貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
監督になりたい。
そう伝えた瞬間、みんなの様子が変わった。
どういう態度になったか、簡潔に言うとはぁ?こいつ何言ってんの?という顔だ。みんなそんな表情を浮かべてる。
対する俺もまあそらそういう反応になるわなという感情しかない。
だって、元の世界で言うところの女子が、それも学生の分際で昨年甲子園ベスト8の強豪野球部の監督に名乗り出ているという絵面だ。
そんな状況で帰ってくる言葉など「馬鹿にしてるのか?」くらいだろう。
なので、俺は罵倒されるのは覚悟してる。そんな覚悟を決めてまで口にしたのは自分の為だ。俺の生き甲斐をこの世界で取り戻す為に、例え罵声を浴びせられても耐えるしかない。
だが、誰かが苦言を呈する前に、美山先輩が先手を取る。
「あは~っ。何それ~!本気~?」
『……!』
美山先輩は笑顔と柔らかい口調で尋ねながら、視線は鋭く皆に向ける。所謂目は笑ってないというやつだが、その冷たさは俺に向けられてるのではなく先輩達に向けられている。
おそらく、釘を刺しているんだ美山先輩は。ここは私が対応するから余計なことを言うなよ、と。
そんな美山先輩の意図を皆が察する中、俺は美山先輩に答える。
「俺は、本気です……!」
「……!」
美山先輩は、俺がふざけて言っているのだとしたら、撤回できるようにまずは第一声でワンクッションを置いた。敢えてまたまた~!冗談でしょ~?みたいな感じで俺の真意を汲み取ろうとした。
その上で俺が真剣に改めても発言を撤回しなかったことで、美山先輩は目を見開く。そして、その驚きも束の間、今度は目を細めて口元だけ笑みを作って小首を傾げた。
「……そっか~。んー、津川くんの気持ちはぁ、わかったけどぉ?津川くんがどうこうじゃなくてぇ~、現実的に男の子の監督っていうのは厳しいんじゃないかな~」
美山先輩が人差し指を自身の口元にあてながら、うーんっと困ったように苦笑いする。
具体的な論理は出さず、まずはさらっと価値観で否定してきた。だが、これは障りだ。それくらいは俺にもわかる。
ここまで見てきた美山先輩はそんな偏見だけで意見を決める人じゃない。きっと彼女の中にはこの世界の価値観だけでなく、もっと論理的な否定意見がある。
でも、まだそのカードは切ってこない。
ここから始まるのは俺を試すレスバ合戦。美山先輩はどの程度で俺が身を引くのか見たいんだ。理由は簡単、それが一番一蹴するのに楽だからだ。
だから、まだ論理的な話はしてこない。後に残しておきたいから。
土俵は完全あっちの方が有利。俺が少数意見派にして弱い立場の側。
しかし、俺もそんな彼女の策略にハマるつもりはない。このレスバ、必ず勝って、先輩を納得させてみせる……!でなければ、球界のレベルを上げる目標どころか計画の第一段階の野球部監督すら叶わない!
俺は、美山先輩に対して、食いかかる。
「それって偏見じゃないですか?男の監督がいたっていいと思いますけど」
「そうだね~。でも、偏見も無視できないんだよねぇ。ほらぁ?世間の目ってあるしぃ?」
「周りの評判がそんなに大事なんですか?それに贅沢言ってられる状況ですか?監督いないんですよね?いないよりかはいた方が良くないですか?それが男だったとしても」
「あは~っ。言うね~。でもぉ、正直優希はそもそも監督いなくていいかなぁ~って個人的には思ってるんだよねぇ~。まあ優希は自由な方がよくて縛られるのは嫌~いっていうのもあるけどぉ。そういう私情抜きにしても優希達、監督いなくても去年結果残してるのも事実なんだよね~!」
そう。そこだ。
俺もそこは理解していて、そこが、いやそこだけがネックだと思っていた。
美山先輩が用意していたカードの中で最強の切り札は、『過去の実績』だ。逆に言えばそこを攻略さえすればこっちのもん。
美山先輩の言う通り、このチームに監督がいないのは別に今に始まった話ではなく、去年甲子園ベスト8になった時も監督は不在だったという。
それは監督などいなくてもいい、という美山先輩の主張を後押しする確かな実証だ。
だが、俺からすればそれは監督になりたい俺を跳ねのけるには不十分な材料だ。
だって、そうだろう。俺の目標はこの世界の女子プロ野球の水準を上げることだぞ?
そして、それを達成してもらうのはこの人たちだ。ならばこの人達には甲子園ベスト8くらいで満足してもらっては困る。
甲子園優勝くらい当たり前にできる実力をつけてもらわなきゃいけないんだ。いや、それですらまだ足りない。
「……そんな甘いこと言ってるからベスト8止まりなんじゃないんですか?」
俺は決定的な指摘を言い放った。
瞬間、空気が熱くなった。何かがプツンと切れたのが聞こえた。ここにいる俺以外の5人から溢れ出た感情が俺の肌をピリピリと刺激したのだ。体感温度が上がる。
この空間に新たに混ぜられた色は、これは……怒りだ。
「おい。お前、さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。何様のつもりだ。あ?人のベスト8貶す程てめぇは偉いのかよ?てめぇも同じことが出来んのかよ?」
「マジそれ。いい加減にしてよ。そんなにやりたきゃ他所でやりなよ。私たち、あんたの我儘に付き合う義理ないから。つーか男に野球の何がわかる訳?」
まず食ってかかってきたのは当然ガラ悪二遊間の2人。霧島先輩と原田先輩だ。
ったく……この2人は。サッカー部の男子の避難的な目に晒されたってのに、さっきまで長門先輩に怒鳴り散らしてことを一切反省してないな。
……それに、原田先輩の言い分には俺もカチンときた。
「野球詳しいですよ、俺。きっと皆さんよりも」
『……っ!』
ちょっと言い返してやったら、彼女たちは一瞬目を見開いた後、さらに俺に対する敵意を増した。
だが、そんなもんがなんだって言うんだ。女子の睨みなんかで怯んだりしない。大体俺は間違ったことは言ってない。事実を言っただけだ。
彼女達は野球部かもしれないが、所詮は女子野球だ。この世界の女子野球も前の世界の女子野球に毛が生えた程度の低レベ。
結局立派な歴史を得ても大したことはないということだ。今なら断言出来る、女子に野球は向いてない。
その点、俺は男。野球は男のスポーツ。俺の方が分があるのは当たり前だ。
それに、俺は野球が大好きだ。野球愛なら誰にも負けない。少なくともこの世界の女子野球を野球だと思ってる奴らなんかには負ける気がしない。
そして、何より俺は生粋の野球オタクだった。いや!今でもそうだ。
俺は野球に詳しい。それは胸を張って言える。何度だって言う。俺は!!野球に!!詳しい!!
故に、彼女達の指導者にだってなれる。いや、寧ろ俺以上の人材はいない。
この世界の指導者だって皆女子だ。いくら価値観が逆転していても、この世界での実績があっても物理的な差は覆らない。
男の俺の方が優れているに決まっている。何せ野球だぞ!野球だからな!
まあだが、俺の自信はそんな男女格差から来ている訳では無い。
美山先輩が最初にこの世界の価値観を武器に様子を見てきたのと同じように、俺も野球における男女格差論が俺の自信の中心ではない。格差はあくまで前提。
では、自信を裏付ける根拠はなにか。
それは……成城先輩の横槍を躱す材料として使う。
「何を根拠に詳しいと言ってるのか知らないけれど、そもそも監督がいないからといって誰でもいい訳ではないわよ。優希が言ったみたいに私達は必要としていないのだから尚更。どうしてもなりたいというのなら、信頼が必要ね」
「信頼……と、言うと?」
具体的に言わないので俺が尋ねる。
成城先輩は溜息を挟んで答えてくれた。
「実績よ。当然でしょう。男だろうが女だろうがなんでもいいけれど、私たちだって監督をしてもらうなら良い監督を選ぶ権利があるわ。監督が不在だからって誰でも好き勝手その椅子に座ってもらっちゃ困るわよ」
成城先輩の意見に一同が深く頷く。
俺もその言い分になるほど、とは思うがそれを押し返せる材料があるのでしめたと心の中でニヤつく。
要するに成城先輩が言いたいのは監督がいないことは自由にそのポストを誰かが得ていいという訳ではないということ。
もしそこに就くならば、実力がいる……と。
ほうほうほう。なるほどなるほどなるほど。
ほーん……なら俺が最適では?やはりそうなのでは?
「コホン。実績なら……ありますよ?」
「は?」
まさかあると言われると思わなかったのか、思わず意表を突かれた反応をする成城先輩。
彼女の中ではこれで一蹴できると踏んでいたのだろう。だが、それは誤算だ。
「貴方、学生でしょう。それに男性なのに高校生にもなってない時に経験を積んだと言うの?」
「はい。まあ、監督というよりコーチ的な感じでしたけど」
「嘘でしょう?」
「本当ですよ。これでもデータ野球を少しばかり齧ってまして、ね」
成城先輩が瞠目する。
それに対する俺は、自分が平然とした態度を表面上は醸し出せるように踏ん張る。いや、マジで。余裕ある感じ出さないと。変に動揺するとそこを突かれて怪しまれる。
と、言うのも俺は正直話を少し盛っている。
俺は前世も含めてコーチなんてやったことがない。ましてや野球は観る戦でプレーしたことなど一度もない。
だが、別にあながち嘘を言ってる訳でもない。
前世で俺は贔屓チームの監督がクソだったのでSNSで自分の采配や意見を発信しまくっていた。しかもそこそこ支持されてフォロワー数も公式アカウント並。かなりの影響力を持っていた。
そんな俺がよく発言の根拠の材料として用いていたものが、『指標』だ。
数字は正直だ。選手を正しく測ってくれる。
そして、あんなにハッキリとした指標が数字として出ているのにそれを参考にしない奴らは馬鹿だ。
俺はあんな奴らとは違う。
つまり俺の正しいデータ論とあの巨大アカウントでの活動を鑑みれば、俺がコーチや監督をすればさぞかし優秀だったに違いない。
きっと俺の言う通りにしていれば俺の贔屓チームは常勝軍団だったハズだ!
なので、実際にやったことはないが、まあやればそうなることは確実なので嘘だと切り捨てることもできない。
できない。できないハズ……!そうだ!できない!
間違いない!ほぼ真実みたいなもんだ。そうだよな!うん。なんかどんどんそうだって気がしてきた。
自信も本物になってきたぞ。確かな根拠はある。自信があって当然だ!事実なんだからな!
と、いう訳で俺は嘘はついてない。誰だ?就活の思い込みみたいとか言ったやつは?
「嘘だと思うなら調べてみますか?」
「……っ!」
成城先輩が顔を顰める。
もちろん調べられたら困るが、この自信たっぷりな俺を前にしてさすがにしないだろう。向こうからしても面倒だしな。
つまり、色々重なって押し切れる訳だ。
こうなってしまえばもう理屈で俺の要望を跳ね除けることはできない。
俺の完全勝利だ!!
「―――それはどうかなぁ?」
「えっ?」
俺の思考を読んだように、俺の耳元に囁く、響く声。
驚愕した俺が振り返るとそこには美山先輩が。俺が顔を合わせると、彼女は顎を上げ、同時に口角も上げた。
「あはっ」
「……っ!」
微笑み。
何度も見た美山先輩の笑顔だが、いつもと違った。俺は今初めてその表情を怖いと思った。ここまで見せてきたものとは、意味が異なる。まるでそう思わせる笑みだ。
美山先輩は俺と皆の間に踊りでて、場の主導権を握りにいく。
「はいは~い!優希から提案で~す!」
「……は?」
美山先輩が突然仕切りだし、手を挙げる。
だが、俺はそんな美山先輩の行動を批判する。
「いやいやいや、もう話決まりかけてたじゃないですか?なんですか、急に」
「えぇ~?決まってないでしょ~?津川くんは成城ちゃんの言い分を説き伏せただけ。それイコール監督決定~!とはならなくなぁ~い?少なくとも優希はまだまだ津川くんの主張には噛み付けるとこあると思うなぁ」
「はぁ?」
もう決着は着いてるのにまだ食い下がらない、意固地の悪い美山先輩に俺は顔を顰める。
めんどくせぇ。まだなんかあんのかよ。完全に決着はついただろ。……ったく、こんなとこで手間取ってる暇ないってのに。
大体俺の発言のどこにツッコミどころがあるっていうんだ。成城先輩に言われた信用と実績はクリアした。もうケチつけるとこはないだろ。
「津川くんは自信満々だけどぉ、成城ちゃんが引き下がっただけでまだ君の言ってることが本当かどうか証明されてないよぉ?」
「イッ……!?」
クソ。まだそこかよ!
まさかこの人、俺の過去にそんな実績はないってわざわざ調べるつもりか!?
「あはっ~!確かに君のことについて調査するなんて面倒だし学生の私達には厳しいけどぉ、別に君の言ってることが『真実』かどうかならもっと簡単にわかる方法があるよね~!」
『……っ!』
半ば諦めかけてた獅ノ宮野球部の面々が美山先輩の言葉に目を見開いて顔を上げる。
俺も何を言ってるんだこの人はという顔で彼女を捉える。
俺の実績の裏付けを調べ上げること以外で実証する方法?そんなものある訳がない。一体何を言う気なんだこの人は。
そんな俺の疑問に答えるかのように美山先輩は口を開く。
「―――試合をすればいいんだよ。それも出来るだけ強いところとね。それで津川くんにはその試合で監督をやってもらう。もし津川くんの言う通りにして、津川くんの采配で勝てたら津川くんの言ってる事の実証になると思うけどぉ、どうかなぁ~?」
「……っ」
美山先輩の提案に俺はダルいという態度を顔に出す。
めんどくせぇ……そう思うことで一度咀嚼したが、いや待てよと考え直したら、悪くない話にも捉えられた。
これでこの話に乗って上手いこといけば、もう何も言われることなく監督になれる。少なくともここで無限に言い合いをしているよりもよっぽど近道だ。
要するに、勝てばいい。それだけの単純な話になる。
この提案、飲んでもいい。
「俺は賛成です。いい考えですね。その方が手っ取り早い。勝てば監督にしてくれるんですよね?誰も何も言わないんですよね?」
「そうだね~。そういう話になるね~!」
よし。言質は取った。
美山先輩は確かに頷いた。
あとは他のメンバーだが……面々を見渡すと、もう答えはおのずとわかった。
「いいでしょう。私は乗るわ、その話」
「あー……だりぃけど男の監督なんてごめんだし、こいつに野球部をもて遊ばれるくらいならやるしかねえな。それでこのめんどくせぇやり取りも終わりだろ?だったら一発で解決してやるぜ」
「私も賛成。……この素人の采配で勝つなんて、有り得ないし」
「じゃ、じゃあ私も……。男の子、野球部に入ってきて欲しくないし……」
一人だけなんか拒絶理由が違う人はいるが、概ね見解は一致したようだ。
そうとなれば話はポンポンと進む。
「相手は
「中龍って……あの中龍かよ!?去年の甲子園優勝校だろ。いくらなんでも勝てねえんじゃねえの……?」
佐藤先生というのは野球部顧問のおばあちゃん先生だ。既に彼女の元に試合の申し出があったというのならば、話は早い。ナイスタイミングだな。
そして、対戦相手は『
去年の甲子園優勝校。
強豪で、少なくとも去年ベスト8の獅ノ宮より強いことは結果で判明している。
良い対戦相手だと思う。異論は無い。
「いいじゃないですか、甲子園優勝校。勝てばこれ以上にない実証になるじゃないですか」
甲子園優勝校といっても所詮は女子野球だから俺の目線じゃ大したチームじゃないだろうし、俺の世界の男子野球に近しい実力をつけてほしい獅ノ宮野球部には、将来的に相手にならなくなるだろう。
まあだが、現段階の獅ノ宮より強いならまず初めの方に倒しておくべき相手だろう。
おっと、もう既に監督気分だぜ。いつの間にか勝ち気になっていた。でもまあ、実際に勝つのも時間の問題だ。何せ、俺のデータと采配があるんだからな!
そんな中龍学園との対戦に前向きになっている俺を傍目に、獅ノ宮野球部の面々が不安点を口にする。
「で、でも中龍も卒業生の影響で去年の中龍とはまた別なんじゃ……」
「あそこは去年も主力は2年生だったし大丈夫でしょう。寧ろ今年はもっと強いんじゃないかしら。主力がまた1年間、力をつけてくるのだから」
「あは~っ、そうだね~!」
「おい。それよりも試合やるんだったら人数足りねえのどうすんだよ」
「それなら向こうから人を借りればいいわ。強豪校だし部員も沢山いるはずよ」
「……それ、貸してくれてもこっちに参加してくれる選手は本気でやってくんないんじゃないの?」
「普段試合に出れない人を借りればいいのよ。そしたらアピールチャンスにもなるし、やる気も出すでしょう」
淡々と問題を解決していく成城先輩。
結構優秀な人なんだな。ずっとこの人がなんで
「それと、中龍は岐阜県代表校だったから遠征になるわね。どうせなら2日間くらい居座って2試合しましょうか。1日目は津川くん抜きで私達だけで戦って、2日目は津川くんに監督をしてもらうの。そしたら対照実験になって、監督が必要か不要かハッキリするんじゃないかしら?」
「あはっ!それいいね~!名案~!採用~!」
俺が勝手に納得してる間に成城先輩が試合の段取りの発案をし、それが肯定3段階美山先輩によって採用される。
話が纏まったところで、美山先輩が俺のところに寄ってきた。
そして、俺にだけ聞こえる声量でボソッと告げてくる。
「あはっ。良かったね。これで成城ちゃんの気が変わって根掘り葉掘り調べられることはないから嘘がバレなくて済むね」
「……っ!?」
俺が目を見開いて慌てて美山先輩を見ると、彼女は笑顔を作って俺の視線を待っていた。
俺はまだ気づいていなかった。美山先輩の発案は彼女の張り巡らされた思考によって導き出された、巧妙な作戦だということに。
「まさに―――実績じゃなくて、実力を見る。事実じゃなくて、真実を確かめる。ってね?さぁ、どうなるか。楽しみだね。つ・が・わ・くんっ。あはっ!」
そうとだけ言い残して美山先輩はみんなのところへ戻って行った。