貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第60話:野球はベースボールじゃない

 

「あの、大丈夫ですか?なにかお困りですか?」

「……っ!」

 

 困ってたようだから声をかけた。

 すると、彼女はビグッと肩をならして目を見開き、俺を見る。

 うおっ……俺が彼女に気づいた時は後ろ姿だったから気付かなかったけど、髪だけじゃなくて瞳も眉毛も赤い。

 それに、顔立ちがどう見ても外国人のそれだ。

 しまったな。

 つい声をかけてしまったけど俺外国語は……いや、待てよ?さっき日本語だったよな?

 でも、一応確認はしとくか。

 

「あぁ……」

「あ、す、すみません。日本語わかりますか?」

「……問題ない。スコシ。いや、それなりに理解できる」

「そうですか。よかった。それで、値段がわからないんですよね?」

「あぁ。そうだ」

「よければ僕が見てもいいですか?」

「構わない。頼む」

「はい」

 

 淡々と会話を構成できた。

 本人の言う通り、日本語はわかるしできるようだ。

 このレベルなら日常会話は余裕なんじゃないか?

 まあとにかく俺でも対応できそうで安心した。

 白人の彼女からバッテを授かって、値札を見る。

 

「出身はどこですか?」

「アメリカだ」

「だったら6370円なんで40ドルくらいっすね」

「なんだと?思っていたよりも安いな。アメリカならもっとする。バッテをこの値段で買えるとはな。それに、質が良い。このクオリティをこの値段で出すなど……倒産しないのか?」

「あはは……まあアメリカから来たらそうなりますよね」

 

 日本人としてはそこそこな値段だが、アメリカで暮らしてきた人には確かに破格かもしれない。

 赤髪の女性は「これが40ドルだと?馬鹿な……」と呟きながら商品をまじまじと見ている。

 とりあえず解決したようだからよかった。

 それにしても、アメリカから来たとは言っているがアメリカ人には見えないな。

 白人だけど顔立ちがなんとなく違う気がする。

 それに……目は赤色だけどカラコンだな。奥に薄ら淡い青色が見える。

 アメリカ人であるアリアとは全く異なる瞳だ。

 まあ瞳の色なんて同じ人種でもパターンがあるが、だとしても彼女は多分欧州の人種だと思う。

 だから、ちょっと気になった。

 欧州は野球の文化と歴史はあれども盛んではない。

 要するにメジャースポーツじゃない。

 そんな欧州人の彼女が日本でバッテを選んでいる。

 別にそこに変だと難癖をつけるつもりはないが、珍しい場面に出くわしたなと我ながら思う。

 

「……?なんだ?私の顔は何か変か?」

「あっ。いや、すみません!そういう訳じゃないんですけど……野球、お好きなんですね!背負ってるのはバットですか?」

「ん?あぁ。そうだ」

 

 彼女は筒状の入れ物を背負っていた。

 間違いなくバットケースそのものだと思っていたが、やはりそうだった。

 彼女は肩にかけていたバットケースを下ろして、大切そうに抱えた。

 

「……これは私の仕事道具だ」

「仕事、道具?えっ。プロの方なんですか!?」

「いや、そういう訳ではない。すまない。私の言い方が悪かった。私はまだ18になる年だ。プロ入りできたとしてもあと1年ある」

「そ、そうなんですね。すみません。早とちりして……」

「謝る必要はない。今言ったが、悪いのは私だ」

 

 彼女はそう言ってバットをケースの上から撫でる。

 

「ただ……仕事道具と言う他ない。私はこのバットで自分の価値を証明しなければならない。日本でお金を貰って野球をする為に、な」

「……!それって……」

 

 俺は彼女を改めて見る。

 さっき、彼女は言った。

 "プロ入りできたとしても"、と。

 そして、今言った。

 "日本でお金を貰って野球をする為に"、と。

 つまり、まだ日本の金銭感覚すらわかっていない、アメリカから来日してすぐであろう彼女は、プロまたは社会人野球に参入したいと考えているということになる。

 そして、自分を売り込む為の道具がグローブでもボールでもなく、"バット"。

 間違いない。

 彼女は、生粋の職人【打者】だ。

 

「入団テストとかトライアウトとか受けるんですか?」

「あぁ。そのつもりだ。それと今年に限ってだが、学生野球も視野に入れている」

「……!じゃあ、どこかの野球部に……!」

「そうだ。10校ほど候補はある。それよりも、やけに聞く。高校の野球部関係者か?」

「……っ!」

 

 しまった。

 初対面でグイグイ聞きすぎた。

 しかも話が繋がってるわけじゃない。

 完全に俺の好奇心で深堀してしまった。

 

「あっ!す、すみません。プライバシーですよね……!お、俺は獅ノ宮(しのみや)学院高校野球部で……!」

「獅ノ宮?去年のベスト8か」

「えっ!?凄い!知っててくれてるんですね」

「あぁ。一通り調べてある。だが、獅ノ宮は……」

「……っ!」

 

 赤髪の女性は視線を逸らす。

 そうか、調べてるならそりゃ知ってるよな。

 去年の夏に起きたことも、その後の部員不足の惨状も。

 でも、彼女が知らないことある。

 それは、今は違うってことだ。

 

「……確かに一度は崩壊しましたけど。今、凄い選手達と、部に迷惑をかけた俺なんかを受け入れてくれるくらい優しい先輩達が部を立て直そうとしてるんです」

「……」

「いや、立て直すんじゃない。新しいチームを1から作ってます。8人の天才が所属する、優勝だって狙えるくらい凄いメンバーが揃ったチームを。人数だって揃って、大会にも十分挑めます」

 

 俺の話を真剣に、俺の目をしっかりと見つめて彼女は聞いてくれた。

 一瞬たりとも逸らさなかった。

 俺は、その目に少し気圧されるほどだった。

 それでも、俺は獅ノ宮野球部の為なら怖気ずに話すことができる。

 俺は皆が大好きであのチームを大切に思えるようになったから。

 逃げたくないし、今度こそ皆の為に皆の役に立ちたい。

 人はもう充分集まったけど、この人が"打者"として自信があるなら欲しい。

 ウチに足りないのはあとはそのピースだけだから。

 

「戦力は揃いました。でも、まだ打線が弱点で……貴女はバッティングに自信があるんですよね?じゃなきゃバットを持って自分を売り込むなんて言わない」

「……!……ほう」

 

 初めて、彼女の目の色が変わった。

 瞳も揺れた。

 赤いカラーコンタクトの奥にホントの瞳が見えた気がする。

 よし、もう一押しだ。いつも一応持ち歩いてるポスターをカバンから出す。

 

「あの、良かったらこれ。ウチの野球部の部員募集のポスターです。QRとかも貼ってあるんで気が向いたら候補の中に入れてくれませんか?」

「……何か勘違いしてるようだが、私は選ぶ立場にない」

「えっ?」

 

 急に脈略のないことを言い始めた彼女は、一瞬陰りのある表情を見せたかと思えば、おもむろに立ち上がった。

 立ち上がって……俺はビックリした。

 屈んでいた俺は彼女を見上げることになるはずだったが、大して目線が変わらなかったからだ。

 そう、彼女は―――恐ろしく身長が低かった。

 

「私の身長は131cmしかない。私には……実力も見ずに勧誘される謂れはない」

「……っ!」

 

 彼女は、そっぽを向いて俯いた。

 長い髪が重力に引かれて垂れて、彼女の表情を隠す。

 でも、彼女がどんな顔をしているのか手に取るようにわかった。

 だから、俺は……いや、関係ない。

 彼女がどんな表情をしていようが、彼女が何を考えて身長のことを発言したのか、そんなことは全部関係ない。

 そうだ、俺が彼女に対して行っていた勧誘に、身長など公開されても何も関係がない。

 

「身長が131cm。だからなんですか?」

「……っ!?」

 

 彼女は凄まじい二度見をした。

 多分、人生で初めて言われたんだろう。

 強烈な衝撃を受けているところ悪いが、畳み掛けさせてもらう。

 

「貴女はそのバットで自分を売り込める自信があるから、アメリカから日本に来たんですよね?海を渡るってそんな軽はずみにできることなんですか?違いますよね」

「……何が言いたい」

「勝手に身長に先入観を持ってるチームだと思われるのは困ります。そのバットにそれだけの自信があるなら、魅せてくださいよ。海を渡る覚悟を決めるくらいの力があるって言うなら、ウチは()()()です」

 

 俺の言葉に彼女は目を見開く。

 

「正気か。売り込みに来た打者というだけで私を評価するつもりか?」

「いえ。もちろん実力は見たいです。でも、野球はベースボールじゃない。身長が低くても活躍してる選手はいる。海の向こうで何があったか想像つきますけど、同じ先入観を貴女は野球に持ち込んできてるんじゃないですか?」

「……っ!」

 

 図星だ。

 彼女は無意識に自分がされてきた嫌な判別を、日本に来てから自分にその尺度を当てはめていたんだ。

 だから、自分から挑戦する覚悟はあっても、勧誘される耐性はない。

 

「俺の好きな野球は身長なんて関係ない。ウチには129cmの正捕手だっている」

「……!バカな、私よりも……」

「そうです。でも、お情けのレギュラーなんかじゃない。あいつは天才的な選手で、実力があるから正捕手なんだ。貴女より小さいけど、もしかしたら貴女より優れた選手かも―――しれない」

「……っ!何だと」

 

 よし。目付きが変わった。

 そうだ。それでいい。

 俺を睨めばいい。

 欲しかったのは、見たかったのは、自虐なんかじゃない。

 あんたの闘志だ。

 

「貴様……!」

「……!」

 

 ようやく、見下ろされた。

 彼女の目線が鋭くなったから、彼女が俺をようやく見下ろそうとしたから。

 それでいい。

 これでやっと俺の話を聞きいれてもらえる。

 

「……名はなんという?」

「えっ?あぁ、廣目(ひろめ) (ゆい)です。興味あるなら練習見学しますか?」

「いや、そうではない。それは女の名前だろう。私が聞いているのは貴方の名前だ」

「えっ。俺?お、俺は津川 和哉ですけど……」

「そうか。私はクレア・バローナだ」

 

 クレア。

 赤髪の欧州女性は、そう名乗った。

 

「フッ。くくく……っ」

「えっ?」

 

 あれ?なんか急に笑い出したぞ、この人。

 さっきまで険しい顔だったのに突然下を向いて腹を抱えて笑いを堪えている。

 だが、全然耐えきれない。

 

「ははっ!随分と口車に乗せるのが上手い。なるほど。確かに私はまだ"野球"を理解できていなかったようだ」

 

 フッと口角を上げて俺が渡したポスターを今一度見る赤髪の欧州女性。

 ヒラヒラと揺らして俺に告げる。

 

「いいだろう。選択肢に加える。ただし、入部テストは実施してもらうぞ。根拠のない理由で私を飼うべきではない。私の能力を見て、改めて判断を請いたい」

「……良いですけど、自分にやたら厳しいというか……拘り強いですね」

 

 普通逆の感性だと思うんだが、彼女は逆の感性に頑なだ。

 まるで自分を抱えて損をして欲しくないとでも言うように、いや、損をさせないという自信を証明したいんだ。どうしても。

 とはいえ、これで話はついた。

 まさかデートしてたらこんな嬉しい出会いがあるとは……思わ……あっ、デート。

 忘れ……っ!?

 

「随分と仲良さそうじゃん。デート中に、他の女にホイホイついて行っちゃうんだ?」

「あっ」

 

 思い出したと同時に後ろから声が聞こえて、恐る恐る振り返る。

 そこにはやけに笑顔の原田先輩がいた。

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