貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「成城先輩。既に言いましたが、『ベストナイン集め』は終わりです。美山先輩に対しては私が居れば充分。なので、部員の頭数の方を揃えていきましょう。夏の大会まで時間がありません」
「……わかったわ。貴女がそう言うなら、従いましょう」
美山先輩を負かした後の廣目さんの言葉を、成城先輩は二つ返事で受け入れた。
廣目さんは咳払いをひとつ挟んだ後、改めて全員を仕切る。
「副部長として今後の方針について、提案があります。皆さんは天才です。連携の確認や弱点の克服の必要性はあれど基本的な練習は今のメンバーには必要ないと思います。なので部活動は暫く部員集めにリソースを割きます」
廣目さんの言葉に真っ先に食いつくのはアリア。
「おい、待て。このアリア様が部員集めだと?そんな事の為に転校して来たんじゃない。部員不足解消は私の仕事じゃない。獅ノ宮の一員になったって言っても私はこの腕を振りに来たんだ。ピッチャーとして働く事以外断固拒否する!」
「わかりました。私もその意見はご最もだと思います。アリア先輩は野球で貢献して頂ければ充分です。それに、私とバッテリー間の調整が必要だと思うのでどのみち他に労力はかけれません」
アリアの主張を受け入れる廣目さん。
続いて、彼女は俺を見た。
「基本的に部員集めは津川先輩に一任したいです。特にまだ部活に入っていなかったり兼部可能な新入生を勧誘してください。私も1年生なので手伝います」
「あ、あぁ……うん。わかった」
「成城先輩は、退部してしまった元部員で呼び戻せる人は呼び戻してください」
「……っ!」
成城先輩が目を見開く。そして、息を詰まらせて俯いた。
元部員……つまり、去年の夏に美山先輩のせいで辞めたメンバー。今は2年生と3年生。
辞める時は、成城先輩に毒を吐いて出ていった。
正直、これは酷な人選だ。
「ちょ……!それは、私が……!」
「いいわ、
「冬華!?でも……!」
原田先輩が成城先輩を庇おうとしたが、成城先輩は覚悟を決めた顔で廣目さんと向き合った。
中学時代、バッテリーを組んでいた彼女達の2人の間にだけ流れる独特な雰囲気。きっと、俺たちは入り込めない。
廣目さんだって、成城先輩が辞めた部員たちと確執があるのはわかっている。
なぜなら、彼女は自分の口で言ったのだから。編入する前から獅ノ宮野球部の最新情報は仕入れている、と。
だから、この人選は意味がある。成城先輩はそう思ったから了承した。
「わかってるわ、廣目さん。去年の夏を払拭しろと言いたいのでしょう?」
「はい。まあ概ねは。雑念を放置したまま今年の大会に突入すべきではないと思ったので。再入部はまあついでですが。メインは成城先輩の……いえ、この野球部が去年の夏に置いてきた忘れ物を、回収する為です」
『……っ!』
成城先輩だけじゃない。ずっと去年の夏のことを引きずって、その問題を放置してきた野球部古参組全員が、廣目さんの言葉に息を詰まらせた後、目を逸らす。
そんな彼女達に廣目さんは重ねる。
「無視しないでください。あれは、あのままではダメです。目標は甲子園優勝ですよね?だとしたら、去年の夏のことを克服しなければ、この部に優勝はありません」
「廣目さん……貴女……」
強く言い切る廣目さんに成城先輩が呟く。
彼女はともかくとして、他の面々は納得がいかなかった。
「……っ!そりゃ、そうだけど……!でも……」
「簡単に割り切れねえよ。廣目、お前の言う事は正しいけどよ。別にアイツらとわざわざまた関わる必要なんてねえんじゃねえのか?今いるメンバーと新入生だけで―――」
「無理です。いくらここにいる7人が天才の集団でも、他が野球未経験もしくは少し前まで中学球児ではさすがにこの先を戦い抜けません。皆さんの精神的な問題もそうですが、元部員ということは無論即戦力でもあるので、この解決は必須です」
原田先輩や霧島先輩の反対意見にも論理的に返す廣目さん。
こうもキッチリとした理論で押し切られてはぐうの音も出ない。
とはいえ、人間関係も部を動かす上では大事だ。皆が精神的に納得できないのを理屈で無理やり従わせるのも少し違うと思う。
廣目さんの言ってることは正しいが、少し強硬策だ。
「廣目さん、俺も―――」
「要するに。優希が皆に謝ればいいんでしょ~?」
『……!?』
出るはずのない発言内容が、出るはずのない人の口から出て、俺も皆も思わず彼女を見る。
注目が集まった美山先輩は、それに少し興奮したのか、ブルっと若干身震いしてから口角を上げる。
「結局みんな、優希についてこれなくて出ていったんだから、優希が『自分勝手でした。ごめ~んね』って謝れば済む話でしょ?そうすれば誰かしらは戻ってくるしぃ、皆も多少はスッキリするよね~。いいよ、優希謝って回ってあげても」
美山先輩が衝撃発言をした。
彼女は、謝ってあげてもいいと豪語する。
去年の夏、全ての発端であるのは誰か。もう何度も言った。彼女だと。
その本人が、その口で。
一瞬、空気が凍った。
そして、原田先輩がワナワナと震えて、沈黙を割る。
「……今更」
「ん~?何かなぁ、原田ちゃん」
原田先輩が呟いて、その内容を美山先輩が聞き返す。
まさしく能天気だ。
だが、そんなところに瞬く間に飛んでくるのは拳。
「今更……!ふざけんな!お前が最初から謝っとけば……!いや、そもそもあんたが最初から好き勝手せずチームプレーしとけば……!何が謝ってあげても、だ!クソ女!」
「おぉ~。あはっ。危な~。セ~フ」
原田先輩が振りかぶって殴りかかったが、美山先輩は余裕でひらりと躱す。しかも挑発的に笑いながらふざけた態度をとった。
空振りした原田先輩は当然それを見て未だに怒り心頭。振り返って再び殴りかかろうとするも、霧島先輩に後ろからはごろもにされて、止められる。
「おい!バカ、やめろ!」
「あはっ。原田ちゃんって結構短気だよね~!処女だから?」
「おま……っ!お前もいちいち煽るな、優希!」
「あはは!ごめ~ん」
空気を読まず、ニヤニヤと笑う美山先輩。
さらに、彼女は要らないことを言う。
「でもぉ。怒られる筋合いないよねぇ、優希。だって、頼まれて入部してあげただけだもーん。助っ人なんだからぁ、好き勝手やるのって割と普通じゃなーい?」
「お前……!」
「もうやめなさい。涼香も優希も。優希、貴女の気がどうして変わったのかは知らないけれど、謝って回ってくれるならそれに越したことはないわ。私についてきてちょうだい」
喧嘩が激化しそうになって、成城先輩が仲裁に入る。
それでようやく原田先輩は落ち着いた。
美山先輩も成城先輩の疑問の方に意識を移す。
「あはっ。理由~?そりゃ野球部がなくなったら野球で気持ちよくなれないのもあるけどぉ……廣目ちゃんにやり返すチャンスもなくなっちゃうもんね。だから、いいよ。優希、ついていく」
「えぇ。頼むわ」
美山先輩を乗せて、成城先輩がため息をつく。
納得出来ない原田先輩は苦しそうに顔を顰めた。
「冬華……!どうして……!どう……し、て……っ」
「原田先輩……」
さすがに原田先輩が可哀想だ。
美山先輩は酷すぎる。やはりこの自由人悪魔は獅ノ宮最大の課題だ。
廣目さんも同様のことを考えていたから、最初に着手したという訳だ。
それに、結局部員不足も元を辿れば美山先輩が原因。
全て、美山先輩だ。
「重症ですね、この問題は。……私が飛び級すべきタイミングは、やはり」
「……!」
廣目さんが何か呟いたようだが、俺には聞こえなかった。
だが、成城先輩だけ目を見開いた。
それに気づかず、廣目さんは再びみんなに向けて話す。
「話を戻します。部員集めに関しては、当面それで。あとやれることがあるとすればSNSで獅ノ宮の生徒宛に募集をかけることくらいでしょうか。それと、成城先輩。手術って確か今週末でしたよね?」
『……!』
廣目さんの指摘に、全員が成城先輩のギプスに注目する。
これもまた、大きな問題だ。
本当に……大きな問題だ。
「……えぇ。そうね」
「リハビリも含めてどれくらいの回復が、いつまでに見込めるか分かりますか?」
「先生の憶測でしかないけれど……地区大会はもう無理ね。甲子園出場が叶えば、打者としては充分間に合うとのことよ。野手と投手は……どうでしょうね」
「……なんと。手術と故障の内容について多少調べさせてもらいましたが、回復期間3ヶ月ですか。半年はかかる計算でしたが……一体どのように。興味はありますが、とにかく、優秀なお医者さんなんですね」
「……っ!」
廣目さんが横目で俺を見る。
そんなことまで知ってるのか……!
「……あぁ。うん、まあ……そうだね」
内心驚きつつも微妙な返答をしておいた。
確かに彼女は戸籍上母親だが、俺と彼女は家族ではない。褒められても、俺から言えることは何もない。家族の代弁をするような立場ではない。
「部員不足と美山先輩の件はともかく、成城先輩の怪我はもう先輩次第ですので。そこが不安点でした。とりあえず、この3つを解決して大会に挑まなければいけません。大会まで1ヶ月と少し。試合できず不戦勝などということにならないよう、部員集めを頑張りましょう」
廣目さんは最後にそう告げて、今日はお開きとなった。
アリアの挨拶からまさか新しいメンバーによる怒涛の展開が繰り広げられるなんて……少し皆疲れた表情で今日は練習せずに帰った。
廣目さんの言う通り、彼女達の練習はレベルアップよりもアリアと廣目さんという新バッテリーとの連携の併せくらいしかやることはない。
それもまた明日ということになった。
「津川先輩、成城先輩。一緒に帰りませんか?」
『……!』
俺も成城先輩も帰ろうとしたところに廣目さんが声をかけてきた。
俺たちは顔を見合わせる。
「私はいいけれど」
「お、俺も問題ありません」
「じゃあ決まりですね」
特に断る理由もないので3人で帰ることにした。
道中、成城先輩から喋り始める。
「……ようやくゆっくり話せるわね、廣目さん」
「はい。改めてお久しぶりです、成城先輩。バッテリーとして再会できないのは、残念ですが」
「……っ!」
廣目さんが付け加えた言葉に俺が目を見開く。
思わず彼女を見ると、今日初めて穏やかな表情を見せた。
思い返せば、廣目さんはずっと張り詰めたような緊迫感ある顔と態度だったな。まるで、誰にも負けねえぞという姿勢のヤンキーのように、油断しないようにしていた気がする。
だけど、今は違う。成城先輩と落ち着いて話せるようになったからか、はたまた野球部から離れたからか、彼女は今は警戒心のようなものが薄れている気がする。
なので、少し毒を吐いたが、すぐに素直に謝った。
「すみません。少し意地悪でした」
「……まあ、やっぱり知ってるんだね。廣目さん」
「はい。津川先輩がした事も、それを成城先輩が仕組んだことも。全て把握しています」
「……」
そう言って、沈黙が流れる。
成城先輩がそれを破る。
「……本当に意地悪ね。廣目さん。私達、これでも反省して何度も謝り合ったのよ?」
「わかってます。だから、責めてる訳ではありません」
「……そうね。貴女は私達を責めない。貴女が責めているのは、貴女自身だから」
「……っ!!」
成城先輩がサラッと言ったことに廣目さんは目を見開き、彼女を二度見した。
ここに来て初めて動揺した姿だ。
さっきまで曲者達相手に無双していた彼女ではない。余裕のない態度で目を泳がせる。
「えっ?どういうことですか?成城先輩」
「本人に聞くのが1番早いわよ。そうでしょう?廣目さん」
「……」
俺は成城先輩の指摘の意味がわからなくて尋ねると、成城先輩は敢えて廣目さんに委ねた。
廣目さんは暫く俯いた後、ゆっくりと口を開く。
「……去年の夏、客席で呑気に見ていた自分を、恨まない日はありません。私も、獅ノ宮の、あのベンチに座っているべきだった。飛び級する判断は去年すべきだった。そう思いました」
ゆっくりと帰路を進む足取りの中、廣目さんの独白も想起する夢のように、始まる。
彼女は、去年の夏に自分もいたら……という意味の無い想定を何度もしていた。利口な彼女はそんな無意味なことにリソースを割かない。
でも、珍しくポンコツになってしまった。
それはなぜか。
「そうすれば、私なら止められました。野球部の崩壊も、津川先輩の暴走も、成城先輩の計画も。全部起こる前に……いえ、起こそうなどと思わせませんでした。それができる自信が私にはあります」
川の上を繋ぐ橋を渡りながら、廣目さんは意味の無い試行を続ける。
でも。それが無意味なことくらい彼女は自分でわかってる。
だから、自嘲した。
「……自信、自信?ははっ。後から何とでも言えますよね。言い訳でしかない。結局、事実は、ただ大好きな先輩達が壊れていくのを眺めていただけ。私は……何もできないどころか、そこにいてすらなかった。役たたずのゴミです」
自嘲から自虐。
初日から仕切った彼女だが、別にあれが素だった訳ではなさそうだ。
去年の後悔を取り戻そうと……必死だっただけだ。
「だから、張り切って初日から飛ばしていたのね。1番去年の後悔を取り戻そうとしていたのは……廣目さん、貴女なんでしょう?」
「……」
成城先輩も気付いた。
指摘されて、廣目さんは深く息を吸う。夏に差しかかるぬるい空気が彼女の鼻腔を通った。
「……すみません。成城先輩のベストナイン計画の根幹は、美山先輩に負けないことが重要なのではなく、美山先輩を『敵』ではなく『味方』にすること。美山先輩の事も仲間で友達だと思っている成城先輩らしくて、素敵なコンセプトです。なのに、すみません。わかっていながら私は……美山先輩を倒してしまいました」
廣目さんはまだ独白し、謝る。
確かに、成城先輩が俺に計画を説明した時も、美山先輩に屈しないメンバーを集めることが重要だと述べていた。美山先輩を心強い仲間にする為には、他のメンバーが負けないように強くあればいい、と。
暗に美山先輩だけの責任ではなく、自身が弱かったのも悪かったと彼女なりに思った故の結論だろう。
だが、廣目さんはそれを無視して美山先輩に格付けしてしまった。
全ては、焦りもあるが、大会まで時間が無いからだ。
ベストナイン計画は俺も時間が足りないのでは、と最初思っていたが、廣目さんもその考えに至ったようだ。
「それが手っ取り早いと思ったからです。成城先輩の言う通り、私は去年何もできなかったから、今になって焦ってるんです。自覚しています。でも、やめません。……私のやり方は、これです」
廣目さんは反省はしているが、方針を変えるつもりはないという。
後悔なら去年しぬほどしてきたとも言った。
だから、例え、仲間を倒すことになっても、恨まれても、ヘイトを買おうとも……廣目 惟は覚悟ができている。
全ては、天才達を救う為に。その天才に、自らを含まなかった。
「私は、獅ノ宮野球部の先輩達がずっと前から大好きです。だから、皆をどうしても救いたい。その為に……力を貸してください。成城先輩、津川先輩」
廣目さんは俺たちに頭を下げた。
彼女自身、考えを変えるつもりないが、1人で全て解決するというのはどうやら表向きだけのようだ。
廣目さんは愚かじゃない。もう去年に愚かさは全て置いてきたから。だから、自分のやり方が強引でも、それしかできない性分でも。
こうして裏で俺たちにちゃんと助けを求めることが彼女にはできる。
ヘイト役を買ってでる人間がプライドなど大切にするはずがない。
「私のやり方が間違ってたら遠慮なく2人のやり方を強行してください。私達がそれぞれのやり方をぶつけ合うことで、きっといい物だけが残ります」
廣目さんは、個人主義者ばかりのこの天才の巣窟で、共存の仕方を提示した。
だが、俺は……天才じゃない。
「い、いや……2人はともかく、俺は……俺は、皆を利用しようとして近づいた奴だし、結局今も何も出来てないし……そんな奴が役に立つわけ……」
「そんなのわかんないじゃないですか。私は、津川先輩のことを割と期待してますよ。その罪悪感があるからこそ、部の為に頑張ってくれる。この部を救う為に尽力してくれるって……」
「……っ!」
廣目さんは足を止めて、俺の前に立った。
彼女は真剣に俺の目を見る。
「津川先輩。同級生になってしまいましたが、私は14歳。呼び捨てとタメ口で構いません。私も先輩と呼びます。壁はなくしていきましょう。私達は仲間です。原田先輩達が津川先輩を突き放さなかったように、私も先輩と手を取り合ってこの部を救っていきたいです」
「……っ。ひ、廣目……」
廣目の言葉に俺は目を見開いた。
俺が廣目を呼び捨てにしたのを聞いて、廣目は初めて優しくて満面の笑顔を見せてくれた。
夕陽が射し込む中、廣目は俺と、成城先輩の手を取る。
「この3人を中心に、他の先輩方も含めて野球部を建て直していきましょう。きっとできます。後悔があるからこそ、きっと、私達なら」
そう言って、廣目は笑った。