貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
土曜日。
原田先輩から誘ってくれた、ほぼ確信的なデート。
前日どころか予定を決めたその日からずっとドキドキして落ち着かなかったし、土曜日になるまで部活で原田先輩と顔を合わせる度にめちゃくちゃ意識した。
原田先輩も原田先輩で、俺と目が合うと一旦逸らして髪を弄ってから、少し火照った顔で「土曜、楽しみだね?」なんて言うから尚更だ。
そんなドキドキワクワクで迎えた当日。
埼玉の某ドームに行く約束を交わした俺と原田先輩は、最寄り駅で待ち合わせすることにした。
改札前で辺りを見渡したが、原田先輩の姿はなし。
どうやら俺の方が先に着いたらしい。
ラインを送って待つこと数分。
彼女は現れた。
休みの日に、しかもデートの予定で目の前にする原田先輩に、俺は彼女の顔を確認したその時から緊張する。
「津川、おはよ」
「……っ。お、おはようございます!!」
「あはっ。元気すぎでしょ。私は上司か」
軽く笑いながらツッコミを入れる原田先輩。
彼女は余裕がありそうだ。
……いや、いつもより笑顔が引き攣ってるし、すぐに真顔に戻って視線を泳がせた。
やはり彼女は俺のような童貞と同じメンタリティを持っている。
つまり、状況は同じだ。
原田先輩も緊張している。
「あっ。えっと……」
「……っ」
ほら、やっぱり。
お互いちょっとした間があると頭が回らなくなって、話もできなくなる。
沈黙が続く。
俺は、なんとか会話しようと必死に考えを巡らせた。
でも、自然と原田先輩の私服に目を奪われる。
初めて見た原田先輩の私服。
黒いTシャツに白くてゆるふわな薄手のロングスカート。
あとはトートバッグを持ってる。
正直言ってめちゃくちゃ可愛い。
そういえば、女性の服は褒めろと古来から相場は決まっている。
……改札を通る前に感想を伝えておくのが礼儀だろう。多分。
「あ、ふ、服めっちゃ可愛いですね!」
「えっ?あぁうん。そう?ありがと」
あれぇ~?思ってたんとちゃーう。
原田先輩は指摘された時だけ自分の服装を見下ろして、首を傾げた。
返答も淡白。
もしかして服を褒められても何とも思わないのか?
貞操が逆転してるからなぁ。
元の世界で男が服を褒められてどう思うか。
まあオシャレに気を遣ってる人もいるが、大部分は嬉しいが「あ、そう?」くらいの反応かもしれない。
うん、今それと全く同じの受けたわ。
完全にそういうことだな。
原田先輩の服を褒めても褒めなくても多分原田先輩からの好感度は変わらない。
まあだからって無意味だとは思わないけど。
可愛いと思ったのは本音だし。
「……先に言おうと思ったのに。私、さっそく情けない?」
「原田先輩?どうかしました?」
なんとも思ってないかと思いきや原田先輩は俺を上から下までジロジロと見て、何かブツブツと呟いた。
声が小さくてよく聞き取れなかったが、急に様子がよそよそしくなって視線を逸らすようになってしまった。
まずい。
服を褒めたのは寧ろ逆効果だったのか……?
「ぶ、無事に合流できたことですし行きましょうか。先輩」
「う、うん……」
何か気に障ることでもあったのかと思ったが、確認する勇気などあるはずもなく。
俺は原田先輩と一緒に電車に乗って、球場へ向かった。
そして、俺と原田先輩は野球観戦した。
2時間半後、2人で球場デートを終えた。
早くない?と思ったそこのあなた。
はい、早いです。
試合短くない?と思ったそこのあなた。
はい、短いです。
だって、試合が終わって球場を出た今、2人とも肩を落としてちょっと気まづくなっているもの。
結果と試合内容はお察しだ。
「いやぁまさか完封負けするとは思いませんでしたね……」
「な、なんかごめん」
私が誘ったばっかりに……と付け加える原田先輩。
確かに折角2人でドキドキしながら当日を待ちに待ったのに、肝心の試合内容がアレでは気持ちも落ち着くというものだ。
とはいえ、別に誘ってくれたことが嬉しかったという気持ちは変わらない。
「確かこの後買い物いくんでしたよね?」
「う、うん。ソックスとか穴空いてダメになっちゃって……他にも色々あるんだけど」
「よし、じゃあ次行きましょ。次!買い物手伝いますよ」
気分を変えて次の予定をこなそうと、原田先輩と球場を後にする。
街に出てスポーツウェアショップに入店した。
原田先輩がポンポン買い物カゴにいつも同じものを買っているんだろうなと感じさせる手際で放り込んでいく。
「あっ。あとバッテ欲しいんだよね。今のやつちょっと微妙でさ」
「あー……練習中も言ってましたね。前使ってたヤツに戻したんでしたっけ?」
「そっ。でも、前のやつは去年使ってたヤツだからさ。もうボロくて」
言いながら、原田先輩はバッティンググローブを試着する。
いくつか装着したところで、3つまで絞った。
その3つを持って彼女は俺に見せる。
「ねっ。どれがいいと思う?津川が選んでよ」
「えっ!?そんな大事なもの……選べませんよ!本人が選ぶべきです」
「え~?まあそうだけどぉ。うーん、でもこの3つだったらどれも好感触なんだよね。あとは使ってみないとわかんないし、どうせ直感で選ぶならさ。ほら、折角一緒に来たんだしっ!」
グイグイ主張を並べて、やたら俺に選ばせようとする原田先輩。
俺は渋々見た目で選んだ。
「じゃ、じゃあこれですかね……」
「おっ!お客さんお目が高いですねぇ」
「やっぱり善し悪しわかってるじゃないですか」
「あははっ!ごめんごめん。でも、どれも良かったのはホント!津川に選んで欲しかっただけだよ」
原田先輩は俺に会釈する。
俺に選んで欲しかった、そう言う彼女の意図は分からない。
なんでなんだろう。
その答えは、すぐに教えてくれた。
「……だって、津川は試合出ないけど津川だって一緒に戦ってる。そう思いたいじゃん?だから、これにする!」
そう笑って、カゴに入れた原田先輩。
彼女は先々と次の目的の売り場に向かってしまった。
だが、俺はついて行かず、口元を抑えて固まる。
彼女の言葉を聞いて、なるほどと思った。
確かに俺はマネだから試合に出ることはない。
大会が始まったら俺に出来ることなんてベンチに戻ってきた皆を労うことや雑用くらいだ。
それでも、原田先輩は俺も同じグランドに立っていると言ってくれている。
それは、物理的な話ではなく、彼女達と心で繋がっているが故だという話だが。
寧ろそっちの方が嬉しかった。
俺は彼女たちにとって当初凄く印象が悪かったはずだ。
それなのに、俺が何か大きく変わった訳でも、挽回できたといえる行動を取った訳でもないのに。
彼女達の優しさだけでここまで受け入れもらえて、仲間だと思ってもらえて、繋がりを感じさせてくれている。
俺に、一緒にグランドで戦っていると、心は一緒だと言ってくれている。
たまらなく嬉しい。
そして、さらっとそれを告げた原田先輩は、めちゃくちゃカッコイイ。
「超あざてぇじゃん……」
優しさを見せてくれて、仲間で心は一緒だと言ってくれて、満面の笑みを俺に向けてくれた。
原田先輩は、めちゃくちゃあざとい。
多分無自覚だと思うが。
あの人は、本心でしか喋らないし、そんなこねくり回したことは考えていないと思う。
だからこそ、ストレートに伝わってきて嬉しいし、だからこそ、超あざとい。
あざとかわいい。
原田先輩は、可愛い。
「わ、わからん。これは一体いくらするんだ……」
「ん?」
次の売り場にいく原田先輩の背中を追おうとしたら、俺の背後から困った声がした。
振り返ると、中腰の女性がバッテを手に取りながら値札と険しい顔で睨めっこしていた。
その人は、長く赤い髪がよく目立つ人だった。