貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
中龍学園。
岐阜県の愛知寄りに位置する昨年甲子園大会で優勝を果たした強豪校。
獅ノ宮学院高校野球部は、試合の日程が組まれた土日にバスに乗って岐阜へと向かった。
まあバスといってもロケバスみたいな小さなやつだ。なにせ、部員が少ない。
俺と顧問の佐藤先生と、運転手。その3人を含んでも8人だ。
だったらそのサイズで十分だし、これより大きいバスを手配しても手間だし無駄な費用もかかることになる。
だが、そのサイズ感で困ることが一つだけある。それは―――。
「ちょっと。狭いんだけど。もうちょい窓側に詰めてよ」
「……いや、もうこれ以上無理なんだけど」
俺が座ってるのは最後列の1番端っこ。そりゃ俺だけ異性なんだから当たり前に隔離される。
これが前の世界だったとしても中央に座るなんてことは無いだろう。下手に男2人で挟んでセクハラだの痴漢だの言われたら溜まったもんじゃないからだ。
なので、まあ追いやられるのは残当だと思ってる。気持ちわかるし。
問題は、俺の隣に座っているのが原田先輩だという点にある。
普段は髪を下ろしている彼女は俺が隣にいるというだけで不機嫌そうだ。
貞操観念が逆転したこの世界では、男が至近距離で隣にいるとなると女子はどこか落ち着きを無くし、視線を泳がせたかと思えば、チラチラと服の隙間から筋肉を覗いてくることが多い。
だが、原田先輩が俺に向ける視線はそんなドキドキ!青春の雰囲気!といった感じではなく、完全にメンチ切ってるやつだ。
残念ながら例え逆転現象が起きていたとしても、既に印象の悪い者に対しては当たりが強くなる。それは前の世界の男から女に対しても同じではないだろうか。
どんなに片方の性別に需要があっても、まず人として気に食わなければ普通にキレッキレの視線に晒されるのである。
よって、俺はその条件に当てはまる。
まあそらそうだろう。原田先輩どころか獅ノ宮野球部にとって、津川和弥という男は入学早々監督をやりたいと言ってきた身の程知らずの図々しい新入生のクソガキだ。
そらメンチ切るわ。
「チッ」
「……」
俺に聞けるように大袈裟に舌打ちをする原田先輩。き、機嫌悪ぅ~。
まあ俺が求めているのは前の世界のような野球だけだからいいけど、逆転世界にモテを求めてるやつが今ここで俺と代わったらあれ?世界変わってなくね?ってなりそうだな。
ごめんな、それは俺のせいだ。
獅ノ宮野球部女子はみんな今ボルテージマックス、俺がしっかりあっためておいたからよろしくな。
何をあっためたかって?怒りだよ。怒り。
原田先輩にキレられた後の俺は終始スマホを触ってやり過ごした。まあちゃんと有意義な時間にしてましたけどね。
何をしてたかっていうと去年の獅ノ宮野球部の個人成績を調べていた。
この遠征の2日目。俺は彼女達の監督をする。彼女達を使って勝つ為に采配をしなくてはならない。その上で彼女達の能力を知っておく必要がある。
検索して1番最初にヒットしたのが地区大会のやつだったのでそれを参考に色々考えていこうと思う。
まあそれはともかくとして。俺が怒りに火をつけたせいで正直全員イライラしてるであろう、最悪の空間と化したバス。それが揺れること6時間ほどで、ようやく俺たちは目的地へと到着した。
「……?」
皆が前の席から順番にバスを降りて、最後に残った俺も真ん中の席にずれてから立ち上がって通路を通ろうとした。が、立ち上がろうと前かがみになった時に何か視線を感じた。
俺が違和感を覚えて顔を上げると……俺の前に降りようとしていた原田先輩が、目を見開いて俺を見下ろしていた。
しかも、凄い形相だ。何故か鼻の下も伸びている。
視線を上げていた先に待ち受けていたものが、そのガン見だったので俺も思わずギョッとして仰け反る。
俺のその態度を前にして我に返ったのか、凄い表情で呆然と固まっていた原田先輩は、ハッとして表情を険しいものに変えた。
そして、道中、俺に向けていた態度へと豹変して眉間に皺を寄せて鋭い視線で見下ろされる。え、なんで?
「は?何?何見てんの?」
「えぇ……いや、それはこっちのセリフですよ。見てたのは原田先輩じゃないですか」
「は!?見てないから……!自意識過剰なんじゃないの!キモ!うざ!」
「はぁ……?」
なぜか顔を真っ赤にして罵倒された。意味がわからない。……いや、待てよ?
さっきの視線。それを感じた時、俺は前かがみの姿勢だった。と、いうことは立っていた原田先輩から見たら俺の服は重力に引かれて背中はひっつき前は空いてた訳だ。
角度によっては俺の胸元とかの上体の肌が薄暗くはあるが見える。
そして、原田先輩のあの鼻の下を伸ばした気の緩んだ顔。思い返せば、間違いなく俺の胸元を覗き込んでいたと言わざるおえない。
なるほど、理解した。前の世界では女性が無防備な時に男がバレバレだけどバレないように喉を鳴らして視線を送っていた。所謂チラリズムだ。
それが、この世界では逆転現象つまりは女性が男のチラリズムに目を奪われるのだ。原田先輩は、俺の服の中を覗いていたということになる。
ただ、俺が気付いた時に自覚したようで、指摘する前から動揺していた。
その反応はまさに童貞のそれ。そうか……原田先輩って前の世界で言う童貞なのか……。
この世界では処女が前の世界でいう童貞の価値観に置き換えられている。
と、なると原田先輩は処女……そうか、処女なのか原田先輩。
野球のデータと一緒に記録しておこう。原田先輩は処女……っと。俺は真剣な顔で付け加えた。
大事な情報だ。どんな指標よりも大事かもしれない。うん。
と、まあ冗談は置いといて。
処女=童貞ならば、原田先輩に親近感が湧く。
彼女の気持ちは痛いほどにわかる。
理性とか意識とか関係なく異性のこといやらしい目で見ちゃうし、すぐ童貞ムーヴしちゃうよな。うんうん……と俺は後方腕組理解した。
そんな俺の気持ちが態度に出て、その態度を前にした原田先輩が何か感じ取ったのか顔を顰める。
「……何、その同情の目みたいなの」
「いえ、別に。いいんですよ、原田先輩。俺は咎めません。俺のでよかったら見てもいいですからね……」
「いや、だから見てないってば!?」
原田先輩が否定しても、いくら弁明したとしても俺はうんうん、仕方ない仕方ないと理解を示す頷きを繰り返す。
俺は理解者だ。前の世界だったら逆の立場だからな。非難したりしないさ。
それを姿勢で示すが、なぜか原田先輩は顔がどんどん真っ赤になっていく。
「……っ!ほんと、見てないから!!」
「うんうん。そうですよねそうですね。わかってます、わかってますよ」
「~~~~っ!だからさっきから何なのその態度!?ウザ!!」
「はいはい。さぁ、降りましょ。原田先輩」
耳まで紅潮して苦しめ紛れに暴言を吐き捨てる原田先輩に、俺は促す。
彼女は俺のその態度がよっぽど気に食わなかったのか、またウザ!っと罵声を俺に浴びせてその勢いのまま急いでバスを降りてしまった。
窃視していた側なのに、なぜか逆ギレするところや変に誤魔化すところが童貞のそれだ。
まあ基本無意識でやることだし、素直に加害を認めることなど難しい。
だからといって許されることはそうないし、この世界に来てこんな経験は初めてではないが、俺はよっぽどの事じゃない限り女性からの加害など気にしない。
この世界の男じゃないからな。彼らだったら大騒ぎだろうが。
だから、問題ないのだが相手が童貞なら別だ。
うんうん、勝手に自分の中でわちゃわちゃしちゃうのが童貞だよな。わかる。うん!わかるぞ~!
何度も頷きながら俺も彼女に続いてバスを降りる。
「フッ。童貞ムーヴも女なら可愛いもんだな」
「……何の話よ」
俺がバスを降りながら呟くと、それを成城先輩に聞かれた。ジト目で俺を見る成城先輩。
不意を突かれた俺は焦って目を逸らす。
「あ、あぁいやえっと……。すみません、降りるの時間かかっちゃって!」
前の世界の価値観に関する言葉なんて聞かれても理解できないだろうから、別に必要なかったが、咄嗟に誤魔化した。
成城先輩は怪訝そうにしながらも、特に言及せず飲み込んだ。
「そうね。私たちの為に先生たちを土日に駆り出させてしまったのだから、できる限りテキパキ動いて欲しいわ。バスも早く駐車場に停めて休んでもらいたいもの」
「えっ?あ、あぁ……す、すみません」
まさかその場しのぎの発言が掘り下げられるとは思わなかった。しかも割とガチ説教なんですけど。
まあ本人は真顔で淡々と言ってるから、責めてる訳じゃなくて、割と本気で頼んでるんだろうが。
成城先輩は道中もこの遠征に同伴してくれている顧問の佐藤先生に謝罪していた。土日をお借りして申し訳ありません、と。
しかも長時間運転で疲れた運転手にまで気を使っている。
子供が気にしすぎだと思うが、それが成城先輩だ。
佐藤先生も「やだ~!いいのよぉ~、私みんなのフアンなんだから。どこへでもついていくわぁ」とおっとり返事していた。
佐藤先生はもうとっくに定年を超えてるし、ファンをフアンと間違えて認識しているほどにはおばあちゃん先生だから、本来ならあまり連れ回すのはよくないだろう。
だからか、野球部の皆は佐藤先生を常に気遣い慕い、そして何より大切にしているように思う。
それなのに今回は中龍学園の方から話が来ていたとはいえ、それを自分達の都合で引き受ける形となった。
その結果、佐藤先生の身体に鞭を打つことになり、故に、成城先輩は心苦しいのだろう。
……だが、彼女が負い目を感じるのはおかしい。元は言えば、俺のせいだ。
俺が自分の目的の為に彼女達と接触したのが始まりだ。正直、少し反省している。先生のことまで頭が回ってなかったことを、だ。
そして、それは俺だけではない。
今回のことを提案した美山先輩もだ。
美山先輩も車内で成城先輩が先生と話しているのを聞いて、目を見開いた後、何か思うことがあったのかそれ以降はずっと窓から外を眺めていた。道中、彼女の表情を見た者は誰もいないだろう。
それを考慮すると、彼女の提案に賛同してしまったことに、成城先輩は責任を感じてるのかもしれない。
とはいえ、そんな彼女達と俺の心労をまるで不要だと言わんばかりに佐藤先生のテンションは意外と高い。
土日の部活動、それも遠征など顧問を押し付けられた専門外の教員からすればこの上なく面倒臭く負担の大きい時間外労働だ。
しかし、彼女はそれを全くそれを感じさせない。それどころか監督になりたいという俺にイライラしてる彼女たち一行よりも、もはやこの遠征を楽しんでるといっていい。本当に獅ノ宮野球部が好きなんだな、めちゃくちゃ良い先生だ。
俺も少し気が引き締まった。
自分の目的の為とはいえ、目的を果たせば彼女達野球部に結果的にではあるが実績がつく。
それだけでも充分先生を喜ばせることはできるだろうが、彼女がこれほどに想うこの野球部を預かろうとすることに対して、少し意識が変わった。
監督になるからには彼女達を預かるからには絶対に結果を残したいと思う。その為にはまず監督にならなければ。
今回の遠征、必ず勝負に勝ってみせる。
そんな感じで俺が気合いを入れたとは露ほども知らないであろう獅ノ宮野球部と一緒に、今回の試合で使う市民球場へと俺達は足を運ぶ。
よく見る普通の野外球場だ。一般使用が主な用途だから、観客席はホームベース裏くらいで内外野は芝生。
まだ中に入ってないから具体的なことは知らないが、調べた写真ではそんな感じだった。
2日間。俺達はこの球場にいる。中龍学園は部員数も多いし、地元だからまた別だが、俺達は寝泊まりもここだ。
女子はロッカールーム、俺は食堂で寝るらしい。
まずは荷物を置きに室内へ向かう。
だが、俺達が入口に踏み入る先に後ろから声を掛ける者あり。
「うわ、ヤバ!ほんとに部員5人じゃ~ん!?」
『……!』
全員で振り返る獅ノ宮野球部。
そこにいたのは小柄な女の子。よく言えば無邪気そう、悪く言えば意地悪そうなそんな印象だ。
そんな女子がTシャツ短パン姿で、そこそこ長身でひ弱そうな黒髪ロング女子で並んで、侮蔑な笑みを俺達に向けている。
彼女が着るTシャツ、その胸には校章が。そして、それを有する学校は……。
「中龍、学園……っ」
俺がその名を呟くと、小柄女子は口角を上げた。