな場所は?」

「赤レンガ館!童話村!浄土ヶ浜!!」

「岩手県民じゃん。よっ、名誉岩手県民。おめでとう」

「ふざけんな!私はジョージアの女になるんだよ……!」

 

 地団駄を踏むアリア。

 あぁ……なるほど。彼女はあれだ。愛があればあるほど貶すタイプなんだ。いるよな、こういう奴。

 都熾(とし)さんの質問に満面の笑み、しかも即答で返したところを見るに地元愛は多分潜在的にめちゃくちゃ強い。

 アリアは、岩手を、東北を愛している。

 

「……アリア。ジョージアなんかに行ったら田舎者は虐められるよ?」

「田舎者扱いすんな!!」

 

 が、素直になれないのでこうして都熾(とし)さんの計らいでコントにされていると。ビシッと指摘しない都熾(とし)さんも都熾(とし)さんで、これ絶対楽しんでるな。

 ……ていうかめっちゃ仲良いな。同じ部の仲間という以上に友達といった感じだ。特に都熾(とし)さんからアリアへの友愛が強く見える。

 

「もういいかしら?磯臭い本人も現れたことだし、本題に入りたいのだけれど」

「おい、今こいつしれっと磯臭いって」

「わかった。部室に行こう」

 

 成城先輩を指さし顔を顰めるアリアを無視して都熾(とし)さんは俺達をグラウンドに隣接する部室練へと連れて行ってくれた。

 ていうか成城先輩って結構田舎者差別するんだなと思ったが、実際さっきからなんか本当に磯臭い感じがするからなんとも言えない。……アリアから臭うんだよな、ほんとに。失礼だから口が裂けても言わないが。

 少し年季の入った野球部の部屋で、俺達は用意されたパイプ椅子に座って都熾(とし)さんとアリアの二人と向かい合った。

 

「ごめん。前は折りたたみ式の長机があったんだけど……アリアがボード代わりにしてサーフィンしたから海に流されて回収できなくなった。だから、お茶とか出しても置くところがなくて……」

「別に気にしなくてもいいわ。凄い気になる情報が出たけど」

「いや、完全にヤバい奴確定じゃん……。本当にこんな()ウチに入れるの?」

「……っ!」

 

 原田先輩が不安要素に呟いた瞬間、都熾(とし)さんは目を見開いた。

 彼女は今日初めて動揺を見せる。その表情は焦燥と不安だ。

 

「ま、待って!野球は……野球は凄いの。アホだし頭悪いし知能低いけど野球は凄いから……!」

「いや、今挙げた3つ全部同じ意味なんだけど……」

 

 急にらしくない大声を出して必死に補足する都熾(とし)さんに、自分の何気ない発言が食いつかれて困惑する原田先輩。

 そんな二人のやり取りを、いや、都熾(とし)さんの様子を見て、成城先輩は彼女に優しい笑みを向けた。

 

都熾(とし)さん。大丈夫よ。問題行動さえ起こさなければ素行面や性格面はそんなに重視してないわ。それに、彼女の投球が凄いのはもうわかってるわ」

「……っ!成城、さん……っ」

 

 成城先輩の言葉を受けて、落ち着きを取り戻す都熾(とし)さん。しかし、俯いてしまった。

 俺はそんな彼女に顔を上げてもらうためにも彼女に尋ねる。

 

「あの、俺達以外にもどこかオイゲンさんの転校先募集に興味を示した学校っていましたか?」

「えっ。あぁ……えっと、確か東京の兎美徳(とびと)?ってとこと埼玉の王皇(おうきみ)十王(ももと)、兵庫の紅牛(あかし)ってとこから話があったかな」

「あら。全部強豪校じゃない。乗らなかったの?」

 

 成城先輩が尋ねると、都熾(とし)さんは微妙そうな……それでいてちょっと恥ずかしそうな顔をした。

 

「え、えっと……兎美徳(とびと)の方は編入試験が凄く難しくてアリアの頭じゃちょっと……いや、かなり厳しくて。いや、もはやそんなレベルでもなくて……」

 

 いや、どんどん表現が下がっていくんだが。

 まあ兎美徳(とびと)は超お嬢様高だし、かなり勉強ができないと編入できないのは簡単に想像出来る。

 とはいえ鴎坂(かもめざか)獅ノ宮(しのみや)と同じく普通の公立高校だし、その偏差値からアリアの知能は大体察しがつくと思うが、それでも勧誘しに来たということは規模の大きい学校だけあってスポーツ推薦とかも充実してたんだろうな。

 で、アリアの知能はその制度を覆す程絶望的に頭が悪かったと……。スポーツ推薦といえども多少の学力を必要とするところは少なくない。多分兎美徳(とびと)はそういうタイプの制度を利用していたんだろう。

 で、残り2校だが。

 

「……王皇(おうきみ)十王(ももと)

「……」

 

 原田先輩がアリアの転校先候補の名を呟く。

 前かがみになって膝に腕を置き、彼女は俯いた。一瞬だが、その姿勢に至る最中、原田先輩は怖い顔をしてるように見えた。

 そんな彼女の様子を成城先輩は一瞥したが、話の腰を折らないように気付いてないフリをした。

 そういえば埼玉の学校ということはウチと同じ地区大会ってことになるな、王皇(おうきみ)十王(ももと)

 王皇(おうきみ)十王(ももと)学院高校。確か、去年が唯一甲子園出場を逃した年で、それ以前はずっと埼玉代表校だった筈だ。

 去年は獅ノ宮(しのみや)学院高校が進出したが、常に強さを保っているという点ではあちらの方が強豪校と言える。

 

「残り2つは保留中。でも、王皇(おうきみ)十王(ももと)の方は鴎坂(ウチ)の上位互換って感じであんまり転校する意味を感じなかったかな……。紅牛(あかし)の方は結構魅力的だったんだけどあそこは良い投手が沢山いるからアリアをあんまり試合に出してくれない気がして……」

「なるほど。それで保留にしてるのね」

「うん」

 

 成城先輩の言葉に頷く都熾(とし)さん。

 彼女は「それに」と言い加える。

 

「声かけてくれる高校が減ると嫌だなと思ってSNSには書かなかったけど、アリアの転校先についてちょっと意識してることがあって―――」

『……っ!』

 

 瞬間、突如張り詰めた空気に変わった。

 都熾(とし)さんの俺達を見る目が変わった。

 その視線で俺達は理解する。

 これまで鴎坂(かもめざか)に声をかけた全ての高校に向けられた彼女の目利き。それが今、俺たちにも向けられている。

 そして、この感じは……多分、お眼鏡にかかってない時のやつだ。

 

鴎坂(ウチ)がアリアを転校させようとしてる理由は2つ。ひとつは鴎坂(ウチ)が弱いから。もうひとつは……誰もアリアの球を捕れないから」

「……!」

 

 俺達は目を見開く。

 その言葉だけでわかった。

 つまり、彼女がひそかに大事にしている条件は……!

 

「―――そこで聞きたいんだけど、獅ノ宮(しのみや)にアリアの球を捕れるキャッチャーっているの?」

 

 その一言が出てから、部室は静寂に包まれる。

 そもそも今の獅ノ宮(しのみや)にキャッチャーはいない。

 成城先輩はいずれ入部してきてくれる人がいると言っていたが、それはあくまで予定であって確定ではない。

 これは……どうする?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。